シアナットButyrospennum paradoxum はインドのモウラナットおよびボルネオ島のテンカワンとならぶ熱帯林の産する重要な油脂原料である。西アフリカのサヴァンナ帯に天然に分布し,住民はその種子に含まれる脂肪を食用および灯火に利用してきた。20世紀に入るとナイジェリア北部の重要な産物として,加工された油脂は地域で消費され,種子はヨーロッパ市場に輸出された。しかし第2 次大戦後その地位は急速に失墜し,経済関係のみならず林業関係の文献からもシアナットは姿を消すにいたった。ところがその要因に関しては,ナイジェリア全域で進行しつつあり,今日深刻な社会問題となっている森林破壊に関連づけた推測がなされているにすぎない。
本研究では,車中からの観察により,樹木そのものは南部のイパダン近辺から北部に国境を接するニジェールに至るまで広汎に見られることを確認するとともに,かつてザリアとならぶ集荷の中心地であったナイジャナ州ピダ近郊の農村を事例にとり,測量および住民に対するヒアリングを行った。その結果,植林は行われていないものの畑地にはシアナットおよびローカスト・ピーンの2 種が選択的に残されており,収穫は女性のみによってなされ,そこからえられる収入は僅かな額にすぎないが,可処分所得を制限されている村の女性にとっては収穫および村に買い付けに来る仲買人への販売は重要な経済活動のひとつであることがわかった。その反面,村には収穫した種子を加工するものはなく,ヒアリングの対象に選んだ34名からなる一族の中では1 名だけが布場で購入したシア・バターを利用していた。また集落に隣接する樹木作物を優先的に配した区画との比較によると,シアナットの単位面積当たりの本数は畑地の方が多いが,平均断面積は40% にすぎないことから,畑地に配された樹木には火入れや枝葉の刈り取りによるストレスがかかっているものと推察される。
こうしたことから,少なくともナイジャ州では,生産減少の要因は農民による開墾に伴う樹木の伐採ではなく,特に国内需要の低下および大規模農園開発に求められるべきであることがわかる。また住民は彼ら自身にとって有用な樹木は慣習的に残しているが,今後さらなる市場の縮小と燃料材の不足が生じれば,シアナットが伐採の対象となる可能性も危慎される。国公有林地面積が国土のわずか9.8% にすぎないナイジェリアにおいては,シアナットのように住民の生活と深い係わりをもった樹木を,その産物の市場拡大や価格安定化によって間接的に保護するとともに,私有地における樹木密度の拡大を促す諸施策の導入が望まれる。
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