一、南滿洲ニ於テ我租借地ナル關東州内及滿鐵沿線附屬地竝ニ領事館區域内ニ凡十三萬ノ日本人及約六十萬ノ支那人居住ス。本報告ハ是等日支人間ニ於ケル癌腫發生ノ概況ヲ調査シ統計的觀察ヲ加ヘタルモノトス。
二、調査ノ資料ハ日支人共ニ日本人醫師ノ死亡證アルモノヽミヲ、民政署保管ノ原簿ニ付キ自ラ調査拔出シテ數ノ計上ヲ遂ゲタリ、從テ日本内地ニ於ケル統計ト同等ノ價値ト認メ得ベシ、又人口ト癌死亡者數ノ比ヲ求ムルニハ如上ノ死亡證ノミヲ受付アル區域ヲ部分的ニ撰擇シ計數ヲ營メリ。
三、旅順市ニ於ケル十三ヶ年間ノ日本人人口平均數八千四百六十九人ニ對シ一般死亡者平均數一百五十二人癌死亡者數二•六六トナリ人口一萬對三ノ比ヲ得タリ、此ノ數ハ内地ニ於ケル佐世保、横須賀、呉ノ癌發生數ト殆ンド一致シ内地都會中最小癌發生地ノ率ニ相當ス、同市ニ於ケル支那人ハ人口平均七千四百六十八人ニ對シ一般死亡者數一百四十七、癌死亡者數一•七人トナリ日本人ヨリ少數ニシテ人口一萬對二•二三率トナル。一般死亡率モ亦日本人ハ人口五千ニ對シ九十、支那人同九十一ニシテ内地ニ於ケル死亡率、人口五千對約一百ナル指數ヨリ小ナリ。
四、大連市ニ於テハ日本人人口最近五ヶ年平均四萬二千七百二十三人ニ對シ一般死亡者平均千〇十四•四癌死亡者平均二十一•二人トナリ人口一萬對癌死亡者五ノ率ヲ示シ、内地ノ平均率六ヨリモ稍ゝ少數トナル、サレド小樽、門司、長崎、神戸、横濱ノ各港ノ癌死亡率ト大差ナシ、支那人側ハ人口平均四萬四千百十四人ニ對シ凡十四人ノ癌死亡者アリテ人口一萬對凡三•二ノ率トナル。
五、金州城内支那人ハ殆ンド定住者ノミナルガ人口一萬對癌死亡者約八•〇ノ率ヲ示シ内地日本人都市ノ高率ナルモノ岡山、和歌山、徳島等ニ相當セリ。
六、滿洲在住總日本人人口最近平均九萬三千六十五人ニ對シ一般死亡者千九百二十五人癌死亡者ハ正確ノ調査ニ非ザルモ凡二十七•六人トナリ、人口一萬對癌二•八一トナル、從テ内地平均率六ノ半數ニ充タズ、但發生率ノ實際ニ於テ少キニ非ザルコト別ニ説ク如シ。
七、旅順ノ十三ヶ年、大連ノ五ヶ年通算癌腫百四十例ノ内譯ハ、胃癌八十七、子宮癌十九、食道癌九、肝臟癌七等ノ順序トナリ平均年齡五十三•三歳ニ當ル、之ヲ内地癌患者ノ平均年齡五十九•七六歳(大正六年)ニ比スレバ少キコト六歳餘ニ上ル、之レ恐ラクハ在滿日本人ノ老年者ガ中年者ニ比シ少數ナルニ因ス。
八、滿洲ニ於テハ子宮癌ハ胃癌ニ比シ内地ニ於ケル兩者ノ比ヨリ小ナル比ヲ示スニ過ズ、之レ中年以後ノ女子ガ男子ノ半數強ニ過ザルノ少數ナルニ因ス。
九、滿洲ニ於ケル六十歳以上ノ癌死亡者數ハ同年齡前ノソレニ比シテ凡三分ノ一ノ總數トナル、内地ニ於テハ兩者殆ンド同數ナルノミナラズ六十歳以上ノモノニ少シク多數ナリ サレド滿洲在住六十歳以上ノモノヽ總數ハ以下ノモノヽ五十分一ニ過ズ、内地ニ於テ其比十分一ナルニ比スレバ五分一ノ少數比ヲ保ツニ過ズ、故ニ滿洲ノ老人ハ内地ヨリモ三分ノ五、即チ約二倍弱ノ高率ヲ以テ罹患スルモノト稱スルヲ得。
一〇、如上六十歳以上男子老人ノ著シク少數ナルコトハ滿洲ニ於ケル癌總數ノ内地發生率ニ比シ小ナル原因ノ一ニシテ、第二ハ中年以後ノ女子ノ少數ニシテ子宮癌ノ發生少數ナルノ因ヲ成スコトヲ承認セザルベカラズ、滿洲ニハ二十歳ヨリ二十五歳ニ至ル女子ノ數ハ男子ノ二倍弱ナルニ反シ三十五乃至四十歳ニ到テ正反對ノ數ヲ示シ男子ガ却テ女子ノ二倍弱トナリ月經閉止期ハ此ノ圏内ニ含有セラルヽニヨリ女子癌腫ノ發生頓テ癌總數ノ上ニ有力ナル影響ヲ及ボスコトヽナルヤ疑ヲ容レズ。

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一、本篇ハ胸腺原發性惡性腫瘍ノ三例ニ就キ、主トシテ其等ノ病理學的方面ヲ論ゼシモノナリ。
二、第一例ハ五十二歳ノ女子ニシテ、生前全身ノ浮腫及呼吸困難ヲ訴ヘ、心臟瓣膜病及左側肋膜炎ノ診斷ノ下ニ死亡セルモノニシテ、剖檢上、前縱隔竇胸腺ノ部位ニ一致シテ約三角形ヲ呈シ、諸所ニ浸潤シテ廣汎ナル腫瘍ヲ形成セルモノナリ。
三、鏡檢上、胸腺皮質細胞ヨリ發生セル腫瘍ナルコトヲ確メ、因襲ニヨリ之レニちもーまナル名稱ヲ附セムトス。
四、胸腺實質細胞ヨリ發生セシ腫瘍ナルコトヲ診斷スルニ、先輩ノ唱道スル特徴ハ皆一定ノ場合ニ於テノミ一條件タリ得ルモノニシテ、確定的價値ヲ有スルモノハ、繼發、轉移等ヲ除外シ得タル時、腫瘍組織内、中胚葉性網状組織及格子状纖維ノ存在セザルコトヽス。
五、本例ノ淋巴系統、骨髓、脾臟、肝臟、腎臟、膵臟ノ肉眼的及組織的變化ヲ檢セシモ、淋巴組織ノ増殖、或ハ淋巴細胞ノ浸潤ヲ認ムル事能ハザリキ、故ニ本例ハ淋巴性白血病ノ續發性變化トハ認ムル能ハズ、又バルマ氏等ノ胸腺性白血病、或ハフヮビアン氏ノLymphocytomatose等ト同一疾患視スルコト能ハズ。
六、ちもーまハ其ノ細胞ノ生物學的性状、全ク癌腫ニ一致ス。
七、第二例ハ六十四歳ノ男子ニシテ、生前兩下肢ノ截〓、直腸障碍及ビ咳嗽ヲ訴ヘ、慢性氣管枝炎及脊髓出血ノ診斷ノ下ニ死亡セルモノニシテ、剖檢上、前縱隔竇ニ於テ、正中線ヨリ稍々左方ニ偏シテ鵞卵大ノ腫瘍ヲ認メ、諸所ニ浸潤シテ廣汎ナル腫瘍ヲ形成シ、就中後方脊髓腔内ニ漫潤セルモノハ、脊髓實質ヲ壓迫シテ壓迫牲脊髓炎ヲ惹起ス。
八、鏡檢上、本例ハ胸腺原發性癌腫ナル事ヲ確メ得タリ。
九、第三例ハ三十二歳ノ女子ニシテ、生前腹痛ヲ訴ヘ、盲腸周圍炎ノ診斷ノ下ニ死亡セルモノニシテ、剖檢上正シク胸腺ノ部位ニ一致シ、長サ約三糎、幅約二・五糎、厚サ約一糎ノ扁平橢圓形ノ腫瘍ヲ認メ得タリ。
一○ 、鏡檢上本腫瘍ヲ構成スル細胞ハ三種ノ細胞ヨリ成リ、而シテ是等三種ノ細胞ハ其ノ根源ヲ一ニスルモノナルコトヲ知リ、尚腫瘍位置ノ正シク胸腺ノ位置ニ在ルト、其ノ組織内網状纖維及格子状纖維ヲ認メザル等ノ理由ヲ以テ、本腫瘍ノ胸腺原發牲腫瘍ナルコトヲ確メ、而シテ胸腺皮質細胞ヨリ發生スル腫瘍ニちもーまナル名稱ヲ附セル關係上、假ニ一時本腫瘍ニ多形性ちもーまナル名稱ヲ附シ、本名稱ノ下ニ胸腺皮髓兩種(或ハ尚以上)ノ細胞ヲ有スル腫瘍ヲ了解セムトス。

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