「ビジネスと人権に関する国連指導原則」が2011年国連人権理事会において全会一致でエンドースされた。この指導原則を各国が実行すべく策定する政策文書が「ビジネスと人権に関する国家行動計画」(National Action Plan on Business and Human Rights:NAP)である。欧州各国によるNAP策定が先行する一方,タイ政府が2019年10月に初のアジア地域における国としてNAPを閣議決定し公表した。本稿では,なぜタイがアジア地域において最初にNAPを策定するに至ったのか,その過程を分析し,タイNAP策定の意義,その意義を具現するNAPの内容の特徴を分析する。軍事政権下にあったタイは,国連人権理事会における普遍的定期的レビューを逆手に取り,EU市場に応え,かつASEANのリーダーたることを示すためにNAP策定の機会を最大限に活用したと分析される。タイNAPの特徴は,国際社会から非難されてきたイシューに直截的に対応していることであり,なかでも越境投資・多国籍企業分野における政策には,投資受入国であり投資企業の母国でもあるというタイの経済的立ち位置が如実に表れている。