南太平洋ポリネシアのクック諸島は,1910年代からニュージーランドにむけて大量の労働移民を送りだし,これに加えてニュージーランドからの経済援助に依存することで命脈を保つ,いわゆるMIRAB型社会である。現在の諸島内人口がおよそ2万人なのに対して,ニュージーランドに移住・定着したクック諸島マオリは4万人に達しようとしている。人口の離散と年額1,400万NZドルを超える経済援助はクック諸島経済の活性化を誘発するよりも,むしろ低開発の持続を促し,マオリにとってのホームランドの政治経済的重要性を著しく低下させてきた。ホームランドの政治経済的脱中心化が進行するなか,クッタ諸島では,「伝統文化」に回帰してホームランドに根ざしたクック諸島マオリの文化的アイデンティティを回復し,それによってホームランドの再中心化をはかろうとする動きが政府レベルでも地域レベルでも近年顕在化した。本論では,クック諸島政府の文化政策の特質について考察し,カヌー建造をめぐるある地域的伝統回帰運動の事例をとりあげる。それによって,政府を支える文化政策と地域的実践を支える文化戦略の間にみとめられる運動,流用,対立の諸側面を記述し,現在のポリネシアにおける「文化」の問題を捉える一視角を提示したい。
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