年報政治学
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73 巻, 1 号
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《特集》
  • ―現代日本の場合
    武田 宏子
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_15-1_34
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿では、女性の自殺者数が2020年に急増した例に代表されるように、新型コロナ・パンデミックが日本において多くの女性に深刻な影響を与えたという事実を構造的な問題として、すなわち、資本主義経済とそれを管理運営する国家の統治システムに関わる問題として議論する。このため本稿では、個々人と人口全体に働きかけ、配慮することを通じて資本主義経済システムの円滑なオペレーションを維持・発展させるための統治システムである「統治性」の議論を、アシーリ・ムベンビが提示した「死政治」(necropolitics)の概念を導入することで刷新することを試みる。ムベンビによる「死政治」の概念は、従来の「統治性」の議論では明確に触れられてこなかった、資本主義経済の発展の過程で一定の「棄民」が生み出されてきたという論点を曝け出すものである。その上で、本稿は、高度資本主義社会の段階にある現代日本の状況において、「政治的プロジェクト」としての新自由主義が一定の独自性を示しながら展開していることを示し、「生政治」と「死政治」がなぜ日本では特に「ジェンダー」と関連して進行するのか考察する。

  • 申 琪榮
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_35-1_52
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿はコロナ禍で明らかになった社会的再生産領域の危機の実態を体系的に理解することを目的とする。生産・再生産領域を一つの体系的な資本主義システムとして理論化した「社会的再生産理論」(Social Reproduction Theory: SRT)を手かがりに、コロナ禍で顕著になった危機は、すでにその前から蓄積されていたジェンダー化されたグローバル資本主義社会の弊害の必然的な帰結であり、再生産能力の枯渇はパンデミック禍以前からもたらされていたことを確認する。そして移民労働者を受け入れて社会的再生産コストを抑えてきた欧米と比べて、日本は自助への促しと自国の根強いジェンダー秩序に依拠して社会的再生産の危機に対処してきたことを指摘し、それゆえ危機を解消するためにはジェンダー関係の抜本的な変革が不可欠であることを論証する。

  • ―ケアの公正な配分から、民主的なケア実践へ
    岡野 八代
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_53-1_75
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿は、コロナ・パンデミックのなかでようやく重要な政治課題として認識され始めた「ケア不足」を端緒に、ケア労働をめぐるフェミニスト経済学による経済学批判に学びつつ、ケア実践をめぐるフェミニスト政治学の可能性、ケア不足をもたらした新自由主義に対抗する拠点について考察する。

     女性たちが歴史的に担ってきたケア労働は、資源だけでなく時間の貧困を女性にもたらし、女性たちから政治的交渉力を奪ってきた。他方で、ケア労働に公的な支援をすることは、女性たちをケア労働にさらにとどめおくというパラドクスも生む。ケアの倫理に着目するフェミニストたちは、ケアを必要とする人間の相互依存性から政治学が前提とする人間像・市民像を批判してきた。その批判は、一方ではケアが公正に分配される社会を構想するケア理論と、善きケアを実践する道徳性や人間関係を構想するケアの倫理との密接な連関を生み出してきた。

     ケア実践における時間経験に着目することでケアの倫理研究は、「新自由主義的な時間レジーム」への抵抗と、より民主的でケアに満ちた時間レジームの実現を目指し始めたことを明らかにする。

  • ―コロナ禍におけるジェンダー的なリスク、矛盾、機会
    シーダー、チェルシー・センディ
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_76-1_95
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     災害というものはまさに、私たちが社会の中でいかに他者とつながっているか、という点について認識を新たにさせてくれる機会を提供してくれる。本稿は、災害復興、必要不可欠な労働(エッセンシャルワーク)、協働/連携(coalition)構築の重要性に関するフェミニストの分析を参考に、複合的な災害であるコロナがどのように私たちの共通の脆弱性を露わにし、また、とりわけ脆弱な人々に対する意識を高めたかについて考察する。こうした意識の高まりによって、社会に長い間存在していた矛盾の数々に対して私たちは向かい合うことができるようになるかもしれないと本稿は考える。完璧な安全や自己責任ではなく、多様な利害や組織を横断して一つの目的のために共に行動することの重要性を強調すること。完全な安全保障などではなく、私たち全員が共に回復し生き延びることを目的とすることによって、それが可能になるかしれないと考えている。

  • ―新自由主義的母性の新展開
    三浦 まり
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_96-1_118
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     コロナ禍において顕在化した新たなケアの危機に焦点を当て、妊婦/母親/労働者の三領域における日本の政策対応の特色とその要因を分析する。雇用の危機と比べるとケアの危機への対応は鈍く、ケア提供者は二次的依存のために職や賃金を奪われ、ケアニーズもまた充足されなかった。このような事態となったのは、ケアの代表が不十分であり、行政による恣意的なニーズ解釈を許すことになったからである。それを防ぐにはケアの権利及びセクシュアルリプロダクティブ・ヘルス/ライツの保障が必要であることを指摘する。リプロの面では政策の前進も見られたが、これまでの政策基調であった「新自由主義的母性」―新自由主義的な女性労働力の活用と国家家族主義的な母性活用の結合―は、自己決定権の選択的拡大と異性愛規範の強化という新たなかたちで維持された。新自由主義の政策基調は強いものの、保守主義の強い影響力を理解することが、日本の政策対応の正確な把握には必要であることを明らかにする。

  • ―コロナ禍対策における行政サービス配送の不均衡
    荒見 玲子
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_119-1_142
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿は、パンデミックがもつ脆弱な層への異質的な影響を政策が是正できていない要因について、行政サービスの配送という観点から、対象者の把握と支援を必要とする人の支援へのアクセスに課題があり、配送の不均衡が生じたことを示す。具体的には、新型コロナウイルス感染症に影響を受けた人への経済・生活の支援策について制度分析を行った。インクリメンタルな政策形成と申請主義、対象者の把握における世帯主義という行政実践により、支援へのアクセスが難しくなり支援を必要としている人が福祉申立を諦め、政策の対象者が実質的に絞られる構造となっていた。その結果、行政の想定する「典型的カテゴリー」から外れた不利な属性をもつ人々には、支援が届きにくい上に、複数の不利な属性をもつ人には領域交差的な影響が生じ、配送の不均衡が生じることが明らかになった。これは最も支援を必要とする人に支援が届かず、届かないどころかその存在が不可視化されるというパラドックスとなる。行政サービスの配送の不均衡により、支援を必要な人が必要性を訴えることもできなくなり、構造的な不平等を拡大・固定化させるため、行政サービスの配送のあり方について見直しが必要である。

《公募論文》
  • ―立憲君主制への階梯
    原科 颯
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_143-1_165
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿では、明治前期(明治維新から明治憲法の制定まで)における天皇・皇室と政治の関係、即ち当時の用語でいう宮中と府中の関係(以下、宮中・府中関係)の形成過程を、伊藤博文による滞欧憲法調査以降の時期を中心に検討した。

     結果、明治憲法の制定に至って宮中・府中関係は、両者の相互不干渉を原則として、具体的には宮中の府中への干渉(政治関与)および府中の宮中への干渉(政治利用)をいずれも否定(ないし制限)する形で形成されたことが明らかとなった。かかる宮中・府中関係の整備は伊藤博文によって一貫して主導されたが、背景には、明治初期に宮中の政治的活性化に苦慮した経験のほか、主に憲法調査を通じて感得されたL. v. シュタインの立憲君主論や柳原前光の皇室制度論からの思想的影響が存在した。また、伊藤は併せて立憲君主制の積極的意義ともいえる皇室の国民統合機能を強化することを図ったが、同施策は相互不干渉を原則とする宮中・府中関係の整備を要請するものだったと考えられる。

  • ―「半沢直樹」を題材としたサーベイ実験より
    秦 正樹
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_166-1_188
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿は、ドラマにおける架空の政治劇の偶発的な視聴が、実際の政治空間に対する不信感に対して、なぜ・どの程度投影されるのかについて、ドラマ「半沢直樹」(第2クール)をテーマとしたサーベイ実験を通じて検証した。従来、テレビが有する政治的効果に関する研究は、政治報道など「政治性がある」ことを前提としたコンテンツを中心に検討が進められてきた。しかしこのような研究では、選択的接触などの問題があって、テレビ→政治的態度の明確な因果効果の検証はなされてこなかった。そこで本稿では、極めて高い視聴率を誇る「半沢直樹」において偶然に接触した政治家像が、現実の政治的空間にも影響を与えうるとの仮説を立てて、その検証を行った。実験結果より、「半沢直樹」で描かれる「悪い政治家」への接触は、現実の政治世界における政治家への不信感をも喚起していること、ただし政治的無関心層では、逆に「半沢直樹」の視聴が政治家への信頼感を高める効果を有することが明らかになった。

  • ―野党の争点化と司法部門の行動
    井関 竜也
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_189-1_211
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     自律的司法部門には政府による活動の合法性を審査する権限が付与されている一方、一般的に、司法部門はその判決を政府に強制する能力を持たない。したがって、司法部門は、自らの判決が政府によって遵守されない危険性に直面する。では、どのような条件下で、司法部門は政府による判決の自発的遵守を期待し、自らが望む判決を下すことができるのだろうか。本論は、野党による判決遵守の争点化に着目する。野党による争点化によって、判決遵守に対する政府の責任が明確化され、政府が判決を無視した場合にも選挙を通じた責任追及が可能となると考えられる。以上の仮説を、イタリア憲法裁判所による違憲審査を対象に分析したところ、立法時に野党が制定に反対しており、したがって違憲判決が下された場合には判決遵守を争点化すると考えられる法令に対して、より違憲判決が下されやすいことが示された。この結果は、野党による争点化が、司法判断に及ぼす影響を示唆している。

  • ―消費増税に関するサーヴェイ実験
    安中 進, 鈴木 淳平, 加藤 言人
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_212-1_235
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿では、日本の有権者の間で消費税をめぐる政治対立がどのように展開しているかを明らかにする。先行研究では、受益者の幅を広げた普遍主義的給付と、消費税を中心とした逆進的な課税構造を持つ福祉国家が、中・高所得者や右派からの支持を獲得し、高い平等を達成するとされる。しかしこの主張には、低所得者や左派は一様に福祉国家の拡大を支持する、という暗黙の前提がある。この前提を検証するため、消費増税に注目し、増税によって実現され得る福祉給付の性質と消費税の逆進的性質が有権者の態度形成に影響を与えるか、その影響が所得・イデオロギーによって条件付けられるかを、サーヴェイ実験を用いて検討した。結果は、福祉の普遍的な給付、または税の逆進的性質を強調すると、高所得者の間では高率な消費税がより許容される一方、低所得者の間では低率な税がより志向される傾向を示した。ただし、普遍主義と逆進性を同時に強調しても、これらの傾向は増幅されなかった。また、所得に対してイデオロギーは、実験刺激効果に対して明確な条件付け効果を持たなかった。これらの知見は、福祉・増税政策をめぐる政治対立の理解に有権者の態度形成の側面から重要な示唆を与えるものである。

  • ―議員のジェンダーと前歴による分析
    五ノ井 健, 小川 寛貴
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_236-1_260
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿では、日本の衆議院議員の請願紹介活動の分析を通じて、どのような議員がどのような内容の請願を国会に紹介しているのかを明らかにした。具体的には、2003年から2017年までの各国会を対象として、これまでの議会研究で取り上げられてきた2つの議員の個人属性(ジェンダー及び前歴)に着目し、議員は自身の属性に関連する政策領域の請願を国会に紹介しているのかを検証した。ジェンダーに着目した分析からは、「女性の権利」請願、「子育て」請願のそれぞれについて、女性議員は男性議員と比較して、より多く国会に紹介していることが明らかとなった。前歴に着目した分析からは、法曹出身議員が法務委員会に、医師出身議員が厚生労働委員会に、それぞれより多くの請願を紹介していることが明らかとなった。以上から、議員は自らの属性に関連する市民の声を国会に反映していることが示唆された。

  • ―分断された社会における寛容としての新たなケアの構想
    石山 将仁
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_261-1_283
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     ヘイトスピーチを典型とする差別的な言動や振舞いを意図的にする人々と同じ社会でどのように生きていくべきかということは、政治学の重要な問いの一つである。

     本稿の目的は、〈敵対者の背景へのケア〉というケアの新たな構想が差別者に対する寛容の実践の一つだと論証することである(この構想をCEB(Care for an Enemyʼs Background)と呼ぶ)。端的に言えば、CEBとは差別を行う理由やその理由の個人的な背景を差別者に対して疑問文の形式で問うことである。

     差別者による差別的言動の縮減を目的とした場合、差別者と反差別者の間に暫定協定を結ぶ必要があり(第一節)、その暫定協定のためには差別者と反差別者との間の敵対性を緩和することが必要である(第二節)。敵対性の縮減のためには、差別者に自由民主主義社会で生きる〈我々〉という感覚を生み出す必要があり、その方途の一つがCEBである(第三節)。その上で、CEBをケアの新たな構想として位置づけ、既存のケア倫理との比較を通じて、明晰化する(第四節)。最後に、CEBが寛容の弱い積極的構想と呼び得るものに相当することと、被差別者への感情的紐帯によって動機付けられることを明らかにする(第五節)。

  • 市川 周佑
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_284-1_307
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     本稿は、佐藤栄作内閣における保利茂官房長官―木村俊夫官房副長官という体制の成立経緯と、それがいかに機能したのかを明らかにするものである。

     1968年11月30日、佐藤総理は内閣改造を行い、建設大臣の保利を官房長官に、木村官房長官を副長官とする異例の人事をとった。首席秘書官だった楠田實は、この2人による体制を「大型官房」と呼ぶ。

     「大型官房」成立時、政権は沖縄返還や大学紛争といった課題に直面していた。「大型官房」には、保利を長官に起用し、木村を副長官として官邸にとどめることで官邸を強化する意味が存在した。木村は、楠田とともに官房長官期からメディアやブレイン対応を主導していた。「大型官房」は約3年という長期間継続し、佐藤内閣の長期政権化の一因となったと評価できる。

     この体制は、制度改革ではなく、人事の運用により官邸を強化するものであり、自民党長期政権化における官邸強化の方法であった。この仕組みはその後の内閣にも継承された。

  • ―抗議運動を抑制する選挙結果の実証分析
    門屋 寿
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_308-1_331
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     権威主義体制下において、選挙が時の政権を揺るがす抗議運動を引き起こすか否かは、いかなる要因に決定づけられるのか。この問いを解明することを目的として、これまで多くの研究が関心を向けてきた選挙不正ではなく、選挙結果そのもの、具体的には与野党の得票率差に着目した。得票率差は、野党やその支持者の持つ、抗議運動成功についての主観確率を左右すると考えられるためである。開票の結果、政権与党との間に歴然とした力の差、すなわち支持、動員力や組織力の差があると判明すれば、野党やその支持者は抗議運動の成功確率が低いと判断し、抗議運動を差し控えると予想される。この予想のとおり、1946~2010年までに権威主義体制下で実施された国政選挙を対象とした計量分析の結果から、選挙不正の程度を統制してもなお、得票率差の拡大が抗議運動の発生を抑える効果を持つことが明らかになった。そして、この得票率差が抗議運動の発生に及ぼす効果は、代替的な選挙不正変数を用いた分析、代替的な抗議運動変数を用いた分析や選挙管理機関の独立性で条件づけた分析を通じて、頑健であることが確かめられた。

  • ―「政治的なもの」と「絶対的な敵」
    山口 優人
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_332-1_353
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     テロリズムは、非暴力的な政治制度が確立する現代で、稀少な「剝き出し」の政治的暴力である。ところが、この政治現象自体を理論的に解釈する試みは僅少である。この問題意識より、本稿は、カール・シュミット(Carl Schmitt)とエルネスト・ラクラウ(Ernesto Laclau)=シャンタル・ムフ(Chantal Mouffe)の政治理論を糸口に、テロリズムの概念的精緻化に取り組む。第1節では、先行研究の批判的な再検討を踏まえ、テロリズムの定義付けや概念化を阻む袋小路(①存在論と認識論、②「政治的」の諸問題)を概説する。第2節では、まず、「政治的」の諸問題に応答するため、シュミットの友敵理論と敵概念の類型化を基に、テロリズムを「絶対的な敵」に対する「政治的なもの」の究極的な発現と概念化する。次に、存在論と認識論の隘路を克服するため、ラクラウ=ムフの「敵対性」概念と言説理論を参照点に、テロリズムの中心概念である「政治的なもの」を社会構成主義的な意味で再定義する。最後に、「グローバル・ジハード」現象と関連付けつつ、本稿の理論的/概念的な考察から具体的な洞察や含意を導き出す。

  • ―表現の規制は民主的正統性を掘り崩すのか
    金 慧
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_354-1_375
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     表現の自由はデモクラシーにとって不可欠の権利であるとしばしば主張される。しかし、表現の自由がデモクラシーにおいていかなる役割を果たしており、また表現の自由が制限されるとデモクラシーにどのような機能不全が生じるのかは決して明らかではない。本稿では、こうした問いについて考察するために、市民による表現の自由の行使こそが法に正統性を付与するという議論を展開することによって、デモクラシーにおける表現の自由の重要性を強調したR・ドゥオーキンの議論を取り上げる。彼の立場から見れば、表現を規制することによって法の民主的正統性は毀損されざるをえない。しかしながら、表現規制を批判するドゥオーキンの議論を実質的に支えている二つの概念、すなわち自律と沈黙効果は必ずしも表現規制の否定を含意するわけではない。これらの概念は、その再解釈をつうじて、むしろ表現規制を正当化するために援用することができるのである。本稿は、自律と沈黙効果をドゥオーキンとは異なる仕方で解釈することによって、表現規制がデモクラシーを掘り崩すどころか、まったく逆に、デモクラシーを支える面があると指摘する。

  • ―民主化後のスロヴァキアにおける地方行政の展開
    須川 忠輝
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_376-1_398
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     中央政府の地方行政を担う出先機関は、どのように制度設計されるのか。出先機関は、地方における行政サーヴィスの提供を地方政府と共に担う行政組織であり、中央地方関係や地方自治の実態を捉える上で不可欠な存在である。しかし、その重要性に比して、そもそも出先機関を主眼に置いた先行研究は乏しく、一国の政治行政の中での出先機関の位置づけは明らかではない。そこで、本稿では、民主化後のスロヴァキアで生じた複数回の出先機関改革を事例として、制度設計を主導する政権与党が、どのような出先機関のあり方を目指すのかを分析した。その結果、地方での行政需要の高まりに際して、政権与党は、政策領域を横断して設置される総合型出先機関を通じた行政活動を選好することが明らかになった。与党は、自らが有する政治的資源の維持や強化を目的として、地方政府への分権や個別の省庁を通じた行政活動ではなく、資源の統制が容易になる総合型出先機関の設置や活用を試みるのである。こうした選好は、与党の権力基盤が強固な時期のみならず、大規模な地方分権改革が実施される際にも観察された。本稿の知見は、中央地方関係の制度設計の解明に示唆を与え得るものである。

  • ―1950年代台湾海峡危機の影響
    西村 真彦
    2022 年 73 巻 1 号 p. 1_399-1_420
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/16
    ジャーナル フリー

     1950年代、台湾海峡で二度の危機が発生した。本稿では、これらの危機における日本の姿勢が、同時期に検討されていた日米安保条約改定に関する米国の政策決定に与えた影響を検討した。

     1955年4月に決定された対日政策文書(NSC5516/1)では、検討段階では含まれていた安保改定を提起するという記述が、ダレス国務長官の主張によって削除された。その理由として、安保改定の利点が乏しい一方で米国の既得権を侵食すること、また第一次危機が発生していたが日本側から安保体制に異議が出ず安保改定を迫られていなかったことを指摘した。

     その後、日本が安保改定を求めるようになり、米国務省も1958年に入って対日政策を再検討していたが、西側陣営の一員としての日本の意思が不透明で、さらに在日米軍基地への日本の発言権の問題もあり、改定交渉の開始に踏み切れなかった。しかし第二次危機が発生し、その下で日本政府が米国に批判的な姿勢を取らず、また基地運用に協力的な態度を取ったことにより、それまでの懸念が取り除かれたことで、米国務省は安保改定交渉の開始に踏み出すことができたと論じた。

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