ダイズシストセンチュウ
Heterodera glycines Ichinoheの孵化要因に関する研究は, シストセンチュウの孵化機構や休眠機構の解明に役立つだけでなく, 応用的にも防除技術の基礎として重要である. 本研究はダイズシストセンチュウの孵化実験法を確立し, 孵化に関与する諸要因の作用機作とその役割を明らかにすることを目的とした. 研究結果を要約すると次の通りである.
1. シストの貯蔵と孵化能力の消長実験材料のダイズシストセンチュウの卵は, 毎年10月に採集して約5℃に貯蔵した本種のシストから得た. 貯蔵中の孵化能力の変化を調べたところ, 孵化率は冬期間に低く, 4~5月から高くなり, 9月頃から再び低下した. 冬期間の孵化率低下の現象は, ジャガイモシストセンチュウなどで指摘されている休眠と考えられる. 1年以上貯蔵した卵の孵化能力は2年目から激減したが, 5年間貯蔵した卵にも孵化能力があった.
2. 孵化に及ほす環境諸要因の影響孵化実験にあたって, その実験条件における諸環境要因の最適条件を調べた. 蒸留水中の最適温度は25℃であるが, この温度に一定期間おいた (前処理) あと, 寄主植物の根浸出液に移した場合の孵化最適温度は25~30℃であった. 低温で貯蔵した卵は, 直接25℃の根浸出液に移すよりも, 前処理ののち根浸出液に移した方が孵化率は高くなった. 前処理の効果は処理中の積算温度に影響されると考えられる. 孵化実験のための前処理は25℃, 1~2週間か, 30℃, 4~7日間が適当であった. 孵化実験手法上の問題点の一つとして, 孵化液中の酸素不足による影響があるが, 液中に十分空気を吹き込むこと, 液面が空気に接するようにすること, 卵および幼虫の密度を孵化液1m
l中に200~300とすることで支障は認められなかった. 水素イオン濃度の影響については, 供試したpH調整用の緩衝液のすべてに孵化阻害作用があったが, 阻害作用の最も少なかったpHは5.0~5.5であった.
3. 寄主植物由来の舞化促進物質とその作用根浸出液中の孵化促進物質 (PSp) は活性が安定しており, 5℃での保存中や, 25℃, 3週間の実験中にほとんど変化しないと考えられた. 根浸出液の孵化最適濃度は, 供試卵の前処理の方法が異なると変化した. 高濃度では効果が低下するが, その原因は含有不純物の影響と考えられる. 植物の種類によるPSpの化学的性質の異同については, それぞれの物質が単離されるまで明らかではないが, ダイズ, アズキの根浸出液がインゲンのそれよりも効果が低い原因は, 含有不純物の種類あるいは量の影響と考えられる.
4. 合成化合物とその作用これまでダィズシストセンチュウの孵化を刺激すると報告された若干の化合物について, 本研究での実験法により孵化活性を検討したところ, Zn
++とFe
++を含む化合物にのみ本種の孵化を刺激する強い作用が認められた.
5. 線虫由来の孵化促進物質とその作用卵・幼虫の破壊液中に孵化促進物質 (PSn) を発見した. PSnは熱に強く水溶性で, 有機溶媒に溶けにくかった. PSn, PSpおよびZn
++はその化学的性質からみて, それぞれ異なる物質と考えられる. PSnは卵殻内の第2期幼虫に多く含まれ, 孵化幼虫から体外にも分泌されると考えられる. また, 雌成虫および若いシスト内には卵・幼虫以外の部分にも孵化促進物質が存在した. この物質の化学的性質は調べられていないが, PSnと同一物質と考えられる.
PSnの活性は, 卵・幼虫の破壊液を数日間放置すると失われるが, 破壊液を濃縮・乾固, 凍結あるいはミクロフィルターで除菌すると失活を防止できた. 卵・幼虫の破壊液には根浸出液の場合と同様に孵化最適濃度があり, 高濃度ではかえって効果が低下した. PSnは若くて活力の高い卵・幼虫の中に多く含まれるが, 孵化能力の低下した古い卵・幼虫にも存在した. また, 前処理をしない卵に対しても前処理をした卵と同様に作用すること, ダイズシストセンチュウ, ジャガイモシストセンチュウおよびイネシストセンチュウのそれぞれの卵・幼虫破壊液は, 相互に他種の線虫の孵化を促進すること, さらに卵・幼虫破壊液と根浸出液の混合液は, それぞれの単独の最適濃度の場合よりも孵化率を高めることなどから, PSnとPSpの作用機作は異なると考えられる.
6. シスト内の孵化抑制物質とその作用低温に貯蔵したシスト中に孵化抑制物質 (RS) の存在を確認した. RSはシスト内の卵・幼虫以外の部分に含まれるが, シストの殻に由来する物質ではないと考えられる. RSの活性は極めて不安定であり, 生物検定も難しいことから, 化学的性質はまだ調べられていない.
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