以上記述した所を要約すれば次の數項となる。
1) 調査地域内の地層は高瀬川凝灰岩層及び須郷田層が主體となり,其の東西両限に於て西は東方よりの衝上斷層かと思はれる大斷層により,東は東落ち小斷層により夫々珪質頁岩以上の累層と境を接してゐる。
2) 双六階に對比し得る高瀬川凝灰岩層及び臺島階に對比される須郷田層は,全體的に見れば南北軸を有する極めて緩漫な波状褶曲をなし,東西2つの背斜と中央向斜が認められ,向斜底部には須郷田層と整合關係にある女川階の珪質頁岩層が發達してゐる。
3) 高瀬川凝灰岩層は岩質,及び成層關係からM
1•M
2の2帶に區分され得る。M
1帶は凝灰岩を挾む安山岩質熔岩及び集塊岩類である。帶は主として凝灰質岩石よりなり,中上部には一般に多量の珪化木を含有する。
4) 須郷田層は最上限を除き比較的凝灰質ならざる地層よりなり,多量の海棲動物化石を有し夫によつて中部中新世と推定される。
5) 西方背斜及び中央向斜西半に於てはM
1•M
2両帶及び須郷田層は夫々輕微な不整合關係にあり,走向傾斜には大差が無い。而して須郷田層は夥しい礫岩層を持ち,偽層をなし,局部的削剥面多く,明かに淺海成河ロ堆積層である。
6) 中央向斜東半に於ては須郷田層基底の侵蝕量が急激に増加し,北部ではM
2帶は侵蝕され盡し,薄くなつた須郷田層が直接M
1帶上に不整合的に重つてゐる。又珪質頁岩層が一部須郷田層を覆蔽してM
1帶に直接接してゐる所がある。尚M
2帶は東方に行くに從ひ其の含有する浮石小礫の大きさ・量を増加する傾向を持つ。
7) 東方背斜地區に於ては中央を南北に走る西落ち小斷層によりM
1帶が繰返して再度露出して居り,M
2帶は全然無く,須郷田層が不整合を以てM
1帶を薄く覆つて東方に緩斜してゐる。M
1帶,特に東方に露出するM
1帶は須郷田層に比べ稍々複雜なる構造を有し,M
1・須郷田両層間に或程度の地殻運動の存在した事を思はしめる。尚此の地區の須郷田層は西方の同層に見る如き層内礫岩は稀で,偽層又は局部的侵蝕面もなく主として砂岩よりなる。
7) 而して須郷田層は7萬5千分の1本莊圖幅に於ける高瀬川凝灰岩層の上部を指すものであるが,化石及び成層關係より男鹿半島の臺島階に相當するもので,双六階に對比される下位の高瀬川凝灰岩層より切離して考へるのが適當である。
尚採集せられたる化石を一括し表記すれば次の如くである。(採集地點番號は地質圖參照のこと)
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