“Science is facts; just as houses are made of stones, so is science made of facts; but a pile of stones is not a house and a collection of facts is not necessarily science.”
Henri Poincare, French mathematician and astronomer(1854~1912)
アンリ・ポアンカレはいう。事実を集めただけでは、必ずしも科学にはならないと。もし、それに付け加えるならば、多くの石を積み重ね数多くの家々を築いたとしても、それだけでは街にはなりえない。
地球という生命が育まれ、維持されている惑星は、人間という生物の存在によって、今までの気候や生態系に新たな変化を生じさせてきた。IGBP(International Geosphere - Biosphere Programme、地球圏-生物圏国際協同研究計画)は、1990年に立ち上げられた。その目的は、百年後の地球を見据えて、全地球を支配する物理的・化学的・生物的諸過程とその相互作用を究明することによって、過去から現在、未来に至るまでの生命を生み出している地球独特の環境とその変化、さらに人間活動による変化について解明し、記述し、理解することである。IGBPの下には、陸面・大気・海洋を中心に、いくつかのコアプロジェクトが提案され承認された。それぞれのコアプロジェクトは、地球環境に関する各研究領域の基礎科学的な基盤を確立させ、新たな知見を得てきた。
コアプロジェクトは、ただ寄せ集めの石ではなく、積み重ねられた堅牢な石の家となり、科学の研究基盤を築き上げたと言えよう。これらの家々が有機的につながることにより、街として更に機能的に躍動する。IGBPは、これらのコアプロジェクト間の連携交流を深め、それぞれの研究領域を補完するようなコアプロジェクトを更に立ち上げて、分野横断的な研究体制を整えた。街全体を統括し都市計画を推し進めるように、過去を知り、現在を見据え、未来への統合的な設計図を作ることになる。
街には人が住み、社会生活が営まれる。豊かな生活には科学だけではなく、人やそこに住む人々の規律、社会経済の確立が必要となる。IGBPは、その流れの中で、IGBPの科学を政策決定者の判断のための知見として提示するという重要な貢献をしてきた。IGBPは2015年12月をもって25年間の活動を終了し、各コアプロジェクトは新たに立ち上がったFuture Earthという新しい枠組みへ移行する。何代にもわたって家々に人々が幸せに住み暮らせるように、さらに、科学・政策・実践を強化し、地球環境の統合的な理解と持続可能な開発を推し進めることになった。
我が国のIGBPへの科学的な貢献は、東アジアの大気への物質の放出や、大気組成分布と気候影響、土地利用・土地被覆変化の研究、太平洋を中心とした海洋の炭素循環に対する生態系動態の役割などにおいて、定量的な知見を得た。また、境界領域である沿岸域の環境修復・再生から、水産資源の持続的利用、地表と大気の熱・水・二酸化炭素フラックス観測の高精度化、大気物質沈着による海洋生態系への影響評価など、人間活動がかかわる地球環境変化の実態を把握し、物理・生態・人間システムのつながりの過去・現在・未来を予想するモデル化を進めてきた。
我が国の今までのIGBP研究の流れを振り返ると、1984年に、我が国がIGBPという国際協同研究計画の立ち上げに初めて参画したことに始まる。日本学術会議が、我が国におけるIGBPの研究を組織的に進めたが、分野の異なる多くの研究者が集い、これをまとめて国際的にも高い評価を受ける存在となった。この礎を築かれた多くの先達の先見の明に改めて驚愕の念とともに、そのご尽力に深く感謝の意を表したい。そしてその前後から、インターナショナルという言葉に加えて、グローバルという言葉を頻繁に耳にする時代を迎えた。各国の研究者が国際的な研究課題に対して、その国による独創的な研究に取り組むという風潮があったが、それと同時に、世界の各地域や海域を共通の観測研究手法を用いて、国際協力として取り組むようになった。また、得られたデータを共有し、地球全体の統合的な解析が進んだ。我が国はアジア・太平洋を中心に研究を展開したが、地球環境変化を捉えるジグソーパズルの多くのピースを繋ぎあわせたのではないだろうか。
本特集号は、積み重ねられてきたその膨大な研究成果を書き記すのではなく、人々がどのように街を作り上げてきたのかのように、IGBPコアプロジェクトが我が国においてどのような経緯でまとまって取り組んできたのか、通常の科学論文集からでは知り得ない流れとして紹介することにした。このような研究者達によるボトムアップの国際共同研究計画に対して、当時の文部省、現在の文部科学省の深い理解と長期にわたる支援に、感謝の意を表したい。
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