本研究の目的は,「社会の問題の考察に数学を批判的に用いる」に焦点をあてて教材を開発し,批判的思考を具体化するための枠組みに沿って授業を実践して,生徒の発言を分析することである.具体的には,プロ野球の「トリプルスリーほぼ確実」とする新聞記事(2015年)に示された「ほぼ確実」という表現に着目して教材を開発し,実践した授業における生徒の発言を,トランスクリプトを作成して「批判的思考の構成要素」と「リスクを捉える観点」の2 つの枠組みから分析した.その結果,生徒は情報を精査し,方程式を用いた考察やトリプルスリー達成の背景にある様々な視点から議論する生徒の姿が見られ,「批判的思考」や「リスク」に関する発言が表出した.またここでは,批判的思考の態度形成の素地が見られる面も観察された.しかしその一方で,「生徒は新聞記事に対し無批判的な面が見られる」,「生徒は他者の考えに目を向けるが,これが自身の考えの変容にはつながらない」,「生徒は理性的,客観的な考えと,感情的,主観的な考えを往還するとは言い難い」といった生徒の課題も明らかになった.