本研究では,課題実施時に抱く感情が描画運動にどのような影響を与えるのかを,手掌の精神性発汗と描画課題の結果を基に検討した.対象は健常大学生27名とした.描画課題は非利き手による渦巻き描画として,可能な限り早く正確に実施させた.感情は,快映像,中性的映像,不快映像の静止画像を個別に2分間提示して誘発した.感情の誘発を識別するために交感神経皮膚反応 (SSR) を計測した.実験手順は次のとおりであった.まず,安静時のSSRを計測した.その後,感情誘発を行わずに描画課題を実施し,直後にSSRを計測した.その後,ある感情誘発を行った直後に描画課題を実施し,さらにその直後にSSRを計測し,口頭にて誘発された感情を答えさせる一連の計測を行った.この一連の計測を各感情で実施した.各感情の誘発順序は,被検者ごとにランダムとした.SSRと描画課題の結果をもとに,感情が描画機能と交感神経系に与える影響を検討した.統計学的手法は,Kruskal-Wallis検定とScheffeの方法を用い,有意水準は5%未満とした.その結果,描画時間では快映像で最も短縮し,基線からのズレについては快映像で最も減少し,筆圧は快映像で他の条件に比べて最も増大した.いずれの結果も,快映像では運動のみと中性的映像に対して有意差を示し (p < 0.05),不快映像に対しては有意差を認めた (p < 0.01).また,SSRのP-P振幅は不快映像が最も大きく,次いで快映像の順であった.快映像のSSRは,安静時,運動のみ,中性的映像,不快映像の何れに対しても有意差を示した (p < 0.05).不快映像のSSRでは,安静時,運動のみ,中性的映像に対して有意差を認めた (p < 0.01).
今回の結果から感情の違いが運動の実行に大きな変化を与えることが認められ,なかでも快感情の誘発は,運動の質の向上に有用であることが示唆された.
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