BRCA1/2遺伝学的検査が条件をもとに保険適用で行われているが,その条件別の病的バリアント検出率に関する報告はない.そこで本調査では,条件別の検出率を調査した.対象は,2020年4月から2022年1月までに当院の臨床遺伝科に紹介された177人の受診者(うち153人が受検者)である.そのうち,病的バリアントが検出されたのは15人(9.8%)であった.とくに,複数条件を満たす患者の検出率は高く,67人中12人(19.7%)だった.乳癌の家族歴のみを条件とした場合, 病的バリアントが検出された患者は36人中0人だったが,他の一部の条件を同時に満たす場合では,検出率の増加が認められた.調査結果から,複数条件を満たす場合に検出率が高くなることが考えられた.また,乳癌の家族歴がある場合には,それ単体での事前確率は低いと考えられるが,それ以外の条件をいくつ満たすのかを確認することでリスク評価が可能となり,自己決定支援に繋がると考えられる.
若年性大腸癌は欧米にて増加傾向にあるとされ,日本においても今後増加が懸念されている.当院で2011年1月から2022年12月までに原発巣切除を行った大腸癌981例のうち,手術時40歳未満であった若年性大腸癌22例の遺伝性および臨床病理学的特徴を検討した.大腸癌家族歴に関しては,不明であった2例を除いた20例のうち第2度近親者までに7例(35%)認めた.原因疾患が推定されたのは炎症性腸疾患2例(9.1%)と遺伝性疾患5例(22.7%)であった.後者には家族性大腸腺腫症2例,Lynch症候群(LS)2例とLi-Fraumeni症候群1例が含まれていた.対照群と比べ病期に差はなかったが,未分化型が多かった.遺伝学的検査はLS 1例のみに行われ,確定診断に至った.長期予後に関しては5年全生存率(OS),癌特異的生存率(CSS)ともに中央値近傍の対照群と差を認めなかった.
同一人物に2つ以上のがんが同時性または異時性に発生するものを多重癌と定義し,まれであるが報告数は増加している.今回,子宮体癌・卵巣癌の重複癌の経過観察中に,腎癌,大腸癌,乳癌を発症した症例を経験した.症例は75歳女性で,64歳時に子宮体癌の診断で手術を行い,術後病理検査で子宮体癌と卵巣癌の重複癌と診断された.初回手術から約5年後に腎臓癌,7年後に大腸癌,8年後に乳癌と診断された.遺伝性腫瘍症候群の可能性を考慮し,Lynch症候群の補助診断目的にミスマッチ修復蛋白質の免疫染色検査を,遺伝性乳癌卵巣癌診断目的に生殖細胞系列BRCA1/2遺伝子検査を行ったがどちらも陰性であった.遺伝性腫瘍多遺伝子パネル検査を提案したが費用の面で施行できなかった.多重癌患者では遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子に生殖細胞系列病的バリアントを検出する割合が高く,臨床遺伝部門が中心となり横断的な診療を意識する必要がある.
Lynch症候群は遺伝性大腸癌の中でもっとも頻度が高い疾患であるが,臨床的特徴が乏しく日常臨床で見逃されやすい.本報告では,異時性重複癌の発症を契機にLynch症候群の診断に至った65歳女性の症例を紹介する.患者は42歳で上行結腸癌,55歳で横行結腸癌に対して手術を受け,術後は転移や再発はなかった.62歳時にPET-CT検査で肝門部リンパ節腫大が指摘され,原発不明癌(膵原発疑い)と考えられgemcitabine+nab-paclitaxelによる治療が行われた.腫瘍マーカー再上昇時にMSI検査を実施し,MSI-highの結果を得たため,pembrolizumab治療により完全奏効した.その後,肉眼的血尿を主訴に泌尿器科で精査の結果,膀胱癌と診断され,同様にMSI-highであった.家族歴の詳細な聴取と遺伝学的検査によりMLH1の病的バリアントを認め,Lynch症候群と診断された.
症例は28歳女性.左乳房腫瘤自覚を機に,ホルモン受容体陰性HER2陽性の浸潤性乳管癌cT2N0M0 cStageⅡAと診断された.若年発症の乳癌でありBRCAとTP53の遺伝学的検査を施行しTP53遺伝子病的バリアントを認め,Li-Fraumeni症候群(LFS)と診断した.術前化学療法後に,左皮膚温存乳房切除術,左センチネルリンパ節生検,右リスク低減乳房切除術(RRM),両側乳房再建術を施行.左乳癌は病理学的完全奏功,右乳房にオカルト癌を二箇所認めた.現在術後抗HER2療法を完遂した.LFSに対してRRMを施行した症例の報告は,本邦では著者が調べた限り他にない.さらにそのリスク低減切除乳房内にオカルト癌を認めたことからLFSにおけるRRMの重要性を示唆する症例であった.また若年発症の乳癌患者を診察する際にはLFSの可能性を念頭に置くことが肝要であると考えられた.
2020年1月から2023年2月までに当科で包括的がんゲノムプロファイリング(CGP)検査を受けた238名(女性98人,男性140人)を対象に,遺伝性腫瘍の割合,薬剤到達割合,遺伝性腫瘍患者の血縁者への対応について調査した.204人が組織検体のみのパネルを,34人が組織と非腫瘍組織ペア検体のパネルを受けた.7名はCGP前に遺伝性腫瘍と診断され,4名はCGP後に遺伝性腫瘍と診断された.遺伝性腫瘍患者11例と散発性腫瘍疑いと診断した213例の治療薬到達割合は,各々27%と8.5%であった(p = 0.08).CGP検査の後に遺伝性乳癌卵巣癌と診断された患者の血縁者2家系5名に遺伝学的検査を行い,3例が未発症のBRCA2病的バリアント保持者と診断された.
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