腫瘍における免疫及びアレルギー反応というデリケートな問題の追求に適当した吉田肉腫及び若干の純系白鼠の系統が提供されたので先ずその累代移植の成績から研究を開始した,その結果,山下系白鼠は吉田肉腫移植ですべて腫瘍死して最も吉田肉腫発生動物系に近い態度を示し,一般市販雑婚白鼠はほぼこれに類した,Wistar系は初期世代は腫瘍死し後世代ではやや増殖力を減じて常に10日前後に腫瘍細胞は突如空胞変性に陷って消失して自然治癒した。どぶ鼠では腫瘍死と自然治癒が混在し,くま鼠,廿日鼠は何れも自然治癒したが累代移殖は可能である。
この突如として起る自然治癒は一方移植動物の系統が腫瘍発生動物から遠縁であるために増殖性が低下する事,動物の老若,血清の自然凝集素の有無,正常反応性の強弱などが関係すると共に他方この腫瘍細胞を抗原として移植動物に抗体が発生し腫瘍細胞と反応してチトトキシンアレルギー性反応が成立する事が関係する事を知った。
即ち移植腫瘍における腫瘍死と自然治癒は腫瘍の増殖性と移植動物における抗体発生の相互関係に基くものである。生体は細菌感染時におけると同様にノルメルギー,アレルギー,アネルギーの3反応状態を示し,抗体過剰でアレルギー状態を示して自然治癒し,抗原過剰でアネルギー状態に陷つて腫瘍死する。
腫瘍の免疫の解明には自然治癒現象が対照になるが,自然治癒例への再移植は100日以上阻止され強いアレルギー反応を伴う,その血清は試験管内で40-160×倍稀釈まで吉田肉腫を自然治癒時同様に空胞変性に陷れ増殖性を失わしめる。この血清を先に正常動物に与えればその後の移植は抑制される。
自然治癒血清は又腫瘍細胞を80-640×迄凝集し,同時に山下系腹腔単球を凝集するがその赤血球を凝集せず有核細胞に共通する抗原性を認める。腫瘍死鼠血清はしかし凝集素を示さず又山下系等に吉田肉腫の皮下移植剔出をくりかえせば長期間の抗移植性を現すが血清の凝集反応は陰性である。
兎,山羊を吉田肉腫で免疫すれば総ての鼠細胞及び吉田肉腫を凝集融解する強い抗鼠性(種属特異性)のチトトキシンを生ずる。これを鼠の赤血球で吸収すれば腫瘍凝集素はなお残り,自然治癒鼠血清に近づく,これを正常有核鼠組織で吸収すれば腫瘍凝集素もと0なるがなお生体内外で吉田肉腫を空胞変性させる因子が残り抗移植性を与えた山下系血清に近づく,これを生の吉田肉腫で吸収すれば全く抗肉腫性も失われる。即ち腫瘍免疫は抗鼠性の種属特異性,抗鼠有核細胞特異性の他に吉田肉腫に特に作用する独立した因子が存在する,
事実吉田肉腫発生系統鼠の正常組織でこれと遠縁の白鼠を強く免疫すれば一過性ながら吉田肉腫移植を阻止する弱い免疫を得る,しかしこれを正常組織で吸収すれば抗吉田肉腫性は失われる。
以上の免疫血清によつて吉田肉腫の治療を行うに,Wistar系移植では何れの免疫血清でも自然治癒は促進される。しかし山下系,市販雑婚白鼠では多くは中毒死,再発腫瘍死を来す,唯Wistar系の自然治癒血清の大量,鼠の赤血球で吸収した兎の免疫血清で完全治癒が成立する。また抗吉田肉腫兎血清を種々の操作で正常鼠組織あるいは殺した吉田肉腫で吸収し,その有核無核細胞凝集価の0になったものでは鼠を障害せず完全治療が成立し再発を見なかった。
しかし以上の抗腫瘍因子が直ちに腫瘍特異性を意味するか,また移植腫瘍の免疫治療から直ちに発生腫瘍のそれに及び得るかは今後の問題である。ただ従来の成績に反して移植腫瘍の免疫治療の可能な事実の一つは吉田肉腫が液状の腫瘍で有効物質が個々の細胞に直接作用し得るかちである。
我々は以上の研究を更に発展させるためにその後に発生した吉田肉腫と同型の腹水腫瘍(MTK,
1-2,弘前型)及びわれわれの教室で山下系から発生した吉田肉腫から独立した別種の新腹水腫瘍(武田肉腫)について免疫の相互関係の研究を続行中である。
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