地球環境
Online ISSN : 2758-3783
Print ISSN : 1342-226X
21 巻, 2 号
地域の気候変動適応策の推進:持続可能な社会を目指して
選択された号の論文の11件中1~11を表示しています
  • 田中 充, 白井 信雄
    2016 年21 巻2 号 p. 83-84
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    温室効果ガスの人為的排出に起因する気候変動が進行するなか、緩和策の一層強化とともに、緩和策のみでは避けられない気候変動の影響に対する適応策の必要性が高まっている。温室効果ガスの排出削減を最大限に図ることは最優先の課題であるものの、既に気候変動の影響は顕在化し、また短期的にその影響はさらに激化していくことを踏まえると、適応策による気候変動の影響に係るリスク管理は必要不可欠である。

    こうした状況下で、日本政府は2015年11月に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定し、分野ごとの適応策の取組方針を提示した。また国際社会でも、同年12月の気候変動枠組条約締約国会議第21回会合(COP21)において「パリ協定」を合意し、各国における緩和策の一層の強化とともに適応計画の立案と行動実施についての取組を打ち出している。これらを受けて政府は、地域・自治体の適応策の検討を支援する関連施策を立ち上げ、積極的な支援策を実施している。

    本特集では、環境研究総合推進費(S-8)「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(代表:三村信男茨城大学学長、以下「S-8研究」という。「S」は戦略的研究開発領域を、数字は課題番号を示す。)の一部の成果の共有を図る。S-8研究は、気候変動に伴う国全体の各分野の影響予測と評価を総合的かつ高精度に行う手法開発に係る課題を中核としながら、地域における影響事例の分析と適応策のあり方に関する研究(地域班研究)、国際分野としてアジア地域への影響評価と適応策の展開という三つのサブ課題から構成される研究プロジェクトであり、本特集はこのうち地域班研究に係る範囲を対象とした。気候変動に関する将来予測データを政策担当者に提供するだけで適応策が円滑に動きだすわけではなく、将来予測を取りまとめる科学と政策を立案・実行する行政現場を橋渡しして「間を埋める」ことが極めて重要である。

    本特集のねらいは、この「間を埋める」ために実施した社会科学的な研究が得た成果を総括するとともに、適応策の離陸段階における研究と政策との相互作用の効果を示すことにある。これらは、気候変動適応に係る今後の研究を実施していく際の一助となり、さらに適応策に限らず自然科学や工学の成果を政策の実装につなげる際に有益な示唆を提供する。

    本特集の構成を示す。まず、本特集の責任編集者の一人である田中充が地域班における研究の全体像を紹介し、竹本明生氏が国の適応計画の概要と課題を包括的に記述した。S-8研究の地域班では、気候変動影響の将来予測結果を活用して地域レベルの影響評価と適応策のモデルスタディを実施し、「気候変動適応策ガイドライン」等の成果に結実させている。そして、S-8研究全体の成果は、竹本論文が紹介する国の「気候変動の影響への適応計画」(2015年11月)に活かされている。

    次いで、もう一人の責任編集者である白井信雄が「追加的適応策」について、馬場健司氏が「ボトムアップアプローチ」の観点からの研究結果を取りまとめた。「追加的適応策」は、「潜在的適応策」と対になる造語である。「潜在的適応策」は、現在実施されている関連施策を意味し、「追加的適応策」は社会転換に踏み込んだり、予測結果に基づく長期的な視点から追加的に実施する適応策をいう。「ボトムアップアプローチ」は、地域のステイクホルダーの視点から気候変動適応の実態や新たな適応策の受容性を検討するものあり、現場知と専門知をつなげる双方向性が重要である。

    続いて、小松利光氏・橋本彰博氏が水・土砂災害分野について、木村浩巳氏・福岡義隆氏が地域風土(特に雪中行事)について、適応策の研究成果を示した。小松・橋本論文では、亜熱帯化が進む九州地域を対象として、ハードウエアとソフトウエアの両面から「追加的適応策」を具体化している。木村・福岡論文は、伝統行事という社会システムが気候変動によって変容を余儀なくされている実態を分析し、風土や伝統という分野での適応策の研究とさらなる議論の必要性を提示した。

    地方研究機関の研究として、S-8研究の地域班では、埼玉県や長野県における水稲・野菜・果樹等の農業分野の影響評価、東京都における局地的極端現象の解析、長野県における山岳生態系に及ぼす温暖化影響把握等を実施し、影響観測や予測評価手法等について知見を得ている。これらに関して、埼玉県は嶋田知英氏・三輪誠氏・米倉哲志氏・増冨祐司氏が、東京都は横山仁氏が、長野県は陸斉氏・須賀丈氏・浜田崇氏・堀田昌伸氏・尾関雅章氏・畑中健一郎氏が、各々の研究成果を取りまとめて執筆した。

    最後に、S-8研究の地域班に協力機関として参加していた梶井公美子氏が、2016年8月に環境省が策定した「地方公共団体における気候変動適応計画策定ガイドライン」の内容を記述した。これは、地域でのモデル事業を経て、S-8研究の「気候変動適応策ガイドライン」の成果を精緻化したものとなっている。

    気候変動の影響は地域によって異なり、各地の地方自治体は、こうした気候変動の影響を的確に把握・評価し、その地域特性等を踏まえつつ地域に根差した適応策を立案・推進することが極めて重要である。気候変動への適応策の実施主体は地方自治体である、といっても過言ではない。本特集の諸論文は、こうした地域・自治体に焦点を当て、S-8研究を中心として地域の適応研究と適応政策について現在の到達点を取りまとめたものである。

  • 田中 充
    2016 年21 巻2 号 p. 85-94
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    進行する地球温暖化に対して、温室効果ガスの大気中濃度の抑制を目指す緩和策とともに、その影響を回避・軽減する適応策の実施は不可欠である。特に、地域社会は地域の気象条件や地理的特性、社会的条件等により異なる影響が生じ、地域特性を踏まえた適応策の立案と実施が求められる。2010~2014年度に実施された環境研究総合推進費S-8研究は、国全体の温暖化影響の将来予測と影響評価の実施とともに、地域に着目した影響評価手法と適応策ガイドラインの開発等を行い、広く地方自治体の適応策検討に活用されるなどの研究成果を上げている。本稿は、気候変動対策に位置づけられる適応策の特質等を分析するとともに、S-8研究の地域班の研究成果を紹介し、その政策的・科学的な意義と課題等について論じている。

  • 竹本 明生
    2016 年21 巻2 号 p. 95-102
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    2015年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)においてパリ協定が採択され、緩和と適応の両者が2020年以降の気候変動対策の国際枠組みの柱として位置づけられた。日本においては、2000年代半ば以降、環境基本計画等の下で気候変動やその影響に関する調査研究、観測などが実施されてきたが、欧米各国の国家適応計画等の策定や日本国内での気候関連の災害の増大などを踏まえ、2013年に中央環境審議会において気候変動影響評価等小委員会が設置され、政府による適応計画策定のためのプロセスが開始された。その後、2015年3月に気候変動影響評価報告が公表された。この結果を踏まえ、またCOP21に貢献するため、関係府省庁連絡会議が設置され、2015年11月には政府の適応計画が策定され、閣議決定された。適応計画では目指すべき社会の姿、基本戦略、計画の期間等の基本的考え方の下、7分野での分野別施策や基盤的・国際的施策が示された。政府は、本計画の下で関係府省庁の適応策の実施を進めるとともに、PDCAサイクルの構築、地域や途上国での取組への協力を進めている。

  • 白井 信雄
    2016 年21 巻2 号 p. 103-112
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    本稿では、気候変動適応策について、特に現在実施されている適応策に対して追加して実施すべき適応策(「追加的適応策」)に着目し、その理論的枠組みの設定と具体化を行った。主な成果は、次の4点である。

    第1に、適応策とは抵抗力の改善であり、抵抗力には適応能力と感受性の二つがある。このうち、追加的適応策としては、感受性の根本改善が重要である。また、短期的な影響への適応だけでなく、中・長期的な影響に対する順応型管理システムの構築が肝要である。

    第2に、感受性の根本改善を検討するために、影響の社会経済的な要因分析が必要となる。感受性の要素としては、(1)土地利用、(2)社会経済的弱者、(3)活動の画一性等の面が考えられるが、さらに影響事例の分析が必要である。

    第3に、順応型管理においては、(1)予測と代替案の設定、(2)監視と予防、(3)科学と政策の連動、(4)関係者による情報共有と学習が重要である。順応型管理は、これらの方法をあらかじめ計画しておく点で、単純なPDCA(plan-do-check-act)と異なる。

    第4に、地域の主体が気候変動の影響事例を調べ、それを共有することで気候変動の影響を自分の課題として捉える学習プログラム(「気候変動の地元学」と名づける)は、地域主体の適応さらには緩和への意識を高めるうえで効果的である。

  • 馬場 健司, 土井 美奈子, 田中 充
    2016 年21 巻2 号 p. 113-128
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    本研究は、農業分野における気候変動適応策を題材として、シナリオプランニング技法を手がかりに、ステークホルダー分析などを主体とするコミュニティ主導型のボトムアップアプローチと、専門家デルファイ調査によるトップダウンアプローチとの統合手法を開発し、ある地方都市への適用を通じて地方自治体における政策の実装化に係る知見を得ることを目的としている。手法開発については、ステークホルダー分析やステークホルダー会議で得られた知見を基に、気候変動と社会変動を起因とするストーリーを構成要素とする叙述的なシナリオ案を作成し、専門家デルファイ調査とステークホルダーへのシナリオ評価結果を経た上で、最終的に3つのシナリオを作成した。その政策実装については、個人としての気づきはあったと考えられる一方で、地域社会としての意思決定の質の向上の可能性については、長期的なリスクを予防原則的な視点から順応的に行政計画に組み入れることなど、行政計画立案のあり方を変えていく必要があり、そのための政策主体側への気づきを与えていくことが重要な課題として残されている。

  • 小松 利光, 橋本 彰博
    2016 年21 巻2 号 p. 129-136
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    地球温暖化の影響によると思われる災害外力の増大が明らかとなり、水・土砂災害の甚大化が進んでいる。これに対する早急な対策が喫緊の課題となっている。河川堤防の脆弱性が明らかになる中、河川水位の上昇を有効に抑えるのは、ダムが最も効率的かつ現実的であるが、その中でも自然環境との調和、インパクトの軽減等を考慮すると流水型ダム(穴あきダム)が最も適している。これまでダム建設は無駄な公共事業の象徴のように言われ社会から疎まれてきたが、気候変動下では極めて有望な治水対策として見直されなくてはならない時期にきている。早急な世論の認識の深まりと改善を期待したい。しかしながら、ハード整備には当然限界があり、最大のレジリエンスである人命の損失ゼロのための自助・共助を支える自主防災組織等の構築が不可欠である。本文では自主防災組織の構築・維持のための智慧や工夫についても紹介する。

  • 木村 浩巳, 福岡 義隆
    2016 年21 巻2 号 p. 137-148
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    本稿は、気候変動下における豪雪地帯の風土性の変化を主題とする。具体的には、雪中行事における近年の気候の影響を把握し、気候と行事との従来の調和的な関係性の変化に迫る。そこでまず、1986年から2015年までの気象観測データをもとに豪雪地帯における冬季気候の類型化を行い、その変化の状況を時系列的に把握した。また、雪中行事に生じている影響について、気候類型との関係を分析した。気候類型の変化に関しては、北日本や東日本の日本海側で高温・多水・少雪型の気候類型の増加がみられるなど、地域別の傾向が確認された。また、気候と行事との関係に関しては、高温・多水・少雪型の気候類型でスキー大会等の実施に影響が生じている状況などが確認された。気候類型の変化は年々変動にとどまらず趨勢的な変化を含む可能性があり、気候と行事との従来の調和的な関係性に変化が生じている可能性も考えられる。

  • 嶋田 知英, 三輪 誠, 米倉 哲志, 増冨 祐司
    2016 年21 巻2 号 p. 149-156
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    埼玉県では、気候変動とヒートアイランド現象の複合影響により、近年、温暖化が急速に進行している。そのため農作物や自然環境への影響も顕在化しつつあり、緩和策だけではなく適応策への取組が急務となっている。埼玉県は、2009年に策定した温暖化対策実行計画に適応策を位置づけ、比較的早い段階から適応策に取り組み始めた。また、2010年からは、埼玉県の地域環境研究機関である環境科学国際センターが、環境省環境研究総合研究費(S-8)「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(以降、S-8研究と表記する)に参加し、埼玉県庁環境部温暖化対策課と共同で、適応策の施策実装に取り組んだ。その結果、適応策を検討するプラットフォームとして県庁内に適応策専門部会を設置するとともに、2015年に策定した新たな温暖化対策実行計画では、S-8研究の成果等を活用し、「適応策の主流化」と「適応策の順応的な推進」を重点指針として位置づけた。

  • 陸 斉, 須賀 丈, 浜田 崇, 堀田 昌伸, 尾関 雅章, 畑中 健一郎
    2016 年21 巻2 号 p. 157-166
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    近年の気候変動の影響により、多くの種で絶滅の危険性が高まるなど生物多様性が損なわれる危機が生じており、適応策の必要性が指摘されている。長野県においては、「長野県生物多様性概況報告書」を基礎に気候変動影響も視野に入れた「生物多様性ながの県戦略」を策定した。これは生態系サービスにも着目し、環境部のみならず農政部、林務部、観光部、建設部等、多くの部局の施策に関係した内容になっている。また、10年が経過したレッドリストの改訂作業を通して、絶滅危機の新たな要因の評価には、予測科学の成果とともにモニタリング情報が必要であることが改めて認識された。現在、長野県では、市民参加のモニタリング体制が構築されデータが蓄積されつつある。これらの成果を基礎として、今後、関係者の連携体(プラットフォーム)での情報共有と検討を通じて、より包括的で柔軟な適応の体制を築く必要がある。

  • 横山 仁
    2016 年21 巻2 号 p. 167-172
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    近年、地球温暖化や都市化の進行とともに多発傾向にあるゲリラ豪雨について、東京都内における発生実態と対策(適応策)について検討した。日中、高温となりやすい区部北西部はゲリラ豪雨の多発地帯でもあり、ゲリラ豪雨に対する都市化(ヒートアイランド)の関与が示唆された。インフラ整備等ハード面での対策にはかなりの時間がかかることから、監視や予測、教育等ソフト的な対策は重要性であり、本稿では、高校生に対する温暖化やヒートアイランドといった環境分野の要素を取り入れた環境・防災教育を試行し、その概要について述べた。

  • 梶井 公美子
    2016 年21 巻2 号 p. 173-186
    発行日: 2016年
    公開日: 2025/08/22
    ジャーナル フリー

    本研究では、環境省が実施した「平成27年度地方公共団体における気候変動影響評価・適応計画策定等支援事業」の支援過程と検討成果を踏まえ、地方公共団体における気候変動影響評価・適応計画策定の手順のあり方、各ステップにおける課題とその解決手法について、体系的な分析・考察を行った。全体手順は、望ましい手順として八つのステップが想定されたが、各自治体の実情に即し柔軟に手順をアレンジする応用パターンの適用が重要になることが分かった。また、各ステップの課題への解決手法として、目指す適応計画に到達するまでの短期のゴールやプロセスの戦略づくり、地方気象台との連携、地方公共団体実行計画への組み込みや適応に関する方針の策定、総合計画など上位計画への適応の位置づけ、さらに、自治体間での関連情報・経験・ノウハウの共有、国からの基礎的な気候・影響情報やツール類の提供等が有効であることが示唆された。

feedback
Top