今から80年ほど前の昭和。国運をかけて総力を挙げ,大混乱の中,甚大・悲惨な犠牲を払った日中戦争,太平洋戦争の時代,日本の科学はどのようであっただろう。当時の「有機合成化学協会誌」を読めば,予想どおり毒ガスや爆薬などの総説があり,人的・物的資源の不足を嘆く座談会がある。いっぽう「科学」を読めば,大学の繰り上げ卒業,勤労動員などによる教育水準の低下,日本の将来を心配する記事が多い。しかし,満州から蘭印に広がる大東亜共栄圏を舞台にした,ユニークな研究テーマも見られた。
本連載を通じて,時代が求めるニーズを的確にとらえ,無から産み出したアイデアを実用化させ,現在に続く科学技術情報流通の発展に寄与してきたアントレプレナーたちの道程をみてきた。本稿では,学術情報とライフサイエンス情報,そして知的財産情報に,新たなる息吹をもたらす試みを概観したい。コンテンツ拡充やAI技術活用を考慮した科学技術情報関連のM&Aが直近の2年間に19件あった。コンテンツ・プロバイダーが事業として存在する価値は,“生データ資産”から,実務者のワークフローに役立つ分析主導の“知見”に移行している。事例として,クラリベイト社の4つの買収について,AI技術,コンテンツ,ワークフロー支援等,それぞれの分野の持つエコシステムでどんな役割が期待されての買収かを考察する。また,情報をビジネスで活かすよう,業界コミュニティに積極的に関わるエキスパート視点での活動にも注目する。
学術情報分野で用いられる永続的識別子(Perpetual Identifier : PID)は,ある対象物に固有で,かつ永続的な識別子である。よく知られている識別子は研究論文を識別するDOIで,ウェブの発展,電子ジャーナルの発展とともに利用が広がり,学術情報に欠かせないものとなった。DOIは研究論文だけでなく,研究データや研究助成プロジェクトなどにも使われるようになっている。本稿前編では,このDOIに加え,研究者を識別するORCID,大学など研究機関を識別するRORについて解説する。
デジタル化・ネットワーク化の進展に対応して,平成30年に著作権法が改正され,柔軟な権利制限が整備された(平成31年1月1日施行)。その結果,デジタル技術,ネットワーク技術を中心に,著作物の利用性が高まり,研究開発が推進されている。これに伴い,医薬品分野においては,AI創薬,ビッグデータ創薬,デジタル医療などの推進が期待されている。また,同じく平成30年著作権法改正により,オンライン授業における著作物の利用が広く権利制限の対象とされた。この改正法の施行日は未定(検討中)であったが,今般の新型コロナウィルス対策の一環として,急遽,令和2年4月28日に施行された。今後は,オンライン授業における著作物の利用性が高まり,オンライン教育の普及が期待される。
内藤記念くすり博物館は1971(昭和46)年,製薬メーカーであるエーザイ株式会社の創業者で,内藤記念科学振興財団の設立者である内藤豊次により開設された。博物館は,本館,展示館,図書館,附属薬用植物園からなる。当館は医薬の歴史や文化に関する資料・書籍を集めた総合的な薬の博物館として一般に公開し,2021年で開館50周年となる。収蔵資料数は6万5,000点,収蔵図書数は6万2,000点に及ぶ。近年では和装本や資料の劣化を避けながら体験できる仕組みの構築に取り組んでいる。長期的には資料や図書の収集・保存,一般公開に加え,医薬史が日本の文化の中の一項目として認識され,一つの文化として醸成されるように活動していきたい。