Tsoṅ kha paと並びチベット仏教世界を代表する顕密兼修の大学僧Bu ston Rin
chen grub(1290〜1364; 以下Bu ston)は、多数のタントラの方軌を学び膨大な文献を著しており、Cakrasam vara に関しても〈Lūyīpāda 流〉以下著名な5種の流儀の相承が伝えられ
1)、現行「Bu ston 全書」に16書が収められている。
筆者は現在、Sa chen Kun dgahsñiṅ poに始まる「Sa skya派五祖」よりTsoṅkha pa に到るチベット人諸師の著した〈Lūyīpāda 流〉関連諸文献の整理と解析を進めており、その中にはSa skya 派の教学に多くを負っていたBu ston の諸書も含まれている。
既に他所で触れた通り、彼は〈Lūyīpāda 流〉の方軌を7系統において受け継いでおり
2) 、それを通じて由来の異なる計4種の解釈を学んだと考えられるが、いわゆる〈六十二尊曼荼羅〉に随った灌頂を授かり、また同流の中心典籍である
Cakrasamvarābhisamaya(以下CSA)の理解や実修に関わるインド・チベット諸師の解説を伝授されて纏めた著作の一つが
dPal ḣKhor lo sdom pahi sgrub thabs rNal ḣbyor bshi ldan shes bya ba
[Toh 蔵外5046]
(吉祥なるCakrasamvaraの成就法「具四瑜伽」というもの;以下PGN)
である。
本書はその奥書によれば「甲午歳心宿月の白分第13日(rgyal bahi lo snron gyi zla bahi dkar pohi phyogs kyi tshes bcu gsum; 24b
1-2)」の完成であり、彼の活動期間を勘案すれば西暦1354年の新暦4月28日頃に相当する。章分けを示す文言、及び科門(synopsis)に相当する表現を有さず、散文を中心とした本論部分に帰敬偈、廻向偈、及び散文による短い付言を以て構成されている。
Bu ston は、「Cakrasamvara の成就法を詳細に明らかに解説した(hKhor lo sdom pahi sgrub pahi thabs // rgyas par gsal bar phye ba; 24a
6)」このPGNの内容が、「真実を成就させる方便(de ñid sgrub par byed pahi thabs; 1b
2)」であり「新発意が実修を楽にできるよう組み立てられたもの(las daṅ po pas ñams su blaṅ bde bar bsgrigs pa; 24b
1)」であって、「*Lūyīpāda の成就法に対するインド撰述諸註釈、及びタントラ註、賢学成就者達がお作りになったウパデーシャ、上師達のウパデーシャ通り(Lū i pahi sgrub thabs kyi rGya gar gyi ḣgrel pa rnams daṅ / rgyud kyi ḣgrel pa / mkhas grub rnams kyis mdsad pahi man ṅ ag / bla ma rnams kyi man ṅ ag bshin; 25a
7-b
1)」であると述べている。
即ち、ここで提示された“Lūyīpāda によるCakrasamvara の成就法(=CSA)”に基づく実修法が、4人の師から相承した7種の系統の何れか一つの仕方に偏倚しておらず、彼が学び得た多様な解釈を勘案綜合した結果であることが示唆されていることになる。
本稿ではこのような点も踏まえながら、PGN の示すCakrasamvara に関わる観想法を中心とした儀礼次第の枠組みと特徴の一端を明らかにして、チベットにおける〈Lūyīpāda 流〉伝承の解明に向けた一助としたい。
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