本稿では,急速な少子高齢化の進展にともなう人口・世帯構成の変化や団塊の世代・ベビーブーム世代の引退傾向を背景に,所得格差の拡大や高齢者世帯の高い貧困率という同様の問題を抱える日本と韓国において,同時代に生きる両国の高齢者が直面する様々な貧困リスクと貧困状態との関係について,両国の高齢者パネル調査のデータを利用して実証的な比較分析を行った。分析の結果,韓国の高齢者世帯では,世帯主の年齢が高いほど,また健康状態が良くない場合,日本では女性世帯主である場合に貧困状態に陥る確率が高くなる。世帯主の職歴については,韓国では非正規雇用や無職であることに加えて自営業である場合にも貧困リスクが高まる傾向にあるが,対照的に日本では世帯主の職歴に強い貧困転落リスクは確認されなかった。韓国では生涯所得や経済的蓄積の大きさが老後の経済状況を日本以上に強く規定している。貧困状態への転落を防ぐ要因には,世帯主の学歴の高さや保有する資産があることが日韓で共通して確認された。しかし,日本では公的年金による移転所得の存在が世帯主の学歴よりも大きな防貧効果を発揮する傾向があるのに対して,韓国では公的移転所得が貧困リスクを下げる効果はなく,就業による稼動所得の存在が世帯主の学歴の高さに次いで強い防貧機能を果たしている。韓国において学歴がもつ防貧効果が高いのには,教育の人的資本効果に加えて,学歴が社会的威信として現役時代の職業的地位ひいては生涯賃金の大きさに直結する傾向が日本以上に強いことを反映している。また,韓国では家族などからの私的移転所得も一定のセーフティーネット機能をもっているが,日本では公的移転所得がもつ貧困リスクの強い減少効果を反映してか,私的移転所得が貧困予防に果たす役割はみられない。
抄録全体を表示