地球環境
Online ISSN : 2758-3783
Print ISSN : 1342-226X
23 巻, 1-2 号
日本の山岳保護地域の自然環境管理と持続可能な利用
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 渡辺 悌二, 目代 邦康
    2018 年23 巻1-2 号 p. 1-2
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本列島は生物多様性ホットスポットであるが,そのなかでも山岳地域は生物,地学現象ともに多様性に富む場所である。そこでは,いくつかの保護の枠組みが実施され,生物多様性,ジオダイバーシティー保護の努力が払われている。

    2002 年の国際山岳年には,英文誌Global Environmental Research(Vol.6, No.1)で特集号 Global warming and sustainable use of mountain resources in Asia が企画され,世界の山岳地域の諸課題が議論された。また,2006年には,英文誌Global Environmental Research(Vol.10, No.1)で特集号 Mountain environments and human activities を組み,その中でNorihisa and Suzuki(2006)が日本の山岳国立公園管理の現状と問題点を議論した。さらに日本におけるジオダイバーシティ(ジオ多様性,geodiversity)の概念の普及とその保全・研究の展開をもくろんで,和文誌『地球環境(第10巻2号)』で特集号「ジオダイバーシティ:日本におけるその保全と研究の必要性」を企画した。この特集号では,当時はまだ国民に広く知れわたっていなかった日本でのジオパーク活動が紹介された。これらの期間にも,またその後にも,日本の山岳保護地域の保護・保全や持続可能な利用,管理に関連して,新たな環境問題や取組が認められるようになった。例えば,山岳地域の資源利用に関する取組が行われるようになった。日本では,アクセスが困難なことが多い山岳地域において,少子高齢化社会に関連した管理上の問題もすでに顕在化している。また,従前からの環境問題にも解決を見ない問題が多数残されている。

    こうした状況を踏まえて,この雑誌では,「日本の山岳保護地域の自然環境管理と持続可能な利用」と題して特集号を組むこととした。本特集号には9編の論文が掲載されている。まず初めに,目代・渡辺は,日本の保護地域制度の多様性とその意義について議論した。蔵治は,日本の山岳保護地域の森林の管理と利用に関して,過剰利用と過少利用の両面の存在を指摘し,過剰利用に対しては土地所有者の私権の制限が,また過少利用に対しては土地所有者不明問題や管理からの撤退が課題であることを議論した。工藤・雨谷は,気候変動下における高山生態系の機能維持と多様性保全のため,植生復元を目的としたチシマザサの管理手法を検討する必要があることを述べた。泉山は,日本アルプスの高山に進出するニホンジカを例に,野生動物がもたらす山岳地域の問題を議論した。目代は,日本の山岳地域の地質・地形の多様性の保護が不十分であること,およびジオ多様性の保護と活用の鍵となるジオパーク活動の役割への期待について議論した。上杉は,国立・国定公園内で進められている地熱開発に関して,そのプラスとマイナスの両面を指摘し,風致景観や自然環境に影響が発生しないよう適切な環境配慮が必要であるとともに,地熱開発に伴う温泉資源保護については科学的情報の提示や温泉事業者と地熱開発事業者の間における適切なコミュニケーションが重要であることを議論した。鈴木は,世界遺産や文化財に登録され大きな変容を遂げている日本の山岳地域における信仰を聖なる景観の観点から捉え,自然と文化をつなぐ可能性について考え,日本人が取り組むべき宿題を提示した。渡辺は,この数年で大きく進展した登山道研究の進展と持続可能な維持管理について,大雪山国立公園を事例に紹介した。最後に,愛甲は,北海道の三角山,大雪山国立公園,および北米のアディロンダック山岳会を事例として,一般の登山者の協力を得やすい仕組み作りについて考察した。

    日本の山岳保護地域は,自然環境の点でも文化・習慣の点でも多様性に富んでいるが,その利用と管理については,人口減少と高齢化社会を経験する国として,世界を牽引する立場にあると言える。2002年の国際山岳年以降,日本では国民の祝日として「山の日」が制定されるに至った。しかし,その一方で,日本の山岳保護地域における研究活動に関しては,国際的には決して高いとは言えない。海外では実に多くの研究ネットワークが整備されていて,若手研究者も次々と育っている。さらに,国際的には,研究者とコミュニティや企業・行政などがパートナーシップを形成して諸課題の解決に取り組むケースが多い。本特集号で議論されているように,日本の山岳地域には取り組むべき研究課題が山積している。特に次世代の若手研究者や大学生・大学院生らがもっと山岳保護地域の諸課題に興味を持ってくれるように願っている。

  • 目代 邦康, 渡辺 悌二
    2018 年23 巻1-2 号 p. 3-10
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本列島においては、山岳地域は人為の影響が比較的少ない地域であり、生物多様性、ジオ多様性が高く、固有の動植物や地形が存在する。そして山岳地域の自然環境は、一旦破壊されると再生が不可能か、あるいは時間がかかる脆弱なものが多く、その保護が必要である。現在、山岳地域の自然環境保護のための様々な制度やプログラムが存在する。それらには、法律に基づく保護の仕組みと、その法律を保護担保措置として主体的に地域住民が活動をする仕組みと、民間による保護の仕組みがある。それぞれの地域の自然環境の特性や地域の社会的背景にあわせて、制度やプログラムを選択し、場合によってはそれらを連携させることにより、より良い山岳地域の自然環境保全の方法を作り出すことができる。

  • 蔵治 光一郎
    2018 年23 巻1-2 号 p. 11-16
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    かつて日本の山岳保護地域の森林では資源利用のための樹木伐採や開発に伴う転用などの森林の過剰利用が課題であった。近年は過少利用に転じた森林と,依然として過剰利用が起きている森林が混在している。過剰利用を規制して森林を保護する制度として保安林,林地開発許可制度,保護林,自然公園などがあるほか,森林所有者の自発的な取組もみられる。過剰利用の例として大規模太陽光発電施設,過少利用により起こる事例としてレクリエーション利用の際の落枝による事故が挙げられる。過剰利用に対しては土地所有者の私権制限,過少利用に対しては所有者不明土地問題や管理からの撤退が課題である。

  • 工藤 岳, 雨谷 教弘
    2018 年23 巻1-2 号 p. 17-26
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本の山岳地域では、チシマザサの分布拡大が急速に進行している。大雪山国立公園では、標高1,400m以上の高山域におけるササの分布面積が過去40年間に31%広がり、現在は高山帯の約11%がササに覆われている。チシマザサが広標高域にわたって生育できるのは、形態的な可塑性が大きいことによる。高山帯では桿高と葉サイズが小さくなり、総バイオマスは森林帯の約半分に減少していた。地上茎への分配を減らし、根への分配を増やすことにより、高山帯でも高い光合成能を維持していた。最適温度域は森林帯に比べて低く、温度に対する気孔コンダクタンスの調節が顕著であった。ササ葉群層全体の炭素固定量と蒸散量は、森林帯に比べて高山帯の方が高かった。高山帯では1ha以上の巨大クローンが存在する一方で、10m²以下の微小パッチも多数存在しており、種子繁殖による分布拡大が示唆された。ササのクローンパッチ発達に伴い、下層植生への被圧、土壌乾燥化、リター堆積が加速し、高山植生の衰退が引き起こされる。一方で、ササの地上部刈取りにより高山植生は急速に回復することが9年間の実験で明らかとなった。地球温暖化という気候変動下における高山生態系の機能維持と多様性保全のため、植生復元を目的としたチシマザサの管理手法を検討する必要がある。

  • 泉山 茂之
    2018 年23 巻1-2 号 p. 27-36
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    ニホンジカの高山環境への進出は、希少な植物群落(お花畑)の消失や、植物群落の種組成の多様性の喪失、高山帯の急傾斜地の土壌流出など、高山環境の生物多様性の損失に関わる大きな問題である。多雪地域や高山環境には生息が困難とされてきたニホンジカは、近年「季節移動」型の個体群が分布を拡大し、北アルプスにまで進出を始めている。ここでは南アルプス北部に生息するニホンジカの亜高山帯・高山帯の利用実態について、GPS首輪を用いた追跡調査の結果をもとに、季節移動の実態を明らかにし、その結果を報告する。北アルプスにおいてもニホンジカの進入が始まり2014年度から本格的な対策が始まった。しかし有害捕獲の実施によるニホンジカの行動の変化は、これまでに利用していない地域への分布域の拡大をもたらすなど、ニホンジカは自身が生き残るためにさまざまな形で行動を変化させるという優れた対応能力を持ち合わせていることが明らかになった。

  • 目代 邦康
    2018 年23 巻1-2 号 p. 37-44
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本において、2007年以降にジオパーク活動が急速に広まったが、その活動の基礎となる地球科学的価値をもつ地質や地形(地学的自然遺産)などの保護や、保護と教育と持続可能な開発を全体的に取り扱うという特性は、十分に理解されてこなかった。日本のジオパークの大半がその域内に山地を有するが、そこでの地学的自然遺産の保護は十分ではない。それぞれの場所での研究をすすめ、その科学的価値を理解した上で、それを保護し活用するというジオパークの活動を進めることができれば、従来の自然保護の施策で対応しきれなかった地学的自然遺産の保護・保全活動が進むであろう。

  • 上杉 哲郎
    2018 年23 巻1-2 号 p. 45-52
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    再生可能エネルギーによる発電手法の一つである地熱発電は、我が国に豊富に存在する国産エネルギーとして、脱化石資源や温室効果ガス削減のみならず、エネルギーの安定供給の観点からも期待されている。地熱資源は、火山性の地熱地帯が存在する山岳地にポテンシャルがあり、国立・国定公園の区域と重なっているところが多い。また、地熱発電は、自然環境への影響が建設工事の段階のみならず事前の試験井掘削等の段階からも発生し、操業段階においても追加の補充井の掘削が行われる場合が多いという特性がある。さらに、温泉の湧出量の減少、温度の低下、成分の変化等が懸念されることも多い。地熱発電事業は、このように自然環境への影響が考えられることから、環境アセスメントを通じて、環境保全措置を検討し、環境配慮を事業に組み込んでいく必要がある。一方、再生エネルギー促進の観点からは、環境アセスメント手続き期間の短縮も課題となっている。国立・国定公園内での地熱開発に当たっては、調査や工事の手法、規模、期間等に応じて、風致景観や自然環境に影響が発生しないよう適切な環境配慮が必要である。地熱開発に伴う温泉資源保護については、科学的情報(モニタリングデータの蓄積・解析等)の提示や温泉事業者と地熱開発事業者の間における適切なコミュニケーション(説明、対話、協議等)が重要である。

  • 鈴木 正崇
    2018 年23 巻1-2 号 p. 53-60
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本の山岳信仰を聖なる景観の観点から捉えると、自然と文化をつなぐものであるといえる。日本の山岳信仰の特徴は、神と仏の融合にあったが、明治時代初期の神仏分離によって覆った。現代では山岳信仰の聖地は、世界遺産や文化財に登録され、大きく変容してきている。大きな変動の中にある日本の山岳信仰を事例として、西欧風の自然と文化や、聖と俗の概念を超克するという観点から論じる。

  • 渡辺 悌二
    2018 年23 巻1-2 号 p. 61-68
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    日本の山岳地域には国立公園を初めとする保護地域が多く、その多くは同時に観光地となっていて、登山道侵食が大きな問題となっている。本稿では、長期的な研究が最も多い大雪山国立公園を例に、これまでの登山道研究の進展について整理し、登山道の維持管理体制の現状について述べる。大雪山国立公園では1990年代初頭から登山道荒廃に関する研究が実施されてきており、侵食量の測定方法の違いから3つのステージに分類することができる。はじめは、登山道断面形態の測量を繰り返すことで、登山道の2次元的な「侵食量」が測定された(第1ステージ)。続いてステレオ写真測量に基づき侵食量を本来の「3次元量」として計測する研究が行われた(第2ステージ)。この数年間では、UAV(ドローン)や長尺一脚にマウントしたカメラによって撮影した多数の写真を3次元処理して計測が行われるようになった(第3ステージ)。この手法は大雪山国立公園の登山道荒廃調査にも適用され始めている。大雪山国立公園では、ボランティアによる登山道の維持管理が行われている。環境省は地元関係者を集めて、登山道の維持管理に関する情報交換会と技術講習会を定期的に開催している。さらに環境省は2015年に改正した「大雪山グレード」を公表し、「グレード」に基づいた利用と登山道維持管理を進めようとしている。一方で、協働型維持管理の持続可能性を高める方策が模索されている。

  • 愛甲 哲也
    2018 年23 巻1-2 号 p. 69-78
    発行日: 2018年
    公開日: 2025/08/15
    ジャーナル フリー

    山岳地では、登山道や施設の崩壊や老朽化に対して、山岳会や登山者の協力が不可欠となっている。各地で様々な取組が行われているが、その促進には、登山者の意識を踏まえた対策が必要である。本研究では、札幌市近郊の三角山、大雪山国立公園において行った意識調査から、ボランティア活動に対する認知度、今後の参加意欲について探った。両者において、現状の認知度は低いものの、登山者の参加意欲は高く、登山のついでに可能な作業や運搬が望まれていた。登山者の場所への愛着と参加意欲に関連があることも明らかとなった。さらに、北米のアディロンダック山岳会を事例として、一般の登山者の協力を得やすい仕組み作りについて考察した。登山者の経験やスキルの違いに対応したプログラム作り、管理者とボランティアの協働をコーディネートする組織が必要だと考えられた。

feedback
Top