男性乳癌の診療にあたっては遺伝的背景を念頭に置いた適切な情報提供が不可欠だが,十分な検討をされることはいまだ少ない.今回,生殖細胞系列BRCA2に同一病的バリアントを認めた男性乳癌2例を経験した.男性乳癌は女性と比較すると発症年齢が高く,ホルモン受容体陽性・浸潤性乳管癌かつ進行癌であることが多く,この2例でも同様であった.また,ともに乳癌や膵臓癌という遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer;HBOC)関連癌の家族歴があった.このバリアントは,日本人を含む東アジア人集団での創始者バリアントであることが示唆されている比較的頻度の高いものであった.一方,血縁者とくに娘たちへのHBOCに関する情報提供,遺伝カウンセリング等の適切な対応を進める必要があるが,結果判明後1年を経過しても血縁者の遺伝学的フォローが開始されておらず,男性乳癌における遺伝情報の共有の困難さが浮き彫りとなった.
切除不能進行膵臓癌に対する生殖細胞系列におけるBRCA1/2の遺伝学的検査は,PARP(poly ADP-ribose polymerase)阻害薬の適否を決めるコンパニオン診断として認可を得たが,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome ; HBOC)の確定診断にもなることが十分に認識されていない.BRCA2の病的バリアントを有する切除不能進行膵臓癌2例の遺伝カウンセリング(genetic counseling ; GC)を経験した.症例1は,60歳代女性の発端者で検査前後2回のGCが契機で,血縁者に前立腺癌が発見された.症例2は検査結果判明後に,60歳代男性発端者の娘と息子がGC目的で来談した.初めて遺伝性腫瘍と知り動揺をみせ,その後来談していない.GCは検査前から必要で,血縁者内でHBOCの認識を共有すべきである.
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome;HBOC)に対する一部保険診療導入により,BRCA1/2遺伝学的検査を希望する乳癌患者が急増した.とりわけ乳癌の術式選択のために本検査を希望する患者には,検査実施の迅速性が求められるため,当院では従来の遺伝カウンセリング(genetic counseling)実施体制に検討が必要となった.本報告では,これに対応した当院の取り組みと,初めて術前にBRCA1/2遺伝学的検査を実施した症例について報告し,今後の課題について考察する.