これまでは, 金属錯体の理論について説明し, 配位結合の性質について考察してきた。これからは, これらの結果を基礎として錯体の化学反応について考えて見よう。一般に化学反応の取り扱い方には大きく分けて二つの立場が存在する。一つは化学平衡という側面から見て行く立場であり, もう一つは反応速度に注目して行く立場である。後者は, 最近では反応機構の解明と結びついて, 独特の発展をしつつある。錯体化学では, よく安定度(stability)という言葉が用いられるが, これは錯体形成反応の平衡定数に基づいて定義されるもので, 熱力学的な安定性を表わしている。これに対して, 錯体の変化する速さから安定性を考える場合に活性度(lability)という言葉が用いられる。ここでは, まず安定度がどのような因子によって影響されるかを説明した後, 主として配位子置換反応を例として, 錯体の反応速度とd電子配置との関係を取り扱って見ようと思う。
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