宗教研究
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特集号: 宗教研究
93 巻, 2 号
ジェンダーとセクシュアリティ
選択された号の論文の18件中1~18を表示しています
論文〔特集:ジェンダーとセクシュアリティ〕
  • 編集委員会
    2019 年 93 巻 2 号 p. 1-2
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー
  • 信仰体験談と生命主義的救済観
    猪瀬 優理
    2019 年 93 巻 2 号 p. 3-30
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    本論文の目的は、日本の新宗教の体験談を救済とジェンダーの観点から検討することを通じて、宗教研究に「ジェンダーの視点が不可欠」であることを改めて確認することである。

    「生命主義的救済観」論文は、日本の新宗教に共通する信念体系を論じたものとしてよく知られる。この「救済観」にジェンダーの視点は考慮されていない。だが、具体的な個々の体験談においてはジェンダーによる影響が現れる。

    本論文では、複数の教団の体験談から父母、夫妻の物語を取り上げ、そこに働くジェンダー秩序の影響を検討した。

    結果として、苦難や救いに対する意味づけの部分において、ジェンダー秩序が大きく影響を与えていることが確認された。救済観とジェンダー秩序は、ともに社会変動の影響で変容している。宗教研究に社会変動の視点が不可欠なのと同様に、ジェンダーの視点が不可欠であると確認できる。

  • ウルスラ・キングとモーニィ・ジョイを中心に
    川橋 範子
    2019 年 93 巻 2 号 p. 31-55
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    本稿ではジェンダー論的転回(gender-critical turns)が明らかにする日本の宗教研究の問題点を概観し、それらを修正するいくつかの方向性を提示していく。この作業にあたり、筆者と個人的な交流があるウルスラ・キング(ブリストル大学名誉教授)とモーニィ・ジョイ(カルガリー大学教授)という二人のフェミニスト宗教学の開拓者・先駆者(trailblazer)の理論的テクストの重要性を、日本で文脈化していく。宗教はグローバルなジェンダー正義を保障するための重要で積極的な要因となりうる。宗教の象徴力と組織力が強大であるがゆえに、宗教はジェンダー平等に敏感なものへと再構築される必要があると主張していく。結論部では、宗教と女性の主体を巡る近年の言説の陥穽とそれが日本の宗教研究に及ぼす個別の影響について考察する。

  • 女性行者を中心に
    小林 奈央子
    2019 年 93 巻 2 号 p. 57-78
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    日本の社会において、女性が行者の道を選ぶということは、さまざまな困難や苦労が伴う。五障や血の穢れといった女性を聖なる領域から遠ざける教えや慣習に伴う問題はもちろんのこと、その女性に家庭があれば、直ちに家庭生活、そしてそれに伴う女性に課されてきた性役割との両立の問題を生じ、修行生活の大きな障壁となる。その一方で、男性行者の場合は、同様に家庭があっても、その限りではない。つまり、そこには性別にかかわる差異や非対称性が存在する。そのことを明示的にしてくれるのがジェンダーの視点である。

    本稿では、女性行者を含む女性宗教者に関する研究の、中心的な担い手となってきた民俗学およびその研究手法に依拠した民俗宗教研究が、今日までそうした女性たちをどのように描いてきたかを批判的に検討する。そして、研究者や宗教者のジェンダーに対する意識改革の必要性と宗教教団が真にジェンダー平等を実現できる方途について論ずる。

  • ジェンダーの視点から
    小松 加代子
    2019 年 93 巻 2 号 p. 79-106
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    既成宗教との対比で語られるスピリチュアリティではあるが、フェミニスト宗教学者のウルスラ・キングは多くの女性たちが自分自身のスピリチュアルな経験と思いを語りだしたものであり、既成宗教の内外で起きている動きであると指摘している。現代の日本のスピリチュアリティの動きは、ジェンダー規範との矛盾の中で日々苦しむ女性の状況と無縁ではない。本稿では現代のスピリチュアリティを、生き難さを感じる女性たちが自分の人生の意味と充実感を見出して、日常生活の中に変化を作り出す動きとしてとらえ、それを成立させている女性たちのつながりに注目をする。スピリチュアリティは、ヒーラーとクライエントという関係のみではなく、小さなヒーリング・イベントを地元で開催する人々や、お客さんの悩みの解決の一助を提供したいと考えるレストランのオーナー、イベントやレストランを訪れるさまざまなお客さんなど、多様な人々を通して広まっている。

  • デーヴァダーシーと子宮委員長はるをめぐって
    田中 雅一
    2019 年 93 巻 2 号 p. 107-134
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は、セクシュアリティ・ジェンダー体制と呼ぶ社会システムと宗教との関係を考察することである。具体的な事例としてインドのデーヴァダーシーと呼ばれる女性たちと、その中核に位置するエッラッマ女神への実践と信仰を取り上げる。そこに認められる吉と不吉という女性を分断する宗教的観念が女性への差別を正当化していると同時に、宗教が既存のセクシュアリティ・ジェンダー体制を撹乱する要因にもなっていることを指摘する。差別をめぐる女性の分断は日本の文化や社会体制に馴染んでいる者にとっても他人事ではないという観点から、日本においては女性を分断する支配的な言説として貞淑な女性とふしだらな女性という対立が重要であると指摘する。そして、子宮委員長はるの著書を取り上げて、その撹乱的意義を論じる。

  • 創世記一六章の解釈を手掛かりにして
    出村 みや子
    2019 年 93 巻 2 号 p. 135-161
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    教父のジェンダー理解を知る上で、教父文書が構成において高度に文学的かつ修辞学的であることを示したエリザベス・クラークの視点が有効である。本稿では正統信仰確立の過程でどのようにジェンダーバイアスが生じたかを三位一体論や反異端論争の事例を通じて考察し、次に創世記一六章の解釈に焦点を当てて考察した。教父たちは聖書解釈を様々な論争に効果的に利用したが、特に結婚と禁欲の価値をめぐる論争では、貞節な結婚は当時のローマ社会の男らしさの表明であり、厳格な性的禁欲主義はキリスト教の修道制が提示した新たな男らしさの定義であったゆえに、夫であれ、教会指導者であれ、女性が男性の指導下のもとに置かれることに変わりはない。他方でアレクサンドリアのクレメンスは、宗教教育における徳の追求には本性的に男女の差を認めておらず、こうした男女平等主義がローマ帝国におけるキリスト教の急速な拡大や女性の地位の向上につながったと考えられる。

  • クィア神学からの批判的考察
    堀江 有里
    2019 年 93 巻 2 号 p. 163-189
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    「キリスト教は同性愛を受け入れない」としばしば表現されてきたように、性的マイノリティへの差別を牽引してきた宗教のひとつである。本稿は、キリスト教の性規範を問うクィア神学の観点から、性的マイノリティへの差別を醸成するひとつであるホモフォビア(同性愛嫌悪)を考察する。事例として、キリスト教の教義に基づいて形成される「家族の価値」尊重派の主張を批判的に検証する。かれらは異性愛の結合と生物学的なつながりのある子を「正しい家族」として措定し、終身単婚制の重要性を強調することで、同性婚への反対表明をおこなってきた。本稿では、合衆国において、「宗教右派」を中心とするかれらの主張が拡大してきた経緯を追ったうえで、聖書テクストの事例をとりあげ、そこから家族の「正しさ」を措定するのは困難なことをあきらかにする。このような作業をとおして、男性/異性愛中心主義の価値観のなかで奪われてきた性的マイノリティの「行為主体の可能性」を模索する。

  • 嶺崎 寛子
    2019 年 93 巻 2 号 p. 191-215
    発行日: 2019/09/30
    公開日: 2020/01/07
    ジャーナル フリー

    本稿では、ジェンダー・オリエンタリズムという難問(アポリア)を示し、それをいかに乗り越えるかを論じている。西洋と東洋を二項対立的に捉え、西洋が東洋を他者化し、東洋に自分たちの世界にはない独特/特殊な女性差別や女性蔑視を見出し、それを「遅れている」「女性差別的である」ことの証左とするまなざしがジェンダー・オリエンタリズムである。ムスリム女性は、一貫してこのまなざしが注がれる、主要な客体の一つであった。これに抗する第三世界フェミニズムは、不均衡な権力構造や表象のポリティクスについて、丁寧に紐解いてきた。一方日本の宗教学はジェンダー・オリエンタリズムに反論しようとするあまり、結果的にそれを再生産するという罠に嵌っている。研究者としてすべきことは、構造自体を白日の下に曝し、問い自体を無化することである。多数派を巻き込みつつ、ジェンダー主流化の意義を共有し、具体的な方法論を提示することによって、この隘路を切り抜けられるのではないか。

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