市立大町山岳博物館研究紀要
Online ISSN : 2432-1680
Print ISSN : 2423-9305
5 巻
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 福田 真
    2020 年 5 巻 p. 1-6
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    ライチョウは、1980年代から2000年代初頭にかけてその生息数が約3,000羽から1,700羽にまで減少したことを受けて、環境省が定めるレッドリストのランクがⅡ類からIB類にアップした動物である。2012年には保護増殖事業計画が策定され、環境省が中心となってライチョウの保全が進められることとなった。まず2014年に保護増殖実施計画の第一期が策定され、生息地で保全を行う生息域内保全と、動物園などで飼育して増やす生息域外保全を並行して実施することが決まった。翌2015年に本格的に取り組みが始まり、2019年まで5年間の実施で大きな成果をあげることができたと言えるだろう。現在第二期実施計画を策定中であり、2020年2月27日に開かれたライチョウ保護増殖検討会にて、2020年度より、レッドリストのランクダウンを目指した、新たな段階の取り組みが進められることが決まった。ここではライチョウ保護増殖事業におけるこれまでの取り組みと、今後の展望について述べたい。ちなみに、域内保全の南アルプスと中央アルプスにおける取り組み及び域外保全についてはそれぞれ小林氏及び秋葉氏が担当しているので概要のみとし、ここでは特に火打山での取り組みを紹介する。
  • 小林 篤
    2020 年 5 巻 p. 7-10
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    絶滅危惧種や希少種が生息している生息地現地で行われる保全を域内保全という。野生個体が現存しているライチョウにおいてはこの域内保全が保全施策の基本となる。個体数の減少が著しかった南アルプス白根三山では、孵化後1か月の間、雛を人為的に保護するケージ保護が2015年から2019年まで行われた。2017年からは高山帯において捕食者の除去を併用することにより、2019年には1980年代に確認された63のなわばりの半数を越え、35なわばりまで回復した。また、ケージ保護した雛は北岳を離れ塩見岳や赤石岳といった山岳まで分散したことが確認されており、南アルプス全体の個体数の増加に寄与していることがわかった。さらに、2018年には約50年前にライチョウが絶滅した中央アルプスに雌1羽が飛来したため、2019年には飼育ライチョウの野生復帰に向けた技術開発のため中央アルプスの雌が産んだ無精卵と乗鞍岳の個体が産んだ有精卵を入れ替えることによって雛が生まれるかどうかが検討された。この事業により、入れ替えた有精卵を中央アルプスの雌が抱卵することにより雛が孵化することが明らかになった。ライチョウの域内保全では、これまでは行われてこなかった国立公園内における積極的な保全政策の実施により、短期間で様々な成果が得られた。今後はさらなる広域的な個体数の回復や絶滅個体群の復活を通して、ライチョウが高山で安定的に生息できる状態を目指していく。
  • 秋葉 由紀
    2020 年 5 巻 p. 11-17
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    絶滅が危惧される日本のライチョウLagopus muta japonicaについて,2012年から環境省による「ライチョウ保護増殖事業」が開始され,(公社)日本動物園水族館協会とその加盟園館でも2015年からライチョウの生息域外保全事業に取り組んでいる.本事業では,近縁亜種スバールバルライチョウLagopus muta hyperboreaの飼育繁殖技術を応用し,遺伝的多様性に配慮しながら飼育繁殖技術の確立や実施体制の整備を課題とし,2015年,2016年に環境省により採取された有精卵から人工孵化して得られた個体で人工孵卵及び育雛に取り組み,2017年からは飼育下繁殖を実施した.今回は,生息域外保全事業の取り組みや実施体制の概略をまとめながら,2015-2019年の繁殖結果の評価をした.飼育繁殖技術の確立に向けた取り組みは一定の成果を得られたが,まだ野生個体に比べると有精卵率や孵化率,初期育雛率が低いことが分かった.今後は,野生復帰させ得る個体の創出や確保を含めた取り組みを行っていきたい.
  • 土田 さやか, 牛田 一成, 村田 浩一, 宮野 典夫
    2020 年 5 巻 p. 19-24
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    絶滅が危惧されるニホンライチョウの保全のために,生息域内と生息域外の保護増殖事業が進められている.このうち生息域外保全事業では,ニホンライチョウの飼育繁殖が試みられているが,参考にしているトロムソ大学の飼育マニュアルには改善すべき点の多いことが指摘されている.草食のライチョウ類では,下部消化管における飼料発酵がエネルギー獲得機構として重要である.域外保全下のニホンライチョウの適正な飼料内容と給餌頻度など給与法を考案するには,下部消化管とくに盲腸における飼料の滞留時間を測定する必要がある.本研究では,大町山岳博物館で飼育中の成スバールバルライチョウをもちいて消化管内容物の滞留時間を求め,下部消化管における内容物の移動機構を推測した.腸糞として排出される固形部分の摂取から排泄までの時間は,2~4 時間で,不消化物は早急に排出された.盲腸糞として排出される泥状画分は,結腸近位部で内容物が固液分離されて液状部が盲腸に逆流させられ,そのまま盲腸に滞留する.この画分は8~12 時間の滞留時間を示し,4~10 時間,盲腸で発酵作用を受けることがわかった.また,滞留時間には季節差が認められ夏季の方が固形部の滞留時間が短くなる傾向が見られた.
  • 太田 能之, 宮野 典夫, 野口 敦子, 田村 直也, 宮澤 美知子, 山上 達彦, 宮本 公寿, 高橋 幸弘, 吉村 映理, 宇野 なつみ ...
    2020 年 5 巻 p. 25-30
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    ライチョウの代謝に対する影響要因の検討のため,ニホンライチョウとスバールバルライチョウをモデルに,飼育場所,月,地域特性に対する代謝的変動をクレアチニン/尿酸比を指標として調べた。ニホンライチョウは恩賜上野動物園(上野),市立大町山岳博物館(大町),富山市ファミリーパーク(富山)で飼育される1および2歳のファウンダーそれぞれ4,3および7羽の排泄物を1年間隔週1回採取した。スバールバルライチョウは大町の雄雌各1羽および茶臼山動物園(茶臼)雌雄ペア飼育2組,計雌雄各3羽から1ヶ月に1回,排泄物を採取した。さらに,上野の冬季照明個体2羽を含む4羽の排泄物について5月のみ採取した。加えて,長野県白馬岳において野生ニホンライチョウ1羽の排泄物を回収した。飼育下ニホンライチョウの排泄クレアチニン/尿酸比は,飼育場所および月と場所の交互作用の影響が認められ,大町で他園館より高くかつ年間変動がみられた(P<0.05)。1月の白馬個体の移動時に採取された排泄物のクレアチニン/尿酸比は大町と同様の値を示した。茶臼と大町のスバールバルライチョウの冬季の排泄物中クレアチニン/尿酸比の比較では大町のみで大きく上昇し,照明時間のみで夏冬の羽毛を再現している上野では数値的に差はなかった。地域環境がライチョウの代謝影響を及ぼす可能性が示唆された。
  • 金原 弘武, 楠田 哲士, 山本 彩織, 秋葉 由紀, 村井 仁志, 堀口 政治, 宮野 典夫, 高橋 幸裕, 白石 利郎, 田村 直也, ...
    2020 年 5 巻 p. 31-36
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    ニホンライチョウ(Lagopus muta japonica)において,糞中アンドロステンジオン濃度は4~6月に最大となり,眼窩上肉冠が発達する時期とほぼ一致した.したがってニホンライチョウの精巣活動は春に活発化し,眼窩上肉冠は雄ニワトリの鶏冠と同様に,テストステロン分泌によって発達する可能性があると考えられた.すなわち,ニホンライチョウの眼窩上肉冠サイズは精巣活動の間接的な外観指標となると考えられた.
  • 栗林 勇太
    2020 年 5 巻 p. 37-46
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    2014年に環境省によるライチョウ保護増殖事業が開始される以前,ライチョウLagopus muta japonicaの低地飼育は市立大町山岳博物館で唯一継続的に行われてきた.この取り組みによって様々な知見が集積されたが,一般に公開された資料は1992年発行の当館編著『ライチョウ 生活と飼育への挑戦』(信濃毎日新聞社)に限られ,以後断続的に当館からの報告がなされたに過ぎない.本稿は,高山帯の気候を再現した人工気候室における飼育施設での飼育が行われた1975年から2004年までの飼育管理の概要について報告し, 生息域外保全におけるライチョウの飼育・繁殖技術の向上に資することを目的とする.
  • 矢野 孝雄, 小坂 共栄, 緑 鉄洋, 河野 重範
    2020 年 5 巻 p. 47-68
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    北部フォッサマグナ南部域において上部新生界の層序・堆積年代を整理し、水内帯中央部の別所層~柵層産底生有孔虫化石および大町市美麻竹ノ川産大型動物化石に関する新たなデータを加えて、後期新生代の古環境変遷を考察した。分析された底生有孔虫群集は一般に中部漸深海帯下部~上部漸深海帯を示し、柵層中部・上部では急速に浅海群集に変化する。竹ノ川産大型動物化石は中新世型要素を含む大桑・万願寺動物群で、浅海内湾の平行群集を構成する。北部フォッサマグナ南部域における古環境変遷はユースタシーに規制されていて、さらに、それに重なるテクトニックな昇降運動が前期中新世末の急速沈降、中新世末期~前期更新世の浅海化、中期更新世前半の急速隆起をひきおこし、古環境に長期的で根本的な変化をもたらした。北部フォッサマグナ南部域におけるテクトニクスにかかわるもっとも重要な課題は、①前/中期中新世のグリーンタフ変動第1次火成活動と漸深海堆積盆の発生、ならびに②中期更新世前半における急速な山地隆起、のメカニズムと要因である。
  • 関 悟志
    2020 年 5 巻 p. 69-114
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    伝承を伴ういわゆる伝統的な雪形は、山の残雪模様を人物・動物・植物・文字・道具等の形象に見立て、農耕・狩猟・採集・漁労等の生業とかかわりを持ちながら現代に伝わってきたとされる。 北アルプスの爺ヶ岳は雪形にちなむ山名を冠す山岳のひとつとして知られるが、伝承の視点から捉えた雪形に関する個別研究や、雪形伝承との関係に焦点を当てた爺ヶ岳の山名考証は管見では過去に例を見ない。そこで爺ヶ岳に出現するタネマキジイサンの雪形伝承と山名由来に関し、報告等の文献資料や絵図・地図等の図像資料という史資料における記録を概括して変遷をたどり、雪形伝承と山名由来、さらに両者の関係について考察を試みた。 その結果、爺ヶ岳タネマキジイサンの雪形伝承は明治期以降に報告され、出現場所が異なる北と南の雪形2種が主に認識され、稲作・畑作の農事適期を伝える自然暦としての伝承等を一部に伴うものの、具体的な農作業工程の時期を判断する目安として利用されたという明確な伝承は手元の文献資料から確認することができなかった。また、爺ヶ岳を構成する北峰・中央峰・南峰の3峰は、信州側の山麓地域では近世から明治期までを中心に各峰個別の山名が付され、南峰の名称が祖父ヶ嶽等と推定されることから、爺ヶ岳という現山名は南峰単体を示す呼称に起因すると考えられる。さらに、山麓の一部住民は元来、南の雪形の方を認識していた可能性が示唆されることから、爺ヶ岳の山名由来となった雪形は南峰に出現する南のタネマキジイサンであったとも推察される。
  • 日本産草本植物の生活史研究プロジェクト報告第11報
    千葉 悟志
    2020 年 5 巻 p. 115-119
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/09/01
    研究報告書・技術報告書 オープンアクセス
    発芽した実生は成長に伴い直立根茎を発達させるとともに秋に短い匍匐根茎を形成した.このことから,サワギキョウの根茎は直立根茎と匍匐根茎からなる複合根茎であることが明らかになった.開花は発芽した当年に認められず,匍匐根茎から生じた娘ラメットが翌年に開花に至った. 花序あたりの開花数は1日あたり1~2個で,おおよそ午前3~6時の間にはじまった.花は雄期から雌期へ移行する雌雄異熟であることは先行の研究で明らかにされているが,花の形態の観察から花粉が噴出する仕組みは,訪花動物が癒合して筒状になった雄しべを持ち上げることで,空間に充填された花粉を円柱状に癒合した雌しべの先端により押し出される仕組みであることを明らかにした. 果実は蒴果で,他家受粉により結実に至り,種子散布は蒴果の一部が破れた場所より,種子が落下するものと推測された.種子散布は9月以降である一方,冬期に至っても茎に種子を内包した蒴果が意外に多く残存していていた.発芽実験から春期の散布であってもある程度の発芽が可能であったが、低温により休眠打破が促進されるものと考えられた.
feedback
Top