野菜中の
l-アスコルビン酸は,アスコルビン酸酸化酵素の触媒作用により容易に酸化され,その機能性の低下が生じる.一方,
d-
エリソルビン酸
はアスコルビン酸の立体異性体であり,その還元能により食品の酸化防止剤としての使用が認められている.
エリソルビン酸
はアスコルビン酸よりもアスコルビン酸酸化酵素に対してより弱い親和性を有し,酸化反応を受けにくい傾向があることが報告されている.有機溶媒中でのリパーゼ触媒下のアスコルビン酸と脂肪酸の縮合による両親媒性抗酸化剤6-
O-アシルアスコルビン酸の合成が報告されている.噴霧乾燥法による脂質の粉末化技術にアシルアスコルビン酸を利用した結果,粉末化脂質の酸化安定性が大きく改善された.アシル
エリソルビン酸
も両親媒性抗酸化剤として粉末化脂質の利用に有効である可能性があり,さらにアシル
エリソルビン酸
はアスコルビン酸酸化酵素の存在する食品においても効果的に抗酸化活性を発現することが期待される.本研究では,固定化リパーゼを用いたアシル
エリソルビン酸
合成のための最適条件が決定され,脂質酸化に対する抑制効果が評価された.
所定量の
エリソルビン酸
,脂肪酸および固定化リパーゼを褐色バイアル瓶入れ,5 mLの各種有機溶媒が加えられた.炭素数8から16の飽和脂肪酸が使用された.固定化リパーゼChirazyme
® L-2 C2,L-2 C3,L-5およびL-9 C2が用いられた.反応溶媒には,ジメチルスルホキシド,アセトニトリル,アセトン,2-メチル-2-プロパノール,2-メチル-2-ブタノール,酢酸エチル,クロロホルムおよびヘキサンが選択された.バイアル瓶は激しく振とうしながら30~70℃の水浴中に浸漬され,適当な間隔で反応液が採取された後,HPLC分析により生成物量の経時変化が測定された.脂質酸化に対する抑制効果はリノール酸メチルの過酸化物価の経時変化にて評価され,さらにアシル
エリソルビン酸
のDPPHラジカル消去活性が測定された.
エリソルビン酸
とラウリン酸との縮合反応における生成物のNMR構造解析結果から,生成物は
エリソルビン酸
のC6位の一級水酸基がラウリン酸によりエステル化された構造を有することが明らかとなった.4種の固定化リパーゼではChirazyme
® L-2 C2の活性が最も高かった.0.0625から1.0 mmolの初期
エリソルビン酸
量にて60℃のアセトニトリル中で縮合反応を行ったところ,基質の初期濃度が高いほど最大反応率が高くなる傾向が示された.基質モル比を1:1から1:10の範囲で同反応を実施したところ,モル比の増加とともに最大反応率は増大したが1:7.5以上では差異が認められなかった.各種飽和脂肪酸での反応率の経時変化はいずれもほぼ同じ挙動を示し,アシル鎖長は反応に影響しないことが示された.種々の有機溶媒中で反応が行われた結果,反応率は溶媒極性に起因する
エリソルビン酸
の溶解度に依存する傾向が示された.30℃から70℃で反応が行われたところ反応は高い温度でより迅速に進んだが,70℃ではリパーゼの熱変性が示唆された.固定化リパーゼ量を5から200 mgにて反応を実施したところ,反応速度は固定化リパーゼ量に顕著に依存した.DPPHラジカル消去活性の測定から,エタノール溶液中でのラジカル消去能について,
エリソルビン酸とアシルエリソルビン酸
との間に差異がないことが示された.また,65℃,相対湿度12%下でのリノール酸メチルの酸化に対する抑制効果は,パルミトイル
エリソルビン酸
およびパルミトイルアスコルビン酸の方が,
エリソルビン酸
およびアスコルビン酸よりも大きかった.
エリソルビン酸
やアスコルビン酸へのアシル基の導入は脂質へのそれらの溶解度を向上させ,その結果脂質酸化に対する抑制能が改善されたものと考えられる.アシル
エリソルビン酸
はその抗酸化能および乳化能により,脂質の粉末化に対して効果的に使用することができるものと考えられる.
抄録全体を表示