地球環境
Online ISSN : 2758-3783
Print ISSN : 1342-226X
19 巻, 1 号
山岳生態系の生物多様性と気候変動:実態把握と将来予測に向けて
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 工藤 岳
    2014 年19 巻1 号 p. 1-2
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    本特集は、環境省環境研究総合推進費「気候変動に対する森林帯-高山帯エコトーンの多様性消失の実態とメカニズムの解明(D-0904、平成21~23年度)」の一連の研究成果を中心に概説したものである。この課題研究は、森林帯上部から高山帯にかけての「山岳生態系」を対象に、北海道大学、酪農学園大学、東北大学、信州大学の各サブグループがそれぞれのテーマで行った研究を統合し、気候変動に対する高山生態系の脆弱性を総合的な見地から評価することを目指した研究プロジェクトである。気候変動に伴う環境変化が植物の生理機能を変化させ、急速な植生変化と生物多様性の消失を引き起こしている実態を明らかにし、そのメカニズムを解明することにより、気候変動下における山岳生態系の保全・管理指針づくりへの貢献を目的としている。北海道大学グループは、気候変動に対する植物群集スケールの応答を北海道の山岳地域を対象に行った。酪農学園大学グループは、大雪山系をモデル地域として、リモートセンシングと地理情報システム( GIS;Geographic Information System)を用いた景観スケールの植生変化と立地環境変化の解析手法について担当した。東北大学グループは、八甲田山域を対象として高層湿原と亜高山帯林の動態について生理機能に着目した研究を行った。信州大学グループは、山岳植物の遺伝構造に着目し、遺伝的多様性の形成過程やその生態学的背景について主に中部山岳域を対象に研究を行った。さらに、プロジェクトメンバーには直接入っていないが、国立環境研究所のグループには、高山植生の季節性のモニタリング手法の開発について情報提供をして頂いた。すなわち、本プロジェクト研究では、遺伝子から景観スケールに及ぶ山岳生態系の気候変動に対する応答についてのレベル横断的な研究と、野外モニタリング構築とモニタリング手法の開発という実践的な研究を統合したアウトプットを目指した。

    本特集では、まず工藤(北海道大学)が山岳生態系のモニタリングの重要性とその方向性について解説し、本特集の導入とした。次に、金子ら(酪農学園大学)はGISとリモートセンシング技術を用いた景観スケールの植生変動と広域環境モニタリング手法を紹介し、その有効性について大雪山系での事例を示しながら解説した。続いて川合・工藤(北海道大学)は大雪山系で進行している植生変動メカニズムについて紹介し、植生管理手法としてのササ刈取りの有効性を検討した。彦坂ら(東北大学)は八甲田山域の高層湿原をモデル地域として、植物の群集構造を生理生態学の観点から理解する試みを解説した。続いて田中ら(東北大学)は亜高山帯林の動態の現状と将来予測について解析し、保全地域選定の際に重視すべきことを提言した。宮田ら(北海道大学)も気候変動に対する森林動態を北海道の山岳域で調べたが、従来の年輪解析に加えて材の炭素安定同位体比の解析から水分ストレスによる生理的応答の解析を行う手法を紹介した。続いて信州大学グループによる植物群集の遺伝構造解析についての解説であり、平尾は中部山岳域の高山植生の遺伝的脆弱性について地理学的スケールの解析研究を紹介した。市野らは標高傾度に沿った種内レベルの遺伝的分化について紹介し、遺伝的多様性の形成機構と局所的な生物間相互作用の重要性について解説した。最後に小熊・井手(国立環境研究所)は自動撮影カメラを用いた高山植生の生物季節(フェノロジー)計測について立山での解析例を提示し、これまで困難とされてきた山岳地域でのフェノロジーの長期モニタリングに関する新たな手法を紹介した。

    このように、本特集では景観から遺伝子スケールに及ぶ山岳生態系の気候変動応答のさまざまな具体例とモニタリング手法を紹介した。全体を通して植物を中心とした研究から構成されているが、陸域生態系の構造を作り出している植生の総合的な理解は、動物群集の多様性維持や保全政策にも深く関わってくるはずである。本特集が山岳生態系の構造と脆弱性についての理解をより深めるのに役立ち、生態系管理・保全指針の策定と実施に貢献できることを期待したい。

    最後に、本特集にあたりご執筆頂いた皆様、ならびに編集にご尽力頂いた皆様に感謝申し上げます。

  • 工藤 岳
    2014 年19 巻1 号 p. 3-12
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    山岳生態系は気候変動に対して最も脆弱な系であり、地球環境変化の生態系への影響を検出するのに適している。これまでに、世界各地で生物の生理的応答、季節応答、分布域の変化など多くの事例が報告されており、種の絶滅、個体群衰退、多様性の減少、植生変化の進行が明らかである。しかしながら、山岳地域における気象データの集積は大変乏しく、生態系変化を引き起こしている要因解析のためには、地域特有の生育環境変化のモニタリングが必要である。これまでに報告された国内外の山岳生態系の変化を概説し、気候変動下にある山岳生態系の生態系監視システムの構築と保全管理計画策定に向けた提案を行った 。

  • 金子 正美, 星野 仏方, 雨谷 教弘
    2014 年19 巻1 号 p. 13-22
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    北海道大雪山系では融雪時期の早期化や土壌乾燥化などの影響で、乾燥化の指標種とされているチシマザサ(Sasa kurilensis、以下、ササ)やハイマツ(Pinus pumila)などの低木が分布域を拡大している。それと対応して、高山湿生植物群落の分布域が縮小し、高山植物の局所的な絶滅が危惧されている。本研究では北海道大雪山国立公園の五色ヶ原を解析モデル区とし、植生変動の定量化と変動のメカニズムを明らかにするために、現地調査、現地計測、航空機、及びマイクロ波衛星観測の手法を用いて、植生判別と植生変動地域の抽出、植生変動地域における地表面特性の抽出、植生変動地域における土壌水分の分布と季節変動の抽出、及びササ侵入危険地域の予測などを行った。特に土壌水分の季節変動の推定の研究では、植生密生地域において植物の下層にある土壌水分の季節変動の推定に初めて成功した。研究対象地では、ササの拡大が最も顕著な木道周辺で、1977年から2009年までの31年間で30%拡大していた。またハイマツも14%増加し、樹高生長も見られた。ササの増加地域は、斜面方位が主として東斜面であり、傾斜度が0-20度以下、日射量が高い(80-90KWh/m2)場所で選好性を示した。マイクロ波を用いた植生変動地域における土壌水分の季節変化は、ササ分布域では土壌水分の減少(乾燥化)が顕著に現れた。GISの解析により、アナログ空中写真とマイクロ波データを重ねあわせて解析することにより、植生変化と環境変動を詳細に把握することが可能となった。

  • 川合 由加, 工藤 岳
    2014 年19 巻1 号 p. 23-32
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    大雪山国立公園は日本最大の国立公園であり、そこでは豊富な積雪が作り出す融雪時期の違いが高山生態系の生物多様性を生み出す原動力となっている。近年、大雪山五色ヶ原では、湿生お花畑の消失とチシマザサの拡大が進行している。その原因として、融雪時期の早期化と土壌乾燥化が考えられる。湿生お花畑を代表するエゾノハクサンイチゲの急速な個体群衰退メカニズムと、チシマザサ拡大がもたらす生態学的影響を明らかにした。また、チシマザサの拡大を抑制する植生管理手法として、刈取り処理の有効性を検討した。

  • 彦坂 幸毅, 佐々木 雄大, 神山 千穂, 片渕 正紀, 及川 真平, 嶋崎 仁哉, 木村 啓, 中静 透
    2014 年19 巻1 号 p. 33-46
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    植物の形質情報をもとに、群集集合則を理解する試みが進んでいる。我々は八甲田山系の亜高山帯に点在する湿原を対象に、群集生態学と生理生態学という全く異なる方向から湿原植物群集の生物多様性の成り立ちを解析している。植物の形質情報を用いることにより、両者に直接的な接点が生まれ、植物群集を生理機能に基づいて理解できるようになる。このようなアプローチにより、環境変化に対して生態系機能や生物多様性がどのように応答するかの予測が可能となり、保全政策提言にも資することができると期待される。

  • 田中 孝尚, 嶋崎 仁哉, 黒川 紘子, 彦坂 幸毅, 中静 透
    2014 年19 巻1 号 p. 47-56
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    青森県八甲田山のオオシラビソ林を対象に、約30年前および最近の空中写真を利用してここ数十年間の温暖化が個体群に与えた影響を検出し、今後の分布変化を予測した。オオシラビソの個体群は、ここ約30年間で、分布の下限標高付近で減少し、上限付近では逆に増加しており、分布が高標高域へ移動していることが明らかになった。また、湿原の周辺でも個体数は増加していた。さらに、オオシラビソ個体群の分布と環境条件の関係を50mメッシュと1kmメッシュで解析し、その結果を用いて温度上昇に伴う分布適域の変化を予測した。1kmメッシュでは、温度条件のみで分布が説明されたが、50mメッシュでは、地形条件や湿原との距離などによって、適域の分布が影響を受けていることが分かった。これは、解像度を上げることによって見落としていた微地形などの適応的機能から局所的な適域を検出できたことによると考えられた。温度上昇にともない湿原の分布適域も減少するが、湿原が衰退しない場合にはオオシラビソの分布適域の減少も少ないことが分かった。個体群動態の結果と合わせると、湿原の周囲がオオシラビソのレフュジアとなる可能性が示された。また、空間解像度の違いは、分布適域の推定に影響し、気候変動が森林動態におよぼす影響についての具体的適応策を考えるうえで、高い解像度による解析が必要なことが明確となった。

  • 宮田 理恵, 長谷川 成明, 甲山 隆司
    2014 年19 巻1 号 p. 57-62
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    地球規模の気候変化が引き起こす森林生態系の変化を理解する上で、樹木の成長応答や森林帯の移動の定量的な評価と予測は重要な課題である。夏季の気温の上昇にともなって、森林限界付近の樹木の生理活性の促進および森林限界の上昇と、生理活性の抑制および森林限界の下降という、相異なる可能性が予測されている。温暖化に対する樹木の応答の方向や大きさを評価するためには、地域や標高、樹種の違いを考慮した解析が必要となる。私たちは、北海道のふたつの山域の亜高山帯林において、異なる標高に分布するアカエゾマツ(Picea glehnii)個体群を対象に、年輪幅と気象要因の関係を解析した。また、炭素安定同位体比による乾燥に対する応答の検出を試みた。対象の二山域では、森林限界付近の個体群で夏季の気温上昇が乾燥を引き起こし、肥大成長を抑制することがわかった。こうした結果は、温暖化によって北海道山岳域の森林限界が下降する可能性を示唆している。

  • 平尾 章
    2014 年19 巻1 号 p. 63-70
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    日本の高山、特に本州中部山岳は、北方の高緯度地域に分布中心を持つ高山植物の南限となっていることが多く、温暖化に対する脆弱性が危惧される。そこで氷期遺存種として知られる高山植物チョウノスケソウ(Dryas ocotopetala)について、高緯度地域から南限の日本までの遺伝的多様性を集団レベルで明らかにし、日本産の高山植物の脆弱性を検討した。その結果、本州中部山岳では遺伝的多様性が顕著に減少していることが示された。特に最南地の南アルプスでは、高緯度地方と比べて遺伝的多様性の約90%が喪失していた。これまでの日本産高山植物に関する分子系統地理学の成果として、本州中部山岳は過去の間氷期から集団が維持された逃避地と推定されているが、分布南限の氷期遺存集団は遺伝的に脆弱であり、温暖化における「抗道のカナリヤ」と言えよう。

  • 市野 隆雄, 栗谷 さと子, 楠目 晴花, 平尾 章, 長野 祐介
    2014 年19 巻1 号 p. 71-78
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    温暖化によって、高山植物は将来的に消失の危機にさらされるだろうといわれている。一方、高山植物だけでなく、その下方に位置する山岳植物も「高地型」と「低地型」に分化し、それぞれが独自の遺伝的固有性をもつ「保全すべき単位」である可能性がある。そこで筆者らは、高地型と低地型の間で遺伝的分化があるか、また高地型と低地型の生殖隔離に関与する花形質が生態的に分化しているかどうかについて、3種の草本植物を対象に検討した。本稿では、これらの個別研究の成果をまとめて紹介する。サラシナショウマは、遺伝的にも生態的にも標高間で3つの送粉型に分化していることが明らかになった。ヤマホタルブクロおよびウツボグサでは、標高が上がるにつれて花サイズがおおむね小型化していたが、この小型化は標高そのものに影響されたものではなく、分布する送粉マルハナバチ類のサイズに適応した生態的分化の結果であることがわかった。これらの結果から、温暖化にあたって保全すべきなのは、これまでひとくくりにされていた山岳植物「種」とは限らず、より細かく分化した「生態型」である可能性が示唆された。

  • 小熊 宏之, 井手 玲子
    2014 年19 巻1 号 p. 79-86
    発行日: 2014年
    公開日: 2025/09/11
    ジャーナル フリー

    高山生態系は気候変動の影響に対して脆弱であり、その長期的かつ詳細な観測が求められている。本研究では、立山室堂山荘とNPO法人北アルプスブロードバンドネットワークの協力の下、北アルプスの山小屋に設置された自動撮影デジタルカメラによる定点観測を行い、高山生態系における積雪域と植生の季節変化(フェノロジー)を検出する新しい観測手法の開発を行った。収集された画像の赤緑青(RGB)の値を統計的に解析することにより対象領域内の積雪画素を判別し、また各画素に含まれる緑色の割合から植物の緑葉期間の開始日と終了日を検出した。その結果、高山帯における群落や種レベルでの融雪過程と植生フェノロジーの時空間変化が明らかになり、フェノロジーと融雪傾度や微地形などの要因との関係が示唆された。このようなデジタルカメラを利用した高い時空間解像度での統合的な解析は、高山生態系の変動解明に役立つものと考えられ、様々な高山域への展開が期待できる。

feedback
Top