要旨:細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは十分に栄養があるとき分裂増殖を続けるが,栄養が不足して飢餓状態になると集合を開始し,多細胞体を形成する.実験環境下で最もよく用いられるAx-2株は,グルコース,ペプトン,イーストエクストラクトを主な栄養源とする液体培養液で培養が可能である.これらの栄養源のうち,グルコースについては,これを含まない培養液を用いて細胞を振盪培養した場合,増殖速度は低下するが細胞は増殖可能であることが報告されており,グルコースの欠乏は,細胞が飢餓状態を感知するための要因とはならない可能性があった.そこで, 振盪培養の代わりに培養用シャーレ中にグルコースを含まない栄養培地(G-培地)を満たして静置する,静置培養法で同様の実験を試みたところ,ゆっくりと増殖ができるものの,細胞密度が約7.5×105細胞/mlを超えると,やがて細胞は培地中で集合を開始することが確認された.集合途中の細胞にグルコースを添加すると,集合体が速やかに分散されることから,細胞性粘菌はグルコースの有無を感知し,グルコースの欠乏が飢餓状態の認識の1つの要因になることが示唆された.制限酵素仲介遺伝子挿入法(REMI法)により作成された突然変異株の中から,この条件でも全く集合しない変異株を単離し,その変異遺伝子を同定したところabpEに欠損があることがわかった.abpEは発生の初期段階において,仮足形成の調節に関わっていることが知られている.以上のことから,栄養液体培地中での細胞の集合には正常な仮足形成が必要とされる可能性が示唆された.
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