成熟した脳が損傷を受けた場合に, 失われた神経細胞は基本的に再生することはない. したがって, 代償的な神経回路の再編成が生じることが, 機能的再建の主たるメカニズムだと考えられている. しかし現在においては, 脳の損傷後にどのような神経回路の再編成が生じるのかに関する知見は少ない. 私たちは, 人に近い脳構造と筋骨格構造を持つサルを用いて, 運動出力を担う主要な皮質領野である第一次運動野に限局した損傷を作成したときの機能回復過程を調べてきた. これまでの研究により, 上肢運動の回復過程には損傷後の運動訓練を行わなくても回復する要素があるが, 特に拇指と示指を対立させた指先でのつまみ把握(精密把握)の回復は運動訓練により促進されることが明らかになった. また, 脳機能イメージングと遺伝子発現を調べた実験から, 精密把握回復の背景として, 運動前野腹側部における神経回路の機能および構造的再編成があることを明らかにした.
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