チヂレバツノゴケは,南九州から関東地方まで分布する日本特産種として記載されたが,東南アジアに分布する近縁種との関係についてはよくわかっていなかった.今回,ネパールで採集されたツノゴケ類の中に,本種と非常によく似た種があることを確認し,詳細な比較研究を行った.その結果,ネパール産のこのツノゴケはチヂレバツノゴケと同一種であるという結論に達した.ところで,チヂレバツノゴケは新種として記載される際,その近縁種と思われる東南アジア産の3種(Anthoceros fuscus, A. brunneus, A. telaganus)と比較された.そのうちの1種,ベトナム産のA. fuscusは,最近,インド産のAnthoceros subtilisのシノニムであることが明らかにされた.そこで,A. subtilisも含めたこれら4種とチヂレバツノゴケの関係について再検討を行った.その結果は以下の通りである.(1)チヂレバツノゴケはA. subtilisと同一種である.(2)上記の東南アジア産の3種のうち,A. fuscusとA. brunneus(ベトナム産)はA. subtilisのシノニムである.(3)A. telaganus(ジャワ産)は,胞子の特徴がチジレバツノゴケと著しく異なっており,明らかに別種である.この結果,チヂレバツノゴケは日本とインドシナ半島北部からネパールを通ってインドに達する地域に隔離分布することになった.本稿においては,ネパール産の標本に基づいて,チヂレバツノゴケの特徴を記載,図示すると同時に,その特徴があまりよく知られていないA. telaganusの特徴も図とともに記載した.
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