日本東洋医学系物理療法学会誌
Online ISSN : 2434-5644
Print ISSN : 2187-5316
47 巻, 2 号
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特別講演
  • 菅原 正秋
    2022 年 47 巻 2 号 p. 3-9
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     鍼灸やあん摩・マッサージ・指圧などの手技療法は比較的副作用が少ない治療方法であると言われるが、身体に施術を行う以上は、ある程度の過誤や副作用が発生する危険性を含んでいる。 また、国の内外を問わず、医学系の学術誌には毎年のように何らかの鍼灸に関連した有害事象の報告が掲載されている。その中には、施術との因果関係が低いと考えられるものもあるが、明らかに施術者の過失によると捉えられるものも含まれている。
     2020 年 3 月より、(公社)全日本鍼灸学会の臨床情報部安全性委員会が作成した「鍼灸安全対策 ガイドライン 2020 年版」が学会ホームページ上で公開されている。このガイドラインでは、鍼灸 に必要なリスクマネージメントが網羅されているのでご一読いただきたい。
     本稿では、ガイドラインの内容に沿って、臨床で遭遇する可能性のある主要な有害事象につい て触れる。比較的報告が多い重篤な有害事象は気胸である。気胸の防止対策としては、胸背部の 局所解剖および危険深度を理解し、不必要な深刺を避けることが重要である。
     感染対策では標準予防策の徹底が最も重要である。手指衛生では、手洗いとラビング法のどち らを選択するかということと、手指衛生を実施するタイミングがポイントとなる。また、個人防 護具を使用する場合は、その使用目的を理解し、施術内容に応じて個人防護具を選択することが 重要となる。
教育講演
  • - 頚部痛の原因 -
    田中 靖久
    2022 年 47 巻 2 号 p. 11-16
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     頚椎症に由来する頚部痛の原因はこれまで未解明であったと言って良い。従って、頚部痛を主 訴として受診した中高年の患者において、炎症、外傷、腫瘍といった特異的な疾患が無い限り、 その原因を確信を持って述べられる医師は、脊椎脊髄疾患の専門医を含めても稀であったと思わ れる。確かに、椎間板あるいは椎間関節の変性を原因とする頚部痛があるとの報告がみられる。 しかし、それらの論文を繙けば多くの疑問が生まれる。最大の問題は、椎間板や椎間関節の変性 が万人に例外なく、しかも各椎間板・椎間関節に必発する事実にある。椎間板・椎間関節の変性 由来の頚部痛が確実にあるならば、万人が間断なく痛みを煩う筈である。一方、頚部神経根の圧 迫由来の頚部痛が最近明らかとなった。項・肩甲部痛が左右どちらかの片側にあれば、そしてそ の部位が、項部、肩甲上部、肩甲間部、肩甲骨部の領域のいずれかにあれば、原因が神経根の圧 迫である可能性が甚だ高い。Spurling テストで、痛みが再現あるいは増強されれば、神経根圧迫の 診断を確定でき、患者にその原因を確信を持って説明することができる。
シンポジウム 「頸部痛・頚椎症に対する鍼・手技・運動療法の実際」
  • 山口 智
    2022 年 47 巻 2 号 p. 17-22
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     頸肩部の痛みやこり、さらに上肢の痛みや脱力などを主症状とする頸椎及びその周辺疾患は多岐にわたり、その病態や診断・治療には多くの課題がある。鍼灸手技療法の臨床では、対象となりやすい疾患である。
     頸肩腕症候群は、器質的な疾患が明らかでない狭義の症候群が一般臨床で活用されている。また、 頸椎症や頸椎椎間板ヘルニアは障害される組織により、脊髄症・神経根症・関連痛型に大別される。 脊髄症が疑われた場合には、専門医への診療依頼が必要不可欠である。
     筆者は、日常の臨床で頸部軟部組織型・神経根型・椎骨脳底動脈血行不全症状型・自律神経失調型・脊髄損傷型に分類し、鍼灸治療を実施している。
     鍼通電療法は、障害された組織である神経や筋肉・関節・靭帯などを目標に実施している。こうした組織選択性の治療は日本鍼灸の特質であり、今後 EBM を基本とした基礎・臨床研究が必要 である。
  • - 解剖立脚型標準術式(試案)の提示 -
    藤井 亮輔
    2022 年 47 巻 2 号 p. 23-34
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    目的:医療マッサージの普及・発展を目的に頸椎症に応用できる頸肩部を対象とした解剖立脚型の標準術式(試案)を提示する。
    背景:頸椎症に対する信頼性の高い治療法の情報収集は、診療ガイドラインが刊行されている頸 椎症性脊髄症を除き難しい。マッサージ療法もその例外ではなく、有効性を検証した報告は国内 では見当たらない。無論、首や肩のこり感等の愁訴にマッサージ療法が奏功することは疑う余地 のない事実である。しかし、EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)が隆盛の医療 界においてマッサージ療法の価値を発信していくためには、有訴率や有病率の高い愁訴・疾患に ついて質の高い臨床試験によるエビデンスを構築する作業が欠かせない。手技療法界において臨床試験が低調である理由は、医療機関に従事するマッサージ師の数が激減していることの影響もあるが、臨床試験の設計に欠かせないマッサージ療法の標準術式を確立してこなかったことも要因の一つに挙げられるだろう。標準術式とは、誰が施行しても類似の生体反応と治療効果が期待 される施術の方法である。そのような一定の再現性が担保された術式は、誰もが共有できる医学 的な言葉や文章で説明したり、画像で伝えたり、できるものでなければならない。
    方法:この認識の下、解剖学に立脚した組織選択的な方法論に基づく標準術式(試案)を作成した。本術式は全症例に施行する「基本術式」と症状に応じて施行する「追加術式」で構成される。 前者は仰臥位で左右同時性に行う点に特徴があり、1頸椎椎間関節のモビライゼーション、2マッサージ施術、3運動療法の3類から成る。術式の核をなす「マッサージ施術」は頸肩部の筋組織 を中心とした 15 工程で構成される。所要時間は約 15 分である。
    結語:開発途上の段階であり臨床家諸氏の批判を得ながら改良に努めたい。頸椎症に対する臨床 試験の術式とマッサージ教育改善の一石に資するところがあれば幸いである。
  • 銭田 良博
    2022 年 47 巻 2 号 p. 35-42
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     運動療法は、生体にとっては非侵襲刺激で応力(内力ともいう)による圧刺激を活用した治療法である。生体内の軟組織(=軟部組織)に、応力をかけることで軟部組織の形状や線維配向性などを変化させる。それにより、疼痛閾値の変化・血流の変化・組織弾性の変化・神経伝達物質や内因性オピオイドおよびホルモン等の分泌による神経機能の賦活、などが生体反応として出現 することが考えられる。
     整形外科医は、骨関節疾患の病態を診断するスペシャリストとして手術や薬物療法を行う。それに対して、鍼灸師・理学療法士・柔道整復師等のセラピスト(治療家)は軟部組織を対象にした西洋医学または東洋医学的評価ののちに保存療法を行う。軟部組織とは、1皮膚、2神経、3筋、 4腱、5脂肪、6リンパ、7筋膜を含む Fascia(ファシア)、などが挙げられる。私は臨床において、 超音波画像診断装置(エコー)を活用している。エコーで診ながら触診を行い、体表からの応力 によるひずみ具合を確認することで、軟部組織のどの層まで応力が伝わっているかを確認しながら疼痛部位を解剖学的に同定して評価する。
     Fascia( ファシア)の定義は、国際的にも議論中であるが、「肉眼解剖学的に剖出可能な線維性 結合組織の総称」と定義されている。Fascia は、それぞれの組織に入り込み層構造になっている。 Fascia の概念なくして構築された解剖生理学的エビデンスやホメオスタシスに関連する様々な因子 を見直して東洋医学的概念も含めて再定義(臨床研究)することが必要である。Fascia リリースを 行う際、表層の Fascia に対する介入は疼痛コントロールを主目的として行い、深層の Fascia に対 しては自律神経系の調節を目的として行うことが多い。スポーツ傷害の場合は、臨床所見に合わ せて表層と深層を使い分けて行っている。Fascia リリースは痛みに対して、Fascia の配向性を考慮 して同じ深さプラス同じ層(= 三次元)で行うことがポイントである。
特別企画 「若手臨床家からの提言-こんなこと考えています-」
  • - 現代医療における鍼灸の有用性 -
    井畑 真太朗, 村橋 昌樹, 山口 智
    2022 年 47 巻 2 号 p. 43-46
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     突発性難聴は原因不明の急性感音性難聴である。2015 年に厚生労働省「難治性聴覚障害に関する調査研究班」によって改訂された診断基準によると、「純音聴力検査での隣り合う3 周波数で各30dB 以上の難聴が 72 時間以内に生じた」と定義されている。2012 年度の疫学調査の結果、人口10 万人あたり年間 60.9 人発症すると推定され、年代別発症率は、50 歳から 70 歳に多い。治療法ではステロイド剤、代謝・循環改善薬、高圧酸素療法が実施されているが、全ての治療法の効果 の立証が不十分である。
     突発性難聴の鍼治療については、2015 年突発性難聴に対する鍼治療の有効性に関するメタ解析が報告されており、標準治療 VS 標準治療+鍼治療の比較では併用群の方が予後良好であったとの報告があるが、抽出された研究の多くは症例数が少なくバイアスリスクが高いため、大規模なラ ンダム化比較試験が必要であるとされている。
     当科では医療連携を推進しており、診療各科より鍼治療の依頼がある。近年耳鼻咽喉科より診療依頼があった突発性難聴患者の実態の特徴は、重度の突発性難聴患者が多く、発症から約 1 ヶ 月と通常聴力が固定された後、鍼治療を開始する患者が多かった。この患者群に対し頸肩部等に鍼治療を継続した結果、概ね良好な結果が認められた。以上より、突発性難聴に対する鍼治療は現代医療において有用性の高い治療法である可能性が示唆された。今後はさらに症例を増やし、質の高い臨床研究を推進し、鍼治療の有効性や有用性を明らかにしたい。
  • -エコーガイド下での梨状筋刺鍼-
    佐々木 皓平
    2022 年 47 巻 2 号 p. 47-52
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     梨状筋症候群(Piriformis syndrome:PS)は、梨状筋周囲の炎症による梨状筋の肥厚や攣縮、梨状筋周囲の腫瘍、坐骨神経と梨状筋の解剖学的破格などがその原因となり、骨盤腔より後方に出た坐骨神経が梨状筋前面を通過する部で障害される絞扼性神経障害の一つである。その原因とPSの発症との因果関係は未だ明確でなく、MRI 等の画像診断や筋電図などの臨床検査を用いたとしても診断基準の確立されていない疾患である。これらのことから医療機関においてもPSの判断のためには腰椎椎間板ヘルニア、腫瘍、腫瘤性病変、動脈瘤、子宮内膜症、外傷などの問題を除外した上での除外診断が重要とされている。
     近年、諸外国においては PS に対する診断や治療効果判定のための理学的所見を集積したレビューがなされている。これらの文献から得られる情報は、鍼灸師のように日々の臨床現場で下肢痛患者に遭遇する機会が多く、かつ理学的検査に重きを置く者にとって有益である。まずは、徒手検査方法の正しい実施のために PS の病態、梨状筋の解剖・作用を確認し、現在までに考案されている徒手検査法について解説を行う。また、梨状筋のような殿部深層の筋に対して鍼治療を行う際の課題として、責任部位である当該筋に刺鍼できているか客観的な判断は難しいことが挙 げられる。通常、治療は複数回に渡ることが多く、治療が奏功しない場合は治療計画や病態把握の再考が必要となるため術者が想定した治療の結果と治療成績が正しく照合できることが理想である。本稿では、X 線検査、MRI 検査により腰椎由来の問題が除外された PS 疑いの患者に対して、 超音波画像検査装置(コニカミノルタ SONIMAGE HS1、コンベックスプローブ C5-2)を用いて、 梨状筋、坐骨神経、血管群を描出し、エコーガイド下で殿部深層筋の中から梨状筋を選択的に治療して良好な直後効果を得た症例を紹介する。本症例より、PS 患者の実際のベッドサイドの所見 や刺鍼方法を共有する。
  • 林 健太朗
    2022 年 47 巻 2 号 p. 53-64
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     末梢性顔面神経麻痺(以下 麻痺)を呈する主な原因は、Bell 麻痺とRamsay Hunt症候群である。麻痺の中には、患者の QOL を低下させる後遺症が生じる。後遺症の軽減は、QOLの向上に影響することから、後遺症の予防や軽減を目的とした発症後早期からのセルフケア指導の重要性が認識されつつある。
     セルフケア指導は、顔面神経と顔面表情筋の特徴を理解した上で行うことが前提となる。顔面神経は、骨性の顔面神経管を通り、膝神経節部では神経束構造を欠くこと、顔面表情筋は運動神経線維のみの支配であり、筋紡錘が未発達であることが主な特徴である。
     Bell 麻痺や Ramsay Hunt 症候群の病態は、膝神経節部でのヘルペス性顔面神経炎であり、顔面神経の障害の程度により3つの神経変性、脱髄病変、軸索断裂、神経断裂を生じる。
     顔面神経再生の自然経過として、神経内膜が温存されている脱髄、軸索断裂線維は、もともと支配していた表情筋を再び支配する。一方で、神経内膜の断裂を伴う神経断裂線維は、もともと支配していた表情筋だけではなく、もともとは支配していなかった表情筋をも支配する。その結果、後遺症の発症に繋がる。
     セルフケア指導の適応は、発症後 10 ~ 14 日時点の柳原法 10 点以下、Electroneurography40% 未満の場合と考える。
     評価は、柳原法、Sunnybrook 法、日本語版 Facial Clinimetric Evaluation Scale を用いて行う。
    セルフケア指導は、表情筋の筋伸張マッサージおよびストレッチ:顔面拘縮に対して、頻度を 多く、内容を正確に実施する、温熱療法:1 回 5 ~ 10 分を 1 日 3 回、上眼瞼挙筋を用いた開瞼運動:1 回 3 秒、連続 10 回を 1 セット、1 日 3 セット、視覚および触覚を用いたフィードバック療法: 病的共同運動に対して、正確に実施する。また、日常生活指導は、過度な顔面運動の禁止、顔面部の防寒や保温について行う。
     セルフケア指導は、発症後早期より病期や修得状況に応じて月 1 ~ 2 回以上の頻度で、発症後12 ヶ月まで行うことにより後遺症の軽減、その結果として QOL の向上が報告されている。
  • 皆川 陽一
    2022 年 47 巻 2 号 p. 65-68
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
     現在、わが国の総人口は減少し続けている。さらにその分布をみると生産年齢人口の減少、高齢者人口の割合が増加している。そのため、経済活動や社会保障制度をはじめとした様々な分野に影響が生じることが考えられる。企業に関して言えば、希望する人材を確保するのが難しくなると同時に、企業に健康で長く定着する対策や従業員 1 人 1 人が良好な労働パフォーマンスを発 揮するための施策などを打ち出さなければならない。
     労働パフォーマンスに影響を与える因子を考えると、その要因は様々であるが、2000 年代より「休暇を取るほどでもないが、なんとなく調子が悪い、いまひとつ仕事がはかどらない」という労働者の状態(プレゼンティーイズム)が、仕事の生産性を低下させ、企業に多額の損失を与えていることが指摘され始めた。また、その原因のうち、多くの労働者が抱える様々な慢性的な症状(例: 肩こり、腰痛)による損失総額は、病気による欠勤(アブセンティーズム)や治療費をはるかに上回っていることが判明した。こうした状況を受け、企業も生産性の改善につながる対策を実践する機運が高まりつつあるが、様々な症状に対する包括的かつ実効性のある対策は示されていない。
     そこで、本稿では、プレゼンティーイズムの概要を述べるとともに、労働者が抱える様々な慢性的な症状に包括的に対応することが可能と思われる「鍼治療」に着目し、東京都鍼灸師会の協力を得て行った健康上の理由で労働遂行能力が低下していると自覚しているオフィスワーカーに対して月額合計最大 8,000 円まで「鍼治療」に要した費用に対する助成が受けられる群と受けられない群のランダム化比較試験で得られた結果について一部ご紹介する。
原 著
  • - 重心動揺を指標としたクロスオーバーテスト -
    森本 千秋, 西村 理恵子, 緒方 昭広
    2022 年 47 巻 2 号 p. 69-76
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】老化による転倒、及び転倒不安の予測因子としてバランス能力が挙げられる。姿勢バランスの歪み改善に用いる手技療法がバランス能力に及ぼす影響を定量的に明らかにすることを目的とし、健康ボランテイアを対象に検討を行なった。
    【方法】インフォームドコンセントの得られた健常成人 19 名を対象に5 分間の「まわひねりき操作」による手技介入を行い、介入前後に腰部柔軟性(FFD)、プレート式下肢荷重計ツイングラビコーダ GP-6000( アニマ株式会社、東京都)を用いた重心動揺値(動揺面積・速度、IPS)を測定し、主観的評価 (NRS) 及び聞き取り調査を行なった。また測定動作繰り返しによる学習効果排除のため1週間以上の間隔を開けて5分間座位安静のコントロール測定を行ない、全ての測定値を介入前からの変化率に変換後、コントロール値で除算した。
    【結果】主観的評価(静的バランス評価 & 動的バランス評価、フリードマン検定、P=0.002 & P <0.001)は有意に上昇したが、客観的評価では介入直後の一過性の動揺面積増大 ( ウィルコク ソン検定、P=0.009) と開眼時の動揺中心の前後軸での有意な変化(フリードマン検定、P=0.046) のみ認められた。聞き取り調査では「足の裏の感覚が鮮明になり重心が安定しやすくなった」な ど足底感覚に関する感想を聴取できた。
    【考察】主観的評価の向上、介入 15 分後の体性感覚の鋭敏化と動揺中心の後方移動は認められたが動揺面積・速度という客観的効果は確認できなかった。原因として、対象者が健常成人で介入による改善余地が小さいこと、また効果の現れ方に個人差が大きく一律の変化が認められなかったことが考えられる。
    【結語】手技療法は高い効果感をもたらし、また体性感覚の鋭敏化により立位姿勢自体の安定化を促すことで、高齢者の日常生活の QOL を高め、健康寿命増進への貢献の可能性が示唆された。
  • 宮村 大地, 近藤 宏
    2022 年 47 巻 2 号 p. 77-83
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】体幹部へのマッサージによる下腿への影響について、NIRS(Near-infrared spectroscopy: 近 赤外線分光法 ) による筋酸素化動態の変化を検討した研究はこれまでみられない。本研究の目的は、 健康成人に対する体幹部へのマッサージが下腿の筋血流動態への影響について NIRS を用いて検討 することである。
    【方法】対象は、健康成人 15 人(男性 10 人、女性 5 人、平均年齢 29.8 ± 9.8 歳)とした。研究デ ザインは、介入とコントロールの 2 群の比較によるクロスオーバー法を用いたランダム化比較試 験である。2 群の実験間隔は 1 週間以上あけた。介入は、腹臥位での頸肩背腰殿部へのマッサージ (軽擦法、揉捏法、圧迫法、叩打法)15 分間とした。またコントロールは、腹臥位での安静 15 分 間とした。測定項目は、右下腿三頭筋部の総ヘモグロビン(Total Hb)、酸素化ヘモグロビン(oxy Hb)、脱酸素化ヘモグロビン(deoxy Hb)とし、NIRS を用いて測定した。また、心拍上昇幅(臥 位心拍と立位心拍の差)、皮膚温(左右母指球、左右下腿後面、左右足底)とした。なお、測定は、 介入前、介入直後、5 分後、10 分後に行った。群間および群内比較を行い、有意水準は 5%未満と した。
    【結果】Total Hb、oxy Hb は、マッサージ群において介入前と比較して介入 10 分後で有意に上昇 した(P < 0.05)。deoxy Hb、皮膚温、心拍上昇幅に群間および群内で有意差はみられなかった (P > 0.05)。
    【結語】体幹へのマッサージは、下腿の筋酸素化動態に影響を及ぼす可能性があるが、この筋酸素 化動態の変化は、心臓自律神経系とは異なる機序が存在することを示唆した。
  • 福島 正也
    2022 年 47 巻 2 号 p. 85-92
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】本研究は、ユニバーサルデザインを指向した臨床用評価支援アプリ「CAST-Q」(以下、アプリ) のバージョンアップおよびユーザ満足度調査を実施し、前回調査との比較を通じ、バージョンアッ プの影響を検証することを目的とした。
    【方法】[期間]2021 年 9 月~ 10 月。[対象]筑波技術大学で鍼灸手技療法の施術を行っている研 修生と学部 4 年生、計 18 名。[場所]筑波技術大学 附属東西医学統合医療センター、手技鍼灸実 習棟。[方法]視覚的アナログスケール(VAS)、ローランド・モリス質問紙(RDQ)、バーセルイ ンデックス(BI)、機能的自立度評価表(FIM)に対応したアプリのバージョンアップを行い、タ ブレット端末(Apple 社製 iPad)にインストールしたアプリの試用を依頼した。試用後に、無記名 式ウェブアンケート(所属、視覚の状況、Apple 社製タッチデバイスの利用状況、System Usability Scale[SUS]、アプリの必要性、アプリへの意見・要望)への回答を依頼した。回答は単純集計し、 計数、中央値、四分位範囲、最頻値を表記した。また、前回調査と今回調査の差をマン・ホイッ トニーの U 検定を用い、有意水準 5%で比較した。
    【結果】研究趣旨に同意した 12 名(全盲 3 名、弱視 5 名、晴眼 4 名)から回答が得られた。SUS スコアは参加者全体が 73.8(前回 62.5)、視覚障がいを有する者が 77.5(前回 60.0)であった。また、 アプリの必要性の中央値は 5.0(前回 4.0)であった。参加者全体と視覚障がいを有する者のいず れにおいても、SUS スコア(各 p = 0.029, 0.008)、アプリの必要性(各 p = 0.041, 0.049)で前回調 査からの有意な改善が認められた。
    【考察】調査結果から、「CAST-Q」は標準以上のユーザ満足度が得られ、かつ、十分な視覚障がい アクセシビリティが確保されており、紙媒体に代わるユニバーサルデザインの評価ツールとして 有用と考える。
報 告
  • 佐藤 想一朗, 新原 寿志
    2022 年 47 巻 2 号 p. 93-100
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】鍼灸が広く国民の健康に寄与するためには、その安全性が担保されなければならない。今 回我々は、消費者庁と独立行政法人国民生活センターが管理運営を行っている事故情報データバ ンクシステムに登録された鍼灸とその関連療法に関する有害事象ついて調査し、事故情報データ バンクシステムの有用性について検討した。
    【方法】事故情報データバンクシステムの運用開始(2009 年 9 月)から 2020 年 12 月 31 日までに 登録された事故情報を対象に、フリーワード検索を行った(鍼、針、ハリ、はり、バリ、ばり、粒、灸、 キュウ、やいと、ヤイト、艾、モグサ、もぐさ、経穴、ツボ、つぼ)。該当した事故情報を、鍼灸 とその関連療法に関する有害事象とその原因療法について分類・集計した。
    【結果】有害事象では熱傷が 149 件と最も多く、痛み 79 件、体調悪化・症状悪化 42 件、気胸 36 件、 体調不良・気分不良 33 件、皮膚障害 29 件、鍼の抜き忘れ 28 件、内出血 26 件、感覚障害 24 件、 腫脹 21 件と続いた。灸療法、艾蒸療法、他の温熱療法、電気療法、光線療法、吸角療法の有害事 象では熱傷が最も多く、各々 95 件、20 件、4 件、4 件、2 件、2 件であった。鍼療法では痛みが 43 件、 耳鍼療法では皮膚障害 9 件が最も多かった。
    有害事象の重症度では、「医者にかからず」が 101 件と最も多く、治療期間が 1 ヶ月以上 82 件、 1 週間未満 48 件、1 ~ 2 週間 47 件、3 週間~ 1 ヶ月 40 件と続いた。
    【結論】事故情報データバンクシステムには、気胸などの重症例から、論文や会議録に発表されな い鍼灸やその関連療法に関するマイナーな有害事象(熱傷、痛み、体調悪化・症状悪化など)や 軽症例まで多数登録されていた。本調査の結果、事故情報データバンクは、文献調査に比較して 情報量・信憑性・正確性については劣るものの、鍼灸やその関連療法に関する有害事象の把握や リスクマネジメントを考える上で、有用かつ貴重な情報源であることが示された。
  • 古田 高征
    2022 年 47 巻 2 号 p. 101-107
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】
    頸肩部の痛みを持つ被験者に押圧刺激を行い、刺激前後などの症状の変化と血圧・心拍数の変化 について検討した。
    【方法】
    研究は、実験について書面にて説明を行い、同意が得られた頸肩部痛がある成人 27 名(平均年齢 45.0 ± 19.7 歳)を対象に行った。 押圧刺激は、腹臥位にて頸肩部の軽擦、肩上部の母指圧迫、後頸部の四指揉捏、分界項線部の母 指圧迫、さらに頸肩部の軽擦を順に 15 分間で行った。押圧強度は、押圧力を約 10kgとして刺激前 に確認した上で実施した。
    測定は、刺激前後に頸肩部痛の強さを Visual Analogue Scale (VAS)、自動血圧計を用い背臥位にて 血圧、心拍数を測定した。また、刺激中の心拍数は、光学式心拍センサーを用い 1 秒毎に記録した。 さらに、刺激後に被験者と施術者のそれぞれから押圧の自覚的強度を聞き取り記録した。 統計処理は StatView5.0 にて、対応のある t 検定、ピアソンの相関係数の検定、スピアマン順位相 関係数の検定にて有意検定と相関係数を算出した。
    【結果】
    刺激により頸肩部痛 VAS 値は、刺激前 64.6 ± 20.0mmから刺激後 14.8 ± 11.3mmと有意な低下 (p<0.05) がみられた。心拍数は、刺激前 69.8 ± 12.0 拍 / 分から刺激後 63.5 ± 10.6 拍 / 分となり、有意な低 下 (p<0.05) がみられた。刺激前後の変化量の相関について、頸肩部痛の VAS と心拍数は r=0.34 と弱い相関がみられた。また頸肩部痛の VAS と被験者の押圧の自覚的強度には r=0.38 と弱い相関 が有意(p<0.05)にみられた。刺激中の心拍数は、上下に変動をしながら徐々に低下した。
    【考察】
    刺激により頸肩部痛の VAS や心拍数が低下したことから、副交感神経活動を増大させ、症状の軽 減への関与が伺われた。また、頸肩部痛の VAS と被験者の押圧の自覚的強度に相関がみられたこ とから、被験者にある程度の刺激強度を感じることで症状を軽減させることになると思われた。 さらに、刺激が症状に与える影響は心拍数から心拍数から伺い知ることの一助となると思われた。
    【結語】
    押圧刺激による頸肩部痛 VAS の変化と心拍数、被験者の押圧の自覚的強度に相関が伺われた。
  • 宮本 美樹, 殿山 希
    2022 年 47 巻 2 号 p. 109-114
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【目的】婦人科がんの手術後に続発する下肢リンパ浮腫に対して日本で行われているあん摩とマッ サージの組み合わせが効果的ではないかと仮説し、治療プロトコルを作成した。そのプロトコル の効果を検討するために n-of-1 試験のデザインで予備研究を行った。
    【方法】 対象:子宮体がんの標準治療として子宮および両側卵巣摘出術、骨盤リンパ節・傍大動脈リンパ 節廓清術、化学療法を受けて 14 年を経過した後、右下肢にリンパ浮腫を呈した 70 歳の女性 1 名。 研究デザイン:あん摩治療プロトコル(側臥位で体幹・下肢に遠心性に行う日本で通常行われて いる全身あん摩手技に、血流・リンパ液の還流を意識して伏臥位・仰臥位で下肢に求心性の軽擦 法と筋刺激を組み合わせたもの)による施術を 60 分間、週 1 回、合計 6 回実施する治療期間 1(A1)、それに続く 4 週間の無治療期間 1(B1)、再び治療期間 2(A2)、続いて無治療期間 2(B2) の ABAB デザイン。
    評価方法:下肢周径(5 カ所の測定ポイントを設定して合計値を算出)・リンパ浮腫による QOL 評 価(日本語版 LYMQOL を使用)・足背静脈速度測定。
    【結果】下肢周径は、A1 の前後では、患側 17.2cm、健側 17.7cm減少した。A2 の 1 回目から 3 回 目までは減少したが、新型コロナワクチン接種後に増加し、その後の施術では患側は不変、健側 1.9cm減少した。B1、B2 の前後ではいずれも増加した。QOL の評価では、下位尺度「全般的な QOL」の改善がみられた。施術前後で測定できた 3 回の足背静脈血流速度はいずれも施術後に上 昇した。
    【考察】これらの結果から作成プロトコルはリンパ浮腫の軽減に有用である可能性が考えられた。 あん摩による筋に対する刺激が筋機能の正常化をもたらし、筋内圧の低下と筋血流の増加、静脈 排出の増加を促してリンパ還流に影響した可能性が考えられる。また、静脈上の求心性の施術に よる外的な力によって血液が静脈に流れたことが考えられる。本試験では、統計解析によりプロ トコルの効果を明らかにしていきたい。
ケースレポート
  • 島田 慶, 緒方 昭広
    2022 年 47 巻 2 号 p. 115-120
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【はじめに】日常の臨床において、肩関節疾患はよく遭遇するものの 1 つである。退行性変性を基 盤とする疼痛や可動域制限を訴えるものが多いが、今回は外傷に起因した肩関節の疼痛と二次性 に発生したと思われる肩関節可動域制限に対して鍼治療が奏功した症例を報告する。
    【症例】53 歳 女性 公務員(デスクワーク)
    【主訴】左肩関節痛
    【現病歴】20XX 年 2 月に頸肩部の凝りの治療として整体で「肩甲骨はがし」を受療し途中で苦痛を伴う嫌な痛みを自覚した。直後から左手の力が入らなくなり肩の外転不能となった。その 2 週間後から徐々に寛解するも、現在も有痛性の可動域制限が続く。
    【陽性所見 異常所見】ROM 左肩関節:屈曲・外転:90°、内旋:30°、外旋:20°、左肩関節運動時痛:屈曲・外転・内旋、左肩関節抵抗筋力テスト:外転・内旋、外旋、結帯動作・ドロップアームテスト・エンプティカンテスト
    【評価】外傷による腱板損傷が起こり、それに起因しインピンジメントも発症した可能性が疑われ た。
    【治療】1 診目:血流改善による動作時の疼痛緩和、組織損傷の回復を目的に疼痛部位 ( 烏口突起周辺、棘上筋腱移行部 ) に置鍼、6 診目以降から、疼痛性筋力低下が消失したため、回旋筋腱板構成筋 ( 棘 上筋・棘下筋)、伸張痛のある筋 ( 棘下筋・三角筋後部線維・菱形筋 ) へ1Hz、15 分の鍼通電を施行した。
    【結果】初診から約 5 ヵ月間に計 9 回の鍼治療を行い、水平内転での疼痛 NRS(Numerical Rating Scale) が 8 → 2 へと改善。左上肢水平内転時、左手指 ( 示指、中指 ) が反対側肩峰まで 2cm空いて 届かず、治療後は肩甲棘に届くようになり可動域が改善した。
    【考察】腱板損傷の進行度合いを考慮し、置鍼と鍼通電治療により病態を悪化させず、疼痛や可動 域制限の改善を図ることができると考えられる。
文献レビュー
  • - 課題の探索を目的としたナラティブレビュー -
    村橋 昌樹, 井畑 真太朗, 山口 智
    2022 年 47 巻 2 号 p. 121-
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/06/28
    ジャーナル オープンアクセス
    【緒言】頸部痛の年間有病率は 30%から 50%とされ、患者の QOL を低下させるだけでなく、患者 個人の経済的負担ひいては医療経済の負担を増加させることが知られている。頸部痛のうち、非 特異的頸部痛は鍼灸臨床において頻繁に遭遇する愁訴であるが、非特異的頸部痛に対する鍼治療 の効果を検討した研究は少ない。したがって、本研究では非特異的頸部痛に対する鍼治療の研究 の現状を明らかにし、研究を遂行する上での課題を探索することを目的としてナラティブレビュー を行った。
    【方法】分析対象とする文献の包含基準は、非特異的頸部痛に対して実施された鍼治療の臨床研究 であり、2010 年 1 月 1 日から 2021 年 12 月 1 日までに発表された原著論文とした。文献は医学中 央雑誌 Web 版および PubMed を用いて検索した。
    【結果】データベース検索の結果、国内文献は 252 編、海外文献は 752 編の論文が抽出された。そ のうち、包含基準に該当しない論文を除外し、国内文献は 7 編、海外文献は 45 編の論文が収集さ れた。内訳はランダム化比較試験(以下、RCT)が 32 編(うち二重盲検が 5 編、一重盲検が 9 編)、 前後比較試験が 8 編、クロスオーバー試験が 3 編、非ランダム化比較試験が 2 編、N of 1 試験が 1 編であった。また、非特異的頸部痛のうち、疾患を特定していない文献は 9 編、筋筋膜性疼痛を 対象としている研究は 34 編、肩こりを対象とした文献は 7 編、頸椎症が 2 編、頸椎椎間板症およ び頸椎椎間関節症は 0 編であった。
    【考察】収集された文献の多くが筋筋膜性疼痛を対象としており、頸椎椎間板症および頸椎椎間関 節症を対象とした文献は抽出できなかった。また、RCT では二重盲検による研究が少なく、鍼の 効果について十分な検証はされていないことが問題である。したがって、将来的に、質の高い二 重盲検の RCT の実施が望まれる。
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