両側乳癌の危険因子の1つに家族歴があり,乳癌罹患率の増加や画像診断の進歩と術後生存率の向上により両側乳癌の経験症例が増加している.当院で経験した家族歴を有する異時性両側乳癌の特徴を検討した.2014年1月~2016年12月に当院で経験した異時性両側乳癌の48例のうち,家族歴を有する症例は12例で,7例(58%)が第1度近親者であった.第1度近親者家族歴の異時性乳癌はstage 0~1の早期乳癌が多く,ホルモンレセプターは陽性でHER2陰性が多かった.第1度近親者家族歴を有する患者は,家族歴のない患者より5歳若く,第1癌と第2癌の期間は5年以上と同じであったが,局所再発は有意に高かった(p=0.001).家族歴のある若年発生の患者には異時性両側乳癌を考慮した長期のフォローアップが必要である.
神経線維腫症1型はNF1遺伝子に変異をもつ遺伝性疾患であり,悪性腫瘍の合併をしばしば認める.今回,われわれは神経線維腫症1型に合併した高異型度卵巣漿液性癌の1例を経験した.32歳時に神経線維腫症1型と診断され,母親と姉も同様の診断であった.60歳時に呼吸苦を認め前医を受診したところ,卵巣癌による胸水貯留が疑われ当院に紹介受診となった.当院にて術前化学療法施行後に腫瘍減量術を施行した.病理診断は高異型度卵巣漿液性癌であり,術後化学療法を施行するも再発を繰り返し,64歳時に原病死となった.NF1遺伝子はがん抑制遺伝子であることが知られており,その遺伝子病的バリアントにより卵巣漿液性癌を含めたさまざまな悪性腫瘍合併の頻度が増加すると報告されている.今後のさらなる症例の集積による知見が,神経線維腫症1型における高異型度漿液性癌の発生にかかわるNF1遺伝子を含めた分子機構の理解,および有効な治療戦略の開発につながると考えられる.
がん遺伝子パネル検査では生殖細胞系列病的バリアント(疑い含む)が明らかになる場合があり,情報開示について事前に意思決定する必要がある.今回われわれは,検査から7カ月の時間経過を経て情報非開示から開示へと意思が変化した症例を経験した.症例は67歳,肺がん女性.抗がん薬による一次治療中に増悪を認め,がん遺伝子パネル検査を受検した.情報開示を希望せず,検査結果説明時にも意思の変更はなかった.二次治療に対する不安が強く,不眠を訴えていた.看護師によるメンタルサポートを受け精神状態が安定するのを待って,がんゲノム医療コーディネーター(CGMC)から再度説明を行い,初めて家族内で遺伝情報の取り扱いについて話し合う機会をもつに至った.本人は遺伝外来で確認検査を受検し,血縁者である娘たちは遺伝外来を継続受診中である.本症例では,CGMC・看護師・主治医・遺伝診療部門の連携が図れたことにより,患者の意思決定が支援できたと考える.
厚生労働省のがん対策推進基本計画に基づき,ほぼすべての都道府県で保険診療下でのがんゲノム医療が提供可能な体制が整いつつあるが,現実にはさまざまな要因で地域格差が存在する.地方のがんゲノム医療連携病院では人材不足,治験へのアクセス困難,地域でのがんゲノム医療に対する理解の低迷,院内スタッフの関心の薄さといった課題に悩みつつ,がんゲノム医療の提供を続けている.当院は2019年4月からがんゲノム医療連携病院に加わり現在までに44例のがんゲノムプロファイリング検査を行った.このうち治療薬に到達した症例は4例で,治療到達率は9%であるが,消化器癌,肺癌,乳癌などのメジャーながん種で治療に到達した症例はごくまれである.治療到達率が上昇しない要因はactionableなバリアント自体がいまだ少ないことに加え,前述の課題があげられるが,これらの課題の解決に直ちに有効な処方箋は今のところ存在しない.しかしながら今後,がんゲノム医療ががん診療の中心に据えられることを見据えて地方においても症例の蓄積,提供体制の改善を模索し続ける姿勢が重要と考える.
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