イランの同業者組合制度は,行政府の側がばらばらに活動する国内の事業者を積極的に束ね,みずから組織化することを義務付けているという点で,競争法を通じて事業者団体による競争制限的な行為を禁止し,市場の公正性を担保しようとする今日の世界的趨勢においてきわめて例外的な事例である。こうした制度が敷かれている背景には,企業間関係が希薄であるがゆえに,相対的に大きな企業による寡占はおろか,事業者による集団的な競争制限行為も生まれにくいというイラン独自の産業組織のあり方が大きく関連している。この意味では同業者組合制度はむしろ,営業活動上における事業者間の非協調的傾向から生じる市場の非効率や混乱を改善する働きが期待できるものである。
台湾史研究とはなにか,台湾史は誰がどのように書いてきたのか。この問いは日本による植民地統治と戦後の国民党政権による統治体制を経てきた台湾を対象とする歴史の研究にとって重要な意味を持つ。本稿は,この問題意識から,日本における台湾史研究の歴史と個性にアプローチすることを試みる。前半では,1895年から1945年までの帝国日本による台湾統治時期における,伊能嘉矩,岡松参太郎,矢内原忠雄及び台北帝国大学の研究者らによる研究のうち「里程標」というべき書物を取り上げ,歴史研究と植民政策論及び人類学の関係を検討する。ついで,帝国日本の「遺産」と戦後への「架け橋」という視点から,1945年前後の連続性と変化を検討する。後半では,1945年から現在までの時期を対象として,日本における台湾史研究の「再出発」の契機ともなった台湾人留学生の群像,それに知的刺激を受けた台湾近現代史研究会の活動,90年代の台湾の変化,日本台湾学会の設立から現在までの研究史を素描する。さいごに台湾史研究をめぐる史論と方法論についても触れ,台湾はどこに行くのかという問いへの始点とする。