黒アフリカにおけるイスラーム研究の宗教学的意義が、二種の「原理主義的」研究によって見失われている。アフリカ宗教の「原理主義的」研究は、イスラームをアフリカ宗教の範疇から排除し、イスラームの「原理主義的」研究は、アフリカ・イスラームの研究に、固有の価値を認めないからである。これは、各宗教の本質は一つであり、変化は逸脱でしかあり得ず、宗教接触や混交は各宗教にとって本来的なあり方ではないと考えられているからである。しかし本稿は、宗教、特に世界宗教とよばれるような世界に広がった宗教の本質はむしろその動態、つまり、宗教の伝播拡大、宗教接触・混交、宗教改革、分派独立などにある、と考える。同時に、動態としての宗教が展開する場は空間であり、それゆえ宗教は各地の文明形成にも深くかかわることに注目する。ヨーロッパ文明、イスラーム文明、中国文明、インド文明のような世界文明の形成に宗教は大きな役割をはたしてきた。黒アフリカのイスラーム化も黒アフリカにおける商業経済発展、都市・国家形成などイスラーム文明の形成と密接にかかわった。こうした観点から、各地の文明形成と深くかかわりながら発展拡大する宗教の動的プロセスを相互に比較する新たな比較宗教学の視座を本稿は提案する。
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