【はじめに】 基板材料としてよく使われているサファイア(Al
2O
3)単結晶の特性に関して評価を行う場合、サファイアは広いバンドギャップ(~8.5eV)を持つ絶縁体であるため、光物性的な評価方法が適しているが、適当な励起光源がないため、しばしば電子線による評価が行われている。特に合成サファイアの場合は、電子線励起による酸素欠陥への影響について、カソードルミネッセンス(CL)によう研究結果が報告されている。これに対し、発光色を制御するため処理した天然サファイアについては、これまでほとんど報告がなされていない。本研究では、天然及び合成サファイアについて、その表面及びその直下の電子ビーム照射による変化を詳細に調べた結果、サファイアの代表的欠陥であるF
+センター (発光波長~330nm)やCr
3+センターの発光特性に対する電子線照射効果が、サファイアの種類に強く依存し、特に試料温度や水素プラズマ照射により、かなり異なることを見出した。
【実験】 Be拡散処理した天然サファイア、未処理天然サファイアと2種類の合成サファイアについて、F
+センター発光強度の電子ビーム照射時間依存性を調べ、電子ビーム照射効果に対する試料温度依存性、アニール処理や水素プラズマ照射による影響を調べた。各試料に対する電子線照射は、加速電圧を一定(15kV)とし、ビーム電流を1×10
-7~2×10
-6 Aの範囲で変化させて行った。また、試料温度は、室温(RT)から85Kまで変化させた。水素プラズマ照射は、試料温度900℃、水素ガス圧力5KPa、水素流量100sccmの条件で、2時間行った。
【結果・考察】 天然処理石は、他の試料に比べ、電子ビーム照射による変化が低照射量で生じ、高照射量で飽和するF+センターの発光強度が低かった。一方、合成石は天然処理石に比べ、発光強度が強く、その試料温度依存性が大きかったのに対し、天然処理石は試料温度による変化が少なかった。他方、水素プラズマ照射に対しては、合成石では変化が殆んど無かったが、天然処理石の場合、発光センターの強度を含め試料の色やピークも変化することが判明した。これらより、天然処理石の場合には、温度依存性が小さいため、励起キャリアの拡散長が熱的な影響をあまり受けない程度に短いことが示唆され、合成石の場合には、試料温度の上昇とともにキャリア拡散長が大幅に増大するため、明瞭な温度依存性が現れるものと考えられる。また、水素プラズマ処理すれば、F
+センターの発光が抑制され、Cr
3+センターの電子状態にも影響を及ぼすが、それ以外にも試料の変色現象として現れ、発色に関わる不純物に対しても電子状態が変化することを見出した。水素プラズマ照射による変色に関しては酸素雰囲気でのアニール処理でほぼ元の発色に復元できるが、電子状態については完全には回復できないことがしばしば存在した。これらの結果から、天然処理石は電子ビーム照射、アニール処理、あるいは水素プラズマ照射により、変化しやすい電子状態の発光センターを持っていることが分かる。さらに、F
+ センターとCr
3+センター以外にも、3eV付近に観測される発光ピークについて、時間分解フォトルミネセンスにより調べた結果、明瞭な試料依存性があることが明らかになった。
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