理学療法学Supplement
Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
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ポスター
  • 三島 聡子, 岡 真一郎, 菱本 舞, 屋敷 美紀子, 後藤 広至
    セッションID: 0351
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに,目的】ロコモティブシンドローム(以下ロコモ)とは運動器の障害によって,日常生活に困難をきたすリスクが高い状態である。ロコモの判定は,疼痛(ロコモP),ADL(ロコモA)および健康感に関する25項目で構成されたロコモ25が用いられており,100点満点中16点以上でロコモに該当する。また,ロコモの早期発見と予防を目的としたロコモーションチェック(ロコチェック)では,7項目のうちひとつでも該当した場合,ロコモ予備群としてロコモーショントレーニングが必要な場合がある。2005年の調査では,児童,生徒の体力および運動能力は全体的に低下しており,現在の若年者ではロコモ予備群が存在する可能性がある。本研究は,若年者のロコモ予備群の割合と,ロコモ25と運動機能および運動歴との関係について調査した。【方法】対象は,一般若年者男性17名(平均年齢21.2±1.6歳)であった。調査項目は,ロコチェック,ロコモ25,学童期の運動歴(運動歴)とした。ロコモPおよびロコモAは,ロコモ25より算出した。測定項目は,長座体前屈,東大式関節弛緩テストおよび等速性筋力測定を行った。等速性筋力測定は,BIODEX SYSTEM5(BIODEX)を使用し,膝関節屈曲,伸展筋力を角速度60deg/sec,180deg/secで行った。統計学的分析は,SPSS Statistics 21.0(IBM)を使用し,ロコモ25および運動歴と各測定項目との関係は,Spearman順位相関分析を用い,有意水準5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は国際医療福祉大学倫理委員会の承認(承認番号13-Io-73)を得た後,対象者には事前に研究内容を説明し,書面にて同意を得た上で実施した。【結果】ロコチェックの該当者は,17名中2名(11.8%)であった。ロコモ25は1.9±2.8点であり,ロコモ16点以上のものは1名であった。運動歴は4.7±1.4年であった。ロコモAは,運動歴(r=-0.49,p<0.05),長座体前屈(r=-0.55,p<0.05),膝関節屈曲トルク180deg/sec(r=-0.68,p<0.01),屈曲パワー60deg/sec(r=-0.65,p<0.01),180 deg/sec(r=-0.65)と有意な負の相関があり,東大式関節弛緩テストの足関節(r=0.65,p<0.01)と有意な正の相関があった。ロコモPは,膝関節トルク180deg/sec(r=-0.62,p<0.01),屈曲パワー60deg/sec(r=-0.57,p<0.05),180 deg/sec(r=-0.65,p<0.01)と有意な負の相関があり,東大式関節弛緩テストの足関節(r=0.49,p<0.05)と有意な正の相関があった。【考察】本研究の結果,男性におけるロコチェックの該当者は2名,ロコモ該当者は1名であった。また,ロコモAは,学童期の運動歴と負の相関があった。小学5,6年生を対象とした1日歩数と体力テストとの関連について,男子では握力,20mシャトルラン,50m走,立ち幅跳び,総得点が関連すると報告されている(戸田ら,2007)。またNational Association for Sport and Physical Education(NASPE)やDepartment of Healthでは,身体活動の中に速歩かそれ以上の強度の身体活動を含むべきであると報告されていることから,学童期の運動が青年期のADLに影響する可能性が示された。男性のロコモAは,長座体前屈および膝関節屈曲トルクおよびパワーと負の相関があり,関節弛緩足関節と正の相関があった。膝関節屈曲筋力低下と足関節の関節弛緩性を有することで下肢での支持性が低下し,身体の支持性を腰背部の抗重力筋に依存したことで身体後面の柔軟性が低下するとこが推察される。その結果,ロコモAの下位項目である立ち上がり,歩行,階段昇降,スポーツなどで困難さが生じたと考えられる。運動歴は,男性が女性より学童期の運動期間が長く,ロコモAと相関があった。子どもの身体活動について,速歩あるいはそれ以上の活動強度の身体活動が推奨されており,学童期の運動が青年期のADLに影響する可能性が示された。本研究の結果,若年男性においてもロコモ予備群が散見された。また,ロコモのADLおよび疼痛はそれぞれ長座体前屈,膝関節屈曲筋力および筋パワーと負の相関があり,足関節の不安定と正の相関があり,将来のロコモ予防には柔軟性,膝屈曲筋力および筋パワーの向上と足関節の安定性を高めることが重要な可能性がある。今後は対象数を増やし,若年者におけるロコモ予備群およびロコモに関連する因子について調査する。【理学療法学研究としての意義】若年男性におけるロコモティブシンドローム予備群について調査することは,将来のロコモティブシンドローム予防のための介入を検討する上で重要である。
  • 村瀬 裕志, 古名 丈人, 井平 光, 水本 淳, 牧野 圭太郎
    セッションID: 0352
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】高齢期における習慣的な身体活動は,身体機能の低下を予防し,QOLの保持および増進に効果的である。しかし,高齢期では心身機能の低下をはじめとした内的要因やソーシャルサポートなどの外的要因の変化に伴い身体活動量や活動強度が低下することが知られている。特に,身体各部に現れる骨関節系の疼痛は,身体活動量を減少させ,身体機能低下の原因となることが報告されている。腰部や膝関節を中心として多くの高齢者が慢性的な疼痛を経験していることは国民生活基礎調査の結果からも示されており,疼痛を有する高齢者の日常的な身体活動特性について,より詳細に調査する必要がある。しかしながら,疼痛を有する後期高齢者がどの程度の身体活動量と活動強度で生活しているのかは明らかにされていない。本研究では,疼痛を有する75歳以上の高齢者における身体活動特性を解明することを目的とした。【方法】対象は,北海道A市在住の後期高齢者234名(平均年齢79.2±3.5歳,男性97名,女性137名)とした。除外基準は,測定日の3か月以内に急性の脳血管疾患および整形外科的疾患を発症したこと,測定日の1か月以内に急性疼痛を発症したこと,認知症の疑いがあることとした。疼痛の有無は,高齢者の主要な疼痛部位である膝関節および腰部について,それぞれ「はい」または「いいえ」のどちらかを質問紙によって聴取し,疼痛なし,どちらか一方に痛みがある,両方とも痛みがある,の3群に分類した。身体活動量は加速度センサー付き生活習慣記録機(ライフコーダ;スズケン社製)を用いて記録し,調査日から1週間,起床から就寝まで(水中活動以外)装着するよう求めた。1週間後に返却された記録機からデータを取得し,各活動強度別に1日あたりの平均活動時間(単位;分)を算出した。なお,得られる活動強度は0~9に分けられ,数値が高くなるにつれてその活動強度も増加する。綾部らの研究から活動強度4以上は3METs以上の活動強度であると報告されており,本研究では運動強度1~3を低強度の身体活動,4以上を中等度以上の身体活動として定義し,それぞれの合算値を分析に使用した。統計学的解析は各強度別の身体活動量に対して,疼痛なし群,どちらか一方に痛みがある群,両方とも痛みがある群の3群において一元配置分散分析を行い,多重比較検定にはTukeyの検定を用いた。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者にはヘルシンキ宣言の趣旨に沿い本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し,書面にて同意を得た。なお,本研究は著者所属機関の倫理審査委員会の承認を受けて実施した。【結果】質問紙の結果から,疼痛なし群は82名(78.6±3.3歳),どちらか一方に痛みがある群は69名(79.3±3.6歳),両方痛みがある群は83名(79.7±3.5歳)であった。一元配置分散分析の結果,低強度の身体活動量では有意な主効果は認められなかったが,中等度以上の活動強度において有意な主効果が認められた(p<0.05)。さらに,多重比較検定の結果から,疼痛なし群は両方痛みがある群と比較して有意に中等度以上の身体活動量が高かった(p<0.05)。【考察】本研究の結果から,75歳以上の高齢者における低強度の身体活動量には疼痛の有無による差は認められなかった。一方で,中等度以上の身体活動量に関しては,膝関節と腰部の両方に疼痛を有する高齢者は,両方に疼痛がない高齢者と比較して身体活動量が低下していることが示された。健康日本21では,健康の保持および増進のためには「息が少し弾む」程度の運動が必要であると提唱されている。息が少し弾む程度の運動を中等度の運動と仮定すると,膝関節と腰部の両方に疼痛を有する高齢者は必要とされている以上の身体活動量を確保できない可能性がある。このような高齢者に対しては,サポーターやコルセットの導入,関節負荷を考慮した姿勢での運動など,疼痛をコントロールした状態での運動指導を行うことで身体活動を確保し,身体機能低下を予防していく介入が必要であると考える。なお,本研究の限界として,今回は疼痛の有無のみ聴取し,疼痛の強さや罹患期間まで聴取していないため,これらの要因がどの程度身体活動量に影響を与えているのかまでは検討できなかった。【理学療法学研究としての意義】本研究から疼痛を有する後期高齢者の身体活動特性の一部が解明された。この知見は,疼痛を有する後期高齢者の身体活動増進へ向けた取り組みの一助となると考える。
  • 村田 峻輔, 澤 龍一, 三栖 翔吾, 中津 伸之, 上田 雄也, 斉藤 貴, 杉本 大貴, 中村 凌, 山崎 蓉子, 中窪 翔, 堤本 広 ...
    セッションID: 0353
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】加齢に伴い変形性関節症や神経痛の慢性疼痛は増加し,運動機能に大きく影響を与える。痛みには様々な側面があり,先行研究によると痛みの主観的強度,痛みの期間,部位数が運動機能と関連する。しかし痛みを評価する上で,これらの他に心理面の評価も重要であるとされ,中でも痛みを有していながらもある事柄に対して自分がどの程度対処することができるかという感覚を言う痛みに対する自己効力感や,痛みの経験をネガティブにとらえる傾向のことを言う痛みに対する破局化思考について,運動機能との関連が近年報告されている。以上のように痛みと運動機能との関連を調査する上で,痛みに関しては検討するべき項目は多数あるにもかかわらず,これらを同時に検討した研究はない。本研究の目的は慢性疼痛を有する高齢者における痛みの各側面と運動機能との関連を横断的に調査することである。【方法】対象は歩行速度を測定するため腰部や下肢の慢性疼痛を有し,通所介護施設を利用する地域在住高齢者39名であり,Mini-Mental State Examination 21点未満と慢性疼痛の扱いとして痛みの持続期間が6か月未満,急性炎症を繰り返すとされている関節リウマチの既往を有する者は除外した。調査項目として,痛みの主観的強度を示す指標であるNumeric Rating Scale(NRS),痛みの破局化思考の指標であるPain Catastrophizing Scale(PCS),痛みに対する自己効力感の指標であるPain Self-Efficacy Questionnaire(PSEQ),また腰部や下肢の痛みの期間,痛みの部位数を調査した。痛みを複数箇所に有している対象者に関してはNRS,痛みの期間それぞれについて数値の最も大きい値を採用した。また,運動機能の指標として歩行速度を測定した。統計解析は歩行速度とNRS,PCS,PSEQ,痛みの期間,痛みの部位数についてSpearmanの順位相関分析を行なった。その後,目的変数に歩行速度,説明変数に年齢,性別,NRS,PCS,PSEQ,痛みの期間,痛みの部位数を強制投入した重回帰分析を行なった。統計学的有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は神戸大学大学院保健学倫理委員会の承認を得た後に実施された。事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明して同意を得た者を対象者とし,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的配慮を十分に行った。【結果】対象者は39名(男性8名,女性31人,平均年齢84.5±6.0歳)。痛みの期間は,6か月以上1年未満3人,1年以上3年未満14人,3年以上5年未満2人,5年以上が20人であった。痛みの部位については,腰部24名,股関節1名,膝関節20名,足関節1名,足趾1名,その他7名であり,下肢や腰部の痛みの部位数は2か所が16名,1か所が23名であった。Spearmanの順位相関においてPSEQは歩行速度と関連がみられたものの(ρ=0.45,p<0.01),NRS,PCS,痛みの期間,痛みの部位数は歩行速度と関連がみられなかった(NRS:ρ=-0.23,p=0.16;PCS:ρ=-0.08,p=0.62;痛みの期間:ρ=-0.18,p=0.25;痛みの部位数:ρ=-0.08,p=0.63)。重回帰分析では,PSEQと歩行速度のみにおいて有意な関連がみられた(標準化β=0.46,p<0.01,自由度調整R2=0.29,p=0.01)。【考察】本研究の結果よりNRS,PCS,痛みの期間,痛みの部位数と歩行速度には有意な関連が見られず,PSEQのみにおいて有意な関連が見られた。先行研究において腰痛患者や筋線維痛患者の運動機能と自己効力感の関連が報告されているが,本研究で慢性疼痛を有する高齢者においても歩行速度と痛みに対する自己効力感との関連が示唆され,痛みを有する患者に対する自己効力感の重要性を支持,拡大する結果が得られたと考える。しかし,本研究はサンプル数が少なく他の変数が選択されるのに十分な検出力を有していない可能性がある。また,横断研究であり関連性を述べるにとどまるため,今後サンプル数を増やして前向きに検討をする必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】理学療法士が慢性疼痛を有する高齢者の運動機能を考える際には,痛みの主観的強度を評価するだけではなく痛みに対する自己効力感も評価することが重要である可能性が示唆された。
  • 和・洋による比較
    平良 雄司, 溝田 康司, 金ヶ江 光生
    セッションID: 0354
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】昨今,障害者高齢者に対する様々な住生活関連施策により,バリアフリーが推進されている。それに伴い,生活様式も和式から洋式への流れが加速し,洋式生活が主流となりつつある。我々は,第45回日本理学療法学術大会において,主観的生活感と身体機能の関連について検討し,和式生活の高齢者では身体機能が高いこと及び下肢関節痛数の増加が洋式生活への促進要因であることを明らかにした。そこで今回我々は,後期高齢者の主観的生活感に基づいた和式と洋式の相違による「腰部下肢痛」の比較と身体機能・身体活動量の比較を試みたので報告する。【方法】対象は,75歳以上の地域在住高齢女性55名(年齢80.2±3.8歳)。調査項目は自己記入式質問紙にて,①主観的生活感(和式・洋式),②腰部・股関節・膝関節における痛みの有無を収集した。また,加齢による身体機能の低下と身体活動量を考慮するため,下肢筋力の指標として膝伸展筋力(OG技研社製ハイドロマスキュレーターGT150を使用),バランス能力の指標としてFunctional Reach Test(FRT),歩行移動能力の指標としてTimed Up and Go Test(TUG-T),柔軟性の指標としてFinger Floor Distance(FFD)を測定し,膝伸展筋力は標準化のため体重比を算出した。身体活動量は質問紙にて,Sallisらの方法に基づいて,過去一年間における,眠っていたり横になっている時間,座ったり立っている時間,軽い運動をしている時間,中程度の運動をしている時間,激しい運動をしている時間の一日当たりの平均時間を収集し算出した。統計解析は,和・洋2群間における,部位別による痛みの有無をFisherの正確確率検定で,身体機能・活動量の比較をMann-Whitney U検定を用いて検討を行った。主観的生活感への関連要因を明らかにするため,主観的生活感(洋式)を目的変数,各部位の痛みの有無,身体活動量,膝伸展筋力体重比,FRT,TUG,FFDを説明変数とする年齢調整ロジスティク回帰分析を行った。有意水準は5%未満とし,傾向水準は10%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者全員に本研究の目的,測定内容および測定記録取り扱いについての説明を十分に行い,書面にて研究参加の同意を得た。【結果】洋式群(n=36)は和式群(n=19)より腰部痛を有する者が有意に多く(p=0.002),膝関節痛は多い傾向であった(p=0.071)。股関節の痛みの有無,身体活動量,全ての身体機能項目に2群間の有意差は認められなかった。主観的生活感を目的変数とする年齢調整ロジスティク回帰分析から,腰部に痛みを生じると洋式生活へ移行する確率が24.8倍(95%信頼区間3.24-189.48),膝関節に痛みを生じると洋式生活へ移行する確率が7.1倍(95%信頼区間1.29-38.47)上昇していた。【考察】本研究の結果から,洋式群は腰部痛を有する者が多く,膝関節痛は多い傾向であり,腰部・膝関節痛は生活様式の関連要因であった。また身体活動量,身体機能では洋式群と和式群に有意差はなかった。松本ら(1997)は腰部下肢痛は立ち上がり動作,中腰姿勢などに関するADL困難度と関連していると報告し,角田ら(2010)は身体機能の維持には一定の身体活動量を保つことが重要であると報告している。このことから腰部痛,膝関節痛を有する高齢者は重心移動が多く腰部,膝関節に負担がかかる和式生活に困難を感じ洋式へ生活様式を変更し,身体活動量や身体機能を維持していると考えられる。【理学療法学研究としての意義】腰部・膝関節痛を有していない高齢者にとって重心移動の多い和式生活は,身体に負荷をかけ身体機能の維持に有効であると考えられるが,腰部・膝関節に痛みを生じた高齢者においては,身体活動量・身体機能の維持を図るため,腰部・膝関節痛への理学療法と同時に,洋式生活へ早期の促しが必要であることが示唆された。
  • 北村 智哉
    セッションID: 0355
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】近年,虚弱高齢者に対する健康支援事業は,個別型あるいは集団型,施設型あるいは地域型など様々の形態で実施されている。その中で,理学療法士が活躍する場面は,益々,増加傾向にあり,理学療法士の責務と社会的期待は大きくなっている。しかし,それら事業では,高齢者の機能的予後を予測,念頭においた理学療法(PT)プログラムが実施されていることは少なく,まだまだ画一的なもので提供されることが多い。そこで,本研究の目的は,現有する日常生活動作(ADL)能力の高い虚弱高齢者と低い虚弱高齢者とでは,どちらがPTプログラムに対して奏効するかを,6か月間の縦断的分析から検証すること。【方法】研究デザインは,前向きコホート研究とした。セティングは,老人保健施設通所リハビリテーション部門とし,調査期間は平成24年1月から平成25年11月とした。対象者は,通所リハビリテーションにて理学療法実施中の地域在住虚弱高齢者30名(男性9名,女性21名,年齢81±6歳)とした。対象者の申請時介護度は,要支援が9名,要介護1が11名,要介護2が6名,要介護3が3名,要介護4が1名であった。主要測定指標は,Functional Independence Measure(FIM)(合計)とし,説明測定指標は,FIM(運動),FIM(認知),握力,大腿四頭筋力体重比(%QF),上体起こし回数,長坐位体前屈,Functional Reach距離(FR),片脚立位時間,Timed up go時間(TUG),最速歩行時間,6分間歩行距離(6MWD),老研式活動能力指標とした。研究のプロトコールは,理学療法初期評価時をベースラインとし,FIM(合計)118点以下を低ADL群(男性5名,女性10名,年齢83±5歳,FIM109±9点),119点以上を高ADL群(男性4名,女性11名,年齢80±7歳,FIM122±2点)の2群に分類した。そして,理学療法プログラム実施6か月後に再評価した。理学療法プログラムは,関節可動域トレーニング,筋力トレーニング,運動耐容能トレーニング,日常生活動作トレーニングを中心に実施した。統計学的分析方法は,ベースラインの2群の比較を対応のないt検定,経時的変化と2群の比較は,ベースラインで有意差が認められた指標を群と期間を要因とした分割プロットデザイン共分散分析,有意差が認められなかった指標を群と期間を要因とした分割プロットデザイン分散分析で分析した。多重比較検定はBonferroni法を用いて分析した。統計解析ソフトはSPSS(v20)を使用し,統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言に沿った研究として実施した。対象者への説明と同意の方法は,研究の概要,参加は任意であること,同意しなくても何ら不利益を受けないこと,同意後も常時撤回できること,撤回後も何ら不利益を受けないことを説明し,同意を得た。【結果】FIM(合計)は,期間の主効果(p=0.03),交互作用共に有意であり,6か月後で高ADL群が有意に高値であった(p=0.03)。%QFは,有意な期間の主効果は認めなかったものの,交互作用は有意であり,6か月後で高ADL群が有意に高値であった(p=0.04)。握力(p=0.03),長坐位体前屈(p=0.02),FR(p=0.004),TUG(p=0.005),最速歩行時間(p<0.001),6MWD(p=0.048),FIM(運動)(p=0.02)は有意な期間の主効果を認めたものの,有意な交互作用を認めなかった。MMSE,上体起こし回数,片脚立位時間,FIM(認知),老研式活動能力指標は,有意な期間の主効果,交互作用共に認めなかった。【考察】握力,長坐位体前屈,FR,TUG,最速歩行時間,6MWD,FIM(合計),FIM(運動)は,有意な期間の主効果を認めており,上肢筋力,柔軟性,動的バランス,瞬発的歩行能力,運動耐容能,ADLの改善にはPTプログラムは有効であるかもしれないが,それはベースラインのADLが高い,あるいは低いことには依存しない可能性が示唆された。FIM(全体合計),%QFは,高ADL群で6か月後に有意なPTプログラム効果が認められ,ADL,下肢筋力については,高いADLにある虚弱高齢者の方が,PTプログラムが奏効する可能性が示唆された。しかし,MMSE,上体起こし回数,片脚立位時間,FIM(認知)は,PTプログラムが有効でない可能性が示唆され,これら指標の改善には,多職種による包括的支援,家族の協力や社会資源の活用など多角的なアプローチが必要ではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】本研究では,現有するADL能力の差異による6か月間のPTプログラムの効果について客観的に分析することができ,そのことはほとんどの能力に差を生じさせないことが判明した。また,PTプログラムの有効性,PTプログラムのみでは奏効しない能力について提言することができた。
  • ~身体機能の変化の有無,および身体活動量と身体機能の変化量との関連性~
    蛎崎 悠菜, 加藤 仁志, 入山 渉, 岡田 佳織, 長谷部 光洋, 鳥海 亮
    セッションID: 0356
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】近年,介護予防事業の中で運動習慣獲得のためにセルフモニタリングなどの行動科学的な技法が数多く取り入れられている。先行研究では,1日平均歩数や自己効力感,体脂肪率,安静時血圧(女性のみ),総コレステロール,最大酸素摂取量,運動習慣のステージ,自己効力感,中等度身体活動量,総エネルギー消費量などが増加したという報告がある。しかし,セルフモニタリングを用いた運動介入前後での身体機能の変化の有無を調べた研究は少なく,また,セルフモニタリングに記録された身体活動の変化量が,介入前後での身体機能の変化量に関連しているかを調べた研究は見当たらない。そこで本研究では,セルフモニタリングを用いた運動介入前後で身体機能が向上するのかを明らかにすること,セルフモニタリングに記録された身体活動量が介入前後での身体機能の変化量に関連しているかを明らかにすることを目的とした。【方法】対象は,A県のB村・C町の介護予防事業に参加した二次予防事業対象者でB村は13名(男性7名,女性6名,平均年齢79.2歳:66~84歳),C町は10名(男性7名,女性3名,平均年齢76.1歳:65~95歳)であった。介護予防事業はB村では全14回(3ヵ月間),C町では全12回(6ヵ月間)実施した。B村では全14回中4回『高齢者の生活を拡げる10のトレーニング(10項目)』を実施し,C町では全12回全ての回で『元気いきいき体操(20項目)』を実施した。どちらの介護予防事業でも自宅で運動を実施するように指導し,実施した運動の分だけセルフモニタリングするように指導した。この記録は運動介入する教室ごとに収計し,結果を本人にフィードバックした。介入前後で測定した身体機能の項目は握力,等尺性膝伸展筋力,長座位体前屈,開眼片脚立ち時間,Functional Reach Test,Timed Up and Go Test,5m歩行速度であった。統計学的解析は,運動介入前後の身体機能を対応のあるt検定を用いて比較した。また,1日あたりに実施した運動の項目数(身体活動量)を目的変数,介入前後での身体機能の変化量を説明変数として,重回帰分析(ステップワイズ法)を行った。解析ソフトはR2.8.1を使用した。【倫理的配慮,説明と同意】対象者へ研究に関して口頭による説明を十分に行い,研究参加に同意していただいた場合は口頭で同意を得た。すべてのデータの公表に当たっては対象者が特定されない形で行った。また,本研究は群馬パース大学保健科学部理学療法学科卒業研究倫理規定に触れないことを研究倫理検討会で承諾された。【結果】運動介入前後では,等尺性膝伸展筋力と5m歩行速度で有意な改善がみられ,長座位体前屈では有意な低下が認められた。また,1日あたりに行った運動の項目数(身体活動量)と関連がある項目として,握力(標準化偏回帰係数:0.38)と等尺性膝伸展筋力(標準化偏回帰係数:-0.53)が抽出された。【考察】等尺性膝伸展筋力の有意な改善は,今回の介入で用いた運動の中で,膝伸展筋群に効果がある項目が運動の序盤にあることや比較的容易に行えることから,実施回数が多くなったためではないかと考えた。5m歩行速度の有意な改善は,『介護予防事業に参加して運動するようになってから,膝の痛みが減った』,『前より動けるようになった』などの声が聞かれたことから自己効力感が向上したために5m歩行速度が改善したと考えた。長座位体前屈の有意な低下は,長座位体前屈に関連する大腿後面のストレッチが運動の終盤の方にあることや筋力に関する発言は多く聞かれるが,柔軟性に関する発言は少ないことから,柔軟性に対する関心が低く,実施回数が少なくなったためではないかと考えた。重回帰分析の結果は,身体活動量が多い人ほど運動介入前後での握力の変化量は大きくなり,膝伸展筋力の変化量は小さくなることを示す。握力は上肢だけでなく下肢を含めた大まかな筋力を把握することに有効であると報告されており,そのため,身体活動量が多い程,多くの筋の筋力が向上し,それを反映している握力の変化量が大きくなったと考えた。膝伸展筋力は,身体活動量の多い人ほど膝伸展筋群の運動だけでなく,様々な運動を幅広く行い,少ない人ほど運動の序盤にあり,比較的容易な膝伸展筋群の運動を多く実施していたと考えた。【理学療法学研究としての意義】介護予防事業において,セルフモニタリングを用いた運動介入によって,等尺性膝伸展筋力と5m歩行速度が改善し,長座位体前屈が低下したこと,および記録した身体活動量が握力と等尺性膝伸展筋力の変化量に関連することが明らかとなった。このことは,介護予防事業でのトレーニング方法の検証や立案のための一助となると考えられた。
  • 大田尾 浩, 上城 憲司, 八谷 瑞紀, 村田 伸, 溝田 勝彦
    セッションID: 0357
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】Functional reach testは,高齢者の転倒予測に有用とされ,立位バランスの評価法として用いられている。しかし,FRTのみで転倒を予測するのは不十分との指摘もあることから,従来のFRTに修正を加えた閉眼にて行うFRT(functional reach test with eyes closed:EC-FRT)が考案された。EC-FRTは,Berg balance scaleやTimed up and go testとの関連からFRTよりもバランス能力をより反映するとされている。また,EC-FRTの信頼性は高く測定誤差は少ないことが確認されている。本研究は,健常高齢者を対象にEC-FRTの年代別測定値を調査し,加えてEC-FRTから転倒の有無を判別できるのかを検証することとした。【方法】対象は,認知症予防事業に参加した65歳以上の地域在住高齢者101名(平均年齢76.6±6.0歳)とした。対象の取り込み基準は,要介護認定を受けていないこと,重度な認知症が認められないこと(MMSE20点以上)とした。測定項目はEC-FRT,FRT,過去1年間の転倒歴とした。統計処理は,EC-FRTをKruskal-Wallis検定にて年代別に比較した。多重比較法はBonfferoni検定の有意確率を補正し比較した。次に,転倒あり群と転倒なし群のEC-FRTをMann-Whitney検定にて比較した。転倒の有無を判別するためにROC曲線を求め,AUCから適合性を判定しカットオフ値を求めた。さらに,カットオフ値から求められる予測値と実測値から感度,特異度,正診率などを算出した。統計解析にはSPSS 21を用いた。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には,研究の趣旨と内容について十分に説明し,同意書にサインを得てから調査を開始した。研究の参加は自由意思であること,同意を撤回できること,参加しない場合でも不利益はないことを説明した。本研究はヘルシンキ宣言を順守して行われた。【結果】EC-FRTは,65-69歳35.5(32.0-43.0)cm,70-74歳32.5(28.0-35.0)cm,75-79歳26.0(22.5-29.0)cm,80-84歳24.0(19.0-32.5)cm,85-89歳23.0(1.3-30.8)cmであった。高齢になるにつれてEC-FRTは有意に低下していた。また,EC-FRTは,転倒なし群30.5(27.0-34.0)cmよりも転倒あり群20.0(16.0-24.0)cmの方が有意に低値であった。EC-FRTから求めたROC曲線のAUCは,EC-FRT=0.908(0.848-0.969),FRT=0.856(0.772-0.939)であり,FRTよりもEC-FRTの方が転倒の判別能は良好であった。転倒を判別するEC-FRTのカットオフ値は25.5cmであった。カットオフ値の感度は83.9%,特異度85.7%,正診率85.1%,陽性適中率72.2%,陰性適中率92.3%であった。なお,EC-FRTが20.5cm以下だった13名すべてが転倒しており,33cm以上だった29名すべてに転倒は認められなかった。FRTのカットオフ値は26.5cmであった。カットオフ値の感度は77.4%,特異度80.0%,正診率79.2%,陽性適中率63.2%,陰性適中率88.8%であった。なお,FRTが20.0cm以下だった11名すべてが転倒しており,38cm以上だった12名すべてに転倒は認められなかった。【考察】EC-FRTは年齢が増すにつれて低下することが確認された。また,転倒あり群のEC-FRTは,転倒なし群よりも低値であった。とくに,EC-FRTが25.5cm以下では転倒のリスクが高くなることが明らかとなった。陽性適中率とは,カットオフ値から「転倒あり」と判別された高齢者が実際に「転倒あり」であった割合を示す。一方,陰性的中率とは,カットオフ値から「転倒なし」と判別された高齢者が,実際に「転倒なし」であった割合を示す。結果から判断すると,EC-FRTは「転倒あり」を判別するよりも「転倒なし」を判別することの方が診断精度は高かった。また,FRTよりもEC-FRTの方が「転倒あり」「転倒なし」をより正確に判別することができていた。このことから,EC-FRTは「転倒なし」を判別する指標として有用である可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】EC-FRTは,地域在住高齢者が転ばないために必要な立位バランスの目標値を提示できる可能性が示された。また,トレーニングや具体的な目標値の設定などへの応用が期待できる。
  • 高次脳機能が関与する課題遂行歩行からの検討
    岩城 隆久, 小枩 武陛, 大西 智也, 三上 章允
    セッションID: 0358
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】高齢者の転倒は下肢筋力評価の寄与率が高いとされるが,近年では筋力だけではなく,環境やバランス,反応時間,生活活動範囲などの複合的評価が有用とする報告がある(新村,2006)。我々は高齢者の転倒に関して,外界刺激に対する適応や判断といった高次脳機能評価が必要であると示唆している。高齢者の転倒について,歩行周期の変動増大は転倒リスクを予測し(Maki,1997),この変動に関しては歩行周期時間の変動係数が有用とされる(Hausdroff,2005)。これらの研究は転倒経験の有無において比較しているが,実際の転倒を誘発した検討ではない。そこで,本研究は,高次脳機能が関与する課題を歩行中に実施することで転倒要因を誘発し,その際の歩行周期と心拍数から地域在住高齢者の転倒と高次脳機能について検討した。【方法】対象者は認知症および直近半年の転倒経験がない一次予防事業対象者(健常高齢者)13名(72.0±4.3歳,身長159.9±9.1cm,体重57.1±10.1kg)である。転倒経験はGibsonの定義である「自分の意思からではなく,地面またはより低い場所に足底以外の身体の一部が接触すること」とした。歩行は床反力計内蔵トレッドミルにて,7分30秒間継続して実施した。トレッドミル歩行に慣れる目的で開始から2分間実施し,直後から30秒間の歩行における心拍数データをベースラインとして抽出した。そして,課題遂行歩行,通常歩行の順で実施した。高次脳機能が関与する課題は暗算テスト(暗算-T),ストループカラーワードテスト(ストループ-T)を用いた。この課題は対象者の視線のモニター上に提示されるように設定した。歩行速度は至適歩行速度とした。歩行周期変動はstride length,stride time,cadenceの変動係数(CV)を算出し,心拍数変化率はベースラインの心拍数に対し課題遂行歩行および通常歩行の心拍数の変化率を算出した。統計学的分析は各歩行パラメータのCVおよび心拍数変化率について,課題遂行歩行と通常歩行を対応のあるt検定を用いて比較した。統計的な有意水準はp<0.05とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には,本研究の目的,測定内容などを文章および口頭によって説明し,書面での研究参加の同意を得た。本研究は中部学院大学倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】至適歩行速度は3.2±0.7km/hであり,心拍数変化率は通常歩行に対して暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意に高値を示した(p<0.001)。歩行周期変動は通常歩行に対して暗算-T歩行はstride length,stride time,cadenceでCVが有意に高く(p<0.05),ストループ-T歩行はstride length,stride timeでCVが有意に高値を示した(p<0.01)。【考察】暗算-T歩行とストループ-T歩行は有意な心拍数増加が見られ,課題遂行により精神負荷が生じたことを示唆した。つまり,高齢者の転倒要因のひとつにある「焦り」や「不安」を想起させた。stride length,stride time,cadenceのCVが通常歩行より高値を示したことは,高次脳機能が歩行パターンに影響を与えたことを示す。歩行周期のCVに関する先行研究では陸上歩行で4%,トレッドミル歩行で2%程度と報告している(政二,1995)。高齢者の歩行周期変動時間は2.1~3.2%であり(Gabell,1984.Owing,2004),転倒経験者は3.8±2.1%である(Hausdroff,2001)。本研究の対象者は非転倒経験高齢者かつトレッドミル歩行であるため,CVは先行研究よりも低値を示した。stride timeのCVは通常歩行:1.6±0.5%に対して暗算-T歩行:1.9±0.7%,通常歩行:1.3±0.4%に対してストループ-T:2.0±0.6%であった。つまり,課題遂行歩行は周期性のある歩行に乱れを生じさせた。高齢者は加齢により注意の分配を制御しにくくなり(Hasher,1988),情報処理速度低下から注意制御に制限をきたす(Salthouse,1996)。歩行は中脳以下の中枢パターン発生器の制御下での定常化や皮質脊髄路によって歩行は制御されるが,課題遂行歩行はこの各制御に干渉を生じさせたと推測できる。このような影響下において日常生活場面では歩行速度の遅延や立ち止まりによって転倒を未然に防ぐ適応反応を示す。しかし,本研究はトレッドミルによって歩行が強制されていることで,歩数や歩幅の調整による適応反応を示し,その結果CV増大を生じさせたと考える。よって転倒予防として高次脳機能に関与する課題を歩行中に行った際にCVが著しく増加する場合は転倒を予期できると考えられる。【理学療法学研究としての意義】高齢者の転倒要因には外界刺激に対する適応や判断といった高次脳機能が関与する。よって,運動機能のみで転倒予防を講じるのではなく,高次脳機能の向上プログラムと併用しながら行うことは転倒マネージメントの一助になると思われる。
  • 従来型の転倒対策との比較
    松政 圭一, 椎木 孝幸, 吉田 誠, 横山 裕子, 奈須 亮介, 寺井 亮, 金森 貴未, 下田 麻友, 藤原 正昭, 大澤 傑
    セッションID: 0359
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】St. Thomas’s Risk Assessment Tool in Falling Elderly Inpatients(STRATIFY)は1997年にOliver Dが開発した転倒アセスメントシートである。2011年に日本語訳が紹介されて以降,日本においても使い始められており,その有用性について報告されている。当院の従来の転倒対策は,転倒症例に対してカンファレンスを開き,なぜ転倒に至ったかを検討し再転倒を防ぐことが主であった。一方STRATEFYは転倒リスクの高い症例を特定することができるため,病棟スタッフと情報を共有し,事前に転倒対策を立てることで転倒を減らすことが可能と考えた。当院では2012年5月より日本語版STRATIFY(以下:STRATIFY)を用いた転倒対策を回復期リハビリテーション病棟(以下:回復期リハ病棟)において実施している。研究の目的は,STRATIFYの感度と特異度について調査することと,従来型の転倒対策と比較してSTRATIFY導入後の有用性について検討することとした。【方法】対象者は2012年1月~11月までに当院の回復期リハ病棟に入院した脳血管疾患80名とした。2012年1月~4月までの期間に入院し従来型の転倒対策を行った群を従来群,2012年5月~11月までの期間に入院しSTRATIFYを用いて転倒対策を行った群をSTRATIFY群とした。従来群は34名であり,平均年齢77±11.5歳,男性15名・女性19名,平均入院期間は60.7±12.2日であった。STRATIFY群は46名であり,平均年齢73±12.1歳,男性21名・女性25名,平均入院期間は91.9±50.5日であった。従来群は,転倒発生直後にリハビリテーション担当者・看護師・看護助手を含む病棟スタッフで転倒カンファレンスを開き,転倒に至った経緯を多面的に考察し対策を立てた。STRATIFY群は入棟時に担当理学療法士が評価し,5項目中2点以上を陽性とし,陽性者に対して転倒対策を行った。【倫理的配慮,説明と同意】対象者にはヘルシンキ宣言に則り,本研究の主旨・目的を口頭にて説明し同意を得た。【結果】従来群の転倒者は34名中12名(35.3%)で転倒回数は18回であった。1回転倒者が10名,2回転倒した者が2名,4回転倒者が1名であった。STRATIFY群の転倒者は46名中8名(17.4%)であり,転倒回数は8回であった。STRATIFY導入後に転倒回数が減少する結果となった。STRATIFY陽性は15名,陰性は31名であった。転倒者8名のうち6名が陽性であり,また非転倒者38名のうち29名が陰性であったことから感度は75.0%,特異度は76.3%であった。【考察】STRATIFYは質問項目か5項目と非常に少なく,また「はい=1」「いいえ=0」の2段階評価のため短時間で評価でき,検者間誤差が少く臨床的有用性が高いツールてあると報告されている。本研究においては,先行研究と比べて症例数は少なかったが,感度・特異度ともに70%以上と高い値を示した。このことから転倒アセスメントシートとして有用であると考えた。転倒の多くは病棟のベッドサイドやトイレで起こっていることから,転倒ハイリスク者はカルテやベッドサイドに表記し,カンファレンスや回診時に病棟スタッフに直接伝えるようにした。今回STRATIFYを用いることで,転倒ハイリスク者を早期に特定することができ,入棟時に転倒対策を立てたことと,病棟スタッフと情報共有ができたことで,転倒に対する意識も高くなり,転倒数の減少につながったものと考えた。しかし陽性15名のうち6名は入棟時に対策を立てたにもかかわらず転倒を防ぐことができなかった。今後,転倒をさらに減らすためには,転倒を防ぐことができなかった6名の特徴を把握することと,転倒対策の質の向上が必要と思われた。今後は脳血管疾患のみならず運動器疾患,急性期,慢性期においても症例数を増やし有用性について検証していきたい。【理学療法学研究としての意義】先行研究同様にSTRATIFYの感度と特異度は高く,またSTRATIFY導入前後で転倒数が減少したことから転倒アセスメントシートとして有用であることが示唆された。
  • 十鳥 献司, 中原 義人, 原田 和宏
    セッションID: 0360
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】病院や施設における患者の転倒は発生頻度の高い問題である。中でも維持期医療機関においては,急性期や回復期と同様の転倒率が発生していることが近年の調査によって伺われており見逃すことは出来ない。近年の入院患者は高齢化が顕著となり,急性期病院の入院患者の7割近くが高齢者で,受け皿となる回復期や維持期医療機関も高齢化の傾向を辿らざるをえない現状にある。転倒リスクが高まるとされる入院高齢者の転倒防止には特に注意しなればならない。医療従事者が転倒予防に務める為には,入院時における転倒リスク者選別が簡便にかつ効果的に行われる事が必要である。国外では転倒リスクアセスメントツールSt. Thomas’s Risk Assessment Tool in Falling Elderly Inpatients(以下STRATIFY)が開発されており,大学病院入院後の転倒発生の90%以上を入院時に識別できるツールである事が検証されている。日本においてSTRATIFYは,これまでに日本語版翻訳と予測精度の統計学的検討が行われているが,回復期病院での有用性が検討されているのみで,維持期の入院高齢者での有用性は検討されていなかった。本研究の目的は,維持期医療機関における入院高齢者に対して日本語版STRATIFYの予測妥当性を明らかにすることとした。【対象および方法】対象は維持期医療機関1施設に2011年7月1日からの1年の間に,新規入院する65歳以上の高齢者とした。観察期間は,転倒群は入院から初回転倒発生までの日数を,非転倒群は入院から退院日もしくは調査期間の最終日2012年6月30日までの日数とした。入院時の調査項目は,年齢,性別,身長,体重の他,入院時の主病名,既往症,投薬状況,座位・立位状況,入院直前の生活場所,日常生活自立度,認知症の有無,認知症自立度,視力低下の有無,不穏行動の有無等及び日本語版STRATIFYとした。日本語版STRATIFYの転倒発生における予測精度を検討する為に,Kaplan-Meirer法を用い検討した。また従来のカットオフ値が有意な転倒判別能を有しない場合には,χ²検定および対応のないt検定にて調査項目群と転倒発生の有無の関連性を検討し,関連性を示した項目について変数選択法(尤度比に基づく変数増加法)によるCox比例ハザード解析にて転倒発生のハザード比を検討した。調整変数として年齢,性別,FIMの運動項目における合計得点,および認知FIMにおける合計得点を設定した。【倫理的配慮,説明と同意】調査実施にあたり,得られた結果の公表について十分配慮することを条件に,調査対象病院の内諾を得,倫理的な配慮を行った。本研究は吉備国際大学倫理審査委員会の承認を得て実施した。【結果】調査を行った1年間の入院患者は346名であり,そのうち64歳以下18名,寝返り困難者112名を除外した合計216名を解析対象として選定した。STRATIFYは平均2.7±1.6点,転倒発生者は45名であった。高リスク群は162名となり転倒発生38名,低リスク群は54名となり転倒発生7名であった。生存分析ではLog-rank検定で有意確率が0.18となり,時間を考慮した転倒発生にSTRATIFYによる群化は影響を有しなかった。予測精度は感度84.1%,特異度27.5%,陽性尤度比1.16,陰性尤度比0.57となり,感度以外は不良値を示した。転倒発生の関連要因を探した結果として,感覚障害(転倒発生群29/45名,非転倒発生群56/171名,p=0.0001),突進歩行(6/45名,7/171名,p=0.034),見当識障害(24/45名,55/171名,p=0.010),向精神薬(18/45名,34/171名,p=0.007),降圧剤(13/45名,80/171名,p=0.028),2種類以上の投薬(41/45名,126/171名,p=0.007)であり,これらの項目についてχ²検定の結果より転倒発生に有意差を認めた。Cox比例ハザード解析では,感覚障害(ハザード比2.476,95%CI:1.173~5.224,p=0.017),向精神薬の服用(2.470,1.287~4.741,p=0.007),降圧剤の非服用(0.313,0.150~0.655,p=0.002)が転倒発生に関連する要因として抽出された。【考察】日本語版STRATIFYの予測妥当性は回復期とは異なり,本研究での維持期医療機関入院高齢者に対しては支持されなかった。回復期や急性期では入院後に1週間以内の転倒発生が顕著とされるが,本研究については更なる詳細なデータ解析が必要と考えられる。【理学療法学研究としての意義】維持期高齢者の転倒発生に関与する要因について,感覚障害を有すること,向精神薬の服用,降圧剤の非服用といった独自の予測項目が存在し得ることが示唆され,今後の研究課題と考える。
  • 足立 知絵佳, 河野 奈美
    セッションID: 0361
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに】咀嚼とは,嚥下の前段階であり,食物を噛み砕き,唾液を混ぜて嚥下に適した食塊を形成することである。十分な咀嚼をすることは,唾液分泌の促進による健康の保全,肥満による生活習慣病の抑制と改善など様々なことに効果があると言われている。このように,十分な咀嚼をすることはあらゆる年代において大切であるが,近年の食生活は,食事時間が短くなり,軟らかいものが好まれ,ファーストフードの摂取過剰,栄養補助食品やサプリメントなどの多用,朝食の欠如など咀嚼回数を減らす要因が増えている。このことから咀嚼による作用の減少や咬合力の低下が予測され,身体機能改善や向上を目的とした理学療法を行う上で,咬合力も考慮する必要があると考えられる。しかし,これらの研究は歯科領域で行われているのがほとんどで,理学療法領域ではあまりみられない。そこで今回,咀嚼回数を増やすと咬合力は向上するか,また身体機能への影響について,バランス機能の評価法の一つである重心動揺を用いて検討した。【方法】本研究への参加に同意の得られた,本学の理学療法学科男子学生30名中,体調不良などにより測定不足者,歯科治療開始者等を除いた23名(平均年齢20.2±0.7歳,平均身長170.8±4.1cm,平均体重66.9±12.6kg)を対象とした。また,咀嚼回数を増やす介入群14名と対象群9名の2群に分け検討した。測定項目は咬合力と重心動揺とした。咬合力測定は,対象者の第2大臼歯の咬合力を咬合力計オクルーザルフォースメータGM10(長野計器社製)にて測定した。測定姿勢は代償を防ぐために立位で,頭部は可能な限り壁にあて,足底は床に置いた足型に合わせた。上肢は体側に合わせた下垂位とした。測定は右から左右交互に2~3回行い,左右それぞれの最大値の平均を咬合力とした。また,重心動揺測定はwii board(任天堂社製)及び,本学の吉田研究室が開発した重心動揺測定システムを用いて測定した。測定条件は,日本平衡神経科学会による重心動揺検査の基準に可及的に準拠し実施した。測定条件として開眼閉脚位・閉眼閉脚位・開眼片脚位の3パターンで行い,各2回測定し,測定時間は30秒とした。矩形面積と総移動距離を算出し,矩形面積が小さい方を採用した。咬合力の測定は初期(1回目),約2週間後(2回目),初期から約5週間後(3回目)の3回実施し,重心動揺の測定を2回目と3回目に実施した。介入群には,測定2回目の後に1日の咀嚼回数を増やすために,ガム咀嚼課題を与えた。課題は,1日に2時間以上,2~3週間行うことを指示し,記録票に1日のガム咀嚼時間を記入させた。使用ガムは硬さを統一するために,ガムガムキシリッズ(co-op社製)を用いた。統計処理は,統計ソフトPASW Stastics18を用いて,咬合力と重心動揺の介入前後の比較を対応のあるt検定,各群間の比較を対応のないt検定およびFriedman検定を用いて検討した。【説明と同意】本研究の実施にあたり,研究の目的を口頭にて説明し,本人の同意および承諾を文書にて得た。また文書で得られた承諾については,いつでも口頭で撤回できる事も説明した。【結果】咬合力は,介入群では1回目:561.4±150.1N,2回目:590.6±140.7N,3回目:666.0±131.2Nとなり,介入前と比べ3回目が有意水準(p<0.05)で高値を示した。対象群ではそれぞれ有意な変化はみられなかった。重心動揺は,介入群では開眼閉脚時と閉眼閉脚時の総軌跡長が介入後に有意(p<0.05)に減少していた。対象群では開眼閉脚時の矩形面積と総軌跡長が有意(p<0.05)に減少していた。【考察】介入群でガム咀嚼を約3週間行い,咬合力が有意に向上した。これは柿谷らのチューインガムによる咀嚼訓練により咬合力が増加したとの報告やYurkstasや河村らは咀嚼訓練開始2週目で訓練効果が表れるとの報告と同様の結果を示した。このことから,咀嚼回数を増やすことで咬合力の向上は可能であると考えられる。今回,重心動揺においては開眼閉脚において2群ともに有意な減少がみられ,測定の馴れによる変化も予測できるが,閉眼閉脚位が介入群の課題後に減少したこと,また石上は,咀嚼筋群も抗重力筋として働く可能性があり,咬合力筋である咀嚼筋が筋力向上することで,バランス機能も向上するのではないか,また咀嚼運動による刺激が内耳迷路を刺激し,姿勢の反射制御が促進されるのではないかと推察していることから,咀嚼回数を増やすことでバランス機能も向上する可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究結果から咀嚼回数を増やすことで咬合力やバランス機能の向上が示されたことから,咀嚼回数減少傾向にある現代において,理学療法を実施するうえで,四肢筋力のみではなく咀嚼筋を含め筋力向上を図ることの重要性が示唆された。
  • 森下 将多
    セッションID: 0362
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】高齢者の転倒原因には,食後低血圧(以下,PPH)があり,高齢者の30%にみられると報告されている。特に朝食,食後35~60分が最も血圧が低下する時間帯とされ,PPHと起立性低血圧(以下,OH)を合併している場合が少なくない。今回,PPH・OHの発生状況や運動機能との関連を検討したので報告する。【方法】対象は,当院に入院中の屋内自立歩行が可能で認知症を呈していない65歳以上の高齢者30名(平均年齢77.3±7.0歳)とした。また,過去1年間の転倒経験の有無によって,転倒群13名(平均年齢80.2±7.0歳)と非転倒群17名(平均年齢75.1±6.2歳)に分けた。対象者には,朝食前と朝食後(食後35~60分以内)に座位での血圧・脈拍測定,立位での血圧・脈拍・Functional Reach Test(以下,FRT)の5項目を3回測定し,併せて自覚症状についても聴取した。血圧の測定は,アネロイド血圧計を使用し,立位での測定は座位からの体位変化後30~60秒程度で実施した。対象者の活動時間帯(食後1.5時間以上)での運動機能評価として5m至適歩行時間とFRTを測定した。統計について,対象者全体における測定項目での比較は,対応のあるt検定を用いて行った。その中で,FRTは活動時間帯の値を基に食事前後の変化を比較し,血圧・脈拍は食前座位の値を基に食前立位と食後の変化を比較検討した。転倒群と非転倒群での比較は,対応のないt検定を用いて行った。統計学的有意水準は,危険率5%とした。今回,PPHまたはOH徴候として,収縮期血圧(以下,SBP)が20mmHg以上低下する,または100mmHgあったSBPが90mmHg未満に低下した場合として,その割合を算出した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当院の倫理委員会の承認を得た上で,対象者には研究の目的・趣旨を十分に説明して署名によって同意を得た。【結果】対象者全体のFRTの平均値は,活動時間帯31.3±6.3cm,食前立位時28.8±5.4cm,食後立位時29.2±5.0cmであり,食前後で有意に低下が認められた(P<0.01)。SBPの平均値は,食前座位時136.4±17.3mmHg,食前立位時126.4±16.3mmHg,食後座位時129.5±15.5mmHg,食後立位時121.2±14.1mmHgであり,食前立位・食後で有意に低下が認められた(P<0.01)。拡張期血圧(以下,DBP)の平均値は,食前立位(P<0.05)・食後(P<0.01)で有意に上昇が認められた。脈拍の平均値は,食前立位・食後で有意に増加が認められた(P<0.01)。転倒群と非転倒群での比較では,年齢・5m歩行時間(転倒群8.7±2.5秒,非転倒群6.7±1.4秒)で有意差が認められたが(p<0.05),FRT・血圧・脈拍では有意差は認められなかった。PPH徴候(食前と食後の座位で比較)が3回の測定中に1回でもみられた割合は全体で33.3%(転倒群38.5%・非転倒群29.4%)であった。OH徴候(食前座位と立位で比較)は全体で33.3%(転倒群53.8%・非転倒群17.6%)であった。PPH・OH徴候(食前座位と食後立位で比較)は全体で56.6%(転倒群67.5%・非転倒群47.1%)であった。自覚症状としてはふらつきなどが5名の対象者にみられたが,血圧所見とは一致しないこともあった。【考察】通常,臥位から立位の体位変化で,SBPはわずかに減少し,DBPは若干増加するとされ,本研究でも同様の傾向がみられた。朝食前後では,FRTにおいて立位バランスの不安定性が示唆された。PPH徴候がみられた割合は26.6%と報告にある30%に近い割合となった。PPH・OH徴候としては56.6%と非常に多い割合で認められ,PPHとOHが相加的に働き,食後にはOHが助長されることが示唆された。対象者は,入院中で血圧などの体調管理や室温管理がされている状態であり,在宅生活されている高齢者においてはより多い割合となるのではないかと考えられる。本研究から,PPH・OH徴候のある高齢者は比較的多く,特に高齢で運動機能の低下がある転倒群においては非常に多い割合でみられた。しかし,自覚症状は特になく症状と一致しないことが多くあり,高齢者にPPH・OHが潜在している可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】PPH・OHについて,本研究で示されたことは,理学療法士として転倒予防のための知識として把握しておく必要があり,日常生活場面におけるリスク管理・生活指導を行う上でも重要であると考えられる。
  • 鈴木 学, 細木 一成, 仲保 徹, 鳥海 亮
    セッションID: 0363
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】理学療法士養成校における臨床実習は学内で習得した知識や技術などを臨床の現場で活用することを学ぶ上で重要なカリキュラムである。このカリキュラムは理学療法教育が始まった当初よりも時間数が減少しているが,以前よりも臨床実習において学生がトラブルを生じ,実習中止または成績不振などに陥るケースがよく見受けられるものである。特に実習時の心理的ストレスの増大は情動的,認知的,行動的変化を引き起こし,実習遂行に支障をきたす要因の1つとなっている。先行研究では実習終了後のストレス反応について検討し,実習中の対人ストレスイベントが実習終了後のストレスに関係している。と報告されている。しかし,実習遂行状況が実習中のストレスに及ぼす影響について報告されたものはきわめて少ない。本研究は実習遂行状況とストレス反応との関連について検討し,実習前教育の一助とすることを目的とした。【方法】対象は8週間の臨床実習を遂行した2養成校の4年生81名(男性51名,女性30名)で年齢21.8±1.2歳であった。調査目的を説明し,SRS-18および実習遂行状況の自己評価を実施した。SRS-18は18項目の質問からなり,実習期間中の最もストレスを感じた時期での心理的状態を回想し,マニュアルに沿ってその程度を0~3点で評価した。これらの得点は抑うつ・不安,不機嫌・怒り,無気力)の3つの心理的反応の得点に集約し,各反応は0~18点で表示し,さらに全体の合計得点を算出して総合的ストレス反応の得点とした(MAX=54点)。実習遂行状況の評価は下位項目として50項目の質問からなり,それらの上位項目として常識,知識,情報収集,評価,問題点抽出,治療計画,リスク管理,治療,レポート作成を設定した。評価は0~5点で表示し,各下位項目の合計得点を上位項目の得点とした。統計処理は統計ソフトSPSS statistictis20を使用し,心理的ストレス反応の程度と実習遂行状況との関係をPearsonの相関分析にて検討し,更に回帰分析(ステップワイズ法)にて各項目の実習遂行状況が総合的なストレスに及ぼす影響について検討した。有意確率は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】アンケート記入者には研究に際してその目的の趣旨,プライバシーの保護,参加拒否・中止の自由,分析結果の開示などについて説明し,文書による同意を得た。尚,本研究は群馬パース大学倫理審査会の承認を受けた(承認番号PAZ13-7)。【結果】SRS18の検査結果から最もストレスを感じていたのは実習開始から平均4.3±1.2週目であった。ストレスの心理的反応は「抑うつ・不安」9.49±4.65点,「不機嫌・怒り」8.14±4.42点,「無気力」9.19±3.86点で総合的ストレスは26.8±10.8点であった。.実習遂行状況は上位項目では2.82~4.63点の範囲で知識(2.82点)とレポート作成(2.96点)が特に低く,総合的実習遂行状況は3.56±0.41点であった。ああああああ 総合的実習遂行状況と「抑うつ反応・不安」(r=-0.32),「不機嫌・怒り」(r=0.262)および「無気力」(r=-0.39)とは有意な弱い負の相関がみられ,総合的ストレス反応との間(r=-0.37)も有意な弱い負の相関がみられた。(p<0.05)。目的変数を実習時のストレス,説明変数を実習各遂行状況の上位項目とした重回帰分析では投入変数は情報収集のみとなり,他の変数は除外された。R2乗値0.207とやや弱い予測力であったが,F(1,79)=20.636(p<0.01)とモデルの有意性はみられた。回帰式y=56.184-8.565xが得られ,情報収集の標準偏回帰係数-0.455で有意差がみられた(P<0.01)。【考察】ストレスの最も多い時期は概ね,初期評価終了前後で学生が実習でトラブルが発生すことが多い時期とほぼ一致していた。そしてストレスの各反応および総合的反応の程度は概ね,やや高いレベルであった。総合的ストレス反応と実習遂行状況は負の相関で特に情報収集でやや強い相関がみられ,情報収集やその活用とストレスの関係が強いことが示唆された。そして回帰分析の結果からストレスの原因として情報収集とその活用が関係し,負の影響を与えていた。そのため情報の収集や活用方法を熟知することがストレスを和らげる一因であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】実習期間に発生するストレスと実習遂行状況との関連を把握することは事前学習や臨床実習の際の教員や実習指導者介入時期,方法およびや程度を判断する一助になるものと考えられた。
  • 小玉 陽子, 増田 幸泰, 渡邊 修司, 中野 壮一郎, 稲井田 菜穂子, 北村 智之
    セッションID: 0364
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】社会の高齢化が進む中で,理学療法士(以下,PT)の需要も専門施設から地域,在宅などに広がっており,理学療法士養成校および資格取得者数は年々増加している。その中で臨床実習は学生が実際の症例を通して学ぶことのできる機会であり,必修科目となっているが,精神・身体的負担があると多くの先行研究より明らかとなっている。また,臨床実習方法については,クリニカル・クラークシップをはじめとした指導形態の検討や実習指導者(以下,SV)の待遇や業務負担などに関して多くの議論や研究がなされている。しかし,実際にSVが感じている負担や職業性ストレスに対する詳細な研究は少ない。今回,当法人における臨床実習の現状やSVの指導方針,指導の悩みなどについてのアンケートを実施し,同時に職業性ストレスを評価することでSVの負担やストレスについての検討を行った。【方法】当法人内の2病院においてSVを担った事のあるPT10名を対象とした。方法はアンケート質問紙法,職業性ストレス簡易票を実施した。アンケートは無記名とし,内容は臨床実習に対する考えや現状などの全般的な項目,担当した直近の学生についての悩みや負担感についての項目とした。選択回答や自由記載により得た回答を集計した。職業性ストレス簡易票は既存のマニュアルに従い,分析を行なった。【倫理的配慮,説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき計画し,アンケート対象者に文書にて研究主旨を十分説明し,同意が得られたもののみ実施した。【結果】有効な回答は対象とした10名(男:5名,女5名)全てから得られた。臨床経験年数は7.2±3.6年,年齢は29±3.5歳であった。過去に指導した学生の人数は1~5人が7名,6~10人が2名,15人以上が1名であった。職業性ストレス簡易票により,3名のSVがストレスを強く感じていると示された。アンケート結果として,臨床実習生を担当する際の大きな要因は,「後輩の育成は専門職としての義務だから」4名,「SVやスタッフにとって学術的刺激になる」3名,「病院,リハビリテーション部内の役割として仕方なく」3名であった。学生のフィードバックに要していた時間は20分~40分が2名,40分~1時間が5名,1時間~1時間半が3名であった。学生を担当していた時の指導時間の増大による理学療法業務への影響については,全てのSVがあったと回答し,複数回答の内容としては「カルテ記載などの間接業務に影響し残業となる」が9名,「精神的・肉体的に負担が増す」が6名,「SVの担当患者の診療時間に影響している」が5名,「他スタッフとの共有時間が取れなくなる」が3名,「その他」として「自分・実習生・患者のタイムスケジュールの管理が難しくなる」が1名という結果であった。指導中に,どのような事で悩むかの自由記載では,「指導方法について」や「学生との接し方について」が多くを占めていた。【考察】今回,職業性ストレス簡易票の結果では,3名のSVが実習指導中に強いストレスを感じており,その他7名のSVは強いストレスを感じていないということが示された。強いストレスを感じているとされた3名のうち2名は実習生を担当する要因として,「病院,リハビリテーション部内の役割として仕方なく」と回答していた。このことから,実習生の担当を業務として考えているSVは,仕事上のストレスを評価する職業性ストレス簡易票で強いストレスを感じているとの結果が出たのではないかと考えられた。一方でその他のSVは,「後輩の育成は専門職としての義務」や「SVやスタッフにとって学術的刺激になる」と回答していたことから,実習生を担当することを仕事の一環と言うより,専門職の役割として捉えていると考えられた。しかし,8名のSVが実習生へのフィードバックに40分以上を費やし,全てのSVが指導時間の増大による理学療法業務への影響を感じていた。また,自由記載でも指導方法や学生との接し方について悩み抱えている事が伺えたため,何らかのストレスはあったと推測された。今回の研究ではSVの負担と職業性ストレスについての現状把握を行ったが,仕事のストレスを表す職業性ストレス簡易票においてストレスを強く感じているSVは少なかった。今後,SVのストレスや負担について,対人性のストレス尺度や指導方法についてのストレスなどを調べることで,より適切な評価が行えるのではないかと考えた。【理学療法学研究としての意義】SVの現状把握をすることは,理学療法教育にとって必要であると考える。SVのストレスの原因を把握しサポートしていく事で,今後の臨床実習教育に貢献できる意義は大きい。
  • ―デイリーノートから捉える変化―
    小牧 隼人, 揚野 之穂, 高崎 亜弥香, 原野 信人, 大久保 鉄男, 小牧 美歌子, 小牧 順道
    セッションID: 0365
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】日本理学療法士協会による分科学会,部門の設立にみられるように,理学療法士の職域は徐々に拡大・多様化してきている。そのような中,養成校入学時に学生が理学療法士を志す動機も多様化してきており,学校教育のみならず,臨床実習においての指導方法にも工夫が必要と思われる。今回,養成校へ入学し,動物に対する理学療法を志すも,ヒトの理学療法に興味を持てないまま臨床実習を迎えた実習生を指導する機会を得た。指導による実習生の変化をデイリーノートから振り返り,実施した指導の工夫について考察し,報告する。【方法】実習生は21歳,男性。養成校最終学年の長期実習I期目。養成校入学後,獣医である家族の影響で動物の理学療法に興味を持つものの,ヒトの理学療法に興味が持てず,学習意欲が上がらないまま臨床実習を迎えた。前回までの実習では,評価・治療の体験機会が少なく経験不足を自覚していた。当院の実習指導は3名で役割を分担し,経験年数の多い順に,デイリーノートや症例報告書を通じて総合的指導を実施するジェネラルアドバイザー,クリニカルクラークシップを実施するクリニカルクラークシップアドバイザー,実習生が担当する症例の評価やプログラム設定等の相談役となるケースアドバイザーとしている。午前はクリニカルクラークシップによる実践の時間とし,午後は担当症例の評価・治療を中心に臨床推論の指導を実施した。指導の要点として,デイリーノートは目先の修正ではなく,今後に繋がる肯定的な言葉をかけ続ける事を心掛け,ヒトの理学療法から動物の理学療法への繋がりを意識したフィードバックを実施した。また,実習の進行に応じて,日常の行動を受動的なものから徐々に能動的になるよう配慮した。実習終了後,デイリーノートの「反省点や今後の課題」の項目から思考の変化を抽出した。【倫理的配慮,説明と同意】本発表に際し,対象となる臨床実習生に目的,内容について説明し同意を得た。【結果】実習開始時は,経験不足による緊張から血圧測定や検査の実施も難渋した。人見知りもあり,能動的に動く意欲が低かった。開始後2週目までのデイリーノートでは,「自分が出来る事をする」「与えてもらっている事を頑張る」といった記載がみられたが,3週目より「自分で気づきたい」「色々な視点から考えたい」「自分から積極的に行動したい」といった記載へ変化がみられた。中間評価にて1日の予定調整を全て自主的に実施する事,指導担当以外のセラピストへ自分から申し込んで見学をする時間を作る事,関わる症例の情報収集やプログラムの変更等を自主的に行なう事を確認した。4週目からは「変化に気付けるようになってきた」「自分で考えられるようになってきた」といった自己肯定的な内容がみられた。最終週では,「学んだ事をリンクさせて視野を広げたい」「若年者と高齢者など人類の共通項をみていく事で,人間・動物の共通項へと繋げていく」という記載がみられた。実習終了時の感想では,「初めて自分から能動的に動きたいと感じた」との意見が聞かれた。実習生が要求される理学療法実施能力を獲得し,実習終了となった。【考察】学習意欲を高める為の要素として,報酬・目標・興味が挙げられる。本実習生においてはクリニカルクラークシップによる成功体験や肯定的なフィードバックを報酬とし,無事に実習を終え,動物理学療法の世界へ向かう事が目標となった。一方,興味の向上には内発的動機付けが必要であるが,今回は指導者としての立場から,外発的動機付けを与える事に加え,ヒトから動物への見通しを示していく事で今後のビジョンが明確となり,ヒトの理学療法に興味が持てるのではないかと考えた。また,限られた実習期間の中で,指導や理学療法士モデルとして思考や感情へ働きかけると共に,指導担当以外のセラピストや症例に対する関わり方といった行動の側面から徐々に能動的に変化させ,自己決定機会や責任感を与えた事も達成感へと繋がり,内発的動機付けを高める結果となったのではないかと思われた。【理学療法学研究としての意義】「理学療法士になる」という目的は実習生の共通項であるが,「理学療法士になって何をしたいか」は今後さらに多様化してくると思われる。臨床実習の目的は理学療法の実施が可能になることであるが,実習生の背景にある目標を指導者側が汲み取って対応する事で,臨床実習の果たす役割はより大きなものになると思われた。今回の指導経験をもとに,今後は実習開始時に実習生の目標や意欲の聞き取り,評価等を実施し,より具体的に実習指導の効果判定を積み重ねていく事で,理学療法学研究としての意義が高まると思われた。
  • 質的研究を根拠としたアンケート作成
    矢澤 浩成, 米澤 久幸, 宮本 靖義, 武田 明, 福田 信吾, 藤部 百代
    セッションID: 0366
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】医療専門職の養成過程を卒業した新人が臨床現場で適応していくことは,医療の進歩や社会の変遷とともに努力を要するものになっている。我々は2009年より卒後1年目の新人に対し,臨床適応力や臨床実習のあり方を検討する目的で質的事例研究を継続して行っている。今回,我々は新人の職場適応に注目し,質的事例研究を根拠とするアンケート作成を試みたので,その過程とアンケート内容について報告する。【方法】本研究は作業療法士,臨床工学技士,理学療法士の有資格者6名で行った。はじめに我々が行った質的事例研究の方法について説明する。対象は卒後1年目の作業療法士,臨床工学技士,理学療法士の合計16名であった。最初に半構造化形式の個人面接を行った。主な面接内容は,(1)職場の状況,(2)臨床実習の体験,(3)学生時代に必要だと思うこと,(4)臨床実習に必要だと思うこと,とした。次に録音した面接内容を書き起こし,質的研究方法であるグラウンデッドセオリーに基づいて分析(断片化・コード化・図式化)後,文章化した。今回我々は,医療専門職の新人が職場適応していくまでの状況や因子等を調査するためのアンケートについて,上記の事例研究から得られた結果を基盤として作成することとした。アンケート作成は以下の過程で行った。1.事例研究の結果から,卒前と卒後の比較という観点でキーワードを抽出する。2.各事例に共通または特徴的な概念を分析し,調査の軸となる概念に絞り込んでまとめる。3.概念ごとのアンケート項目および質問形式を構成する。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,研究者の所属機関における倫理委員会に承認を得た後に実施した。なお事例研究の対象者には研究内容の説明を口頭および紙面上にて行い,同意を得た上で研究に参加してもらった。【結果】アンケート作成の過程ごとに結果を示す。1.事例研究結果より「患者さんと接することは楽しい」,「実習では積極性が足りなかった」,「上司とうまくいかない」,「勉強不足を感じている」など,52のキーワードが抽出され,各キーワードを15項目に分類した。2.各事例を複数名で振り返りながら分類したキーワードを客観的に分析した結果,「励み」・「社会性」・「ギャップ」・「人間関係」・「レポート」の5つの概念に絞り込まれた。さらに5つの概念ごとに必要に応じて各事例に立ち戻ることを繰り返し,事例研究の分析結果やアンケートで聞き取りたい内容について,KJ法を用いて図式化した。3.図式化を元に5つの概念の中で職場適応に関わる「励み」と「社会性」からアンケートを構成した。「励み」に関するアンケート項目は,(1)現在,自覚的に職場適応が出来ているかどうか,(2)実習を含めた学生時代をどのように過ごし,どのような励みがあったか,(3)現在の仕事における励みはどのようなものか,を問う項目とし,Visual Analog Scaleにて程度を判定する内容とした。「社会性」に関するアンケート項目は,(1)マナーや生活態度,(2)仕事での書類作成や計画,(3)主体性や積極性など,(4)チームワークや意見調整,を問う項目とし,学生時代にできていたことと現在出来ていることを比較する内容とした。なお「ギャップ」・「人間関係」・「レポート」について,「励み」と「社会性」のアンケート項目に重なる内容は,「励み」と「社会性」に関するアンケート項目に内容を盛り込んだ。【考察】質的研究はある現象そのものを見つめる場合,仮説を持っていないものが対象となるとき,あるいは予測はあっても数値で結果をだせないものなど対して用いられ,量的研究はすでに多くの研究がなされている研究で,仮説を持った検証のための研究が行われる場合に用いられる(土蔵,2012)。今回の研究は質的研究から量的研究であるアンケートへ内容を落とし込む過程である。我々の質的事例研究では,適切な時期に卒前を振り返ることで卒前教育改善の糸口が得られ,語りにより自身の課題に気づくことで,職場適応の手がかりとなることが示唆された。その質的研究結果を根拠とすることで有効性の高いアンケートが作成でき,因子間の関わりをアンケートによる量的指標で分析することで,職場適応における課題や問題点が明確となると考える。今後は新人の医療専門職に対してアンケート調査を実施し,卒前教育と職場適応との連続性や職種による特徴などについて検討を行う予定である。【理学療法学研究としての意義】職場適応に関連する因子等を明らかにすることで,臨床実習を含めた卒前教育の目標がより明確となる。それにより養成課程が充実することと,卒業までに高い職場適応力を身につけるための一助となることが期待できる。
  • ―新たな職域拡大にむけて―
    荒木 智子, 井ノ原 裕紀子, 瓜谷 大輔
    セッションID: 0367
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに,目的】昨今,理学療法士(以下,PT)が従事する新たな領域としてWomen’s Healthが注目されており,研修会なども各地で活発に開催されつつある。しかし,現在Women’s Healthに関心を持つPTの多くは女性であり,自らのキャリアデザインとのジレンマに直面しながら研鑽しなければならない現状があるのも事実である。そこで本研究では,医療専門職の関心がどのような分野にあるのか,どのような条件が整備されれば生涯学習を継続していけるのかを把握し,Women’s Healthに関する持続可能な生涯学習に求められる要件を把握することを目的とした。【方法】2013年9月にWomen’s Healthに特化した法人により開催された研修会に参加した医療専門職および医療系学生34名に対し,質問紙調査を行った。質問紙は無記名,選択・自由記載によるもので,受講動機,関心のある分野,研修会受講に関する環境(託児の有無,曜日,時間帯)について調査を行った。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には質問紙調査の趣旨を説明し,同意を得た上で無記名の質問紙調査を実施した。回答は得られたが研究発表への同意が得られなかったものに関しては,本研究の対象者から除外した。【結果】セミナーの参加者は34名で有効回答数は31名(男性9名,女性22名)であった(回収率91.1%)。最も多かった職種はPT(74.1%)で,他に作業療法士,看護師,歯科医師などがいた。14名(45.1%)が未婚で,14名(45.1%)が既婚だった。子どもは13名(41.9%)におり,当日セミナーに併設した託児を利用した参加者は10名(子ども14名)であった。参加者のセミナーの受講動機は関心の強い順に「Women’s Healthに関心をもっている(21名:67.7%)」,「法人設立に関心をもった(13名:41.9%)」が多数をしめた。Women’s Healthについては「産前産後への介入(14名:45.1%)」「思春期への介入(7名:22.5%)」「多職種連携(5名:16.1%)」「中高年期への介入(5名:16.1%)」の順に関心や期待が寄せられた。法人設立に関しては,「法人の活動内容(9名:29.0%)」,「セラピストの起業(6名:19.3%)」,「法人の趣旨(5名:16.1%)」に関心や期待が寄せられた。今後セミナーで受講したいテーマに関しては「理論(18名:58.0%)」「実技(16名:51.6%)」「多職種連携(16名:51.6%)」がみられた。研修会受講の環境に関しては,参加しやすい曜日・時間帯は土・日・祝日に集中し,時間帯も午前・午後が多数を占めた。逆に参加しづらい曜日・時間帯に関しては月曜日から金曜日の平日の午前・夜間が多かった。託児に関しては「ある方がよい(20名:64.5%)」が多数をしめた。【考察】参加者の関心は「Women’s Health」「法人設立」に向けられ,どちらについても産前産後のリハビリテーションや起業といった形で既にPTが進出している領域でもある。Women’s Healthについては現行の医療保険では網羅しづらい部分もあり,思春期への介入,産前産後への介入については他職種との連携が必須であり,その背景と参加者の関心がほぼ一致していた。また医療保険・介護保険で網羅できない分野へ「起業」という形で介入することについても関心が示され,新たな職域拡大,他職種との連携への可能性が感じられた。研修会受講に関しては,土・日・祝日開催の要望が多かった。託児を利用しなかった参加者からも託児の設置に関して前向きな回答が得られた。365日の診療体制をとる医療機関が増加している現状がありながらも,「週末開催・託児付」は子育て世代の参加者にとって研修会受講へのサポートになり,生涯学習の継続への支援につながると考える。今後本調査の結果を受けて,Women’s Healthを基盤として,関係各所・他職種との関連を強化し,ひいては子育て世代のPTを始めとする医療専門職のサポートも含めた社会貢献を事業として展開していく必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】新たな領域への開拓,自己研鑽への環境整備は理学療法士の職域拡大,質の向上にもつながると考えられ,医療専門職としての社会でのさらなる認知度の向上に寄与するものと考えられる。
  • ~当院クリニカルラダー表の検討より~
    杉原 俊一
    セッションID: 0368
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに】卒後教育の重要性の高まりにより当院でも2012年から将来のキャリアビジョン,目標による自己管理,卒後教育,自院に必要な人材育成を目的に,キャリア形成ツールとしてのクリニカルラダーの運用を開始した。このラダー表は当院で求められるセラピスト像に必要な臨床能力を「臨床実践」「組織役割遂行」「教育研究」「対人関係」の4つの能力に分類し,4段階に設定した行動指針と行動目標の表からなる。当院の卒後教育システムはラダー表に記載された行動目標より,各自がどの段階を目指すか自己申告し,理学療法部門管理者が行動指針に対応した様々な経験より,臨床実践能力を高めるための年間教育計画を立て運用している。このラダー表では3段階目を標準な業務を実施できるセラピスト,4段階目を模範となるセラピスト像と位置づけていているが,各々の段階の違いについて詳細な検証はされていない。そこで,芳野等により開発され,継続教育に活用するための評価表である臨床能力評価尺度Clinical Competence Evaluation Scale in Physical Therapy(以下CEPT)を用い,当ラダー表の検証を試みたので報告する。【方法】理学療法士(以下PT)17名における臨床実践能力をCEPTを用いてアンケート調査を行った。CEPTは7つの大項目(理学療法実施上の必要な知識・臨床思考能力・医療職としての理学療法士の技術・コミュニケーション技術・専門職社会人としての態度・自己教育力・自己管理能力)と53の評価項目で構成され,4段階(合計53~212点:点数が高いとより能力が高い)の評価尺度である。対象者にはCEPTを用いた自己評価及び現在の行動指針である目標ラダーの回答を依頼した。分析方法としては現在の到達目標がラダー3以下(12名,平均経験年数3年)とラダー4(5名 平均経験年数11.5年)の2群に分類し,7つの大項目毎にCEPTの段階付けで「自立している状態」である3点以上と回答した割合いを比較した。さらに53の評価項目毎に,ラダー3以下と4の2群に分け,Mann-WhitneyのU検定を行った。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には研究に対する説明を行い,同意を得た上で実施した。またアンケートは匿名性とし個人情報に配慮した。【結果】各ラダーの4段階の割合は,ラダー3以下で「1点」9.9%,「2点」53.6%,「3点」32.9%,「4点」3.6%であった。また,ラダー4以上では「1点」0%,「2点」4.2%,「3点」61.9%,「4点」34.0%であった。7つの大項目別で3点以上をつけた割合は,「理学療法実施上の必要な知識」でラダー3以下は20.0%,4以上で84.0%「臨床思考能力」では27.5%,98.0%「医療職としての理学療法士の技術」32.6%,93.3%「コミュニケーション技術」34.7%,100%「専門職社会人としての態度」56.3%,96.7%「自己教育力」39.6%,100%「自己管理能力」31.3%,100%であった。評価項目毎のラダーの差は「医療職としての理学療法士の技術」の項目で有意差を認めない項目が多く,全体で13の評価項目で有意差を認めなかった。【考察】目標ラダー4では6割が他者の指導が無くても業務を実施でき,自立した状態と回答しており,主観的評価であるが目標ラダー3以下を指導する立場を認識していることが確認できた。目標ラダー3以下については約3割で指導・助言が必要なレベルと回答しており,標準な業務を実施できるセラピスト像と差があると考えられた。また大項目別では目標ラダー3以下では3点以上をつけた評価項目の割合が少ないものの,「専門職社会人としての態度」は約半数は自立していると回答しており,目標ラダーが低くても社会人としての意識は高いことが伺えた。各項目別の比較では,2群間では有意差を認めない項目も存在しており,当院のラダー表では行動目標の難易度が項目別に異なる可能性が示唆され,行動指針別の行動目標を検討する必要が考えられた。【理学療法学研究としての意義】CEPTのような一指標を活用し,理学療法部門の責任者が各施設の卒後教育目標を後方視的に調査することは重要と思われ,卒後教育システムの構築に役立つものと考えられた。
  • 畠山 和利, 松永 俊樹, 巌見 武裕, 大高 稿兵, 佐々木 研, 佐藤 峰善, 渡邉 基起, 石川 慶紀, 宮腰 尚久, 島田 洋一
    セッションID: 0369
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】高齢化に伴い脊柱変形者も増加している。脊柱後弯変形は様々な病態を引き起こすが,特に日本人に多いとされる腰椎前弯の減少はADL障害を引き起こし,QOLが低下すると報告されている。脊柱変形は椎間板腔の狭小化や椎体圧迫骨折など脊柱前方要素の短縮の他に,体幹伸展筋群の筋力低下も一因として挙げられる。さらに体幹伸展筋の筋力増強が脊柱後弯や椎体圧迫骨折発生率を減少させるとした報告があり,筋力の影響は非常に大きい。これまでわれわれは,3次元体幹筋骨格モデルを作成し,前屈時における脊柱モーメントや体幹筋張力の変化,スクワット動作時の下肢を含めた解析など報告してきた。今回,脊柱変形者で同様の解析を行った。本研究の目的は3次元体幹筋骨格モデルを用いて,健常者および後弯変形高齢者における脊柱屈曲モーメントを検討することである。【方法】3次元体幹筋骨格モデルの作成健常な成人男性(31歳,身長1.74m,体重78.5kg)を対象にCT,MRIを撮像した。3次元骨格モデルは,Materialise社製MIMICSを用いてCT/DICOMデータから骨形状を抽出し作成した。筋骨格モデルは,豊田中央研究所製EICASを使用し3次元抽出した骨格を基に作成した。MRI断層画像より各筋の走行を再現した。モデル構築に使用した筋は,腹直筋,内外腹斜筋,腰方形筋,大腰筋,棘間筋,横突間筋,回旋筋,多裂筋,腰腸肋筋,胸腸肋筋,胸最長筋,胸棘筋,胸半棘筋である。各筋の断面積はMRIより算出し,腹圧は外力として設定した。また,各椎体間の可動性はモーメントに影響を及ぼすため,レントゲン写真で可動性を測定し,関節最終可動域で抵抗がかかるように設定した。動作分析構築した筋骨格モデルに立位時の状態を反映させるため,3次元動作解析装置VICON MXを使用し,静的立位姿勢を計測した。対象は健常成人7名(平均身長173.4 cm,平均体重68.9 kg)および高齢脊柱後弯者1例(73歳女性,身長150cm,体重54kg,変形タイプは全後弯,骨折既往や骨粗鬆症治療歴および転倒歴なし)とした。反射マーカーは直径6mmを使用し,脊柱と骨盤および四肢に合計72個のマーカーを貼付した。計測した座標位置を3次元体幹筋骨格モデルに反映させ,各椎体における脊柱屈曲モーメントを算出した。計測条件は健常者群で直立立位姿勢と脊柱起立筋群を脱力させた立位の2条件とし,高齢脊柱後弯例は直立姿勢のみとした。VICON MXから得られた各マーカーの座標位置を作成した体幹筋骨格モデルに反映させた。モデルから各条件における脊柱屈曲モーメントを算出した。健常者における2条件の立位はMann-whitney検定を用いて比較した。有意水準は5%未満とし,統計処理はSPSS ver.20を使用した。また,健常者から得られたデータを使用し,先行研究で石川らが作成した脊柱シミュレーションモデルを用いて脱力立位と直立位における第8胸椎の応力を解析した。応力解析はVisual Nastran 4Dを使用した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は世界医師会によるヘルシンキ宣言に則り行った。全ての被験者に対し十分に趣旨を理解して頂き,研究に同意を得た。また整形外科の医師によりCT,MRI,レントゲンを撮像した。【結果】各椎間における屈曲モーメントは,脱力した立位(106.0±12.5 Nm/Kg・ht・10-3)より直立位(73.6±10.4 Nm/Kg・ht・10-3)で有意に減少した(p=0.046)。特に脊柱屈曲モーメントは直立位でT8レベル周囲をピークとした放物線を描き,ほぼ脊柱の生理的弯曲に合致していた。高齢後弯変形者の屈曲モーメントはT11/12を中心にピーク(142.0±5.5 Nm/Kg・ht・10-3)を示し,L4/5において減少した。これは,後弯変形症例のレントゲン像から得た脊柱後弯の頂椎とほぼ一致した。また,健常者のデータから得られた応力解析では直立姿勢より脱力した立位で第8胸椎の椎体にかかる応力が増加する結果となった。応力集中は特に椎体前縁で著明に確認された。【考察】脊柱アライメントは筋力の与える影響が大きく,先行研究で脊柱シミュレーションモデルから体幹伸展筋力を低下させると脊柱後弯が増強することを報告した。今回の結果より脱力など前屈角度で脊柱屈曲モーメント量が増加し,さらに全後弯など頂椎位置の変位で最大屈曲モーメント位置も同様に変位した。以上より,脊柱後弯の程度や頂椎の位置により必要とされる筋の部位も異なり,症例に応じた個別的な筋力強化方法の立案が必要と考えられる。【理学療法学研究としての意義】後弯により脊柱屈曲モーメントが増強するため,筋疲労による腰背部痛発生の可能性がある。従って,症例に応じた筋力増強プログラムの立案が重要と考えられる。
  • 膝関節屈曲位および伸展位の比較
    太田 恵, 遠藤 正樹, 佐藤 拓, 時任 楓太, 山崎 奈央, 小川 智美
    セッションID: 0370
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】股関節の屈曲運動に伴う骨盤の傾斜運動の関係性については,いくつかの報告は散見されるものの,未だ議論の余地があるといえる。また先行研究の多くは,背臥位における下肢挙上運動など,非荷重位における運動についての検討にとどまっており,荷重位において同様の解明をしようとした報告は少ない。股関節は荷重関節として重要な機能を有していることから,歩行や日常生活動作を想定し,荷重位における股関節屈曲運動と骨盤傾斜運動の関係性について解明することは必要だと考える。そこで本研究の目的は,体幹および股関節周囲のバイオメカニクスを究明するため,健常若年男性を対象とし,荷重位における股関節屈曲運動と骨盤傾斜運動の関係性を検討することとした。また膝関節屈曲位と伸展位の2条件を設定し比較した。【方法】被験者は若年健常男性12名(平均年齢26.1±4.3歳,平均身長172.2±5.7cm,平均体重66.6±12.4kg)とした。運動課題は,両手を胸の前で組んだ状態の安静立位からの股関節最大屈曲運動とした。1試行を3秒間かけて行い,さらに3秒間かけて開始肢位に戻るよう指示し,3試行ずつ施行した。条件は,膝関節軽度屈曲(10度)位および完全伸展位とした。三次元動作解析システム(MotionAnalysis社製)を用いて測定し,解析ソフト(キッセイコムテック社製)を用いて解析した(サンプリング周波数60Hz)。反射マーカーは,中腋窩線上の第11胸椎棘突起上縁高位の点および第1腰椎棘突起下縁高位の点,上前腸骨棘,下前腸骨棘,大転子,大腿骨外側上顆,大腿骨内側上顆の7箇所,両側で合計14箇所所に貼付した。体幹軸(中腋窩線上の第11胸椎棘突起上縁高位の点および第1腰椎棘突起下縁高位の点を結んだ線)と大腿骨軸(大転子および大腿骨外側上顆と内側上顆の中点を結んだ線)が成す角度を腰椎大腿角(屈曲を+方向),骨盤軸(両側の下前腸骨棘の中点と両側の上前腸骨棘を通る面に対する垂直軸)と大腿骨軸が成す角度を骨盤大腿角とし,腰椎大腿角が0度のときを基準にして骨盤大腿角の変化量を測定した。腰椎大腿角が10度から90度の範囲を解析区間とし,腰椎骨盤角を占める骨盤大腿角の割合を腰椎大腿角10度ごとに算出した。【倫理的配慮,説明と同意】千葉県立保健医療大学の倫理委員会における審査により,承認を受けた。被験者には口頭および文書にて十分に説明をし,署名にて同意を得た。取得したデータは匿名化し,厳重に管理をした。【結果】膝関節屈曲位における骨盤大腿角の割合は41.8±13.8%から,腰椎大腿角の増大に伴って徐々に増加し,腰椎大腿角70度のときに最大値50.2±12.0%を示した後緩やかに減少し,腰椎大腿角90度のときは44.9±15.1%だった。それに対し膝関節伸展位では47.0±18.3%から,腰椎大腿角度の増大に伴ってより早期に増加し,腰椎大腿角30度のときに最大値51.3±10.9%を示した後減少し,腰椎大腿角90度のときは45.2±1.4%だった。【考察】荷重位での股関節屈曲運動の際には,股関節全体の運動に占める骨盤の運動の割合が変化し,ピークを迎えた後,減少する傾向がみられた。非荷重位(背臥位)において下肢挙上運動を行った際の骨盤の運動について検討した先行研究によると,下肢挙上運動の開始初期においては骨盤が前傾し,その後は下肢挙上運動に伴って骨盤が後傾したという報告がある。しかし,荷重位においてはそれとは異なる結果になった。荷重位では股関節が屈曲することで上半身重心が移動するため,それを下半身で制御する必要があったことが要因として考えられる。また膝関節屈曲位よりも膝関節伸展位において,より早期にピークを迎える傾向がみられた。荷重位では股関節の屈曲に伴って骨盤が前傾するため,骨盤に付着する多関節筋が影響しており,膝関節伸展位においてはその影響がより顕著に現れたといえる。【理学療法学研究としての意義】股関節は人体最大の荷重関節でありながら,可動性の高い3軸関節である。そのため,股関節になんらかの機能不全が生じると,股関節だけでなく他の関節でも力学的負荷が惹起され,それが腰痛や変形性関節症といった運動機能障害にまで波及する要因となり得る。今後,体幹および股関節周囲において運動機能障害を有する患者に対し,その予防方法および治療方法を提案する際に,体幹および股関節周囲のバイオメカニクスに関する基礎資料を得ることは有意義であると考える。本研究はその一助となるものといえるだろう。
  • 健常成人における脊柱後彎矯正装具装着での歩行分析
    曽田 直樹, 植木 努, 藤橋 雄一郎, 青木 隆明
    セッションID: 0371
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】脊柱後彎変形は,正常な脊柱アライメントをもつ高齢者と比較して転倒のリスクが高く,屋外での活動範囲が制限される。そのためQOLの低下や活動量の減少が生じ,さらなる運動機能の低下を招くという悪循環を引き起こす可能性がある。脊柱後彎変形による歩行の研究では,変形のない場合と比較し歩幅の減少や歩行速度の低下,膝関節が屈曲位をとるなど運動学的な観点より観察した報告がされている。しかし運動力学的な観点より観察した報告はほとんど見られず,脊柱後彎変形による歩行の推進力や衝撃吸収能力,エネルギー効率への影響は明らかになっていない。その為それらを分析することによってより効率の良い歩行を獲得させるための指標となる可能性がある。また先行研究では対象が高齢者であり脊柱変形以外の機能的な問題も影響を及ぼしている可能性が考えられ,変形によってのみ生じる影響を明らかにすることは困難であるとされてきた。歩行能力向上は活動範囲の増大やQOLの向上などにつながることからもその分析は理学療法をすすめる上で不可欠な課題である。そこで本研究では,健常成人に対して脊柱後彎矯正装具を用い,脊柱後彎変形による歩行を再現し,正常歩行との違いについて運動学的及び運動力学的観点から分析することで脊柱後彎変形が歩行に及ぼす影響を調査することを目的とした。【方法】対象は健常成人9名(平均年齢23歳,平均身長175.3cm,平均体重65.5kg)とした。脊柱後彎矯正装具は,義肢装具士に作成を依頼し,3点で固定することで腰椎伸展が制限されるように矯正した。後彎角度は約15°とした。測定は,歩行路3mを設け,3台の床反力計及び6台の赤外線カメラで構成された三次元動作解析装置を使用した。赤外線反射マーカーは,VICON社のPlug in gait full bodyモデルに準じて計35個貼付した。歩行測定は,装具歩行を測定した後,通常歩行を測定した。装具歩行及び通常歩行は,それぞれ数回試行し,安定した3試行分のデータを測定に用いた。なお先行研究より脊柱後彎変形の歩行では通常歩行に比べ歩行速度が低下することから,解析時に歩行速度を調整するため,通常歩行では自由歩行に加えて遅い速度での歩行を同時に測定した。解析項目は歩行速度と運動学的項目として矢状面上の各下肢関節角度のピーク値を求めた。運動力学的項目は,矢状面上の各下肢関節での関節パワーのピーク値を求め体重で正規化した。また,身体重心の上下・左右の移動量を算出した。さらに,床反力データは立脚中期で前後2相に分け,立脚前期を制動力,立脚後期を推進力として,鉛直及び前後成分のピーク値を求め体重で正規化したものを用いた。統計学的処理には,対応のあるt検定を用い,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】全ての対象者に対し本研究の趣旨及び方法を十分に説明し,書面にて参加の同意を得たうえでヘルシンキ宣言を遵守しながら実施した。本研究は本大学の倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】歩行速度は通常歩行1.03m/s,装具歩行0.85m/sであり,両歩行間に有意な差を認めた。歩行速度を調整するため,通常歩行では自由歩行及び遅い速度での歩行から装具歩行の歩行速度に近い歩行を選択して解析に用いた。速度調整後,通常歩行での歩行速度は0.84m/sとなり,両条件間の歩行速度に有意な差がなくなった状態で,各項目を算出した。装具歩行において運動学的項目では,膝関節屈曲及び足関節背屈角度が有意に高い値を示した。また膝関節伸展角度は有意に低い値を示した。運動力学的項目では,装具歩行において足関節底屈の正の関節パワーが高い値を示した。また重心の上下移動量において低い値を示した。その他の結果は両歩行間に有意な差は認められなかった。【考察】本研究で示された装具歩行における歩行速度の低下及び運動学的項目の結果は,先行研究と同様の傾向であり,装具歩行が高齢者の後彎歩行と同様の環境であることが示唆される。そしてこの歩行速度や関節角度への影響は脊柱アライメントの変形の代償的な動きを反映したものと考えられる。また運動力学的な分析では,立脚後期に発揮される足関節底屈の正の関節パワーは,足の振り出しや推進力に影響するが,歩行速度に差がなかったにもかかわらず,その値が大きかったことは通常歩行ほど推進力に貢献できていないことや,他の推進力を代償していることが推測され,重心の上下移動量が少なかったことからも力学的に不利な環境であることが示唆される。【理学療法学研究としての意義】高齢になると歩行能力低下が生じるが,脊柱の変形では,さらにその能力を低下させることが推測され,力学的に不利なストラテジーの選択を強いられている可能性がある。そのため足関節パワーに注目することで歩行能力向上に貢献できる可能性がある。
  • 梶原 沙央里, 西上 智彦, 壬生 彰, 山本 昇吾, 岸下 修三, 松﨑 浩, 田辺 曉人
    セッションID: 0372
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】これまでに,慢性非特異的腰痛症例において主に筋や筋膜などの末梢組織器官に対してストレッチや筋力増強運動などの運動療法が行われてきたが十分な効果が得られないことも多い。近年,慢性に強い痛みが生じており,治療に難渋する複合性局所疼痛症候群(CRPS)症例において,身体イメージの異常や2点識別覚の閾値の増加といった中枢神経系の機能異常が報告されている。我々は第48回本学会において慢性非特異的腰痛症例においても,2点識別覚の閾値の増加が認められることを報告し,中枢神経系の変化が生じている可能性を示したが,腰背部痛と2点識別覚との関連を明らかにするまでには至らなかった。そこで,本研究の目的は慢性非特異的腰痛症例において,初期評価と3ヶ月後評価において腰背部痛と2点識別覚の変化を検討し,腰背部痛と2点識別覚との関係を明らかにすることである。【方法】対象は45歳以上80歳以下で腰背部痛が6ヵ月以上持続する男性4名女性8名の12名(平均年齢71.8±6.3歳)とした。腰背部痛群の除外基準は脊椎疾患の診断をうけている,または疑わしい者,神経根性疼痛を有する者,脊椎に対する外科的手術の既往がある者,腰部の著明な変形がある者とした。評価は初期及び初期評価後3ヶ月以上経過した時点の計2回行った。評価項目は腰背部の痛みの強度と2点識別覚とした。腰背部痛の強度は「痛みなし」を0,「これ以上耐えることのできない痛み」を10としたNumeric Rating Scale(NRS)にて評価した。2点識別覚はMobergの方法に準拠して行った。測定肢位は腹臥位にて,測定部位は疼痛がある部位のレベルを測定した。方法はキャリパーを脊柱に対して垂直にあて,キャリパーの中心は疼痛部位の中心とした。10 mmから始め,5 mmずつ間隔を広げていき,最初に明確に2点と答えた点を記録した。その後,100 mmから5 mmずつ間隔を減らしていき,1点と答えた点を記録した。それぞれ2回測定し,その平均値を2点識別覚の閾値として採用した。なお,介入はストレッチ,筋力増強運動といった通常の運動療法を中心に行った。統計はSPSS11.0Jを用いて行った。腰背部のNRS及び2点識別覚について初期評価と3ヶ月後の差を対応のあるt検定を用いてそれぞれ比較した。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は甲南女子大学倫理委員会の承認を得て実施した。事前に研究目的と方法を十分に説明し,同意が得られた者のみを対象とした。【結果】腰背部痛のNRSは初期評価時は38.0±18.3,3ヶ月後は16.4±18.4であり,有意な差が認められた(p<0.05)。2点識別覚は初期評価時が71.7±14.0 mm,3ヶ月後は54.7±11.3 mmであり,有意な差が認められた(p<0.05)。【考察】CRPS症例において,2点識別覚は痛みや一次体性感覚野の受容野の大きさと関連することが明らかとなっており,重要な評価の一つである。本研究において,初期評価時より3ヶ月後に腰背部痛及び2点識別覚が改善していたことから,腰背部痛と2点識別覚との関連が示唆された。CRPS症例において,一次体性感覚野の受容野が縮小しており,薬物療法や理学療法によって痛みが改善すると,一次体性感覚野の受容野が健側と同程度に改善することが報告されている。慢性非特異的腰痛症においても,一次体性感覚野の受容野は縮小していることが報告されており,2点識別覚の閾値の増加はこの一次体性感覚野の縮小を反映していると考えられる。さらに先行研究と同様に理学療法によって一次体性感覚野の受容野が改善し,2点識別覚の閾値が減少したと考えられる。【理学療法研究としての意義】本研究より,慢性非特異性腰痛症例における腰背部痛と2点識別覚の関係性が認められ,慢性非特異的腰痛の病態に一次体性感覚野を中心とした中枢神経系の機能異常が関与しているという知見を高めた点。
  • 井上 仁, 坪内 優太, 川上 健二, 松本 裕美, 兒玉 慶司, 兒玉 吏弘, 木許 かんな, 原田 太樹
    セッションID: 0373
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】腰部脊柱管狭窄症(以下LCS)症例の臨床症状の主なものとして,歩行能力の低下が挙げられる。LCSの歩行評価としては,6分間歩行テスト(以下6MWT)やトレッドミルを使用した方法等が挙げられている。6MWTは「できるだけ長く歩いてください」といった歩行の指示で検査が開始されるが,評価結果は本人の意欲にも左右される。またNarguesらは6MWTにおいて歩行速度が異なることで評価結果に違いが生じると述べている。Shuttle Walking Test(以下SWT)は慢性呼吸器疾患患者を主対象として考案された簡便な運動負荷試験である。SWTは歩行能力の要素となる「速度」と「距離」の要素を含んでおり,ステージごとに歩行速度が定められているため,歩行距離と同時に歩行速度を評価することができる。我々はこのように歩行速度の条件が設定されることで他の疾患に対しても歩行能力を正確に評価できるのではないかと考える。そこで今回LCS症例を対象に歩行評価としてSWTを実施し,従来使用されている6MWTと比較・調査を行った。【方法】当院整形外科にLCSの診断の下,手術目的で入院した17症例を対象とした。内訳は男性9名,女性8名で,平均年齢は72.2±6.4歳(56~81歳)であった。歩行状態は独歩または杖歩行が可能な症例とし,呼吸器疾患および下肢関節に手術の既往がある症例は除外した。歩行評価として術前・術後1週目・術後2週目の時期に6MWTとSWTを同日に評価し,歩行距離と歩行速度の推移を調査した。統計に関しては各時期における6MWTとSWTの関連をPearsonの相関係数を用いた。また,6MWTとSWTの歩行距離の経過に関しては一元配置分散分析を用いて分析した。統計解析には統計解析用ソフトSPSS 19.0.0を用いて危険率5%未満を有意水準とした。【倫理的配慮,説明と同意】当院の倫理委員会の承認を得て行われ,対象者の同意を得て実施した。【結果】6MWTの歩行距離は術前)285.5±129.8m,術後1週)337.1±113.2m,術後2週)403.2±93.5mであった。SWTの歩行距離は術前)212.4±119.1m,術後1週)218.8±152.0m,術後2週)282.4±125.8mであった。SWT終了の原因は,「速度に間に合わない」という理由であった。歩行距離に関しては全体の90%の症例がSWTよりも6MWTのほうで長かった。各時期における相関係数は術前)r=0.805,術後1週)r=0.855 術後2週)r=0.903でいずれの時期において強い相関を認めた。歩行速度に関しては6MWTでは29%,SWTでは41%において術後1週で一時的に低下し,術後2週に上昇する傾向がみられた。また全体の72%の症例が6MWTよりもSWTのほうで歩行速度が速かった。歩行能力の回復においては,6MWTでは術前から術後2週目の間で有意差を認めた(P<0.01)。一方,SWTにおいては術前から術後2週目の間で有意差はみられなかった。【考察】LCSに対する歩行評価として,直線往復歩行・曲線往復歩行・トレッドミル歩行・6MWT等が報告されている。高齢患者ではトレッドミルによる検査は恐怖心のために困難である,LCS患者(平均74.7歳)の82.4%の患者がトレッドミルによる検査を最後まで実施できなかったとの報告があり,対象者の年齢を考慮するとトレッドミルを用いた評価は困難である。SWTは毎分ごとに歩行速度が増加し,そのことにより歩行条件が一定となり被検者に課題が与えられる。Prattらは,SWTはトレッドミルによる検査などに比べて特殊な器具がいらず,高齢者にも行いやすく腰部脊柱管狭窄症患者の運動能力評価に再現性があったと述べており,6MWTに比べ再現性は得られやすいと考える。今回の調査では各時期において強い相関を認めたが,術前から術後2週目までの経過に関しては6MWTでは有意差を認め,SWTでは有意差を認めなかった。SWTの歩行終了の理由は「速度に間に合わない」ためということが多く,SWTが歩行速度の要素を含んでいることで,術後の疼痛や術後早期という不安感等の影響で条件に合った歩行速度まで到達できなかったためと考える。また,歩行距離に関しては6MWT,歩行速度に関してはSWTが高い数値を示した。歩行速度を条件とすることは,歩行距離においては不利な点となった。しかし,歩行距離と歩行速度を含んだ歩行評価としては双方に相関関係もあり有用と考える。評価の実施場所を考慮すると6MWTの30mに対してSWTの10mは場所の確保には利点である。何をもって歩行能力の改善経過を観察するかを考慮することでSWTはLCSの歩行評価として活用できる可能性がある。【理学療法学研究としての意義】LCSに対する歩行評価としては従来6MWTが用いられてきた。今回SWTと6MWTを用いた歩行能力の評価を行い,異なる特徴が得られた。術前後の各時期においてSWTと6MWTの間に相関関係もみられたことから,LCSの歩行評価として活用できることが示唆された。
  • 細野 健太, 田島 進
    セッションID: 0374
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】筆者らは先行研究で,学校検診で紹介された特発性側弯症に対して半年間の運動療法を行い,身体機能とCobb角の継時的変化について経過観察した。その結果,身体機能の向上がCobb角の増加を抑制する可能性が示された。しかし,どのような身体機能がCobb角の進行抑制に関与しているかは依然として不明のままである。そこで,本研究では特発性側弯症に1年間の運動療法を実施し,Cobb角の進行抑制に身体機能の向上が関与しているかを検討した。【方法】対象は当院に通院する特発性側弯症と診断された女子16名とした。運動療法開始時の年齢は11.6±2.2歳,身長は148.6±11.2cm,体重は38.7±7.3kgであった。すべての対象の利き手は右手だった。レントゲン所見では胸腰椎部のシングルカーブ(右凸5名,左凸11名)を呈しており,Cobb角は11.4±7.1°であった。前屈検査では凸側へのrib humpを認め,Risser signはgrade0~1だった。運動療法は自宅で行うホームエクササイズを主体とし,内容は側弯体操を毎日約20分間実施するよう指導した。側弯体操は八幡ら(2001)の方法をもとに,8種類の運動を1年間に渡って継続して指導した。定期的な検査を月に1回実施し,体操方法の確認と身体機能の評価を行った。身体機能の検査項目は体幹屈曲・伸展筋力,体幹側屈・回旋可動域,指床間距離(FFD)とした。体幹屈曲・伸展筋力の算出はGT-350(OG技研)を用い,等尺性の最大筋力を測定し体重で除した値とした。Cobb角の進行と身体機能の変化は,それぞれ運動療法前後の差で求めた。統計学的分析には,全ての項目を開始時と1年後について対応のあるt検定,Cobb角の進行と身体機能の変化の関係はPearsonの相関係数を用いた。それぞれ危険率は5%未満を有意とした。【説明と同意】対象と保護者に十分に説明を行い,紙面にて内容の公表について同意を得た。本研究は医療法人社団みのりの会田島医院倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号141)。【結果】開始時の体幹側屈可動域は右側29.4±5.4°,左側29.1±7.8°,回旋は右側42.5±8.0°,左側40.9±9.0°であった。体幹筋力は屈曲7.9±1.8N/cm,伸展10.4±3.5N/kgだった。FFDは-0.4±9.3cmであった。1年後の身長は150.5±10.7cm,体重は39.7±6.8kgだった。体幹側屈可動域は右側31.6±5.4°,左側34.7±6.7°,回旋は右側49.1±7.4°,左側47.2±8.0°とそれぞれ拡大した。体幹筋力は屈曲10.1±2.1N/kg,伸展12.2±3.5N/kgとそれぞれ有意に向上した。FFDは5.2±7.1cmと向上した。レントゲン所見としてCobb角は11.6±7.7°に増加したが有意な変化を認めなかった(p=0.73)。Cobb角の増加と体幹伸展筋力の増加の間に有意な負の相関を認めた(r=-0.697,p<0.01)。Cobb角の増加と体幹右側屈可動域(r=0.679,p<0.01),体幹右回旋可動域(r=0.626,p<0.01),体幹左回旋可動域(r=0.598,p<0.05)に有意な正の相関を認めた。Cobb角の増加と身長(r=0.470,p=0.06),体幹屈曲筋力(r=-0.282,p=0.29),体幹左側屈可動域(r=0.045,p=0.87)および,FFD(r=0.132,p=0.63)には有意な相関は認められなかった。【考察】特発性側弯症の治療効果を確認するために1年間の運動療法を行い,身体機能とCobb角の調査を実施し,1年間でCobb角0.2°の増加を認めた。今回は1年間で身長は1.9cm増加したにも関わらず,Cobb角は0.2°と増加は比較的小さかったことから運動療法の影響があると考えた。Cobb角の増加と体幹伸展筋力の増加の間に有意な負の相関を認め,体幹伸展筋力の向上がCobb角の増加を抑制する可能性が示された。そのため,脊柱変形の進行を予防するために体幹伸展筋力を向上することが運動療法では大切であると考える。一方,Cobb角の増加と体幹屈曲筋力の増加の間に有意な相関を認めなかったが,山副らはCobb角と体幹屈曲筋力に負の相関があると述べており,体幹屈曲筋力の影響にも注意する必要がある。また,駒場らは側弯症の運動療法では体幹伸展筋力の瞬発力と体幹屈曲筋力の持久性の強化が重要と述べているため,今回は体幹屈曲筋力の間に有意な相関を認めなかったが,体幹屈曲・伸展筋力の必要性が示されたので体幹筋力エクササイズをしていくことはやはり大切であろう。Cobb角の増加と体幹右側屈,左右回旋可動域の間に正の相関が認められたことにより,体幹関節可動域・柔軟性を拡大するよりも体幹筋力の向上を目指すことが重要である。そのため,実施する側弯体操の項目も含め検討を行う必要がある。さらに症例を重ね,Cobb角の変化と身体機能のより詳しい関係を調査していきたい。【理学療法学研究としての意義】Cobb角20°未満の特発性側弯症に対しての運動療法の効果を検討したものは少なく,身体機能とCobb角の変化を示していく意義は大きいと考えている。
  • 春口 幸太郎, 井元 淳, 中村 浩一, 甲斐 尚仁, 林 和生, 大谷内 輝夫
    セッションID: 0375
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】変形性股関節症(股OA)の有病率は,X線診断によると1.0~3.5%,国内の人口で換算すると患者数は約120万~420万人と推測されている。臨床場面においても遭遇することの多い疾患であるが,股OAに対する運動療法の有効性に対する先行研究は十分とはいえないのが現状である。なかでも股OAに対するホームエクササイズ(HE)の効果については,報告が少なく一定の見解が得られていない。当院では,大谷内氏により開発された運動療法である「ゆうきプログラム」を5年前から導入し,股OA患者に対するHEの取り組みを行っている。そこで本研究では,当院で5年前から導入された股OA患者に対するHEの取り組みをもとに,股OA患者において開排(腓骨頭から床との垂直距離),疼痛の数値評価スケール(Numeric Rating Scale:NRS),日本整形外科学会股関節機能判定基準(JOAスコア),関節可動域検査(ROMテスト)を用いた機能・器質的評価を継続的に実施することで,ホームエクササイズの有効性を検証することを目的に実施した。【方法】対象は平成22年1月から平成23年3月までに当科を受診し,股OAと診断された男性13例(57.0±17.5歳),女性82例(57.5±9.3歳)の95関節であった。X線所見よりKellgren and Lawrence grade(以下,K-L分類)で4段階に分類し,運動療法施行前と運動療法開始3ヶ月目において開排,NRS,JOAスコア,股関節ROMテストを用いて評価した。なお,3ヶ月間通院できなかった患者や関節リウマチを罹患している患者は本研究の対象から除外した。当院におけるHEの指導内容は,①骨盤アライメント調整運動,②関節可動域運動,③ストレッチング,④筋力増強運動の四項目を中心に構成されており,それらの運動内容や回数および運動の写真を記載した資料は対象者に合わせて配布した。その後,外来診療において2週間に1回,HEの方法および効果の確認を行った。統計学的検討は,K-L分類した4群のHE施行前とHE開始3ヶ月目における開排,NRS,JOAスコアをWilcoxonの符号順位検定を用いて比較検討した。それぞれの統計学的処理についての有意差の判定は,危険率5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,全対象者には研究内容および方法を口頭と紙面にて十分に説明し,同意を得た上で研究を開始した。【結果】全対象95例のうちK-L分類でgrade 1は39例,grade 2は13例,grade 3は31例,grade 4は12例であった。開排及びNRSはgrade 1~4において有意差が認められ,改善が見られた。JOAスコアではgrade 1,2,3において有意に改善が見られた。股関節ROMテストでは屈曲はgrade 1~3,伸展はgrade 2,外転はgrade 1,外旋はgrade 3で有意な改善が見られた。【考察】HEによる3ヶ月間の介入の結果,開排,NRSではgrade全てにおいて有意に改善傾向が認められた。開排は股関節屈曲・外旋動作であり,その障害には長内転筋などの股関節内転筋群の機能的影響を受けやすい。当院のHEでは,これら軟部組織に対する直接的アプローチに加え,骨盤アライメント調整運動を行うことで関節構成体や筋へのメカニカルストレスの緩和が得られやすく,その結果改善傾向が得られたものと推測される。股OAにおける疼痛の原因は滑膜炎や関節咬合不全,筋スパズムなどが一般的に挙げられる。このような場合は疼痛に対する防御姿勢が習慣化され,機能的脚長差を生じる可能性が指摘されている。それらを踏まえ,当院のHEでは骨盤アライメント調整運動を最初に行い,その後,関節可動域運動,ストレッチングにて可動性及び伸張性を得た後に筋力増強運動を行うように指導をしている。この一連の流れにより,疼痛部位に対するメカニカルストレスの緩和が得られた一つの要因と考えることができる。JOAスコアではgrade 1~3で有意な改善が認められたが,grade 4では有意な改善は認められなかった。その背景としてgrade 1~3に比べgrade 4では器質的変化が強く生じているため,主に股関節の屈曲を中心とした可動域制限や疼痛の改善が得られにくく,その結果JOAスコアにも反映されなかったものと考えられる。今回,股OAに対するHEの短期効果として,機能的な有効性を確認することができた一方,器質的影響が強い患者ではその有効性を示唆する見解は一部得られなかった。今後も継続的に追跡調査を行うことで,HEの長期効果について検証していきたいと考える。【理学療法学研究としての意義】本研究は,股OA患者に対するホームエクササイズの有効性を機能・器質的評価から短期的に検証した研究である。当院の取り組みを一つの例として,今後様々な取り組みが展開されることを期待したい。
  • 生友 尚志, 永井 宏達, 田篭 慶一, 三浦 なみ香, 中川 法一, 増原 建作
    セッションID: 0376
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】日本の65歳以上の地域在住高齢者の1年間での転倒発生率は10~20%と報告されている。高齢者において転倒は骨折などの重篤な傷害が生じる危険性があり,その予防対策は重要な課題となっている。一方,下肢の変性疾患は転倒発生の危険因子の1つとされているが,末期変形性股関節症(股OA)患者の転倒実態についての報告はほとんどない。そこで今回,末期股OA患者の転倒発生率や発生状況を明らかにすることを目的として転倒実態調査を実施したので報告する。【方法】2013年1月から10月までの間に人工股関節全置換術(THA)を目的に当クリニックに入院した末期股OAの女性患者127名を対象として転倒実態調査を実施した。慢性関節リウマチ,中枢神経障害,心臓疾患を有する症例,大腿骨頚部骨折術後,再THA,THA後1年以内の症例は対象から除外した。また,地域在住の同年代健常女性127名を対象として同様に転倒実態調査を実施した。転倒実態調査は自己記入式のアンケートにて実施した。調査内容は過去1年間での転倒経験の有無と転倒回数,転倒発生時の状況(場所,時間帯,原因,方向,受傷内容)とした。股関節臨床評価としてHarris Hip Score(HHS)を用いた。罹病期間は最初に股関節に痛みや違和感が出始めてから調査日までの経過年数として調査した。転倒の定義はLambらの報告を参考にし,「いかなる理由であっても人が地面,床またはより低い面へ予期せず倒れること」とした。めまいや自転車,事故による転倒は分析対象から除外した。統計解析は,末期股OA患者と健常者の平均年齢の比較にはMann-WhitneyのU検定を用いた。転倒発生者数と転倒発生状況の項目ごとの比較にはχ2検定を用いた。有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には本研究の趣旨と内容を口頭ならびに書面にて十分に説明し,研究の参加の同意書に署名を得た。【結果】対象者のうち除外基準に該当せず,欠損データのない末期股OA患者100名(股OA群),健常者112名(健常群)を解析対象とした。平均年齢は股OA群62.6±9.5歳,健常群64.1±9.3歳であり,2群間に有意な差はなかった。股OA群のHHSは63.1±13.6点,罹病期間は9.4±9.4年であった。過去1年間で転倒経験がある人は股OA群が35名,健常群が14名であった。転倒発生率は股OA群が35.0%,健常群が12.5%であり,股OA群のほうが有意に転倒発生が多かった(p<0.01)。転倒発生状況において,股OA群,健常群それぞれの転倒者内での転倒場所の割合は,屋内が31%,14%,屋外が49%,79%,階段が20%,7%であった。転倒時間帯は,起床~10時が8%,29%,10時~17時が66%,50%,17時~就寝時が26%,21%,就寝~起床が0%,0%であった。転倒原因は,滑ったが9%,36%,つまずいたが43%,36%,バランスを崩したが48%,7%,物に当たったが0%,7%,その他が0%,14%であった。転倒方向は,前方が46%,64%,側方が43%,14%,後方が11%,22%であった。受傷内容は,怪我なしが34%,29%,打ち身が40%,21%,擦り傷が14%,43%,骨折が12%,7%であった。χ2検定の結果,転倒原因のみ2群間に有意な差がみられた(p<0.01)。また残差分析の結果,股OA群の転倒原因は健常群に比べてバランスを崩したが有意に多く(p<0.01),滑ったは有意に少なかった(p<0.05)。【考察】本研究の結果,末期股OA患者の転倒発生率は同年代健常者に比べて非常に高いことがわかった。股OA群の転倒発生状況の特徴は,転倒場所は屋外が多く,時間帯は10時~17時の活動的な時間帯が多く,健常群と同様の傾向であった。転倒原因は2群ともつまずきによる転倒が多く,股OA群は健常群に比べてバランスを崩したことによる転倒が多かったが,滑ったことによる転倒は少なかった。転倒方向は2群とも前方への転倒が多かったが,股OA群においては側方への転倒も多くみられた。受傷内容は股OA群は打ち身が多く,骨折も12%みられた。末期股OA患者の転倒原因は健常者と異なる傾向があり,疾患特有の原因を有する可能性がある。今後,客観的な評価指標を含めた転倒原因の詳細な検討が必要であると考える。また,末期股OA患者は転倒発生率が高く,骨折者も多いことから転倒予防対策が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】本研究により末期股OA患者の転倒発生率が同年代健常者に比べて高いことが明らかとなった。今後,股OA患者の転倒発生原因の解明と転倒予防対策が必要であると考える。
  • 栗原 元子, 寒川 美奈, 菅野 宏介, 奥秋 保
    セッションID: 0377
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】変形性股関節症は,股関節構成体に慢性かつ進行性に変化を生じ,疼痛や関節可動域制限などの症状を呈することで,日常生活動作にも制約を生じてくる疾患である。変形性股関節症患者に対する保存療法実施の際に,機能評価が同程度の結果であっても患者によって現状の受け止め方が異なり,評価と実際が異なるように感じられることもある。変形性股関節症患者の性格特性を調査した報告(弓ら,2010年)では,半数以上がモーズレイ性格テストにおける9つの類型のうち外向性が高く神経症的傾向が低い類型であると認められたものの,評価と性格特性の関連については示されていない。主観的な評価である健康関連QOL(Quality of Life:以下QOL)結果と第三者を介した評価の相関性が高くないとの報告(岩名ら,2007年)もある。また,保存療法を行う変形性股関節症患者の健康関連QOLと性格特性の関連につて調べられた報告はまだみられない。そこで本研究では,変形性股関節症患者の健康関連QOLと性格特性の関連について調査した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究計画はヘルシンキ宣言に基づき,所属の承認を得てから実施した。対象者には研究の趣旨および方法,研究への参加の任意性と個人情報の保護について書面および口頭で説明を行い,書面による同意を得てから行った。【方法】対象者は,当院受診中の変形性股関節症患者のうち,短距離歩行には歩行補助具を必要とせずに自力での通院が可能で,本研究に同意を得られた10名(女性10名,平均年齢69.2±8.3歳)とした。健康関連QOLの指標としてWestern Ontario and McMaster Universities osteoarthritis index LK3.1(以下WOMAC),性格特性の検査として日本版NEO-FFI(NEO Five Factor Inventory:以下NEO-FFI)を用いて自己記入式により評価した。また,健康関連QOLと他者評価の関連について検証するため,日本整形外科学会股関節機能判定基準(以下JOAスコア)を測定した。NEO-FFIは,素点から得られた傾向(かなり低い,低い,平均,高い,かなり高い)を用いて解析した。両側の変形性股関節症患者については,JOAスコアは,左右のうち低い方の得点を用いた。また,歩行と日常生活動作の合計点(以下ADL)と疼痛の点数も別に算出した。WOMACの各下位尺度の点数とNEO-FFIの各次元の傾向,NEO-FFIの各次元の傾向とJOAスコアの各点数,WOMACとJOAスコアの疼痛,WOMACにおける日常行動困難度とJOAスコアのADLそれぞれの関連性について,Spearmanの順位相関係数を用いて検討した。統計解析ソフトは,R-3.0.2(Windows版)を用い,有意水準を5%未満とした。【結果】WOMACの点数は,疼痛5.2±2.8点,こわばり1.7±1.3点,日常行動の困難度15.1±8.1点であった。NEO-FFIの各次元の傾向については,神経症傾向が低い5名,平均5名,外向性傾向は低い2名,平均4名,高い4名,開放性傾向が低い5名,平均4名,高い1名,調和性傾向については低い3名,平均3名,高い2名,かなり高い2名,誠実性ではかなり低い1名,低い2名,平均5名,かなり高い2名であった。JOAスコアについては63.5±10.9点,疼痛19.0±5.7点,ADL29.0±6.1点であった。また,NEO-FFIの高外向性とJOAスコアおよびJOAスコアの疼痛において高い相関(ρ=0.77-0.82)を認めた。【考察】性格特性の外向性とJOAスコアに関連性があったことから,他者評価と性格特性に関連がある可能性が示唆された。一方,健康関連QOLと性格特性には関連が認められなかった。他者評価は第三者を介する評価であるが,健康関連QOLは自己記入式であり,評価方法の相違が性格特性との関連に影響したと考えられた。他者評価の場合,評価される側の性格によって評価時の表出が実際と異なる可能性もあると思われる。また,性格特性が他者評価には影響するといわれるが,健康関連QOLには影響しないことが,臨床の場で評価と実際が異なるように感じる一因かもしれない。本研究結果においては対象者が少なく,性格検査の結果は5次元からなり,1次元からでは性格特性を解釈しきれないことがあり,今後症例数を増加し更なる検討が必要であると思われた。【理学療法学研究としての意義】臨床場面において,変形性股関節症患者に対する第三者を介した評価は,外向性が高い傾向であると評価が高くなるというような性格特性の影響を受ける可能性が考えられた。また,主観的な健康関連QOLに着目する重要性についても示唆する結果であると思われる。
  • 佐藤 江奈, 山路 雄彦, 佐藤 貴久, 白倉 賢二, 渡邊 秀臣
    セッションID: 0378
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】変形性股関節症(変股症)に対する装具療法としてWISH型股関節装具(WISH型股装具)を作製した。WISH型股装具は,内転以外の運動が可能で,外転や荷重時にパッドが大転子を圧迫する。WISH型股装具装着により,股関節機能の改善や歩容の改善,動的バランスの改善などを認めている。今回,WISH型股装具装着による筋力への影響について検討した。【方法】2011年3月~2012年11月に変形性股関節症により,群馬大学医学部附属病院 整形外科を外来受診した女性患者15名を対象とした。Crowe分類は,Iが10名,IIが5名だった。筋力は,装具装着側と非装着側の股関節屈曲,外転,内転,膝関節伸展の最大等尺性筋力を装具装着時,装着後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月の時点で測定した。測定は,装具装着時,装具非装着時に行った。筋力測定にはHand-Held Dynamometer(日本MEDIX社製Power Track II;以下HHD)を使用した。測定肢位は,股屈曲及び膝伸展は座位にて股関節・膝関節を90度屈曲位とした。股外転・股内転は仰臥位にて股関節内外転0度とし測定した。筋出力を受けるHHDのセンサー部の位置は,股屈曲は大腿遠位部前面,股外転は大腿遠位部外側面,股内転は大腿遠位部内側面,膝伸展は下腿遠位部前面とした。約3秒間の最大等尺性筋力を3回測定し,平均値を使用した。検者内信頼性は,級内相関係数(ICC 1.1)を用いて評価した。データは,正規性についてShapiro-Wilk検定によって評価し,装具における筋力の影響について,対応のあるT検定かwilcoxon検定をおこなった。統計学的有意差は,危険率5%未満として考えた。【倫理的配慮,説明と同意】この臨床研究は群馬大学の臨床試験審査委員会(IRB)に承認され,対象者からは同意を得て測定した。【結果】測定は,0か月が13人13回,1か月が12人12回,3か月が10人10回,6か月が10人10回,12か月4人4回であり,合計15人で49回行った。年齢は,52.6±8.1歳(36~65歳)。装具装着側は左9名,右6名であった。検者内信頼性は,装具装着側,装具非装着側の全てで0.9以上であった。装具非装着側の股関節内転は装具装着時0.49Nm/kg,非装着時0.46Nm/kg,装具装着側の股関節屈曲は装具装着時0.6Nm/kg,非装着時0.55Nm/kg,股関節外転は装具装着時0.52Nm/kg,非装着時0.48Nm/kg,膝関節伸展は装具装着時0.59Nm/kg,非装着時0.58Nm/kgで装具装着による有意な変化が認められた。以外の測定においては,装具装着側,装具非装着側ともに有意な変化はみられなかった。【考察】検者内信頼性は,すべてにおいて0.9以上の高い信頼性が得られた。本研究で装具装着時の筋力として装具非装着側の股関節内転,装具装着側の股関節屈曲,外転,膝関節伸展において筋力の改善を認めた。これは,運動時において装具装着による直接的な効果が影響しているものと考える。骨盤帯による固定,装具装着側の大転子部の支持,患側の内転運動制限などによる影響が考えられる。以前私たちはTimed Up and Go testにおいて,装具装着による有意な変化を認めている。装具装着による筋力の改善がPerformanceに影響することが考えられた。【理学療法学研究としての意義】WISH型股装具装着における筋力への影響として,装具装着側の股関節屈曲筋力,外転筋力,膝関節の伸展筋力,装具非装着側の内転筋力の向上が認められた。このことはWISH型股装具が生体に及ぼす影響を解明する一助となり,装具の有効的な使用に結びつくのではないかと考える。
  • ~寛骨臼移動術後の股関節運動の検討~
    山崎 和博, 平井 友和
    セッションID: 0379
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】寛骨臼移動術は骨頭の被覆を改善し関節の安定性を得て変形性股関節症の進行を防止しようとする手術法である。この手術では大転子の切骨を伴うため,当院では中殿筋の筋力トレーニングは荷重開始以降の術後2,3週目より開始の許可を得ている。しかし,その負荷量については一定の見解が得られていなかった。一方,術側下肢の荷重は術後2週より1/3荷重から開始となり,3週で1/2荷重,4週で2/3から3/4荷重と1週毎に増加していく。そこで各荷重時と股関節の各運動時での中殿筋の筋活動を比較し,寛骨臼移動術後における安全な股関節運動の検討を目的とした。【方法】対象は下肢・体幹に整形外科的疾患の既往がない健常男子12名(年齢27.3±5.0歳,身長173.3±7.0cm,体重64.6±7.9kg)とした。荷重は測定側を体重計(タニタ社製),非測定側を台に乗せた安静立位を開始肢位とし,まず被験者に体重計を確認しながら荷重を行わせた。荷重量が安定したところで5秒間の静止立位時の筋活動を測定した。荷重課題は体重の1/2荷重,2/3荷重,3/4荷重,全荷重の計4つとした。股関節の各運動は側臥位股関節外転,腹臥位股関節伸展,SLR,両脚ブリッジ,片脚ブリッジを5秒間の等尺性運動で行わせ筋活動を測定した。また背臥位股関節外転運動を,ベッド上(以下ベッド上外転)と股関節中間位でのスリング使用懸垂時(以下スリング外転)で行わせた。股関節中間位を開始位置とし,1秒に1回の外転動作を10回反復させ筋活動を測定した。全ての課題は測定前に練習を行わせ実施した。筋活動の測定には表面筋電計MyoSystem1200(Noraxon社製)を用いた。被験筋は右中殿筋(腸骨稜の中点より2.5cmほど遠位)とし,電極中心距離は2.0cmとした。解析にはMyoResearchXP(Noraxon社製)を用い,中殿筋の最大等尺性収縮時の最大値を100%として正規化し,各課題の%MVCを求めた。荷重時と股関節等尺性運動時は安定した3秒間の%MVCの平均値,反復運動は10回のピーク%MVCの平均値を算出した。統計処理は各荷重時と各股関節運動時の%MVCの比較,各運動時の%MVCの比較に一元配置分散分析を用い,多重比較にはGames-Howell法を用いた。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】被験者には書面にて本研究の内容を説明し同意を得て実施した。【結果】各荷重時の%MVCは,1/2荷重で5.7±2.9%,2/3荷重で10.0±3.7%,3/4荷重で12.6±4.2%,全荷重で20.7±8.3%であった。各股関節運動時の%MVCは側臥位股関節外転で21.2±4.5%,腹臥位股関節伸展で12.0±4.4%,SLRで6.2±3.1%,両脚ブリッジで4.9±4.0%,片脚ブリッジで29.2±11.5%であった。また,ベッド上外転で12.0±5.5%,スリング外転で6.4±3.4%であった。各荷重時と各股関節運動時の比較では,SLR,両脚ブリッジ,スリング外転は,3/4荷重(p<0.05),全荷重(p<0.01)と比べ有意に低値であった。側臥位股関節外転と片脚ブリッジは,1/2,2/3,3/4荷重に比べ有意に高値であった(p<0.01)。腹臥位股関節伸展は1/2荷重に比べ有意に高値であった(p<0.05)。各運動の比較では,側臥位股関節外転と片脚ブリッジは腹臥位股関節伸展,SLR,両脚ブリッジ,ベッド上外転,スリング外転と比べ有意に高値であった。【考察】スリング外転,両脚ブリッジ,SLRは,1/2荷重時と比べ中殿筋の筋活動が同程度であり3/4荷重時と比べ低値であった。腹臥位股関節伸展,ベッド上外転は,3/4荷重時と同程度の筋活動であり,腹臥位股関節伸展は1/2荷重時と比べ有意に高い筋活動であった。背臥位股関節外転運動でスリングを使用することは,ベッドとの摩擦が無くなり低い筋活動で行えるため,初期の中殿筋トレーニングとして有用である。またスリングの位置をより股関節外転位とすることで,さらに中殿筋の筋活動を抑えることも可能と予測できる。腹臥位股関節伸展は,中殿筋の筋活動を考慮すると寛骨臼移動術後早期には慎重になるべきと思われる。術後4週以降の2/3~3/4荷重時を基準とした場合,中殿筋に関して片脚ブリッジと側臥位股関節外転は高負荷,腹臥位股関節伸展とベッド上外転は中程度負荷,スリング外転と両脚ブリッジ,SLRは低負荷の運動と言える。【理学療法学研究としての意義】大転子切骨を伴う寛骨臼移動術後のリハビリテーションの一助となり,その他の大転子切骨を伴う手術後で股関節運動を行う上での参考となりうる。
  • 北川 了三, 山﨑 裕司
    セッションID: 0380
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに】股関節屈曲可動域の不足は和式生活におけるしゃがみこみ動作や胡座,靴下の着脱や爪切りなどの動作を困難にさせる。このため,一定以上の屈曲可動域の再獲得は理学療法の重要な目的となる。しかし,人工股関節置換術後や変形性股関節症による可動域の低下ではトレーナビリティーが期待できない場合が少なくない。股関節の屈曲可動域には臼蓋と大腿骨頭の間の運動だけでなく,骨盤・腰椎の後傾・後弯運動が寄与することが知られている。これらの運動は反対側下肢から見ると股関節伸展運動によって実現される。よって,一足の股関節が伸展状態にある際の股関節屈曲可動域には反対側股関節の伸展可動域が影響を与える可能性がある。本研究では,反対側伸展可動域の変化が仰臥位における股関節屈曲可動域に与える影響について検討した。【方法】対象は健常者20名(男性17名,女性3名,年齢20.1±1.1歳,身長169.6±9.1cm,体重62.6±11.7kg)と股関節屈曲可動域練習実施中の整形外科疾患患者女性8名(年齢71.6±15歳,身長151.1±9.9cm,体重49.9±9.1kg)である。健常者では,1日目繰り返しの可動域測定が,股関節屈曲可動域に与える影響について検証するため,股関節屈曲可動域の測定を,5分間の間隔をおいて繰り返した。2日目は,仰臥位にて右股関節の自動屈曲可動域を測定したのち,腹臥位において左股関節の自動伸展可動域を測定した。次いで,左股関節伸展の静的ストレッチを30秒間,2セット実施した。そして,左股関節の伸展と右股関節の屈曲可動域を再度計測した。患者群では,患側股関節屈曲可動域と健側の股関節伸展可動域を測定,同様の方法でストレッチを実施後,再度関節可動域の測定を実施した。関節可動域の測定では,自動運動による最終可動域で1名の検査者が大腿を固定し,股関節側方からデジタルカメラで撮影した。画像をPCに取り込み,Image Jを使用し可動域を計測した。測定値の比較にはウィルコクソン符号順位和検定を用い,危険率5%未満を有意水準とした。【説明と同意】対象者には本研究の目的と内容について十分に説明をし,同意を得た後に測定を実施した。【結果】1日目の右股関節屈曲可動域は,1回目,2回目の順に109.3±9.4度,111.9±9.4度であり,有意差を認めなかった。2日目の屈曲可動域は,ストレッチ前,ストレッチ後の順に111.9±9.4度,117.6±8.7度であり,ストレッチ後において有意に可動域は増大した(p<0.05)。ストレッチ前後の左股関節自動伸展可動域は,15.3±4.0度から21.6±6.8度へ有意に増大した(p<0.05)。整形外科疾患患者における患側股関節屈曲可動域は,ストレッチ前98.4±12.1度,ストレッチ後103.6±12.5度であり,有意な可動域増加を認めた(p<0.01)。健側股関節自動伸展可動域は,ストレッチ前6.6±4.9度,ストレッチ後9.2±4.8度であり,有意差を認めた(p<0.01)。【考察】反対側股関節伸展可動域の増大が,屈曲可動域に与える影響について検討した。股関節伸展方向へのストレッチ後,伸展可動域は有意に増大し,同時に反対側股屈曲可動域も有意に増大した。股関節屈曲可動域測定の繰り返しが,屈曲可動域に与える影響は小さく,ストレッチ後の可動域改善は股関節伸展可動域の改善に起因するものと考えられた。関節可動域訓練によって股関節屈曲可動域の増大が期待できない症例では,反対側股関節の伸展可動域の増大が屈曲可動域の改善に寄与するかもしれない。【理学療法学研究としての意義】股関節屈曲可動域の増大が期待できない症例や痛みなどによって患側股関節屈曲方向への運動が難しい症例などに対する関節可動域訓練として有益な方法となるかもしれない。
  • 加速度計を用いた解析結果から
    阿河 由巳, 大畑 光司, 佐久間 香, 北谷 亮輔, 橋口 優, 山上 菜月, 大迫 小百合, 本多 麗子, 永田 久実
    セッションID: 0381
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】臨床現場において,脳卒中後片麻痺患者の歩容異常として,左右方向の体幹運動が着目されることが多い。先行研究では,片麻痺患者における歩行時の体幹の非対称性の増加を加速度計を用いて検討したものがあるが,歩行周期における前額面上の体幹運動の特徴や,下肢筋力との関連を検討したものはない。このような歩行時の体幹運動について明確にすることは,理学療法評価やトレーニングに有効であると考えられる。本研究の目的は,片麻痺患者の歩行時の左右方向への体幹運動に着目して,その詳細を健常者と比較し,特徴を明らかにすることと,歩行に大きく影響すると考えられる麻痺側下肢筋力との関連を検討することである。【方法】対象は,脳卒中後片麻痺者(片麻痺群)13名(年齢59.5±8.7歳,男性8名,女性5名,下肢Brunnstrom Recovery Stage III4名,IV4名,V3名,VI2名)と,若年健常成人(健常群)10名(年齢22.4±0.8歳,男性5名,女性5名)とした。各対象者に快適速度での10m歩行を行わせた。測定には,Delsys社製3軸加速度筋電計(Trigno Wireless System)を用いた。踵部に装着した加速度計より,歩行時の足部の接地を判断し,1歩行周期時間を100%として時間の正規化を行った。さらに,身体背面部の第7頸椎部と第5腰椎部に装着した加速度計より,体幹と骨盤の前額面上での運動を測定した。5歩行周期時間における加速度の左右方向成分の平均値を,正が麻痺側(健常者右側),負が非麻痺側(健常者左側)になるように設定し算出した。体幹と骨盤の加速度計の値(C,L)から得られた波形の左右方向成分の差分(dCL)を求め,この波形のピーク値を算出した。dCLは骨盤に対して相対的に生じる体幹の加速度を表し,前額面上での体幹回転運動を示す。dCLの正負のピーク値を調べ,ピーク値が生じた時点でのC,Lの値を調べた。また,片麻痺群に対してはアニマ社製徒手筋力計を用い,下肢筋力(股関節屈曲,膝関節屈曲・伸展,足関節背屈・底屈筋力)を測定した。統計解析は,Mann-WhitneyのU検定を用いて,片麻痺群と健常群のdCL,C,Lをそれぞれ比較した。また,Spearmanの順位相関係数を用いて,片麻痺群のdCL,C,Lと下肢筋力の関連を検討した。本研究の有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は本学倫理委員会の承認を得て,各対象者に測定方法および本研究の目的を説明した後,書面にて同意を得て行われた。【結果】dCLの結果から,前額面上での体幹回転運動の加速度が加わる方向は,健常群,片麻痺群ともに同様であった。両群とも,初期接地(IC)では接地側と反対側,両脚立脚期(DS)では接地側,単脚立脚期(SLS)では再び反対側であった。またC,Lの結果から,そのときの体幹,骨盤それぞれの左右方向への加速度が加わる方向も,両群に違いはなかった。体幹は,ICでは反対側,DSでは接地側,SLSでは接地側に加速されていた。骨盤は,ICでは接地側,DSでは反対側,SLSでは接地側に加速されていた。両群のdCL,C,Lの比較では,非麻痺側IC後のDSのdCL,両側のIC,DSのLにおいて,健常群の方が有意に大きくなった(p<0.05)。また,片麻痺群のdCL,C,Lと下肢筋力の関連では,Lにおいて,麻痺側ICの値と麻痺側膝関節伸展筋力(r=0.74,p<0.01),麻痺側DSと麻痺側膝関節屈曲筋力(r=0.81,p<0.001)に有意な相関が認められた。【考察】本研究の結果より,片麻痺患者における前額面上での体幹回転運動の加速度が加わる方向は,健常者と同様であった。片麻痺患者の前額面上での体幹回転運動の特徴は,非麻痺側接地後の非麻痺側方向への加速の減少にあった。健常者の歩行では,初期接地までに起こった接地方向への加速が荷重応答において減速されるために,接地側への体幹の回転が生じる。片麻痺患者では,初期接地までの加速が小さいため骨盤に対する減速も小さくなり,結果として,非麻痺側方向への体幹回転運動は小さくなったと考えられる。また,片麻痺患者の骨盤と体幹の左右方向への加速度が加わる方向には,下肢筋力が関連しており,麻痺側初期接地での骨盤の加速と膝関節伸展筋力が,麻痺側接地後の両脚立脚期での骨盤の減速と膝関節屈曲筋力が相関を示した。初期接地での骨盤の麻痺側方向への加速が生じるためには,膝関節伸展筋力による支持性が必要であり,両脚立脚期ではハムストリングスの股関節伸展作用が弱くなると,骨盤への減速が生じにくくなると考えられる。【理学療法学研究としての意義】脳卒中後片麻痺者において,下肢筋力が歩行時の骨盤の左右方向への加速が加わる方向に影響しており,特に麻痺側膝関節屈曲・伸展筋力の増加が,歩行能力向上に重要であると考えられる。
  • ―筋厚の左右差に着目して―
    北村 拓也, 佐藤 成登志, 立石 学, 﨑村 陽子
    セッションID: 0382
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】片麻痺患者の座位・立位姿勢は,前額面上で左右非対称であることが多く見受けられる。左右非対称の姿勢を取り続けることで,腰痛症をはじめ,消化器系の活動低下など,さまざまな二次的障害が引き起こされることが報告されている。体幹筋群の左右差に関する研究では,針筋電を用いた筋電図学的研究や,MRIやCTなどを用いた形態学的研究はあるものの,体幹機能の左右差に関する見解は一致していない。また,過去の体幹筋群に関する研究では,安静時のみの測定がほとんどであり,筋収縮時の測定は散見する程度である。さらに,それらの研究では,主に針筋電が使用され,侵襲的リスクと対象者への負担が懸念される。一方,近年では,非侵襲的に筋機能を評価するためのツールとして,超音波診断装置(以下,UDE)が多く用いられ,数多くの研究が報告されている。そこで,本研究の目的は,UDEを用いて,片麻痺患者における体幹筋群の安静時および収縮時筋厚に左右差があるかを明らかにすることとした。さらに,体幹筋群の筋厚について,片麻痺患者群と健常者群を比較し,片麻痺による体幹筋群への影響を明らかにすることとした。【方法】対象者は,N病院回復期病棟に入院している片麻痺患者8名(男性6名,女性2名,平均年齢66.8±11.5歳)と,一般健常者10名(男性4名,女性6名,平均年齢65.3±8.4歳)とした。対象筋は,外腹斜筋(以下,EOA),内腹斜筋(以下,IOA),腹横筋(以下,TrA),大腰筋(以下,PM)の4筋とした。データ解析には,各筋の安静時および収縮時筋厚と,これらを用いて算出した,筋収縮率(収縮時筋厚/安静時筋厚×100)を指標とした。安静時筋厚の測定は,2条件設定し,腹筋群に対しては,安静背臥位で前腋窩線と臍高位の交点にて測定し,PMに対しては安静腹臥位で第4腰椎棘突起より10cm側方の位置にて安静時筋厚を測定した。収縮時筋厚の測定のための運動課題も2条件設定し,腹筋群に対しては安静時筋厚を測定した安静背臥位から腹部引き込み動作を行わせ,PMに対しては安静時筋厚を測定した安静腹臥位から等尺性の股関節屈曲運動を行わせ,収縮時筋厚を測定した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,当施設の倫理委員会の承認を得たうえで,全対象者には,本研究の趣旨を説明し,同意を得て行った。【結果】片麻痺患者における腹筋群の安静時筋厚は,3筋とも統計学的な左右差を認めなかった。一方,PMでは,収縮時筋厚(p<0.05)と筋収縮率(p<0.05)において,いずれも非麻痺側が有意に高かった。片麻痺患者群と健常者群の比較では,非麻痺側と利き側の比較において,安静時筋厚ではTrA(p<0.01)とPM(p<0.05),収縮時筋厚ではTrA(p<0.05)において,健常者群が片麻痺患者群よりも有意に高かった。また,麻痺側と非利き側の比較では,安静時筋厚ではTrA(p<0.01)とPM(p<0.01),収縮時筋厚ではTrA(p<0.05)とPM(p<0.01),筋収縮率ではPM(p<0.05)において,健常者群が片麻痺患者群よりも有意に高かった。【考察】本研究の結果から,片麻痺患者における体幹筋群の機能は,左右差を呈す可能性は低く,その要因として,神経学的および解剖学的要因が考えられた。体幹筋群は,脳からの2重神経支配であるため,一側性の脳損傷であれば,その影響は左右で偏らないと考えられる。また,体幹筋群は腹直筋鞘や胸腰筋膜などの膜構造への付着であるため,一側の収縮は対側の収縮の影響を受けると考えられる。そのため,仮に機能不全が一側性であった場合でも,両側の筋収縮力は低下し,左右差を呈す可能性は低くなると考えた。一方,PMでは,収縮時筋厚と筋収縮率において,麻痺側の筋厚は非麻痺側よりも有意に小さく,脳からの一側性神経支配であることが要因であると考えた。片麻痺患者群と健常者群の体幹筋群を比較した結果,体幹深層部筋であるTrAとPMにおいて,体幹の両側とも片麻痺患者群が有意に小さかった。片麻痺患者は,循環不全などによる深層部筋の活動が得られにくく,表層部筋の過活動によって,体幹深層部筋は二次的な廃用性筋萎縮を呈すことが考えられた。【理学療法学研究としての意義】本研究は,片麻痺患者における体幹筋群の機能について,左右差を呈す可能性は低いという見解と,体幹深層部筋は廃用性筋萎縮を呈しているという見解を見出すことができた。体幹深層部筋へのアプローチが重要であることを再認識できたことは,理学療法学において大変意義のある研究と考えられる。
  • 筋の同時活動と3次元動作解析による検討
    北谷 亮輔, 大畑 光司, 山上 菜月, 橋口 優, 佐久間 香, 渡邊 亜紀, 佐藤 周平, 川井 康平, 阿河 由巳, 大迫 小百合, ...
    セッションID: 0383
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】脳卒中後片麻痺者の歩行の一般的な特徴に歩行速度の低下や歩幅・単脚立脚時間の非対称性がある。これらの原因の一つに足関節周囲筋の同時活動(同時収縮)が麻痺側単脚立脚期で低下していることにより生じる麻痺側単脚立脚期の不安定性増大が考えられている。このような麻痺側の不安定性に対して,麻痺側下肢支持性を向上させるために立位での麻痺側への重心移動練習が臨床で多く行われるが,脳卒中後片麻痺者において麻痺側への重心移動練習が歩行に与える影響について詳細に検討した報告はない。臨床で多く行われるこの練習により,脳卒中後片麻痺者は姿勢制御戦略として歩行時の同時活動を高めるのか,減少させるのか検討することは,姿勢制御に対する効果的な理学療法介入の考案に重要であると考えられる。本研究の目的は,脳卒中後片麻痺者における麻痺側への重心移動練習が歩行に与える即時的な効果を筋の同時活動と3次元動作解析により検討することとした。【方法】対象は回復期病棟に入院中の脳卒中後片麻痺者9名(年齢59.7±8.2歳,男性6名,女性3名,発症後日数106.4±43.2日,下肢Brunnstrom Recovery Stage III1名,IV2名,V6名)とした。各対象者に,麻痺側への重心移動練習前後に5m歩行路を快適歩行速度にて2回ずつ歩行させ,歩行時の筋電図測定と3次元動作解析を行った。麻痺側への重心移動練習は5秒間の静止立位から5秒間麻痺側へ最大荷重させた姿勢を保持し,その後静止立位に戻るという課題5回を1セットとした。練習は測定画面の荷重量を確認させる視覚フィードバックを用い,休憩1分を挟んで計2セット行った。測定にはDelsys社製3軸加速度筋電計,VICON社製3次元動作解析装置,Kistler社製床反力計を用いた。筋活動は麻痺側・非麻痺側の前脛骨筋,外側腓腹筋にて測定し,得られた筋電図はフィルター処理した後,全波整流化を行った。各筋において練習前の歩行時の筋活動の平均値を1として正規化し,各筋活動とCoactivation index(CoI)を練習前後における麻痺側・非麻痺側の両脚立脚期(DS1・DS2)と単脚立脚期(SS)にて算出した。また,3次元動作解析により歩行速度,歩行率,麻痺側・非麻痺側の歩幅と単脚立脚時間,歩幅と単脚立脚時間の非対称性,麻痺側・非麻痺側の股関節・膝関節・足関節角度の運動範囲,麻痺側・非麻痺側の立脚期全体の床反力垂直成分と前方・後方成分を算出した。解析には各試行2回分の平均値を用いた。統計処理は,練習前後における各筋活動,CoI,3次元動作解析により算出した値の比較をWilcoxonの符号付順位検定と対応のあるt検定を用いて検討した。本研究の有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本学倫理委員会の承認を得て,各対象者に測定方法および本研究の目的を説明した後,書面にて同意を得て行われた。【結果】練習前と比較して練習後では歩行速度が有意に増加した(p<0.05)。また,非麻痺側の歩幅と歩行周期における麻痺側単脚立脚期割合が有意に増加し(p<0.05),歩幅と単脚立脚時間の非対称性も有意に改善した(p<0.05)。練習前後における歩行時の麻痺側の筋活動とCoIには有意な変化が得られなかったが,非麻痺側では練習後のDS1のCoIが減少する傾向があり(p=0.09),SSの前脛骨筋の筋活動とCoIが練習前より有意に減少した(p<0.05)。また,非麻痺側の股関節運動範囲が有意に増加し(p<0.05),麻痺側立脚期の床反力垂直成分と前方成分が有意に増加した(p<0.05)。【考察】脳卒中後片麻痺者において,麻痺側への重心移動練習を行うことにより,即時的に歩行速度などが増加する結果が得られた。麻痺側立脚期の床反力垂直成分の増加から,重心移動練習により麻痺側立脚期の荷重が促され,麻痺側の単脚立脚期割合が増加したと考えられる。これにより,非麻痺側の歩幅と非麻痺側股関節運動範囲が増加し,歩幅と単脚立脚時間の非対称性が改善したと考えられる。また,筋活動と筋の同時活動では練習前後で麻痺側に有意な変化が得られなかった。脳卒中後片麻痺者では麻痺側への重心移動を行っても静止立位と比較して麻痺側の下肢筋活動は増加しないという報告がある。このことから,立位での麻痺側への重心移動練習により麻痺側への荷重は促せても,麻痺側下肢筋の筋活動は増加せず,同時活動にも変化が生じなかった可能性がある。一方,麻痺側への荷重が促されたことにより,非麻痺側では歩行時の過剰な前脛骨筋の筋活動や代償的な同時活動が減少したと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究では,脳卒中後片麻痺者に対して臨床現場で多く行われる麻痺側への重心移動練習の歩行に与える即時的な効果を明らかにし,効果的な理学療法介入の考案に重要な知見が得られた。
  • メタアナリシス
    小林 功, 川原 勲, 森 拓也, 赤松 眞吾
    セッションID: 0384
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】VerheydenやDi Monacoによると体幹機能はバランス能力,日常生活活動(以下ADLとする)能力と相関があり,急性期における体幹機能レベルは退院時のADLのよい予後予測因子であると報告されている。しかし,体幹機能を向上させる運動プログラムは明確ではなく,体幹運動が体幹機能,バランス能力,ADL能力を改善するか不明である。本研究の目的は,脳血管障害者に対する体幹運動は通常の運動と比較して体幹機能,バランス能力,ADL能力を改善するかどうかを明らかにすることである。【方法】脳血管障害者に対する体幹運動の治療効果に関する論文を検索した。Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL),Physiotherapy Evidence Database(PEDro),MEDLINE(PubMed)にてキーワードをStroke,Trunk,Exerciseとして検索した。さらに,引用文献リストよりハンドサーチを行った。調査期間は1996年1月から2013年7月に発行された論文とした。適格基準は,脳卒中症例に対して体幹運動(体幹を中心に動かす課題等)を行い,その効果を検証した無作為化比較試験(randomized controlled trial:以下RCTとする)とした。除外基準としてRCTでない論文,英語で書かれていない論文,治療効果に関するものでない論文とした。主研究者と共同研究者の2名にて,採択論文をPEDro Scaleを用いて質の評価をした。結果が異なった場合は両者にて検討,合意を形成して評価を下した。統合可能であった評価項目に対してメタアナリシスを実施した。解析方法として運動介入群とコントロール群の数値に対してStatDirectを用いてメタアナリシスを行った。統合するデータに均質性がある場合には母数効果モデルによる統合結果を,異質性を認める場合には変数効果モデルのDerSimonian-Lairdの方法による結果を採用した。均質性の検討と統合結果の有意性の検定は危険率5%未満を有意とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はデータベースを用いた論文研究であり,所属大学の倫理委員会の承認が必要な研究には当たらない。【結果】データベースより197編が該当し,適格基準と除外基準を満たした11編より,重複論文・体幹運動と通常のリハビリの比較でないものを除外し,3編のRCT論文をメタアナリシスの対象とした。3件より統合可能であった評価項目はTISのみであった。バランス能力やADL能力に関する評価項目は研究間で異なり統合することはできなかった。TIS totalにおけるメタアナリシスの結果,2編の論文は異質性を認め有意差がなかった。体幹運動はTISを改善する充分な効果はない。Wimによる研究ではweighted mean difference5.51(3.00-8.01)と効果があり,Geertによる研究では0.5(-1.51-2.51)と効果がなかった。異質性を認めた為,サブ解析を実施したがTISstatic/Dynamic/Coordinationとも有意差なし。Wimによると各項目とも統計学的に有意差を認めている。GeertによるとDynamicのみ有意差を認めた。と報告されていたが,統合した結果体幹運動はTISに対して効果が明確ではなかった。【考察】研究間の異質性を認め,明確な結論を得ることはできなかった。体幹運動は体幹機能を改善させるとはいえない。バランス能力,ADL能力に関しては評価項目の統合ができず,メタアナリシスは実施できなかった。このような結果になった理由として研究間の評価項目に相違を認めたこと,運動プロトコルが様々であること,研究数が少ないことの影響が考えられる。【理学療法学研究としての意義】脳血管障害者に対する理学療法介入を科学的根拠の下,実施することに繋がる研究であると考える。現状は体幹機能,バランス能力,ADL能力に対する体幹運動の効果は改善するとはいえないことが明らかとなった。
  • 本多 麗子, 大畑 光司, 北谷 亮輔, 佐久間 香, 山上 菜月, 橋口 優, 阿河 由巳, 大迫 小百合, 永田 久美
    セッションID: 0385
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】通常歩行における運動は,骨盤-下肢の運動であるLocomotor Unitと頭部から上肢,骨盤にかけてのPassenger Unitに分けて考えることができる。健常者における歩行中のPassenger Unitの運動は周期的に対称的で安定した動きとなる。これに対して脳卒中後片麻痺者(以下,片麻痺者)の歩行ではPassenger Unitが非対称性や不安定性を呈することが報告されている(Hodt-Billington et al, 2008)。この研究では体幹の運動を調べるために,腰椎部に加速度を貼付し,前後,左右,上下方向の加速度における麻痺側-非麻痺側の違いを検討しているが,体幹の運動を考える際には頭部と骨盤の相互関係を考慮する必要があると考えられる。しかし,このような側面から片麻痺者のPassenger Unitの運動を検討した報告はない。本研究では,Passenger Unitの運動を簡便に評価するために,3軸加速度計を用いて,歩行時の体幹の矢状面上の運動を検討することを目的とした。【方法】対象は,片麻痺者13名(以下,片麻痺群。地域在住慢性期8名,回復期病棟入院患者5名,平均年齢59.4±8.3歳,男性7名,女性6名,下肢Brunnstrom Recovery StageIII4名,IV4名,V3名,VI2名,発症後平均3.7±5.7年),健常若年者10名(以下,健常群。平均年齢22.4±0.8歳,男性5名,女性5名)とした。3軸加速度計(Delsys社製)は両踵部,腰部(L5),頸部(C7)に貼付し,5mあるいは10mの歩行路での快適歩行速度での歩行を2回行った。この時,杖は使用せず装具の有無は問わなかった。解析対象は,進行方向の頸部(以下,CA)と腰部(以下,LA)の加速度データの前後方向成分とした。得られた加速度データから,安定した5歩行周期を解析区間とし100%に時間の正規化を行って1歩行周期の平均波形を求めたのち,歩行周期の平均値を0としてオフセットを行った。また,CAからLAを差分した値をCLAとして算出した。したがって,CLAが正の時は,骨盤からみて体幹が前方回転しており,負の値の時は後方回転していることを表している。CA,LA,CLAの加速度データの初期接地時の値(IC),踵接地直後の最小値(LR),反対側離地前後の最大値(TO),反対側初期接地前の最大値(TSt)を抽出し,解析に用いた。統計処理は,群間比較をMann-WhitneyのU検定を用い,歩行速度とCLAの各値の関連をSpearmanの順位相関係数を用いて調べ,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本学倫理委員会の承認を得て,対象者には本研究の趣旨を説明した後,書面にて同意を得て行われた。【結果】CLAの比較において,片麻痺群は健常群と比較して麻痺側立脚期ではICとTStに有意な差があり,ICでは健常群が前方回転しているのに対して片麻痺群では後方回転していた。TStでは片麻痺群の前方回転が小さかった。非麻痺側立脚期ではICの時に麻痺側と同様の運動となり,有意差が認められた。CAの各値の比較では,麻痺側はすべての値が健常群より有意に前方への加速度が小さく,非麻痺側でもICとTStで有意に小さかった。LAの各値での比較では,麻痺側のLRとTStのみ有意に前方への加速度が小さかった。また,CLAの各値と歩行速度には,健常群ではすべての値で有意な相関がなかったが,片麻痺群では麻痺側のIC(r=-0.65),LR(r=-0.88),TO(r=0.70),TSt(r=0.79)および,非麻痺側のLR(r=-0.69)で有意な相関がみられた。【考察】今回の結果から,健常群と比べると,片麻痺群では麻痺側,非麻痺側ともに接地時に体幹が後方回転しており,麻痺側の立脚後期で体幹の前方回転が低下する特徴が示された。麻痺側接地時に体幹が後方回転する理由は,麻痺側への急激な衝撃を避けるためであると考えられるが,非麻痺側の接地時の体幹の後方回転は,麻痺側のTStの時期に麻痺側下肢による前方方向への力が形成できないために,体幹に生じる体幹の前方回転が小さくなり,結果として非麻痺側の後方回転が生じると考えられた。健常群ではCLAと歩行速度の関連はなかった。このことから健常者はLocomotor Unitの働きが重要であり,Passenger Unitが歩行速度に与える影響は少ないと考えられる。しかし,片麻痺群ではPassenger Unitの働きが歩行速度と密接に関連することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究では,頭部と骨盤の相互関係を考慮してPassenger Unitの矢状面上の運動を明らかにすることで,片麻痺者の歩行時の体幹の運動を検討する手掛かりになったと考えられる。
  • 長澤 由季, 猪村 剛史, 今田 直樹, 出海 弘章, 前田 忠紀, 沖 修一, 江本 克也, 山崎 弘幸, 谷 到, 鮄川 哲二, 荒木 ...
    セッションID: 0386
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】脳卒中による右半球損傷患者の中には,左の空間を認識できない症状を認めることがしばしばある。従来より,左半側空間無視(以下,USN)が生じる病巣の特定について,機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を使用した研究がされてきた。近年では,連続した脳白質神経線維の走行を描出する,拡散テンソルTractography(以下,Tractography)により,3次元で脳白質線維の走行を捉え,障害部位の特定に用いられている。しかし,半側空間無視患者の回復に伴う経時的な脳内の変化を捉えた報告は少ないため,本症例検討では,Tractographyを用いて脳卒中後の半側空間無視患者の回復過程における脳内変化を水の拡散異方性の強さを示すfractional anisotropy(以下,FA値)に着目して検討する。【方法】対象は,平成25年9月に右被殻出血の診断で当院に入院した70代の女性1例とした。Tractographyの撮影は初回検査(発症から2日),発症時から約1ヶ月(以下,2回目)に撮影した。TractographyはPhilips社製3.0Tesla-MRI装置を使用した。撮影は基準線を眼窩外耳孔線とし,MPG印加軸数16軸,b value=1000s/mm³,スライス間隔は3mm,撮影枚数は50枚の条件で行った。解析にはPhilips社製Fiber Trackを使用し,上縦束・弓状束(以下,SLF/AF),下前頭後頭束(以下IFOF),下縦束(以下ILF),視放線(以下OR)を描出した。各々の関心領域には,SLF/AFは前頭葉と下頭頂小葉,IFOFは外包と後頭葉,ILFは側頭葉と後頭葉,ORは外側膝状体と一次視覚野に設定し,左右の描出線維を算出した。機能評価は線分二等分試験,線分末梢試験,花模写課題,FIMを用い,Tractographyの撮影時期に合わせて計2回評価した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,当院の医道倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】初回検査のFA値は,SLF/AF右側0.34,左側0.365,IFOF右側0.394,左側0.4,ILF右側0.365,左側0.405,OR右側0.428,左側0.403.2回目のFA値は,SLF/AF右側0.299,左側0.381,IFOF右側0,左側0.408,ILF右側0.313,左側0.432,OR右側0.383,左側0.377であり,左右のFA値を比較すると右側のFA値の低下と経時的な変化に伴い非損傷側のFA値の増加を認めた。機能評価の結果は,初回検査時に線分二等分試験,線分末梢試験でUSNは陽性であり,FIMは26点であった。2回目は線分二等分試験,線分末梢試験のいずれにおいても改善を認め,FIMも47点へ増加している。【考察】本症例検討では,発症から約1ヵ月後に線分二等分試験,線分末梢試験USNの改善を認め,同様に,非損傷側のFA値の増加を認めた。従来の報告では,慢性期のUSNが残存している患者のSLF,AF,IFOF,ORの損傷では,左の視空間の無視を認めたとの報告やSLFの一時的な不活性は一時的なUSNの症状を認めるなどもあるが,回復に伴う経時的な脳内の神経ネットワークの変化についての報告は少なく,未だ明確でない。また,左右の半球での連合線維の構造には差があり,弓状束前部線維ではFA値の左右差もあるとの報告もある。今回の症例報告では,脳卒中によるUSNの出現に対し,非損傷側の活動も関与をしている可能性が示唆される。しかし,今回は一症例検討に過ぎず,損傷部位の大きさや位置によっても反応は異なる可能性があり,今後は更に,対象のサンプル数を増やし,TractographyとUSN患者の脳内での神経ネットワークの変化を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】本研究では,Tractographyが脳卒中後の半側空間無視の機能回復過程における評価法および予後予測因子として有用な可能性が示唆され,脳卒中領域における理学療法の発展に寄与すると考えられる。
  • 大坂 まどか, 富永 孝紀, 今西 麻帆, 河島 則天, 森岡 周
    セッションID: 0387
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】半側空間無視(USN)の回復については,空間無視の存在を認識していない段階から,その存在を認識した上で意識的な注意の制御を行う過程,そして最終的に無意識的に制御するといった段階があるとされている(富永2006)。一方,回復段階においては,どのような視覚情報処理の変化が生じるかについて検証した報告は少ない。本報告では,USN症例における眼球運動と到達運動を行う際の視覚情報処理の変化について評価し,BIT行動性無視検査(BIT)を用いてUSN重症度との関係性を検証した。【方法】対象は,症例1:右中大脳動脈領域の広範な脳梗塞を呈した40歳代男性,症例2:右被殻出血の40歳代女性,症例3:右後頭-頭頂葉出血の70歳代男性,症例4:右中大脳動脈領域の広範な脳梗塞を呈した60歳代男性であった。4症例のBITの点数(通常検査/行動検査)は,症例1から40/7点,69/16点,77/28点,110/54点であり,USNを認めた。視空間処理の評価には,河島ら(2012)によって考案,開発されたアイトラッカー内蔵型タッチパネルPC(Tobii社製)を用いた。PC画面上には35個(縦7列,横5行)のオブジェクトが等間隔に配置され,ランダムな順序で5秒間点滅する。点滅するオブジェクトに対して手指にて接触,または0.5秒間注視することで点滅を解除することが可能であり,オブジェクトごとの点滅開始から解除までに要した時間と点滅解除の可否,課題遂行中の眼球運動の軌跡を記録することが可能である。対象者には,PCの正面に座位姿勢をとり,点滅するオブジェクトに対して,右示指にて接触(課題1)または注視(課題2)し,点滅を解除する課題を実施した。視覚情報処理の分析は,各課題中のオブジェクトの点滅解除の可否,課題2における眼球運動の軌跡を用いて検証した。【説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て十分な説明を実施し,書面にて同意を得られた症例に行った。【結果】オブジェクトの列の表記は,縦7列のうち,中央の列をS0とし,S0から右側へR1,R2,R3,左側へL1,L2,L3と表す。眼球運動の軌跡は,S0を0cmとし,L3を-13cm,R3を13cmとした範囲で表す。課題1において,症例1はL1,L2,L3に加えてS0が,症例2はL3の抹消ができず,症例3はL3まで到達可能も,L3で2個抹消不可能なオブジェクトが存在した。症例4は全てのオブジェクトの抹消が可能であった。課題2は,症例1はL1,L2,L3に加えてS0が,症例2はL1,L2,L3に加えてS0の4個が抹消不可能であった。症例3はL2,L3に加えてL1に4個抹消不可能なオブジェクトが存在した。症例4はL1,L2,L3に合計5個の抹消不可能なオブジェクトが存在するものの,L3まで到達可能であった。一方,R1,R2,R3における抹消不可能なオブジェクトは症例1,症例2,症例4は5個,症例3は3個であった。課題2遂行中の眼球運動の軌跡中心は,症例1は5.7cm,症例2は5.9cm,症例3は4.0cmと右への偏位を認め,症例4では-0.7cmと左への偏位を認めた。【考察】症例1は,BITにてUSNが重度であり,両課題においても左側への注意の解放が困難なことから,抹消不可能なオブジェクトが存在した。これは,損傷部位が広範であり,特に前頭葉皮質の損傷が左側空間に対する探索に影響した(Verdonら2010)ことが推察された。症例2,3においてもBITでUSNを認め,課題2の結果や眼球運動の軌跡から,左側への注意の解放の困難さが伺える。一方,課題1では症例2,3ともに左側空間の拡大を認めており,到達運動実施による空間性注意の活性化(Ciavarroら2010)が生じた可能性が示唆される。課題2では,注視による注意の持続や,次の点滅刺激への注意の解放が必要となることから,よりUSNや注意の障害の影響により抹消不可能なオブジェクトが存在したと示唆された。症例4はUSNが比較的軽度で,両課題において左側空間への到達が可能であり,眼球運動の軌跡中心は左への偏位を認め,左側空間への意識的な制御が生じていることが考えられた。しかし,右側の末梢不可能なオブジェクトの存在は,左側への偏った意識的な注意の制御によって右側空間に対する視空間情報処理に影響を及ぼした可能性があると考えられた。【理学療法学研究としての意義】今回の評価方法によって,USNの視覚情報処理を分析することが可能である。今後,多数のUSN症例での検証を行っていくことで,損傷部位と視覚情報処理の関連性を特徴づけられる可能性があり,USN改善のための課題設定の一助となるものと考えられる。
  • 今西 麻帆, 富永 孝紀, 大坂 まどか, 河島 則天, 森岡 周
    セッションID: 0388
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】半側空間無視(以下,USN)は,注意障害を伴うことが多く,両者は日常生活の阻害因子として挙げられる。菅原ら(2010)は,USNと注意障害を考慮した課題として全般性注意課題の有用性を述べている。しかし,USNと注意障害が互いにどのような関係性で改善していくのか検証した報告は少ない。本報告は,USNと注意障害を合併した1症例に対して到達運動と眼球運動における視空間処理を経時的に分析することで視空間認識の変化について検証した。【方法】症例は,右中大脳動脈領域の脳梗塞により前頭葉,側頭葉,頭頂葉を含む広範な損傷をきたし,発症から6週間が経過した40歳代男性である。運動麻痺は,Brunnstrom stage上肢II,手指II,下肢IIIで,感覚は表在,深部ともに重度鈍麻であった。高次脳機能検査では,Trail making test(以下,TMT)Aにおいて,6週目,13週目は実施困難,21週目は287秒であり注意障害を認めた。BIT行動性無視検査(以下,BIT)は,通常検査において,6週目40点,13週目73点,21週目121点でありUSNを認めた。視空間処理の評価には,河島ら(2012)によって考案,開発されたアイトラッカー内蔵型タッチパネルPC(Tobii社製)を用いた。PC画面上には,35個(縦7列,横5行)のオブジェクトが等間隔に配置され,ランダムな順序で5秒間点滅する。点滅するオブジェクトに対し,手指にて接触または0.5秒間注視することで点滅を解除することが可能であり,点滅開始から解除までの時間と点滅解除の可否,眼球運動の軌跡を記録することが可能である。本報告では,症例にPCの正面に座位姿勢をとり,点滅するオブジェクトに対して右示指を用いて接触(以下,課題1)または注視(以下,課題2)し,点滅を解除する課題を経時的に実施した。視空間処理の分析には,点滅解除までの時間,点滅解除の可否,課題2における眼球運動の軌跡を用いて検討した。軌跡中心は,中央オブジェクト位置を0cmとし,左端オブジェクトを-13cm,右端オブジェクトを13cmとした範囲で表した。【説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て,症例に対して十分な説明を行い,書面にて同意を得て実施した。【結果】課題1の経過:6週目は,画面左側空間(以下,Lt)のオブジェクトは全て抹消困難であり,右側空間(以下,Rt)は15個中13個抹消可能であった。Rtにおける反応時間は,平均2.64秒であった。13週目は,Ltは1個のみ抹消可能であり,Rtは13個と抹消数に変化は認められないが,Rtの反応時間は1.58秒となり短縮を認めた。21週目は,Ltが9個,Rtは全て抹消可能となり,Rtの反応時間は1.18秒と,更に反応時間の短縮を認めた。課題2の経過:6週目は,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も5.7cmでRtに偏位していた。Rtは9個抹消可能であった。13週目も,Ltの抹消は困難であり,軌跡中心も9.3cmでRtに偏位していた。Rtは6個抹消可能であった。21週目は,Ltは4個抹消可能となり,軌跡中心は5cmとなった。Rtは8個抹消可能であった。Rtの反応時間は,6週目で3.15秒,13週目で3.81秒,21週目で3.47秒であり,反応時間の短縮は認められなかった。【考察】本症例の経過から,課題1にて,Rtの反応時間の短縮の後にLtの拡大が認められた。TMT(A)は,経過とともに遂行可能となっており,注意の持続や選択性注意の改善が推察される。また,課題2では,反応時間の短縮は得られていないがLtの抹消が認められた。よって,本症例のUSNが,経過に伴って改善傾向にあることが推察される。以上のことから,前頭葉―頭頂葉の広範な損傷によりUSNと注意障害を認める場合では,注意障害の改善がLtの拡大に影響を与えている可能性が示唆された。一方,課題1と課題2を比較すると,抹消数に解離が生じた。課題1では,周辺視野にて到達運動の開始が可能(井口ら1996)であるために,Ltの拡大が得られた可能性が挙げられる。課題2では,点滅解除に0.5秒間の注視が要求されるため,眼球運動の維持や注意の持続といった負荷がRtで起こることで,次の刺激への運動あるいは注意の解放を困難にしている可能性が考えられた。この点については今後の更なる検証が必要と考えられた。【理学療法学研究としての意義】今後も,USNを呈する様々な症例に対して視線計測と行動計測を経時的に行うことで,USNの視空間処理の特徴や,回復経過,注意障害との関連を明らかにすることができ,USNに対する効果的なリハビリテーションを立案する上での有用な手がかりとなる可能性が示唆された。
  • ―シングルケースデザインによる検討―
    谷口 佳奈子
    セッションID: 0389
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに,目的】近年,体重免荷式(B期ody Weight Support:以下BWS)歩行支援装置を利用したトレーニングが,日本でも多くの施設で実施されるようになり,脊髄損傷や脳血管疾患をはじめ,様々な疾患に対する効果が報告されている。しかし,BWS装置を用いたトレッドミル上での歩行訓練が一般的であり,歩行器と一体化した機器を使用したケースは少ない。今回,BWS機能付き歩行器を使用し,Ipsilateral pushing現象(以下pushing)の軽減が得られた脳卒中片麻痺患者を担当する機会を得たため,経過・考察を交え報告する。【方法】対象は右被殻出血発症後4ヶ月以上経過した73歳,女性,Brunnstrom recovery stageII-III-II,感覚障害,半側空間無視,失認,失行,pushingを伴っておりADL全介助レベルの症例である。研究デザインはAB期Aによるシングルケースデザインを用いた。治療の初回非介入期をA1期,介入期をB期,第2回非介入期をA2期と定義し,各々1週間(週6日ずつ)設けた。B期は通常の理学療法(1時間)終了後に,BWS歩行器(POPO REH-100株式会社モリトー)にて約10mの歩行運動を実施し,A1期・A2期には通常の理学療法のみを実施した。測定項目はScale for Contraversive Pushing(以下SCP),端座位保持時間,殿部荷重比とし各期の治療前後で評価を実施した。BWS歩行器の免荷率量は体重の40%とし,麻痺側下肢の振り出しは介助下にて実施した。各評価の経時的変化は各期にCeleration line(以下CL)で示し,A1期・A2期とB期の比較にはSplit-midl lineを用いて検討した。【倫理的配慮,説明と同意】ヘルシンキ宣言に則り,対象者には本研究の趣旨について事前に十分な説明を行い,同意を得たうえで実施した。【結果】SCPはA1期・A2期・B期において介入前後でスコアが低下し特にB期では大きな変化が得られた。またA1期およびA2期のCLと比較して,B期で大きく低下しPushing軽減を認めた。端座位保持時間,殿部荷重比はともにB期で改善を認め,A1期・A2期の平均値は端座位保持時間でA=22秒,B期=23秒,殿部荷重比でA=24%,B期=32%と大きな変化がないが,CLの傾きは,A1期は右上がり,A2期は右下がりのグラフを示した。【考察】今回,B期においてpushing軽減,端座位保持能力の向上を認めた。BWS歩行器使用による利点として,まず安定した免荷による恐怖心軽減,パターン運動による両側性の感覚入力の促進,それによるCPG駆動が考えられる。骨格筋からの入力を受ける介在細胞は歩行パターンの生成に関与(高草木)し,また歩行様筋活動が免荷による身体荷重量や股関節の動作範囲・動作様式がCPG活動に影響する(川島)との報告がある。今回,歩行運動により麻痺側からの筋感覚・荷重感覚情報を上位中枢に伝達することで運動制御に有用な情報が得られたと考えた。次に周辺視野情報の手がかりが得られたことが考えられる。オプティカルフローから知覚された自己の座標系の傾きは,動的な周辺視野情報によって得られる。自己の移動に伴い変化する周辺視野情報は,トレッドミル上での歩行運動では得られない要素であり,A1期・A2期と比較しても情報量が多いことからB期において端座位保持時間の向上,殿部荷重比の均等化が図れた一要因であることがいえる。pushingの出現メカニズムとして非麻痺側空間,身体からの情報に対し健常半球に過剰な受容と認知がなされ,その結果運動系の過剰活動が生じる(沼田ら)との報告がある。本症例においては,上記のことから麻痺側からの感覚入力の促進により身体図式が再構成されたことがpushingの軽減,端座位保持能力向上を認めた要因と考える。ただし,身体図式は常時更新されているため,A2期においてCLは全体的に右下がりを示し,A1期と同様の身体図式へと更新されたと推測する。【理学療法学研究としての意義】本研究はpushingを認める脳卒中片麻痺患者に対するBWS歩行器での治療効果を検討した報告である。結果からpushingの軽減,端座位保持能力向上を認め,本介入の治療効果があったと考える。今後,症例を重ねることでその効果を他症例でも認めることができれば,pushingに対する有効な治療介入になると思われる。
セレクション
  • 辻本 憲吾, 中野 英樹, 大住 倫弘, 森岡 周
    セッションID: 0390
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに,目的】半側空間無視患者に対するリハビリテーションとして,トップダウンおよびボトムアップ的アプローチがある。なかでも,運動視刺激を用いたボトムアップ的アプローチは,半側空間無視を軽減させることが明らかにされている(Plumer, 2006)。この運動視刺激を用いたボトムアップ的処理過程にはWhen経路が関与することが明らかにされており(Batteli, 2007),これは第一次視覚野からMiddle Temporal(MT野)・Middle Superior Temporal(MST野)を経由し,下頭頂小葉に運動視情報が入力される経路である。しかしながら,このボトムアップ的処理過程には対象の能動的注意,いわゆるトップダウン的注意が影響を及ぼすことが考えられるが,この点に関しては十分に明らかにされていない。これを明らかにすることにより,半側空間無視患者に対する運動視刺激による注意喚起を用いたアプローチが可能になると考える。そこで本研究では,運動視刺激におけるボトムアップおよびトップダウン的な注意喚起がWhen経路の脳波活動に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常成人12名(男性8名,女性4名),平均年齢25.5±1.8歳とした。被験者は座位姿勢にて頭部および眼球を動かさずに80 cm前方のディスプレイを注視した。実験課題は安静,注意あり,注意なしの3条件とした。安静条件では,ディスプレイ上に注視点が3秒間出現した後,静止した20個の黒点が3秒間出現した。注意あり条件と注意なし条件では,ディスプレイ上に注視点が3秒間出現した後,無造作に動く20個の黒点が3秒間出現した。なお,注意あり条件では黒点の数を数えてもらい,注意なし条件では黒点の数を数えずに黒点を注視するように教示した。脳波の測定には,高機能デジタル脳波計Active Two System(Biosemi社製)を用い,64 ch,サンプリング周波数512 Hzにて記録した。脳波の解析にはEMSE Suiteを使用し,Common average reference,Band pass(30~70 Hz)にて波形処理を行った。右第一次視覚野に相当する領域の10~70 ms成分,右MT・MSTに相当する領域の150~200 ms成分,右下頭頂小葉に相当する領域の200~250 ms成分,右背側前頭前野に相当する領域である500~600 ms成分の波形を抽出し,パワースペクトラム解析を行った。各波形から30~70 Hz(γ周波数帯域)のパワー値を算出し,一元配置分散分析ならびに多重比較試験(Bonferroni検定)を実施した。有意水準は全て5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した。全ての対象者に対して本研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護および参加の拒否と撤回について十分に説明を行った後に参加合意に対して自筆による署名を得た。なお,本研究は当大学の研究倫理委員会の承認を得て実施した(H25-7)。【結果】背外側前頭前野領域では,安静および注意なし条件と比較して,注意あり条件においてパワー値の有意な増加を認めた(p<0.05)。MT野・MST野領域では,安静条件と比較して,注意ありおよび注意なし条件でパワー値の有意な増加を認めた(p<0.05)。下頭頂小葉領域では,安静条件と比較して,注意ありおよび注意なし条件にてパワー値の有意な増加を認め(p<0.05),そのパワー値の増加は注意なし条件より注意あり条件が有意に大きかった(p<0.05)。【考察】背外側前頭前野と下頭頂小葉領域において,安静および注意なし条件と比較して,注意あり条件でパワー値の有意な増加を認めた。背側注意ネットワークは視覚的なトップダウン的注意に関係していることが報告されている(Tseng, 2013)。このことから,注意喚起の影響により背外側前頭前野が刺激に先行して活動し,トップダウン的注意によって下頭頂小葉の活動を増加させたことが考えられる。本研究結果は,動く物体を見ているだけでもWhen経路は活動するが,能動的注意を喚起することによりWhen経路の活動はさらに増加することを示唆した。【理学療法学研究としての意義】半側空間無視の一要因として,背側注意ネットワークの損傷が報告されている(Bartolomeo, 2007)。本研究結果より,半側空間無視患者に対する運動視刺激を用いたアプローチでは,運動視刺激を単に提示するのみでなく,その刺激に対して能動的な注意を喚起させるほうが背側注意ネットワークをより活性化させ,半側空間無視の改善につながる可能性が考えられた。
  • ―ラバーハンド錯覚を用いて―
    大住 倫弘, 今井 亮太, 中野 英樹, 森岡 周
    セッションID: 0391
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】近年,バーチャルリアリティシステムや特殊レンズなどを用いて,視覚的身体像の大きさ・形態・色などを操作し,疼痛を軽減させるリハビリテーションアプローチが報告されてきている(Moseley 2008, Newport 2011, Martini 2013)。しかしながら,このような視覚的身体像を操作するアプローチの効果は,対象者によってばらつきが多いのが現状である。このようなアプローチの効果を高めるためには,効果のばらつきを生じさせる原因を調査することが必要である。そこで今回は,視覚的身体像を操作することによって生じる「不快情動」に着目し,視覚的身体像に対するどのような不快情動が痛みを増悪させるのかを調査した。【方法】対象は健常者13名(男性2名,女性11名,平均年齢20.69±0.63歳)とした。本研究では,被験者に視覚的身体像に対する不快情動を惹起させるために「ラバーハンド錯覚」の手法を応用して行った。ラバーハンド錯覚とは,隠された本物の手と目の前にあるラバーで作られた偽物の手が同時に刺激されると,偽物の手が自分の手であると感じるようになるといった身体所有感の錯覚現象である(Botvinick & Cohen, 1998)。今回は痛みに関連した不快情動を惹起させるものとして「傷のついたラバーハンド(a)」,社会的容認の逸脱による不快情動を惹起させるものとして「毛深いラバーハンド(b)」,身体概念の逸脱による不快情動を惹起させるものとして「腕がねじれているラバーハンド(c)」を使用した。なお,不快情動が惹起されないコントロール条件として「通常のラバーハンド(d)」を使用した。まずは各条件におけるラバーハンドに対して身体所有感の錯覚を生じさせるために,ラバーハンドと隠された本物の被験者の手に対して,絵筆を用いて5分間同時に触刺激を与えた。その後,ラバーハンドに対しての身体所有感の錯覚を客観的に評価するために,自己受容感覚ドリフトを測定した。これは,錯覚前後における隠された本物の手の主観的定位位置のずれのことであり,錯覚後に主観的定位位置がラバーハンドの置かれた位置へずれる大きさが大きいほど強く錯覚していることを表す(Tsakiris & Haggard, 2005)。また,各ラバーハンド錯覚による不快情動をNumeric Rating Scale(NRS)を用いて評価した。その後,被験者に身体所有感の錯覚が生じているラバーハンドを見せながら,隠された本物の手の疼痛閾値を測定した。疼痛閾値は痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)により与えられる温熱刺激を用いて測定した。疼痛閾値には4回測定した値の平均を算出した値を用いた。なお,各条件の順序効果による影響を除外するためにランダムに行った。各条件における錯覚強度・不快情動・疼痛閾値の比較については,それぞれ一元配置分散分析(後検定にTukeyの多重比較法)を用いて統計処理した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には本研究の趣意を十分に説明し,同意を得た。なお,本研究は所属する大学の研究倫理委員会にて承認を得ている(承認番号H24-19)。【結果】自己受容感覚ドリフトは,条件(a)で1.11±0.83cm,条件(b)で1.30±1.83cm,条件(c)で1.05±1.26cm,条件(d)で1.26±0.93cm生じており,各条件とも有意差は認められなかった。不快情動は,条件(c)・(d)と比較して,条件(a)・(b)で有意に大きかった(p<0.05)。疼痛閾値は,条件(a)が条件(b)・(c)・(d)よりも有意に低かった(p<0.05)。【考察】自己受容感覚ドリフトの結果から,各条件とも同等に身体所有感の錯覚が生じていたことが示された。また本実験では,傷のついたラバーハンド・毛深いラバーハンドにおいて不快情動が惹起されることが確認された。しかしながら,疼痛閾値が低下した条件は,痛みを想起するような傷のついたラバーハンドのみであった。疼痛の感覚的側面は,その時々の文脈や情動的側面によっても変化することが様々な実験手法で明らかにされている(Hofle 2010)。今回,傷のついたラバーハンドに身体所有感の錯覚が生じることによって疼痛に関連した不快情動が生じたことが,疼痛の感覚的側面に影響を与え,疼痛閾値を低下させたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】視覚的身体像を操作する視覚フィードバックシステムによる理学療法アプローチは,対象者の情動的側面を考慮して実施しなければ疼痛を増悪させてしまう危険性を本研究結果は示唆した。
  • 菅原 和広, 大西 秀明, 宮口 翔太, 山代 幸哉, 田巻 弘之, 椿 淳裕, 桐本 光, 白水 洋史, 亀山 茂樹
    セッションID: 0392
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】他動運動は運動療法の中でも実施頻度が高く,これまでも多くの研究が行われてきた。近年では非侵襲的脳活動計測機器の進歩により,機能的磁気共鳴画像や陽電子放射断層撮影を用いて他動運動時の脳活動が計測されている。非侵襲的脳活動計測機器の一つである脳磁界計測装置(MEG)を用いて他動運動時の大脳皮質活動を計測すると,関節運動後に3つのピーク(PM1,PM2,PM3)を示す波形が観察される(Alary F et al, 2001)。我々はこれまでにMEGを用いて他動運動時の大脳皮質活動の計測を行い,他動運動直後に観察されるPM1の電流発生源は一次運動野の活動であること,また他動運動後80 msから100 msに観察されるPM2の電流発生源は頭頂連合野や二次体性感覚野の活動であることを明らかにした(Onishi H et al, 2013)。しかし,他動運動開始後に得られる波形の後半成分であるPM3は不明瞭であることが多く,その発生要因については未だ明らかになっていない。そこで,本実験では他動運動時の関節運動範囲がPM3に及ぼす影響を調査することを目的とした。【方法】被験者は健常成人男性9名(27.0±8.9歳)とし,使用機器は306チャネル全頭型MEG装置を用い,運動課題は2条件の運動範囲を設定した右示指伸展他動運動とした。示指伸展他動運動には運動範囲および運動スピードが設定可能な自動制御付き他動運動装置を用いた。測定はMEGシールドルーム内で安静座位を取り,右手指伸展位で手掌面を台上に置いた肢位とした。また示指先端にLEDセンサーを設置し,関節運動開始を感知した。他動運動速度は300 mm/secとし,運動範囲は示指伸展拳上範囲が50mmであるNormal range条件(NR)と,示指伸展拳上範囲が25 mmであるSmall range条件(SR)を設定した。他動運動により得られた脳磁界反応の解析は関節運動開始を加算平均のトリガーとし,解析区間は関節運動開始前100 msecから関節運動開始後400 msecまでとした。加算回数は40回から50回とし,Baselineは関節運動開始前500 msから300 ms,フィルターは0.2 Hzから60 Hzのバンドパスを用いた。解析対象は得られた波形の各成分のpeak潜時と振幅値とした。統計処理はデータに正規性が認められたため,対応のあるT検定を用い有意水準を5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は我々が所属する機関の倫理員会の承認を得ており,被験者には実験内容を十分に説明し,書面により同意を得た。【結果】両運動条件において全被験者で他動運動後にPM1,PM2,PM3が観察された。PM1およびPM2のピーク潜時は両運動条件間で有意な差は認められなかった。PM3のピーク潜時においてはSR条件がNR条件に比べ有意に短縮した(NR,135.8±18.3 ms;SR,120.6±21.3 ms,p=0.028)。各波形成分の振幅値はPM1およびPM2においては両運動条件間で有意な差は認められなかったが,PM3においてはSR条件(70.6±9.0 fT/cm)がNR条件(43.3±5.9 fT/cm)に比べ有意に増大した(p=0.035)。【考察】本研究の結果より,他動運動時の運動範囲を狭くすると他動運動直後130 ms付近で観察されるPM3のピーク潜時が短縮し,振幅値が増大することが明らかになった。先行研究において,他動運動開始直後の一次運動野の活動は,拮抗筋の筋紡錘からの求心性入力によって生じ,他動運動後約200 msまで継続することが報告されている。SR条件ではNR条件に比較し拮抗筋の伸張度合いが少ないため,筋紡錘からの求心性入力が減少することにより一次運動野の活動時間が短縮し,皮膚や腱など筋紡錘以外の感覚入力が反映されやすくなり,PM3の振幅値が増大したのではないかと考えられる。PM 1およびPM 2においては他動運動範囲に関わらずピーク潜時および振幅値に有意な差は認められなかった。先行研究において,PM1は示指伸展時に拮抗筋の筋長が変化し,その求心性入力が3a野または2野へ到達し,その後一次運動野へ至った際の反応であると考えられている。またPM2は他動運動時の感覚入力によって生じる補足運動野と後頭頂皮質の活動を反映していることが報告されている。本研究においては,運動範囲は異なるものの運動スピードが同一であったことから,関節運動直後の拮抗筋の伸張が同程度であった可能性が考えられ,運動範囲に関わらずPM1とPM2のピーク潜時および振幅値に変化が認められなかったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】他動運動は理学療法において日常的に用いられる運動療法のひとつである。その他動運動時の大脳皮質活動の経時的変化を捉えた本研究は,他動運動を実施する際の科学的根拠の一要因になりうると考えられる。
  • 林田 一輝, 今井 亮太, 大住 倫弘, 森岡 周
    セッションID: 0393
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】【目的】self-touch(以下ST)とは,自己の身体部位で他の身体部位に触れる経験であり,other-touch(以下OT)とは他人に自己の身体部位を触れられる経験である。脳卒中患者において,OTによる触覚刺激は知覚困難であっても,STでは知覚可能となる症例が多数報告されている(Valentini 2008)。また,身体所有感を損失している右半球損傷患者において,STの方が身体所有感を得られやすいという報告もある(Stralen 2011)。しかしながら,このような現象を支持するメカニズムを調査した報告はない。近年,身体所有感の生起プロセスの調査を行う実験的手法としてラバーハンド錯覚(以下RHI)が有用であるとされている。RHIとは,隠された本物の手と偽者の手(ゴム手)が同時に刺激されると,ゴム手が自分の手のように感じる(ゴム手に身体所有感を感じる)錯覚のことである。そこで今回,このラバーハンド錯覚を用いて,STによる身体所有感の錯覚時の脳活動を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は右利き健常大学生20名とした。①ST,②self rubber hand illusion(以下SRHI),③OT,④other rubber hand illusion(以下ORHI:通常のRHI)の4条件を全被験者で実施した。順序による影響を防ぐため(①→②),(③→④)の2試行を被検者毎にランダムに施行した。また,絵筆を使用し,メトロノームのテンポ(1Hz)に合わせて左母指に触覚刺激を与えた。時間は,安静10秒-課題40秒-安静10秒を3回連続して行った。条件②では,本物の手には検査者が触覚刺激を与え,ゴム手には被験者が触覚刺激を与えた。錯覚の主観的評価として条件②,④後に錯覚質問紙(身体所有感の錯覚の程度)に回答させ,7段階評価(上昇系列で強)で行い,ウィルコクソンの符号順位和検定を用いて統計処理した。錯覚の客観的評価として,条件②,④後に自己受容感覚ドリフトを調べた。これは被験者自身の手の定位が錯覚によってゴム手の方に偏位する量のことを示し,客観的なラバーハンド錯覚の指標として用いられている(Botvinick1998)。この検定は対応のあるt検定を用いた。脳血流量測定には機能的近赤外分光装置[fNIRS(島津製作所製FOIRE3000)]を全49ch(前頭葉~頭頂葉)で測定した。解析は統計マッピングソフトウェアNIRS-SPM(Statistic Parametric Mapping)を用いた。すべての検定で有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】実験はヘルシンキ宣言に従い行い,被験者には本研究の趣旨を説明し参加の承諾を得た。【結果】錯覚が惹起されなかった7名は分析から除外した(錯覚質問紙3以下,自己受容感覚ドリフトがマイナス値のどちらか一方でもあてはまる者)。錯覚質問紙(②SRHI:5.6±1.0,④ORHI:5.3±0.8),自己受容感覚ドリフト(②SRHI:2.1±1.4cm,④ORHI:1.8±1.3cm)共に条件②,④間で有意差はなかった。NIRS-SPM分析では,安静時と比較して課題時の方が全条件において運動前野が賦活していた。加えて,条件③では感覚運動野,条件②では補足運動野が特異的に賦活していた(p<0.05)。【考察】NIRS-SPMにおいて運動前野が4条件とも共通して賦活していたことから,運動前野を基盤した身体所有感に関連する神経ネットワークが機能していることが考えられる。自己受容感覚ドリフトは約2cm程度起こるとの報告があり(金谷2011),今回の結果と同程度であったことから,本実験ではどちらの条件も先行研究と同様に錯覚が生じていたことが確認された。また,錯覚質問紙と自己受容感覚ドリフトで条件②,④間で有意差がなかったことから,SRHIとORHIは同程度の錯覚が惹起されることが明らかにされた。一方,NIRS-SPMの結果から,SRHIにおいてのみ補足運動野の活性化を認めた。先行研究では補足運動野は運動主体感に関わるとされている(Kuhn2013)。これらのことから,SRHIは身体所有感に関わる運動前野に加えて,運動主体感に関わる補足運動野を活性化させることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】身体所有感の異常として,身体失認,幻肢,CRPS,運動主体感の異常として,統合失調症のさせられ体験,他人の手症候群などが報告されている。従来のRHI(ORHI)研究は,身体所有感にのみ焦点を当てているが,SRHIを応用することで,身体所有感と運動主体感の2つの観点から現象を捉え,自己身体認識のさらなる解明および新たな理学療法介入につながるのではないかと考える。
  • 平松 佑一, 木村 大輔, 陣内 裕成, 伊東 太郎, 門田 浩二, 木下 博
    セッションID: 0394
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】物体の把握操作運動において指先と物体間に生じる力の計測は,手の感覚運動機能を評価する手段として重要である。このような力には,(1)物体と指腹部の物理特性によって決定される成分と(2)随意的な調節によって決定される成分がある。昨年,我々は軽量の把握器を開発し,異なる重量および把握面での力調節についての基礎データを本学会で発表した。本研究では,被験者の把握力発揮における制御戦略と指腹部が有する皮膚生理および物理特性について調べることを目的とした。【方法】物体把握実験では10名の健康成人(24.7±5歳)を対象とし,先行研究で使用した力覚センサーが装備された把握器(6g)を用いて,自然な把握力での把持課題(通常課題)および最小限の把握力での把持課題(最小課題)を実施した。椅子座位にて母指と示指を用いて把握器を持ち上げ,空中で10秒間保持した後に,ゆっくりと手指の力を緩めることにより把握器を滑り落とさせた。把握器重量には8,22,40,90,150gの5段階,把握面には滑りやすいレーヨン素材を用いた。母指および示指の把握力,把握器の持ち上げ力から,(1)把握開始から5秒後の7秒間における安定保持中の摘み力の平均値(安定把握力),(2)滑り発生直前の摘み力(最小把握力),(3)余剰な摘み力(安全領域値),(4)安定把握力に対する安全領域値の割合(相対的安全領域値),(5)摩擦係数,(6)安定把握力/持ち上げ力の比率を評価指標として算出した。指腹部の物理特性実験では力覚センサーの装着されたアクリルプレートに指腹部を徐々に5Nまで徐々に押し付けることにより,把握力変化に対する指腹部と物体との接触面積をデジタルカメラで記録した。また,ポジションセンサーに装着された力覚センサーを指腹部に徐々に5Nまで押しつけることにより,指腹部の力-皮膚変形関係を測定した。さらに,物体と指腹部の凝着力を測定するために,各把握力(0.03,0.07,0.12,0.3,0.5,0.95,1.6,2.3 N)において把握器を10秒間把持した後に,ゆっくりと把握面から指腹部を引き離すことにより生じた引っ張り力を求めた。統計解析は,分散分析およびSchefféでの多重比較検定で行い,有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】大阪大学医学部研究倫理審査委員会の承認を得ている。全ての被験者に対して書面および口頭での説明を行い,自筆による署名にて同意を得たうえで実施した。【結果】重量200gでの安定把握力は,通常課題2.6±0.8Nから最小課題1.5±0.2 N(58%),8gでは0.3±0.04Nから0.1±0.02N(30%)に減少した。相対的安全領域値は両課題ともに40g以下で200gよりも有意に大きかった。母指および示指の指腹部特性としての力-皮膚変形特性および接触面積はべき乗関数での曲線回帰式が最良であった。変形量も面積どちらも軽重量物体把握で用いられる把握力では極めて微小であった。また,凝着力は,重量8gでの安定把握力に占める割合が最大(10%)であり,把握力上昇と共にその割合は有意に減少した。【考察】通常把握の結果は,異なる被験者集団で計測した前回の報告(平松ら,2012)とほぼ一致するものであった。また,精密把握運動では随意的にかなり大きく余剰な力を確保していることが明らかとなった。これらのことから手指の戦略的な運動機能の客観的評価としての本実験装置の有用性が示唆された。また,指腹部の物理特性計測から,微小な把握力により皮膚の変形が極めて小さく,接触面積も非常に少ないことが明らかとなった。このため,40g以下の軽量物体において把握力の安全領域値が大きくなる理由として,皮膚の感覚受容器の変形量およびそれらの活動受容器数が軽量物体の操作においてはかなり限定されていたものと考えられた。加えて,凝着力が把握力に占める割合が増大していたことも,微細な随意性の力調節を困難にする要因として推定された。【理学療法学研究としての意義】手による物体操作機能の評価は十分に進んでいるとは言い難い。そのため,測定機器の開発と評価方法の確立は重要である。
  • 山口 智史, 藤原 俊之, 田辺 茂雄, 里宇 明元
    セッションID: 0395
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】運動イメージ(Motor imagery:MI)は,実際の運動と類似した中枢神経系賦活を起こすことが知られており,中枢神経疾患のリハビリテーションとしての有効性が報告されている(Langhorne et al., 2011)。脊髄におけるIa抑制性介在ニューロンは,主動作筋と拮抗筋の運動を調整しているため重要である。この抑制性介在ニューロンは,動作筋からのIa線維を介して抑制されるが,皮質運動野など上位中枢から修飾を受ける。そのため,皮質興奮性を高めるMIにより抑制が修飾される可能性があるが,MIが脊髄抑制性介在ニューロンに与える効果は検討されていない。MIによる脊髄抑制性介在ニューロンへの影響を検討することは,MIの効果メカニズムの解明や新しい治療手法への応用を可能にすると考えられる。本研究では,MIがIa抑制性介在ニューロンに与える影響を検討した。【方法】対象は健常者10名(年齢25.3±4.1歳,男女5名)。実験条件は(1)安静条件,(2)足関節背屈のMI課題を実施する条件(背屈イメージ条件),(3)5%最大随意収縮による背屈運動を実施する条件(5%背屈条件),(4)足関節底屈のMI課題を実施する条件(底屈イメージ条件),(5)5%最大随意収縮による底屈運動を実施する条件(5%底屈条件)を行い,それぞれの条件で前脛骨筋からヒラメ筋への抑制性介在ニューロンによる抑制量の違いを比較した。実験条件はランダムに実施した。MI課題は,右足関節の背屈運動および底屈運動とし,足底が接地した状態から2秒間で最大角度となるイメージを行った。対象者の正面のモニタ上に課題ビデオを提示し,ビデオの動きに合わせてイメージするよう教示した。なお,H反射誘発のための試験刺激前100msのRMS値を算出し,イメージ中に前脛骨筋とヒラメ筋の筋活動が起こっていないことを確認した。評価は,ヒラメ筋H反射を用いた条件-試験刺激法により,相反性抑制(RI)とシナプス前抑制(D1)を測定した。試験刺激は右脛骨神経へ行い,刺激強度はM波最大振幅の15~20%の振幅のH波を誘発する強度とした。条件刺激は腓骨頭下部で総腓骨神経を刺激し,強度は前脛骨筋のM波閾値とした。条件-試験刺激間隔(ISI)は2および20msとした。解析は,試験刺激によって得られるH反射振幅に対する条件刺激を与えたH波振幅の減少率によりISIが2msをRI,20msをD1の抑制量の強さ(%)とした。また実験終了直後に,イメージ能力の指標として,vividness of movement imagery questionnaire-2(VMIQ-2)を調査した。統計解析は反復測定分散分析後に,多重比較検定としてBonferroni補正した対応のあるt検定を用いた。また安静条件からMI条件の差を算出し,MIによる抑制量の変化とイメージ能力との相間関係について,Pearson積率相関係数を用いて検討した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】所属施設における倫理審査会の承認後,ヘルシンキ宣言に基づき,全対象者に研究内容を十分に説明し,書面にて同意を得た。【結果】RIの抑制量(%)は安静,背屈イメージ,5%背屈,底屈イメージ,5%底屈の順に,18.4±10.4,39.2±12.2,36.5±11.8,12.8±11.5,2.84±9.8であった。D1の抑制量は,22.8±9.9,24.0±13.2,24.1±9.0,10.8±16.2,13.5±9.7であった。反復測定分散分析の結果,RI【F(4,36)=34.09,p<0.001】およびD1【F(4,36)=3.66,p=0.03】において主効果を認めた。多重比較検定の結果,RIにおいては,安静時と比較して,背屈イメージ(p=0.007)および5%背屈(p=0.003)において有意にRI増大を認めた。また安静時と比較して,5%底屈運動(p<0.001)において有意にRIが減少した。背屈イメージと5%背屈運動,および底屈イメージと5%底屈運動においては,有意差を認めなかった。D2においては,すべての課題で有意差を認めなかった(p>0.05)。背屈イメージ条件でのRI抑制量の変化とVMIQ-2のkinesthetic imagery項目との間に有意な負の相関関係を認めた(r=-0.65,p=0.043)。【考察】MIはRIによる拮抗筋への抑制を増強し,この抑制量の変化には,イメージ能力が関与していることが示唆された。RIは,運動皮質からの投射を受けていることが知られている。MIは,運動皮質の興奮性を高めることから,MIがRIの抑制に修飾したと考えられる。また健常者によるMI中の皮質興奮性の変化には,イメージ能力が関係することが報告されており(Williams et al.,2012),MIによるRI抑制量の変化においても個々のイメージ能力の違いが影響すると考えられた。【理学療法学研究としての意義】MIが脊髄相反性抑制を修飾し,その抑制量の変化にはイメージ能力が影響することを初めて明らかにした。これは中枢神経疾患に対する理学療法介入ならびに新しい治療手法の開発などに示唆を与える点で意義がある。
  • 前野 友希, 鵜飼 正紀, 上銘 崚太, 城 由起子, 松下 由佳, 松原 貴子
    セッションID: 0396
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】慢性痛有訴者に対する疼痛マネジメントとして,運動は疼痛および機能障害の改善効果を有するとのエビデンスが示されており,各国のガイドラインにおいて推奨されている(Balague 2012,Koes 2010,Hayden 2005)。この運動による疼痛抑制メカニズムとして,運動野や運動前野の活動が前頭前野,前帯状回などの疼痛関連脳領域を介して中枢性疼痛抑制系を作動させる可能性が示唆されている(Ahmed 2011,Villemure 2009)。一方,疼痛制御に関与する前頭前野は,注意や集中を要するような運動の学習初期過程で活動が増大し,学習により運動が自動化され注意・集中の必要性が減じるとその活動も減弱するといわれている(Sakai 1998)。これらのことから,自動化された単純な運動よりも注意・集中を要するような高い制御性が求められる運動の方が疼痛抑制効果を得られやすい可能性が考えられる。さらに,同じ運動であっても学習過程により運動制御に対する注意・集中の必要性は異なることから,運動による疼痛抑制効果は運動学習の影響を受けることが推察される。しかし,このような運動の制御性や学習による疼痛制御系への影響については明らかでない。そこで本研究では,運動の制御性と学習に着目し,制御運動が疼痛抑制効果に及ぼす影響について検討した。【方法】対象は健常若年者70名(男性35名,女性35名,年齢20.6±0.98,利き手:右)とし,木球を手掌面上で握り離す低制御運動群と反時計回りに回転させる高制御運動群に無作為に分類した。両群ともに運動は座位,開眼にて右手で30秒間を1セットとし3セット(ex 1,2,3)行い,各セット間隔は5分間とした。測定項目は圧痛閾値(PPT),運動難易度,運動回数,脳波とした。PPTはデジタルプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH社)を用い,運動前,各セット終了直後および5分後に非運動側の前腕外側で測定した。運動難易度はvisual analogue scale(VAS)にて各セット終了直後に聴取し,運動回数は各セットの木球把握回数または回転数をそれぞれ測定した。脳波はバイオフィードバック治療用の簡易脳波測定装置(Mindset,Neuro Sky社)を用い,前頭部脳波を実験中経時的に記録し,周波数解析にて算出した全周波数帯域のパワー値のうち,今回は注意・集中の指標としてθ波(3.50~6.75 Hz),精神的緊張の指標としてβ波(18.00~29.75 Hz)のパワー値を用い,運動前,各セット中および全セット終了5分後の各30秒間の平均値を測定値とした。統計学的解析は,群内比較にFriedman検定およびTukey-typeの多重比較検定,群間比較にMann-WhitneyのU検定を用い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,本学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会の承認(番号:12-16)を得た上で実施した。全対象者に対して本研究の主旨を十分に説明し,同意を得た。また実験に際しては,安全対策および個人情報保護に努めた。【結果】PPTは低制御運動群では変化せず,高制御運動群でのみ運動前と比べex 1,2で有意な上昇を認め,低制御運動群と比べex 1~3で有意に高値を示した。また,高制御運動群でのみex 1と比べex 2,3で難易度が低下,回転数が増加し,ex 1~3すべてにおいて低制御運動群よりも難易度は高かった。脳波においても低制御運動群では変化せず,高制御運動群でのみθ波,β波ともに運動前と比べex 1で有意な増大を認め,低制御運動群と比べθ波はex 1,2で,β波はex 1で有意に高値を示した。【考察】高い制御性を要する運動でのみ痛覚感受性は低下し,運動中のθ波,β波パワー値の増大を認めた。前頭部のθ波パワー値は注意や集中を伴う課題やワーキングメモリ作動時に増大し,β波パワー値は精神的緊張状態で増大するといわれている(Missonnier 2006,Marrufo 2001)。このことから,注意や集中を要し,適度な緊張感をともなうような運動が疼痛抑制に有効である可能性が示唆された。一方,運動の反復により難易度が低下し,運動回数が増加するとともに圧痛閾値は低下した。またこの際,運動中のθ波,β波パワー値も減衰したことから,運動学習により運動が自動化されることで注意・集中の程度が減少した結果,疼痛抑制効果が減弱したと考えられる。以上のことから,疼痛マネジメントを目的とした運動には,ある程度の難易度が必要であり,運動の学習過程に合わせて方法や難易度を変更する必要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】疼痛マネジメントとして運動が世界的に推奨されている中,より疼痛抑制効果が得られる運動方法を示した点で本研究は非常に意義深い。さらに運動の学習が疼痛抑制効果を減弱させる可能性を見出したことは,臨床における運動プログラム設定の一助になるものと考える。
  • 佐藤 憲明, 高永 康弘, 椛島 寛子, 星木 宏之, 折口 秀樹
    セッションID: 0397
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【目的】心疾患に罹患した入院患者は年々高齢者の割合が増加してきており,それに伴って転倒リスクも高まっている。心疾患患者は抗凝固薬や抗血小板薬を服薬していることが多く,転倒すれば重大な事故に繋がる恐れがある。そのため日々変化する急性期患者の歩行状態を把握することは臨床上非常に重要であり,中でも監視から自立へと介助度を変更する時は客観的な評価が必須である。一般的には,下肢筋力,Functional Reach Test(FR),Timed Up & Go test(TUG),片脚立位時間などが,歩行自立度や転倒リスクの判定に臨床上よく用いられている。しかしながら,下肢筋力の測定には筋力測定機器を使用するため手間がかかり,FRやTUGはベッドサイドでは実施しにくいのが実情である。そこで本研究では,特別な機器を使用せず,時間や場所もとらない30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30)に着目し,その規定因子を調査するとともに急性期心疾患患者の歩行自立度判定に有効か検討した。【方法】対象は,平成24年1月~平成25年11月までに当院に入院した心疾患患者55例(男性36例,女性19例,平均年齢71.0±5.4歳)。歩行に支障を来すような運動器疾患や認知症のある患者および循環動態が不安定な患者は除外した。この対象者55例を,病棟内を独歩で自立できている歩行自立群38例(男性29例,女性9例,平均年齢69.7±10.6歳)と歩行補助具や監視が必要な歩行非自立群17例(男性7例,女性10例,平均年齢73.9±12.2歳)の2群に分類した。尚,全例入院前の歩行状態は屋外独歩自立であった。身体機能の測定はCS-30,等尺性膝伸展筋力,FR,TUG,片脚立位時間,通常歩行速度の6項目を実施。6項目の2群間の比較はMann-WhitneyのU検定を用いた。CS-30の規定因子を調べるためCS-30を従属変数,CS-30と有意な相関関係を認めた項目を独立変数としたステップワイズ法による重回帰分析を行った。相関関係はSpearmanの順位相関係数を用い,多重共線性を考慮するために各項目間の相関関係についても検証した。また,歩行自立のCS-30カットオフ値はReceiver Operating Characteristic(ROC)曲線より求めた。統計処理はSPSS version21を使用し,有意水準は5%とした。【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,全ての対象者に目的を説明し,全員同意が得られた後に実施した。【結果】2群間の比較では,歩行自立群の方がTUGは有意に低値を示し,その他の項目は全て高値を示した(p<0.001)。CS-30との相関関係は,等尺性膝伸展筋力(r=0.704 p<0.001),TUG(r=-0.808 p<0.001),FR(r=0.670 p<0.001),片脚立位時間(r=0.699 p<0.001),通常歩行速度(r=0.621 p<0.001)と5項目全てと有意な相関関係を認めた。またCS-30以外の各項目間の相関係数は全て絶対値0.8以下であった。5項目を独立変数とした重回帰分析の結果,CS-30の規定因子は,TUG,等尺性膝伸展筋力の2変数が抽出され,重回帰式CS-30=12.242-0.809×TUG+13.558×等尺性膝伸展筋力が得られた。この式の決定係数は0.751,自由度調整済み決定係数は0.742であった。また,標準偏回帰係数はTUGが-0.568,等尺性膝伸展筋力が0.407であった。CS-30の歩行自立のカットオフ値は11.5回でROC曲線の曲線下面積は0.945であった。このカットオフ値での歩行自立予測は,感度84.2%,特異度88.2%,陽性的中率94.1%,陰性的中率71.4%であった。【考察】CS-30は簡便な下肢筋力評価として開発されたものであるが,今回の調査で下肢筋力だけでなくTUGが影響度の大きい規定因子であることが分かった。TUGは歩行能力,動的バランス,敏捷性などを総合した機能的移動能力の評価であり,これに下肢筋力も加わったCS-30は総合的な身体機能評価と言える。これが筋力やバランスを規定因子とする歩行自立度を精度よく判定できた要因であると考えた。これまでCS-30に関しては,地域在住の高齢者を対象にした調査で転倒予測のカットオフ値が14.5回であったとの報告があるが,今回得られた歩行自立のカットオフ値11.5回はそれより少ない結果となった。これは病棟内歩行を自立するために必要な基準は,屋外を安定して歩行する基準より低いことによるものと思われる。【理学療法学研究としての意義】歩行自立度の評価が簡便にベッドサイドで可能で,且つ高い精度で判定できるCS-30は,歩行状態が日々変化する急性期患者の転倒予防に有効である。
  • 2部位の下腿周径の比較による検討
    吉松 竜貴, 町 侑香, 牟田 唯, 茂木 壮一郎, 山本 皓朗, 金井 祐貴
    セッションID: 0398
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】四肢周径は筋の太さの指標としてよく知られている。中でも下腿最大部周径は,下肢筋力のみならず,体型や栄養状態といった全身的な状態との関連も報告されており,虚弱高齢者の体型・体力やSarcopeniaを評価する指標として注目されている。しかし,Sarcopenic Obesityなど,筋量が選択的に減少することもあるため,体脂肪率の高い対象においては,四肢周径の解釈は注意が必要である。また,体組成には明確な性差があるため,男女の四肢周径は別に解釈すべきである。本研究の目的は,2部位の下腿周径と筋機能の関係を男女別に比較することで,下腿周径の内容的な性差を検討することである。【方法】対象は,健常成人69名(男性34名,女性35名,平均年齢21.4±1.8歳)とした。基礎情報として年齢,性別,身長,体重,Body Mass Index(BMI)を測定した。測定項目は下腿最大部周径,ヒラメ筋筋腹を皮膚直下に触れる高さの下腿周径(皮下ヒラメ筋部周径),膝屈曲位での等尺性底屈最大筋力とした。身長と体重は一般的なアナログ身長計とヘルスメーターで測定した。BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で除して算出した。2つの周径と下腿長は,一般的な採寸用メジャーにて0.1cm単位で測定した。なお,測定の精度を上げるため,メジャーを用いた全ての測定に先立って皮膚にマーキングを行った。下腿最大部周径は,下腿外側から目視にて下腿最大部を決定し測定した。測定肢位は腓骨頭と外果を結ぶラインが床面と垂直になる肢位とした。同肢位で皮下ヒラメ筋部周径も測定した。皮下ヒラメ筋部周径の高さは,SENIAMが定める表面筋電計測時の電極貼付け位置とした。どちらの周径も,3回測定の平均を使用した。また,外果遠位端から周径測定高までの距離を測定した。膝屈曲位での等尺性底屈最大筋力は等尺性筋力計(アニマ社製μTas F-1)にて測定した。対象を腹臥位とし,足底が床と平行になるよう,膝を約130度屈曲させ足関節を軽度背屈した姿勢を測定肢位とした。筋力計は母趾球のやや内側に設置し,専用の固定ベルトで大腿から回り込むように固定した。測定中に膝が伸展しないよう,腓腹部に台を設置し,対象に「測定中,台から下腿を離さないように」と指示をして,十分な練習を行った上で測定に臨んだ。測定は3回行い最大値を採択した。各測定間には1分間の休憩を設けた。統計学的検討として,対応のないt検定にて測定値の男女差を比較した。また,2つの周径と他の測定値とのPearsonの相間係数を男女別に算出した。その後,2つの周径と有意な相間を認めた基本情報で調整した2つの周径と他の筋力との相間を男女別に検討した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づいて計画された。対象者の研究への参加に際して,事前に研究の目的や測定内容を十分に説明し,書面にて同意を得た。【結果】対象のBMIは男性22.3±3.5kg/m2,女性22.6±3.6kg/m2であった。下腿最大部周径は男性37.2±3.1cm,女性37.3±3.2cmで,皮下ヒラメ筋部周径は男性31.6±3.3cm,女性30.8±3.7cmであった。底屈筋力は男性492±191N,女性282±134Nであった。性別,2つの周径とBMIには性差が認められなかった。男性の底屈筋力は,下腿最大部周径と有意な正の相関関係にあった(r=0.48,p<0.01)が,皮下ヒラメ筋部周径との間には有意な相間を認めなかった。女性の底屈筋力は,下腿最大部周径との間には有意な相関を認めなかったが,皮下ヒラメ筋部周径と有意な負の相関関係にあった(r=-0.39,p<0.05)。BMIで調整後,女性の底屈筋力と皮下ヒラメ筋部周径との相間係数の有意性がなくなったが,男女ともに変数間の相関性に大きな変化は認められなかった。【考察】皮下脂肪に富む女性において,下腿最大部周径は必ずしも筋の状態を反映しないことが示唆された。筋と脂肪を平均的な状態から更に増加させることを想定した場合,筋よりも脂肪の方が少ない努力で増加させることができ,上限も大きいと考えられる。日常生活を送る上で必要十分な筋量を有する健常若年成人女性の下腿周径は,筋よりも脂肪の寄与が大きいと推察される。外見的には体組成が保たれていると思われる高齢者においても同様の傾向があるとすれば,サルコペニック・オベシティーなどにより一層の留意が必要であろう。【理学療法学研究としての意義】下腿周径は,簡便で対象に負担をかけない身体計測値であり,基本動作能力が著しく低下していたり,下肢に重度の拘縮や変形を有していても測定が可能である。したがって下腿周径について検討を進めることは,寝たきり高齢者の全身状態スクリーニングにおいて有意義であると考える。
  • 小山 真吾, 森尾 裕志, 井澤 和大, 堅田 紘頌, 石山 大介, 八木 麻衣子, 清水 弘之
    セッションID: 0399
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】わが国の横断歩道は,青信号点灯時間が最も短い場合,道路の横断には1.0m/sec以上の歩行速度が必要である。そのため,1.0m/sec以上の歩行速度を有することが実用的な歩行速度とされている。しかし,歩行速度の計測には,4m以上の計測区間が必要であるため,病棟や在宅での理学療法施行時に計測のためのスペースを確保する事は容易ではない。先行研究において我々は,Four Square Step Testを簡易化したTwo Square Step Test(TSST)を開発し,その再現性,およびADLとの関連について報告した(小山ら,2013)。TSSTは2m四方のスペースがあれば測定可能であり,病棟や在宅の環境でも適応できる特徴を持つ。以上より,TSSTなど,病棟や在宅でも実施可能な評価指標を用いて,実用的な最大歩行速度の有無を予測できれば,理学療法施行にあたり有用な情報の一助になるものと考えられた。本研究の目的は,病棟や在宅でも実施可能な評価指標を用いて,歩行速度1.0m/sec以上を有するか否かの予測式を算出することである。【方法】対象は,当病院に入院し,理学療法を施行した10m以上の連続歩行が可能な65歳以上の高齢患者114例である。除外基準は,不良な心血管反応が運動の制限因子になっている例,片麻痺や荷重関節痛などの運動器疾患を有する例,認知症を有する例である。測定項目は,10m最大歩行速度,下肢筋力,およびバランス能力である。最大歩行速度は10m歩行時の最大歩行速度[m/sec]とし,1.0 m/sec以上の対象者を1.0以上群,1.0 m/sec未満の対象者を未満群の2群に選別した。下肢筋力の指標に,等尺性膝伸展筋力を用い,左右の平均値を体重で除した値を膝伸展筋力[kgf/kg]とした。バランス能力の指標には,TSST,前方リーチ距離[cm],片脚立位時間(OLS)[sec]を採用した。TSSTの測定方法について以下に記す。検者は,床に角材(長さ90 cm,2.5×2.5 cm)を置き2区画を作製した。被験者は,作製した2区画を前後,左右方向の2条件で各15秒間連続して出来るだけ速く反復ステップを行った。検者は,15秒間でのステップ回数と角材に接触した接触回数を測定し,前後ステップと左右ステップの合計回数から,接触回数を差し引いた回数をTSSTスコア[点]と定義した。なお,基本属性として,基礎疾患,年齢,性別,身長,Body Mass Index(BMI)を診療記録より後方視的に調査した。統計学的解析には,SPSS12.0を用いた。1.0以上群と未満群の群間比較には,カイ二乗,対応のないt検定,U検定を用いた。また,ロジスティック解析を用いて,歩行速度1.0m/sec以上の有無に影響を及ぼす因子を抽出し,抽出された因子を用いて,歩行速度1.0m/sec以上を有するか否かの予測式を算出した。なお,統計学的判定の基準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,当大学生命倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:第1967号)。また,ヘルシンキ宣言に則り,対象者に研究の主旨を説明し,同意を得た。【結果】全114例中,1.0以上群は69例(60%),未満群は45例(40%)であった。1.0以上群と未満群の群間比較では,年齢(p<0.04),性別(p<0.04),BMI(p<0.03),膝伸展筋力(p<0.01),TSST(p<0.01),前方リーチ距離(p<0.01),OLS(p<0.01)で有意差を認めた。歩行速度1.0m/sec以上の有無に影響を及ぼす因子にはTSSTとOLSが抽出された。最大歩行速度1.0m/sec以上を有するか否かを予測する式は,Model【+;1.0m/sec以上-;1.0m/sec未満】=(TSST×0.272)+(OLS×0.199)-10.931(判別的中率:86.0%)であった。【考察】最大歩行速度1.0m/sec以上の有無に影響を及ぼす因子は,TSSTとOLSが抽出された。膝伸展筋力と前方リーチ距離は,歩行自立度に関連があると報告されていることから,今回の検討でも影響があると予測していた。しかし,本研究の対象群では,最大歩行速度とTSSTの関わりが強く,抽出されるには至らなかった。その理由は,膝伸展筋力と前方リーチ距離が,TSSTの介在変数として関わっていた可能性が考えられる。本研究の結果から,最大歩行速度1.0m/sec以上を有するか否かを予測する式が明らかとなった。予測に必要な因子は,TSSTとOLSであり,いずれも病棟や在宅で実施可能な評価指標であるため,歩行路が確保できなくとも,実用的な歩行速度の有無を予測することが可能と考えられた。本研究の限界は,症例数が少なく,横断研究あるため,実効果を明らかにできていない。また,あくまで予測値でるため予測式の使用には注意が必要と思われる。今後は,縦断的な介入研究が必要と思われる。【理学療法学研究としての意義】本研究においてける結果は,病棟や在宅での理学療法実施における問題点の抽出,治療プログラムの立案,効果判定,および目標設定の際の指導方策の一助になるものと考えられた
  • ―骨ランドマークの同定誤差が解析結果に与える影響―
    井野 拓実, 小竹 諭, 大角 侑平, 上原 桐乃, 吉田 俊教, 前田 龍智, 鈴木 航, 川上 健作, 鈴木 昭二, 大越 康充
    セッションID: 0400
    発行日: 2014年
    公開日: 2014/05/09
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    【はじめに,目的】体表マーカーによる関節キネマティクスの計測は,非侵襲的に自然な運動を計測することが可能であり近年広く用いられている。しかし本手法は体表すなわち皮膚上にマーカーを設置し,その位置情報を基に骨運動や関節キネマティクスを推定するため計測誤差の問題が指摘されている。体表マーカー計測において生じる計測誤差の主要因として,運動中に生じる皮膚のズレによる誤差とマーカー設置時に生じる体表からの骨ランドマークの同定誤差が挙げられる。骨ランドマークの同定誤差とは,骨に関節座標系を設定するために用いられるリファレンス・マーカーを体表から骨ランドマークを触診しながら設置する際に生じる誤差である。これに対してポイントクラスター法(PCT)は多数の体表マーカーの使用(クラスターマーカー)により計測中に生じる皮膚のズレを検出・補正し,精度を向上させる手法の一つであり近年注目されている。Alexanderらによると運動中の皮膚のズレによるPCTの計測誤差は最大に生じたものでも角度で約4°,並進移動で約3mmと報告されている。しかし体表からの骨ランドマークの同定誤差がPCTで算出される膝関節キネマティクスの結果に与える影響は不明である。本研究の目的は体表からの骨ランドマークの同定誤差がPCTによる膝関節キネマティクスの算出結果に与える影響を3D-CTを用いて明らかにすることである。【方法】健常15膝(男性7例,女性8例,年齢26.4±15.0歳,身長164.2±7.2cm,体重68.3±19.0kg)を対象とした。体表マーカーはポイントクラスター法に習熟した一人の検者が一定の手順に従って設置した。次に体表マーカーを貼付した状態で3D-CT(LightSpeed VCT,GE)を撮影した。3D-CTデータを用いて詳細な3次元骨モデルを作成し,骨ランドマークの3次元座標位置を取得した(INTAGE Realia)。その後,体表から同定した骨ランドマークに基づき従来通りのPCTにより定常歩行中の3次元動作解析を施行し,膝関節キネマティクス(屈伸,内外反,内外旋,前後並進,内外側並進,上下並進)を算出した(体表法)。次に3D-CTによる骨ランドマークの3次元座標位置を追加した以外は体表法と同様の方法で膝関節キネマティクスを算出した(3D-CT法)。なお膝関節キネマティクスは一歩行周期を100%として規格化した。体表法と3D-CT法によって算出された膝関節キネマティクスについて各々の波形パターンおよび歩行周期5%毎の数値を両群間で比較検討した。また一歩行周期全体で生じた差の平均値を算出した。統計検定は対応のあるt検定を用い,有意水準を5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に準拠し実施された。また研究実施前に倫理委員会の承認を受け,全ての被験者に対して本研究に関する説明を口頭および文書で十分に行ったうえ,署名同意を得た。【結果】体表法と3D-CT法における一歩行周期全体で生じた差の平均値は屈曲,内外反,回旋,前後並進,内外側並進,上下並進にてそれぞれ平均1.0±0.9°,4.3±1.2°,2.9±1.1°,1.2±0.6mm,2.4±0.8mm,6.1±0.6mmであった。体表法では3D-CT法に比し,60%から90%以外の歩行周期にて有意に外反位であり(p=0.003~0.021),また歩行周期70%から80%を除く全周期において大腿骨が上方に有意に変位していた(p=0.009~0.039)。体表法と3D-CT法の比較において波形パターンは全てのパラメーターで同様であった。【考察】本研究結果から従来の体表からの骨ランドマークの同定による変位基準点の決定はPCTによる膝関節キネマティクスに影響を与え,特に内外反および上下並進のパラメーターは留意を要することが明らかとなった。また,3D-CTによる骨ランドマークの3次元座標位置の追加によりPCTの精度向上が期待できると考えられた。体表法と3D-CT法の比較において全てのパラメーターで波形パターンが同様であったことから,体表法でも膝関節キネマティクスの定性評価は問題ないと考えられた。【理学療法学研究としての意義】人の運動を治療対象とする理学療法において,自然な運動を計測し数値化できる体表マーカー計測は有用な手法である。その計測手法の特徴と限界を正しく把握することで,算出されたデータの正しい解釈が可能となる。本研究はポイントクラスター法において骨ランドマークの同定誤差が解析結果に与える影響を明らかにした初めての研究である。
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