ニホンジカが高密度に生息する紀伊半島の森林において,繁殖期の鳥類群集と植生構造の調査を行った.調査を行った森林はブナが基底面積で50%近くを占め,それにオオイタヤメイゲツやトウヒなどが混じる針広混交林で,高さ1.5m以上の全樹木密度は1091本/ha,基底面積は45m
2/haであった.植生の構造は,(1)低木密度が低い,(2)草本の密度と丈が低い,(3)枯死木の密度が高い,という特徴があり,植被の量が森林の上層部から下層部まで全体にわたって少なかった.これらの植生の特徴は,いずれもシカによる草本や樹木実生および樹皮の採食が大きな原因の一つであると考えられた.
94年から98年までの5年間,テリトリー•マッピング法によって,調査地内で繁殖する鳥の種類と密度を調べた結果,平均種数は20,平均番密度は409/100haで,年によって大きな変化は見られず安定していた.ヒガラがもっとも多く(29%),シジュウカラ,ゴジュウカラ,ルリビタキ,ミソサザイの密度が高かった(8-10%).調査地において繁殖する鳥の種数と密度は,シカの影響が小さいと思われる森林で行われた報告と比較すると少なかった.これは,草本層に営巣する種が繁殖せず,また低木層に営巣する鳥の種数と密度が低いためであり,植生の特徴の(1)と(2)に関係づけられた.一方,樹洞で営巣する鳥の種数と密度は他の森林と変わらず,これは植生の特徴(3)に関係づけられた.従って,森林に高密度に生息するニホンジカは,採食によって植生を衰退させるばかりでなく,そこに生息する鳥類群集の構造までも単純化していることが分かった.
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