医薬品の薬理試験において、薬効薬理と安全性薬理の間には用いる試験系および目的に違いがある。 安全性薬理試験は、生体の正常な機能に対して薬物が有害な作用を引き起こさないか否かについて正常動物を用いて調べることを目的としており、特定の疾患に対して薬物が何らかの治療効果を有するか否かをいわゆる病態モデルを用いて調べる薬効薬理とは大きく異なる。中枢神経系の薬理試験においても然りである。また、適用疾患によって安全性評価の目的と適用概念が異なってくる。例えば、急性脳溢血を適用としてNMDA拮抗薬を開発している場合に、薬剤によって若干の精神障害が引き起こされたとしても、それが可逆的で薬剤によって患者の命を救うことができるのであれば、開発を断念するほどの問題とはならないであろう。これに対し、同様の薬剤が軽度な脳溢血を繰り返し発症する患者への予防的使用を目的として開発されるような場合、精神障害を発症する可能性は安全性上の致命的な懸念事項となり得る。中枢神経系の安全性薬理試験は、これまで多くの場合、正常動物を用いたin vivoの試験によって評価されてきた。心血管系のような器官と違い、中枢神経機能の神経生物学的メカニズムが十分に解明されていないことから、中枢神経系の安全性を疾患モデル動物で評価することは未だに難しいのが実情である。
このような背景と現状から中枢神経系の安全性薬理評価を捉え、今後、挑戦的展開をしていく必要がある。かつて本邦で施行されてきた“一般薬理試験ガイドライン1) ”が実質的な運用と次の展開に示唆を与えてくれるものとなると考えられる。この一般薬理試験ガイドラインでは推奨される中枢神経系の安全性薬理試験は2つのカテゴリー(AとB)に分けられている。カテゴリーAには、一般行動観察、自発運動量測定、一般麻酔作用および一般麻酔薬に対する相乗/拮抗作用、痙攣に及ぼす影響(痙攣誘発作用、痙攣誘発剤との相乗効果)、鎮痛作用ならびに体温等が含まれる。カテゴリーBには、脳波に及ぼす影響、脊髄反射、条件回避反応、運動協調性等が含まれる。原則的にはカテゴリーAに挙げられた試験は必須であり(ICHガイドラインにおけるコアバッテリーに相当)、カテゴリーBに挙げられた試験は必要に応じて実施することになっている。この考え方は、ICHでの議論を経て安全性薬理の考え方を取り込み、最終的に2001年6月にICH S7Aガイドライン2)として合意に至った。ICHガイドラインは日本の一般薬理試験ガイドラインに比べると具体性に乏しく、中枢神経系に関しては自発運動能、行動変化、協調性、感覚/運動反射反応および体温がコアバッテリー試験として挙げられ、「中枢神経系は適切に評価されなければならない」と付記されているにとどまっている。フォローアップ試験としては、行動薬理検査等が挙げられている3)。
医薬品の中枢神経系副作用を予測する方法として、 一般行動観察のアプローチとしてFOB(functional observational battery)が取り上げられている(表1)。 Irwinら4)により提唱された基本的観察基準、FOB (Gad5)の提起とHaggerty6)、Mattsson7)、Moser8)らによる改良)などの手法がICH S7Aで紹介され、その他のガイドライン(OECD、USEPA)においても種々の観点から神経毒性について言及されている。 しかしながら、未だに標準的(定型的)な手法提示には至らなく、ケース・バイ・ケース的なアプローチに主体を置いている感がある。この背景には、中枢神経系副作用の予測法としてのFOBの提起があったにも関わらず、得られた結果と実際のヒトへの外挿性との間にギャップがある点が挙げられている。 すなわち、FIH(first in human)/IND(investigational new drug application)時に必要とされる安全性薬理の項目の一環である中枢神経系への影響をみる手法が、当該化合物のFIH/INDを開始するための安全性を担保するに値しているかという事にある。問題点として挙げられる点として(1)ヒトでの簡素な神経学的検査と類似している手法ではあるが、問題因子の同定・リスク回避の検出力に欠ける(2)主観的かつ急性的で著明な作用のみの検出等があり、ヒトでの中枢神経系副作用の検出力について理解をしておく必要がある(図1)。
FOBはリスクの同定のためには有用であるが、創薬時からFIH/IND開始までに(時として臨床試験に並行して)より有用な中枢神経系副作用を検知するフォローアップ試験としてのツールを導入する事が必要となっている(表2)。その対象として、視覚障害、認知機能障害、精神障害、依存性などが挙げられ、それに対応した試験法がケース・バイ・ケースに導入されているのが現状である。フォローアップ試験法の詳細については参考文献9-24)およびその例の概略図(図2の1~4)を参照されたい。
本稿では、FOBの基本的な立ち位置・問題点、挑戦事項について提示すると共に、いくつかの事例検討からの問題点を紹介し、中枢神経系安全性薬理試験の将来の展望について言及する。
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