脳神経外科で遭遇するの痛みの漢方治療を概観する。手術適応がなく,抗痙攣薬の使用,増量が困難な三叉神経痛や舌咽神経痛に漢方薬は時に卓効を示す。片頭痛や緊張性頭痛で一般的な西洋医学的薬物療法だけでは寛解しない症例に漢方的なアプローチが奏効することは多い。また,頚椎症に起因する頭痛,顔面痛,口腔内痛はしばしば見過ごされており,その西洋医学的な病態理解に基づいた漢方薬の使用で解決する場合が多い。
五苓散は天候による頭痛に有効とされるが,多数例の報告は少なく,有効な臨床像の詳細は確立されていない。五苓散が有効な一次性頭痛の臨床像を検討した。1ヵ月以上の五苓散の内服を継続し,効果を判定できた39例のうち,有効33例で,6例は無効であった。天候による頭痛の悪化がない3例は全例無効であった。気候による悪化は自己申告であるが,有用な情報であった。五苓散はglymphatic flowを保護し頭痛を抑制する可能性が考えられた。
悪性神経膠腫に対する術後導入療法で用いられるテモゾロミド (TMZ) は骨髄抑制のために休薬/中止を余儀なくされることがある。十全大補湯は,一部の固形がんに対する化学療法との併用で骨髄抑制の緩和効果が報告されているものの,TMZとの併用に関する報告はない。そこで今回我々は,TMZ投与中に血球減少傾向がみられた3症例に対して十全大補湯を投与し,その効果を検討した。十全大補湯の投与開始1週間後には平均で好中球数132%,リンパ球数130%,血小板数120%へと増加を認め,3例全てでTMZを休薬/中止することなく導入療法を完遂した。十全大補湯はTMZの骨髄抑制を緩和し,TMZの休薬/中止を回避できる可能性がある。
脳出血は瘀血の状態と考えられ,駆瘀血剤を用いた瘀血症状の改善が脳浮腫および随伴症状の改善に有用であると言われている。また,瘀血の診断には舌診が有用である。我々は,駆瘀血剤を投与した脳出血患者の残存血腫率と舌所見の関連性を検討した。2017年4月から10月までの7ヵ月間に発症し,駆瘀血剤である桂枝茯苓丸および大黄製剤であるセンノシドを投与した脳出血患者7例を対象とし,口腔機能管理時に舌写真を定期的に撮影し,残存血腫率と舌所見の推移を検討した。舌所見の該当する項目数が多いほど残存血腫率が高い傾向が得られた。舌所見を加味することで,脳出血患者に対する駆瘀血剤の効果をより客観的に評価できる可能性があると考えられる。
患者は水痘・帯状疱疹ウイルス (VZV) による右顔面神経麻痺の42歳女性。第4病日の麻痺は重度で,柳原40点法で6点であった。プレドニゾロン,バラシクロビル,メコバラミンを開始したが,第13病日は12点であった。桂枝加朮附湯を開始したところ,第20病日には32点に改善,第41病日には40点となり完全治癒した。検索しえた限りではVZVによる顔面神経麻痺に対して桂枝加朮附湯が有効であったとする報告はなかった。桂枝加朮附湯はVZVによる顔面神経麻痺の予後を改善する可能性がある。
高齢化社会が進行する現代,認知症患者は激増している。医療上有効な治療法はいまだになく,また介護の面でも施設,人材の不足から老老介護の激増という問題が顕在化している。今回,漢方医学の心身一如,個別化医療という観点から,陽性BPSDの症状である不安,不眠が顕著で,かつ陰性BPSDの症状である食欲不振から低栄養状態をきたした認知症に,加味帰脾湯が著効した症例を経験した。加味帰脾湯の補気,補脾作用を根底に,清熱,精神安定化作用が適切に作用したものと考えられる。さらに見当識障害や遂行機能障害などの中核症状の進行も抑えられ,構成生薬の一つである遠志の抗認知症作用が寄与した可能性が示唆された。精神の安定と良好な身体活動性は長期に維持され,家族の負担は激減した。今後,このような認知症に対する加味帰脾湯の有用性が期待される。
血管造影検査後に強い疼痛を伴った穿刺部血腫を認めたため,治打撲一方を処方し経過良好であった2例を経験した。35歳男性で血管造影検査後の穿刺部からの右大腿部皮下血腫により強い疼痛と歩行困難を生じたため,治打撲一方を処方したところ,翌日より疼痛が軽減し歩行可能となった。53歳男性で,血管内治療後に左肘動脈穿刺部の痛みと皮下血腫を認め,局所疼痛に対して鎮痛剤を使用したが効果がないことから,治打撲一方の処方を行った。投薬後より症状は軽快し,翌日より肘屈曲が可能となった。大関節の動脈穿刺部の血腫により疼痛を併発すると,歩行困難など日常生活活動に制限が加わる。そのため,疼痛への対応が早急に必要とされるが,今回経験した2例については,治打撲一方の疼痛に対する即効性が確認できた。
肺癌からの転移性脳腫瘍と考えられる造影病変に繰り返しガンマナイフ治療が施行された後に再増大する病変に対して,漢方薬を含めた薬物治療を施行したところ症状改善,画像上の病変縮小が認められた2症例を経験した。いずれの症例においても薬物治療開始時の造影病変は腫瘍再発ではなく放射線壊死であると判断した。同時使用した併用薬の効果も否定はできないが,漢方薬が放射線壊死に有効であったと考えられた。
頭部外傷に対する減圧開頭後には,術後の変化と元の外傷による頭皮腫脹や皮下血腫が相まって,減圧部に厚い皮下血腫/皮下腫脹を生じ,有効な外減圧の妨げになることがある。治打撲一方は外傷後の腫脹・疼痛や,開頭術後の創周囲の腫脹の改善に有効であることが報告されている。今回我々は,重症頭部外傷に対する広範囲減圧開頭後に生じた著しい皮下腫脹に治打撲一方を投与し有効であった症例について報告する。
釣藤散には降圧効果が報告されているが,臨床的な報告は少ない。治療抵抗性の高血圧に対して釣藤散が有効であったくも膜下出血の1例を経験したので報告する。39歳の男性,前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症し,コイル塞栓術を施行した。術後より複数の降圧薬の点滴と内服を併用したが,血圧のコントロールは不良であった。しかし,釣藤散の投与により著明な降圧を認め,降圧薬の内服のみで血圧のコントロールが可能となった。降圧薬による降圧効果が不十分である場合には,釣藤散の併用も考慮してもよいと考える。
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