日本列島は生物多様性ホットスポットであるが,そのなかでも山岳地域は生物,地学現象ともに多様性に富む場所である。そこでは,いくつかの保護の枠組みが実施され,生物多様性,ジオダイバーシティー保護の努力が払われている。
2002 年の国際山岳年には,英文誌Global Environmental Research(Vol.6, No.1)で特集号 Global warming and sustainable use of mountain resources in Asia が企画され,世界の山岳地域の諸課題が議論された。また,2006年には,英文誌Global Environmental Research(Vol.10, No.1)で特集号 Mountain environments and human activities を組み,その中でNorihisa and Suzuki(2006)が日本の山岳国立公園管理の現状と問題点を議論した。さらに日本におけるジオダイバーシティ(ジオ多様性,geodiversity)の概念の普及とその保全・研究の展開をもくろんで,和文誌『地球環境(第10巻2号)』で特集号「ジオダイバーシティ:日本におけるその保全と研究の必要性」を企画した。この特集号では,当時はまだ国民に広く知れわたっていなかった日本でのジオパーク活動が紹介された。これらの期間にも,またその後にも,日本の山岳保護地域の保護・保全や持続可能な利用,管理に関連して,新たな環境問題や取組が認められるようになった。例えば,山岳地域の資源利用に関する取組が行われるようになった。日本では,アクセスが困難なことが多い山岳地域において,少子高齢化社会に関連した管理上の問題もすでに顕在化している。また,従前からの環境問題にも解決を見ない問題が多数残されている。
こうした状況を踏まえて,この雑誌では,「日本の山岳保護地域の自然環境管理と持続可能な利用」と題して特集号を組むこととした。本特集号には9編の論文が掲載されている。まず初めに,目代・渡辺は,日本の保護地域制度の多様性とその意義について議論した。蔵治は,日本の山岳保護地域の森林の管理と利用に関して,過剰利用と過少利用の両面の存在を指摘し,過剰利用に対しては土地所有者の私権の制限が,また過少利用に対しては土地所有者不明問題や管理からの撤退が課題であることを議論した。工藤・雨谷は,気候変動下における高山生態系の機能維持と多様性保全のため,植生復元を目的としたチシマザサの管理手法を検討する必要があることを述べた。泉山は,日本アルプスの高山に進出するニホンジカを例に,野生動物がもたらす山岳地域の問題を議論した。目代は,日本の山岳地域の地質・地形の多様性の保護が不十分であること,およびジオ多様性の保護と活用の鍵となるジオパーク活動の役割への期待について議論した。上杉は,国立・国定公園内で進められている地熱開発に関して,そのプラスとマイナスの両面を指摘し,風致景観や自然環境に影響が発生しないよう適切な環境配慮が必要であるとともに,地熱開発に伴う温泉資源保護については科学的情報の提示や温泉事業者と地熱開発事業者の間における適切なコミュニケーションが重要であることを議論した。鈴木は,世界遺産や文化財に登録され大きな変容を遂げている日本の山岳地域における信仰を聖なる景観の観点から捉え,自然と文化をつなぐ可能性について考え,日本人が取り組むべき宿題を提示した。渡辺は,この数年で大きく進展した登山道研究の進展と持続可能な維持管理について,大雪山国立公園を事例に紹介した。最後に,愛甲は,北海道の三角山,大雪山国立公園,および北米のアディロンダック山岳会を事例として,一般の登山者の協力を得やすい仕組み作りについて考察した。
日本の山岳保護地域は,自然環境の点でも文化・習慣の点でも多様性に富んでいるが,その利用と管理については,人口減少と高齢化社会を経験する国として,世界を牽引する立場にあると言える。2002年の国際山岳年以降,日本では国民の祝日として「山の日」が制定されるに至った。しかし,その一方で,日本の山岳保護地域における研究活動に関しては,国際的には決して高いとは言えない。海外では実に多くの研究ネットワークが整備されていて,若手研究者も次々と育っている。さらに,国際的には,研究者とコミュニティや企業・行政などがパートナーシップを形成して諸課題の解決に取り組むケースが多い。本特集号で議論されているように,日本の山岳地域には取り組むべき研究課題が山積している。特に次世代の若手研究者や大学生・大学院生らがもっと山岳保護地域の諸課題に興味を持ってくれるように願っている。
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