性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する「理解増進法」の施行を受けて,産業保健スタッフにとって必要となるジェンダーとセクシュアリティについての基礎知識を解説する.ジェンダーについては,身体的・先天的性であるセックス(Sex)とは別次元の後天的,社会的に構築される「社会的・文化的性」であること,ジェンダー表現は,ジェンダー記号の操作によってなされることなどを説明する.さらに,ジェンダー・アイデンティティ(性同一性)とは,「性自認」と他者から与えられる性別認識である「性他認」とが,社会的経験を通して統合されたものであるという新見解を述べる.セクシュアリティについては,「性についての欲望と行為に関わる事象の総合」と広く定義し,その存在は生物としての本能に由来するが,その質(何に対して性欲を抱くか)は,社会・文化的に構築された,多様性に富むものであることを解説する.
LGBTQは就活・就労における困難・ハラスメント経験が多く,失業や不安定な雇用,精神疾患や生活困窮における高リスク層です.しかし,LGBTQの78%は行政・福祉サービス利用時に困難やハラスメントを経験し,5人に1人は希死念慮が向上している,喫緊な状況です.認定NPO法人ReBitが行ってきたLGBTQへの就労支援,及びLGBTQフレンドリーを謳う就労移行支援事業所「ダイバーシティキャリアセンター」での,LGBTQかつ精神障害がある方等の複合的マイノリティへの就労支援の実践から,LGBTQも安心して働ける職場づくりと,LGBTQも安全に利用できる医療・福祉サービスについて考えます.
2000年代以降,東アジアでは性的マイノリティの人権に対する社会的な関心が高まり,差別の解消を目的とした法や政策,自治体の条例,企業の施策が展開してきた.こうした「LGBT」の主流化をうけて,バックラッシュや「反ジェンダー運動」(Anti-Gender Movement)もグローバルな盛りあがりを見せている.日本で2023年に施行されたLGBT理解増進法も,まさに「LGBT」の主流化と反ジェンダー運動の緊張関係のなかで成立したものと位置づけることができる.本稿では性的マイノリティをめぐる近年の政治状況を理解することを目的に,第二節で社会科学の研究成果を紐解きながら東アジアにおける「LGBT」の主流化を論じた.第三節では反ジェンダー運動のグローバルな展開を確認し,最後にLGBT理解増進法の奇妙な成立過程を指摘した.
LGBTQ+労動者の包摂はディーセント・ワークの推進という全ての労動者の人権に関わる問題であるが,政治的な動機,あるいは特定のイデオロギーに根ざした活動のように捉えられる傾向が少なくない.産業保健の観点でも,異性愛規範やシスジェンダー規範に当てはまらない労働者が職場で排除される社会構造は職場における心理社会的ハザードの1つであり,これが離職率の増加,さらには経済的不安定やメンタルヘルスの不調の増加等という社会・健康格差の問題に繋がっていると捉えることが出来る.本稿では海外におけるLGBTQ+労動者の包摂に向けた取組について,国際機関での議論,米国における雇用差別禁止の法整備,米国企業の取組に対する認証制度を中心に取り上げる.また,これらの大きな枠組みの中で産業保健職が果たすべき役割について議論する.
労働法は,性的マイノリティの存在を念頭に整備されてこなかったが,憲法には性的マイノリティに対する差別禁止の趣旨が含まれており,行政の指針や裁判例もわずかずつ性的マイノリティが職場で置かれた立場を認識し,その権利保障を進めつつあった.LGBT理解増進法は,性的指向・性自認を理由とする差別禁止を基本理念にとどめた点や,性的マイノリティに対して他者がもつ違和感等を,当該性的マイノリティを排除する理由として認めかねない条文を有する点などに問題があるため,改正される必要がある.しかし,同法に基づいて性的マイノリティに関する社会の理解を進めることは,性的マイノリティの職場進出や,その権利保障を充実させる法整備を後押しする効果を持つ.性的マイノリティと現在の「社会標準」とのズレを社会の負担の下に改善し,性的マイノリティも平等に法的権利の主体であることを実現する社会作りが求められている.
性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(令和5年法律第68号)」は,憲法13条の個人の尊重の原則及び14条差別禁止の原則を再確認し,多様性に寛容な社会の実現を目指すものであり,性的マイノリティの権利利益に関するわが国初の包括的性格を有する法律であると評価できる.制定過程では対立があったが,現在国は,連絡会議,Q&Aの掲載,学術研究,広報・啓発等具体的な実行化としての施策展開を行っている.一方自治体は,国の計画・指針待ちが目立つ.住民の福祉の増進を体現すべく自治体は,①法の支配・法律による行政の原理の再確認と徹底の観点から,性的マイノリティにかかる近年の判例等(最高裁判所令和5年7月11日判決,同10月25日大法廷決定)を視座に法整備,人的・財政的措置を急ぐ必要がある.また,査定・対立思考から寄り添い・対話・多様な選択肢を増やす思考への転換が必要である.
この法律は「LGBT」の文言は使われておらず,性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を幅広く包含する.「性的指向」は,単に「好きになる性」ではなく,恋愛感情と,性的感情が含まれる.「ジェンダーアイデンティティ」は,さまざまなタイプのものを含むとともに,一貫性,時間的持続性のあるものである.LGBTには,クローズドな人と,オープンな人がいる.このことを留意し,LGBT理解増進法で,事業主に対し努力目標として挙げられている「普及啓発」や,「研修の実施」を行うことが望まれる.カミングアウトとアウティングに留意すべきだ.職場でのカミングアウトが,肯定的な結果になるためには,「普及啓発」や「研修の実施」が重要だ.職場での情報共有が,不適切なアウティングにならぬよう留意する必要もある.この法律により,LGBT当事者だけでなく,全ての人が尊重される,職場になることが望まれる.
本稿では,性別違和への対応など新たな課題に直面した際の一般的な産業保健スタッフの動き方を述べた.困難な事例で浮き彫りになる多様な問題に対し,すべてを解決できる唯一無二の答えは存在するものではない.そこでは,事例性と疾病性の視点,合理的配慮の視点,社内連携,社外資源との連携など多面的に思いを馳せ,「ひとつの答えを見出す」以上に,「どのように考えていくか」ということが重要である.
当社グループはESG経営を実践しています.私は健康推進室長兼統括保健師として,グループ全社の健康推進の企画を立案し,各社の健康管理責任者・担当者と連携して業務を行っています.グループ会社の健康管理担当者から,性別適合手術と戸籍上の性別変更を行う予定の従業員Pさんの対応について相談がありました.事業場では性別変更後もPさんに今までと同様に働いてほしいという意向でしたので,性別変更に対応する計画を立て,関係部署との打ち合わせを行い,方針を明確にし,カミングアウトの範囲や研修内容を決定しました.研修では,法的なこと,多様性を受け入れる重要性,心の整理方法を説明し,悩んだ時の相談先を紹介しました.日頃からFirst Linerとして従業員に接している産業看護職は,LGBTQに関する相談も多いのではないかと思います.関わるすべての当事者と真摯に向き合い,中立の立場で冷静に対応していくことが大切だと思います.
令和5年6月23日「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(『LGBT理解増進法』)」が成立・公布され,1年が経過した.類似法案が2016年に提出されてから7年間,紆余曲折があり,政党間,国民の間でいかに合意形成が困難であったかが理解できる.そのような経緯などが影響してか,職場での理解増進に向けた活動は活発とは言えない.しかし,2023年7月と10月には,性的マイノリティを巡る最高裁判決が二つ出され,それぞれ職場の対応は違法,性的マイノリティに果たしている特例法の要件は違憲との判決であったことから性的マイノリティを巡る職場の適切な施策が早急に求められていることもわかる.『LGBT理解増進法』の適切な理解と職場での展開について,人事労務の立場から整理,考察する.
自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder: ASD)は,対人コミュニケーションの障害と限定された反復的な行動様式を主徴とする神経発達症群のひとつである.ASD者の就業上の問題の背景には認知機能障害が関連し,問題の背景にある認知機能の特徴を評価し,就労支援を行うことが肝要である.認知機能障害の視点から行動上の問題を評価するひとつの方法として,氷山モデルを活用したアセスメントが挙げられる.氷山モデルは行動観察に基づくアセスメントであり,「目に見える行動」に対して「目に見えない自閉症の特性」が影響を与えることを想定し,行動を認知機能の特徴から検討する.認知機能のアセスメントを通じてASD者にとって働きやすい就業環境を整え,就労面での成長を促していくことが望まれる.しかし,「できること」が増えるにつれ過剰な疲労につながり,ASD者の長期的な就労継続を阻害する点が指摘されている.今後,個人の心身疲労のメカニズムをどのように把握するかが課題である.
メンタリングとは,働く個人のキャリア発達を目的とした継続的な支援であり,支援者であるメンターと,被支援者であるメンティとの間での支援の授受によって,相互の成長,学び,発達が促進される.従来の研究の多くは,メンタリングとメンティのキャリア関連アウトカムとの関連性に着目したものだったが,1990年代に欧米でHealthy workplaceの概念が紹介され,労働者のウェルビーイングが重視されるようになったことを背景に,メンタリングとメンティのウェルビーイングとの関連性に注目した研究も2000年代以降に見られるようになった.今日の組織の現場では,労働者の自律的なキャリア形成やウェルビーイングの維持が大きな課題である.これに対応する資源としてメンタリングを活用できることを実証し,知見を発信するを通し,組織の現場を支援していきたい.
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