本研究では,幼児期に人工内耳埋め込み手術を受け,小学校通常学級に在籍するひとりの聴覚障害児を対象に,小学4 年,および,中学進学を控えた小学6 年の2 回にわたってインタビュー調査を実施した。質的データ分析方法である大谷(2008, 2011) のSCAT に従って分析した結果,小学4年時のインタビューでは人工内耳を否定的に捉えていたが,2年後のインタビューでは人工内耳に対してニュートラルな感覚を持つようになり,以前の否定的感情が変化していたことが明らかとなった。また,聴覚障害者としてのアイデンティティを形成していたこと,および,人工内耳を活用してインテグレーション教育を継続することよりも,手話でコミュニケーションができる特別支援学校での教育を自らの意思に基づいて選択したことが報告された。その背景には,調査対象者が幼児期からこれまで,家庭での豊かなコミュニケーション環境において養育されたこと,および,ろう者の友人と手話でのコミュニケーションによる深い交流を持つ機会を日常的に持っていたことが,調査対象者の健全な自己肯定感を育む基盤となっていると考えられる。また,調
査対象者の母親の存在が調査対象者の障害受容やアイデンティティの形成に大きく影響を与えていたことが示唆された。
抄録全体を表示