本特集は、環境省環境研究総合推進費「気候変動に対する森林帯-高山帯エコトーンの多様性消失の実態とメカニズムの解明(D-0904、平成21~23年度)」の一連の研究成果を中心に概説したものである。この課題研究は、森林帯上部から高山帯にかけての「山岳生態系」を対象に、北海道大学、酪農学園大学、東北大学、信州大学の各サブグループがそれぞれのテーマで行った研究を統合し、気候変動に対する高山生態系の脆弱性を総合的な見地から評価することを目指した研究プロジェクトである。気候変動に伴う環境変化が植物の生理機能を変化させ、急速な植生変化と生物多様性の消失を引き起こしている実態を明らかにし、そのメカニズムを解明することにより、気候変動下における山岳生態系の保全・管理指針づくりへの貢献を目的としている。北海道大学グループは、気候変動に対する植物群集スケールの応答を北海道の山岳地域を対象に行った。酪農学園大学グループは、大雪山系をモデル地域として、リモートセンシングと地理情報システム( GIS;Geographic Information System)を用いた景観スケールの植生変化と立地環境変化の解析手法について担当した。東北大学グループは、八甲田山域を対象として高層湿原と亜高山帯林の動態について生理機能に着目した研究を行った。信州大学グループは、山岳植物の遺伝構造に着目し、遺伝的多様性の形成過程やその生態学的背景について主に中部山岳域を対象に研究を行った。さらに、プロジェクトメンバーには直接入っていないが、国立環境研究所のグループには、高山植生の季節性のモニタリング手法の開発について情報提供をして頂いた。すなわち、本プロジェクト研究では、遺伝子から景観スケールに及ぶ山岳生態系の気候変動に対する応答についてのレベル横断的な研究と、野外モニタリング構築とモニタリング手法の開発という実践的な研究を統合したアウトプットを目指した。
本特集では、まず工藤(北海道大学)が山岳生態系のモニタリングの重要性とその方向性について解説し、本特集の導入とした。次に、金子ら(酪農学園大学)はGISとリモートセンシング技術を用いた景観スケールの植生変動と広域環境モニタリング手法を紹介し、その有効性について大雪山系での事例を示しながら解説した。続いて川合・工藤(北海道大学)は大雪山系で進行している植生変動メカニズムについて紹介し、植生管理手法としてのササ刈取りの有効性を検討した。彦坂ら(東北大学)は八甲田山域の高層湿原をモデル地域として、植物の群集構造を生理生態学の観点から理解する試みを解説した。続いて田中ら(東北大学)は亜高山帯林の動態の現状と将来予測について解析し、保全地域選定の際に重視すべきことを提言した。宮田ら(北海道大学)も気候変動に対する森林動態を北海道の山岳域で調べたが、従来の年輪解析に加えて材の炭素安定同位体比の解析から水分ストレスによる生理的応答の解析を行う手法を紹介した。続いて信州大学グループによる植物群集の遺伝構造解析についての解説であり、平尾は中部山岳域の高山植生の遺伝的脆弱性について地理学的スケールの解析研究を紹介した。市野らは標高傾度に沿った種内レベルの遺伝的分化について紹介し、遺伝的多様性の形成機構と局所的な生物間相互作用の重要性について解説した。最後に小熊・井手(国立環境研究所)は自動撮影カメラを用いた高山植生の生物季節(フェノロジー)計測について立山での解析例を提示し、これまで困難とされてきた山岳地域でのフェノロジーの長期モニタリングに関する新たな手法を紹介した。
このように、本特集では景観から遺伝子スケールに及ぶ山岳生態系の気候変動応答のさまざまな具体例とモニタリング手法を紹介した。全体を通して植物を中心とした研究から構成されているが、陸域生態系の構造を作り出している植生の総合的な理解は、動物群集の多様性維持や保全政策にも深く関わってくるはずである。本特集が山岳生態系の構造と脆弱性についての理解をより深めるのに役立ち、生態系管理・保全指針の策定と実施に貢献できることを期待したい。
最後に、本特集にあたりご執筆頂いた皆様、ならびに編集にご尽力頂いた皆様に感謝申し上げます。
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