都市・地域には空間的階層がある。例えば,大都市では様々な種類の財やサービスがえられるが,都市規模が小さくなるにつれてその選択の幅が限られてくる。こうした状況下において,ある地点から大都市へのアクセス性が確保されなければ,地方都市の経済主体には,空間的消費者排除といった問題が発生する。この空間的消費者排除をNakamura(2010)は次のように解説している。即ち,消費者排除とは,消費者が立地する地域によっては,特定の財・サービスに到達できない状況である。これまでに確立された中心地理論の枠組みでは,競争による企業の新規参入により,長期的には財・サービスがいたる地点に行き渡るものととらえられている。しかし,現実の問題として,買い物難民や交通弱者といった現象が各地で深刻化している。以上の点から、中心地理論を体系的に分析したLösch (1944)で仮定される,経済空間のいたる地点に財・サービスが行き渡る仮定は,本論から除外される。ここで,経済空間とは,例えば,中央駅から半径20 キロといった,経済活動が行われている空間の,分析対象範囲を示している。消費者排除については,Huff(1963)によってReilly(1929,1953)の“The raw of retail gravitation” を援用する形で経済立地分析がなされている。しかしながら,社会的厚生との関連づけは十分になされていない。社会的厚生に関しては,Stern(1972)による市場地域分析がなされ,これまでのレッシュ解との相違が示されており,Beckmann(1976)も同じく,差別価格を導入して私的,社会的水準の相違を論じている。ただし,そうした分析によって,経済空間をどのように再編すべきか,といった議論はなされていない。本稿ではこれらの背景に基づいて,地域市場分析と空間的消費者排除についての考察を行ったNakamura(2012)を解説する。本考察は,先進国における持続可能な経済成長のための1つの検討を行うものである。多くの先進国では,物価水準が高く,高賃金のもと,新興国との熾烈な国際市場競争を余儀なくされている。そのような国際競争に対応するためには,国内での経済活動を円滑にするための空間整備を行い,高付加価値財・サービス生産体制を強化することが必要になる。しかしながら,実際には,特定の都市・地域への過度な空間集中が円滑な経済活動を阻害しているのが現状である。こうした問題を解決するためには,地方都市における地域人口と経済活動の求心力について検討する必要がある。地方都市は,一般に十分な人口や経済活動の求心力をもたない。そこで,地方都市には,その魅力度を高めるための空間差別化が必要になるのだが,ここでは,経済面と社会面のバランスのとれた発展が求められる。即ち,国内総生産など経済指標の数値に直接現れる経済面と,生活の質など経済指標の数値に直接現れない社会面である。本分析は厚生経済学に関係をもつのだが,厚生経済学においては,都市・地域の魅力度について,生活の質を計量的にとらえることで,雇用機会と地価に主たる関心が寄せられる。都市・地域の生活の質はBlomquist et al.(1988)によって,都市移住と就業,快適性の関係についてはGreenwood and Hunt(1989)によって明らかにされ,中心都市と副中心都市との生活の質の相違が,Jensen and Leven(1997)により比較されている。そして,都市・地域の魅力度を高めるための諸要素については,Glaeser et al.(2001)が体系的に整理している。これらの考察に従えば,人口増加の背景には,財やサービスの選択性,即ち多様性が重要な役割をはたすことになる。都市・地域の魅力度について,実際の地域政策に活用されている指標がある。その1つが,OECD による The Better Life Index(注1 ) であり,この生活の質を可視化する指標は,住宅(一人
当たりの部屋数,住宅支出,基本設備の状態),所得(家計の可処分所得と家計の財政的豊かさ),就業(雇用率,長期失業率,個人収益,職の安定性),コミュニティ(支援ネットワーク量),教育(教育充足度,教育年数,学生の数学,読解,科学能力),環境(大気汚染,水質),市民活動(投票率,規制策定協議),健康(寿命,自己申告健康状態),安全(殺人率,傷害率),仕事・生活バランス(超過時間被雇用者,余暇・パーソナルケアへの時間)に分類されている。既述のように,空間的消費者排除は,市場地域と輸送費の存在によって,中心地から離れた地方都市において,より深刻になることが示されたが,以上の点も踏まえ,本考察においては,代替的な中心地体系の構成によって,そのような問題の緩和について,広域的な地域連携を考慮することで検討していく。次節以降では,既存の関連研究に基づき,一定の予算制約のもとでの,地方都市における経済空間の性質について,基本的な枠組みを与える。第3節においては,再構成される経済空間と,輸送費について検討可能なシナリオを仮説分析し,第4節では以上の分析に基づく,都市・地域の規模に応じた最適な空間の構成について検討していく。
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