教育方法学研究
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45 巻
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原著論文
  • ケース・メソッドに焦点を合わせて
    若松 大輔
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 1-11
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,リー・ショーマンが専門職である教師を養成する方法として想定していた「ケース・メソッド」の枠組みを明らかにし,その意義と課題を評価することにある。そこで本稿では,教師の知識論からケース・メソッドが導き出される論理を確認した後,次の問いに答えていく。それは,(1)事例とは何か,(2)ケース・メソッドとは何か,(3)ケース・メソッドの意義と課題とは何かである。

    事例とは,物語性と文脈性を伴いつつも唯一性に回収されない典型例である。加えて,力量形成に寄与する事例は,「意図」「偶発」「判断」「省察」の要素を含む「失敗」の事例である。また,ケース・メソッドは,1996年以降,一般的に知られている事例を読み議論することだけではなく,自身の実践経験を書くことも含意するようになった。この事例を用いた力量形成は「〈分析-構築-コメント-コミュニティ〉サイクル」と呼ばれる。これは,「文字言語」を媒介とすることで外在的な知識の獲得と省察を統合した学びの方法である。

    ショーマンによるケース・メソッドの意義は,「音声言語」ではなく「文字言語」を用いた深い省察を促す教師教育のモデルを示した点にある。他方で,ケース・メソッドは,認識の深まりには寄与するものの,そのことが直ちに行為の高度化につながるものであるのかという問いが残されている。

  • ジーのディスコース(Discourse)概念を手がかりとして
    山内 絵美理
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 13-23
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本稿では,教員養成課程の授業内において,教職志望学生が教育問題について価値判断を行う場面に着目し,学生間の相互作用がどのように展開し,学生たちの考え方や学習に影響を及ぼすのかを明らかにした。具体的には,「体罰と教育上の暴言の問題」をテーマとしたディスカッション場面を事例として,ディスコースの視点から学生間の相互作用を分析した。

    その結果明らかになったことは,第一に,体罰について主張するとき,被養育経験および被教育経験としての体罰が重要な言語的資源と位置づけられ,体罰についての家庭の論理が学校教育へ入り込んでいったこと。第二に,学生間の相互作用の中で「子ども(教育)のために」家庭のしつけと同等の役割を志向する〈献身的教師像〉やパターナリズムに類する教育観が,支配的になっていた可能性があること。第三に,ある学生による異なるディスコースへの抵抗は,自身の被養育経験の親による体罰を正当化するための一つの戦略だった可能性があるということである。

    以上の結果から,本稿において学生らが教育問題という現実と向き合う際の新たな解釈枠組みを生成していく可能性を指摘したことは,今後の教員養成段階の学習者を対象とした研究方法論の進展に寄与する。 また,本稿は学習者の側から教員養成課程の授業の意味を問い直す契機をもたらすものであるといえる。

  • CORI にみられる科学的探究活動と読解方略指導の融合アプローチ
    細矢 智寛
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 25-35
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    自己調整学習とCORI の関係性については,CORI 開発者の一人であるウィグフィールドによって,いくつかの著書で自己調整学習の一例として紹介されている。しかし,そこでは自己調整学習のための指導をどのようにCORI で具体化させたのかという点が,詳細に明示されているわけではない。この関係性を特徴づけることは,自己調整学習のための指導方法を日本で実践する上でも示唆に富むと思われる。

    そこで本研究では,ウィグフィールドの自己調整学習がCORI の中で具体的にどのように取り込まれているのかを明らかにすることを目的とする。研究方法としてはまず,ウィグフィールドの自己調整学習論を明確にする。次に,CORI の理論的特徴とその実践である教材を明確にしながら,自己調整学習との共通点を検討する。

    その結果,ウィグフィールドの自己調整学習の指導方法の特徴として次のようなことが明らかになった。 それは,自己調整学習の3段階を,科学的探究活動と読解方略指導の両方に整合性をとるように構成した点にある。CORI の過程には,この2つの過程が組み込まれていた。つまり,生態系の生存に関わる概念知識を形成させる指導枠組みの中で,読解方略の活用や他者との交流を駆使しながらその知識を獲得していこうと関与する読み手を育成するように設計されていた。

  • ピーター・エルボウの理論と教科書の分析
    森本 和寿
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 37-47
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本稿では,1970年代以降の米国において隆盛した表現主義,特にピーター・エルボウ(Peter Elbow)のライティング教育について検討する。表現主義は,文法・構成等の文章形式の習得を通した学術訓練を重視する伝統的なアカデミック・ライティングに対する問題意識から登場し,大学初年次ライティング教育において個人の思想・感情を表現することから始めることを主張した。このような主張に対して先行研究では,表現主義は個人に閉じたライティング教育であるという批判と社会に対する認識を育てることに寄与しているという擁護の両説が対立してきたが,どちらの立場も理論や思想的背景の検討に終始しており,具体的・実践的な検討がなされてこなかった。そこで本稿では,エルボウが作成した大学初年次学生用ライティング教科書の分析を通して,表現主義がどのようなライティング教育を行ってきたのかを具体的に検討し,表現主義が個人を社会化し得ていたのかを明らかにすることを目指した。

    この検討を通して,表現主義が公的・社会的なものに接続する過程とは,①表現的言語を用いて身近な生活経験を語ることで自己の内面世界を表現し,②綴られた文章というメディアを用いたピアとの対話と文章の練り直しという再帰的な過程を通じて他者と出会い,③生活のなかにある問題を学術的ないし社会的な議論の俎上に載せることを試みるものであることを明らかにした。

  • ペーターゼンによるペスタロッチーの受容と展開
    安藤 和久
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 49-59
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,ペーターゼンによるペスタロッチーの受容と展開に着目することで,イエナ・プランの理論と実践を歴史的展開に即して明らかにすることである。

    1922-1932年に見られるペーターゼンのペスタロッチーへの着目の中で,ペーターゼンはペスタロッチーの教育実践を支えた教育形而上学と「居間の教育」思想を受容する。それを経て,1932年にはペスタロッチーを自身の現実主義的な教育理論の先駆者として位置づけ,人間論を根底に持つ「幻想なき教育科学」による教育学を構想した。それゆえ,1937年に新たに論じられた「学校居間」には学校教育に教えることの原風景としての「居間」を現実化する構想が見られるのであり,ペーターゼンによるペスタロッチー受容は,イエナ・プランを理論的にも実践的にも発展させることとなった。

    インクルーシブ教育の先駆とされるイエナ・プランは,「居間の教育」思想を現実化する学校改革として見ることができる。ここから,人間論に基礎づけられた教育学を構想していく重要性や,学校に子どもの居場所をいかに保障するかという課題にたいして,空間構成や学級編成やカリキュラム編成を含めた学校全体のあり方を検討する必要性が提起されている。

  • 教師の成長・自己変革を重視した授業研究の理論と方法に着目して
    杉本 憲子
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 61-71
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,上田薫の授業研究論に着目し,上田の授業研究の理論と研究方法論において,教師の成長・自己変革がどのように位置づけられ,展開されているのかを明らかにすることである。

    本稿では,第一に,上田の授業研究とその方法論の特質を明らかにするため,上田がどのような視点に重点を置いて授業をとらえたか,どのような記録・資料を重視したかに着目した。上田は,授業記録の立体化を図り,教師の心の動きや考えの転換などを含めて,計画の変更の過程を明らかにし,教師の見方とその変化に焦点を当てることを重視した。第二に,上田の考え方を具体化した研究方法であるカルテと座席表に着目し,とくにカルテの活用を通しての教師の成長・自己変革の過程を明らかにした。第三には,これらの上田の授業研究の考え方や方法論の基盤にある動的相対主義の理論について検討し,教師の自己変革の鍵となる驚きと予測について考察した。

    考察を通して,教師自身の見方の自覚とその変容を促す意味で,授業を構想する段階での教師の予測・子どもの見とりの重要性が示唆された。また実際の授業において,予測通りにいかなかった場面や,子どもの発言・動きへの驚きを,教師の見方の変容の契機として受け止める省察の場のあり方,子どもと同様に教師も不完全な一人の人間であり,それを自覚しながら授業改善や自己の成長を図るという基本的な姿勢の重要性が明らかとなった。

  • 「生活指導と教育課程との統一」をめぐって
    松本 圭朗
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 73-83
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本稿は,勝田守一による「生活指導と教育課程との統一」という提起の内実を明らかにするために,彼の生活指導概念の特質を描出することを目的とする。

    勝田の生活指導概念の特質は次の点にあった。①子どもの抑圧や疎外といった現実の問題を解決するために,認識や知識を生活指導に求めていた。②集団という観点は,生活綴方から引き継いだものであり,道徳教育と全国生活指導研究協議会の議論を受けて前景化してきた。すなわち生活指導では,自己確立や疎外からの自己復帰といった個人の形成に主眼を置いていた。③生活指導と生活綴方を不可分のものとして把握し,生活指導と教育課程との結びつきを求めることにより,生活指導を機能概念として捉えていた。

    そして,生活指導は,科学を組織した教育課程を「生活的」にする機能を担う。これが,「生活指導と教育課程との統一」という提起の内実である。生活綴方によって看取した「子どもたちが打ち当たる生活的な問題」を教育課程に位置づけることで,「生活的」な教育課程となる。その教育課程を履修するなかで,「認識の仕方と知識と,そして問題を解決する技術や技能を学習し,訓練する」。この過程において,「自主的判断」を育成する道徳教育がなされる。こうした生活綴方,教育課程,道徳教育といった諸要素の働きは,教育の目的である人間形成,すなわち「自己確立と連帯的な行動や意識」に向かう。

  • 戦後教育改革期の「教育評価」
    松本 和寿
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 85-95
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本論は,1948(昭和23)年の児童指導要録への5段階相対評価導入に着目し,ときの文部事務官小見山栄一の「教育評価」論の特質について明らかにすることを目的とする。

    「教育評価」とは1920~1930年代のアメリカにおいて,恒常的な知能と学力との関連を重視する「教育測定」運動への批判から生まれた児童生徒の日々の学習状況を把握し指導改善に生かす取組であり,日本では戦後教育改革期に展開された。しかし,日本で「教育評価」の必要性を唱えた教育学者の多くは,本来対立する「教育測定」の理論に基づく5段階相対評価も推進した。本論では,こうした矛盾をはらむ動向の鍵となる人物として小見山に焦点を当てた。

    先行研究では,小見山が日本における「教育評価」展開に果たした役割を認めた上で,小見山には「教育測定」の理論に基づく「標準テストの利用を推奨するなど,教育評価の目的とは相反するような主張もみられた」とし,そこに「教育の個性化論」を脱しきれない彼の「限界点」があるとしている。

    そこで本論では,日本の「教育評価」の構造と児童指導要録との関係,5段階相対評価の登場と教育現場の反応などを分析した上で,小見山の著作や発言を追いその「限界点」について検討した。

    その結果,小見山の「教育評価」論は,知能の恒常性を認めながらも「教育の個性化論」に飲み込まれることなく,学力の可変性に着目し教育目標達成のための指導改善を目指す取組であったと結論付けた。

  • 協働自治による「生活訓練」を中心に
    北島 信子
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 45 巻 p. 97-107
    発行日: 2020/03/31
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー

    本研究において,野村芳兵衛の生活指導論における宗教と科学の関係を明らかにすることを目的とする。 野村は「生活訓練」にあたって,「観念的生活指導」から「科学的生活訓練」へと自身の生活指導論を発展させていった。野村の述べる「科学」とは個別の科学主義ではなく,野村が生来もちつづけてきた浄土真宗(親鸞)の信仰が基底にある科学である。このことは宗教と科学を同一化したということではなく,異なるものが互いに関わり合い,深まっていくことを示している。

    本研究では,同じく信仰を基底に生活指導論を提起した宮坂哲文の宗教理解を検討した。宮坂は信仰対象である曹洞禅(道元)と親鸞の教義に共通点を見出しており,こうした宗教観は野村の生活指導論の理解につながることが明らかになった。野村,宮坂に共通しているのは,宗教と教育を別個のものとしてとらえておらず,信仰を得ようとする「自己中心的自己」を超え,信仰と相互に関連し合う一体のものとして教育をとらえることであった。また両者は「主観」ではなく「客観」をめざした理論や実践を標榜し,そこにおける「客観」とは,他者を通して自己を知ることであり,自己をも含み込んだ客観的世界を意味する。本研究を通して宗教とは自己の世界に閉ざされたものでなく,自分とは異なる他者から学び合うものであり,「他者化」につながるということが明らかになった。

書評
図書紹介
日本教育方法学会第55回大会報告
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