社会情報学
Online ISSN : 2432-2148
Print ISSN : 2187-2775
ISSN-L : 2432-2148
12 巻, 2 号
選択された号の論文の4件中1~4を表示しています
原著論文
  • 尾室 拓史
    2023 年 12 巻 2 号 p. 1-16
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/03/14
    ジャーナル フリー

    効果的なポイント還元による購買促進をねらい,様々な企業がポイントカードを発行している。また,Tポイントやpontaポイント等,複数の企業がポイントの利用で提携を行い,独自の経済圏を築いていく動きも広がっている。一方,ポイントの運用に対してネガティブな感覚をもつ人も見られる。例えば,ポイントカードを持っているかどうかを毎回確認されることに苛立ちを覚えるという文句や,ポイントを得ようとすることは,浪費につながるために,ポイントカードの利用は慎重にすべきと指摘が,一部の人の間で見られている。

    以上を踏まえ本稿は,どのような人がポイントを好む傾向にあるのかということを検討したものである。検討のために本稿では,20代~50代を対象にサンプルを収集し,4つのポイント(Tポイント,pontaポイント,WAONポイント,nanacoポイント)に対する知覚価値と回答者の特性との関係を分析した。この結果,Tポイント,pontaポイント,WAONポイントについては,経済的な余裕度が低い人や,買い物をする際に精緻で包括的な情報処理を行う人ほど,熱望的価値および金銭的価値の双方が高くなることが分かった。一方で,nanacoポイントに同様の結果が確認できないことについては,nanacoポイントの特性(現金払い時にポイントが付与されず,クレジットカード利用者が優遇される等)が理由となっている可能性があり,この点については,引き続き検討が求められる。

  • 井原 伸浩
    2023 年 12 巻 2 号 p. 17-32
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/03/14
    ジャーナル フリー

    シンガポールでオンライン虚偽情報および情報操作防止法(Protection from Online Falsehoods and Manipulation Act: POFMA)が2019年に成立・発効した。同法は,いわゆるフェイクニュースや偽情報の規制法だが,これらの語を用いず,代わりに「虚偽の事実言明(false statement of fact)」を規制対象としている。本稿は,あいまいさが指摘される「虚偽の事実言明」の定義に対する批判と反論を検討する。具体的には,虚偽の事実言明の定義が,フェイクニュースや偽情報といった既存の概念の定義,あるいは定義するうえでの主要な論点に照らし,いかなる意味で則っているか/いないかを検証する。これを通じて,虚偽の事実言明が定義されるにあたり,フェイクニュースや偽情報等に関する先行研究ではあまり見られなかった法律論の論理が多く使用され,それが与党人民行動党(People’s Action Party)の政治家や閣僚とPOFMA批判者の間で,立法・履行過程で議論の齟齬と軋轢を生んだと論じる。特に,事実と意見の区別,意図の有無,虚偽性の判定等がPOFMAの立法過程において主要論点となったが,その正確な意味や判定のあり方が明確になっていったのは,POFMAの履行や判例が積み重ねられるなかでのことだった。

研究
  • 鳶島 修治
    2023 年 12 巻 2 号 p. 33-47
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/03/14
    ジャーナル フリー

    本稿では学齢期の子どもをもつ母親の子育て情報源としてのインターネット利用の規定要因を検討した。知識ギャップ仮説やデジタルデバイド論の考え方に依拠すると,インターネットが普及し新たな子育て情報源として利用できるようになったことで,むしろ社会経済的地位(SES)による情報格差は拡大することが予測される。「子どもの生活と学びに関する親子調査」のWave1(2015年度)とWave4(2018年度)のデータを用いて個人間の差異(betweenレベル)と個人内の変化(withinレベル)を区別したハイブリッドモデルを推定した結果,個人間(betweenレベル)では学歴や世帯所得の高い層ほど子育て情報源としてインターネットを利用する傾向があることが示された。また,友人・知人や学校・塾,マスメディアから情報を得ている母親はインターネットも利用しやすい傾向があった。個人内(withinレベル)ではWave1時点で子どもが小1~小3のサンプルでインターネット利用に対して世帯所得が正の効果を示した。また,Wave1時点で子どもが中1~中3のサンプルでは親族や学校・塾の利用が正の効果を示す一方,マスメディアの利用は負の効果を示した。全体の傾向として学歴や世帯所得の高い層が子育て情報源としてインターネットを利用しやすく,また他の情報源を利用している者ほどインターネットを利用しやすいことから,子育て情報を得る手段としてインターネットが登場したことは,母親が入手する子育て情報の量や多様性という面での格差を拡大させる方向に作用したことが示唆される。

  • ―高度医療社会の身体と自己―
    根村 直美
    2023 年 12 巻 2 号 p. 49-65
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/03/14
    ジャーナル フリー

    サイエンス・フィクションのあるものは,我々の社会に潜在する可能性を示唆していると考えることができる。本稿では,ネットワーク化された高度医療社会がどのような身体や自己のあり方をうみだすことになるのかという観点から,伊藤計劃の『ハーモニー(2008)』の分析を試みた。

    『ハーモニー』が描くのは,人々が,健康を維持する医療システムとつながれ,そのシステムに服従することによって,「公共的身体」を形成していく社会であった。その社会においては,プライベートな身体であるためには,「リソース意識」に満ちた関係性の“切断”が求められた。『ハーモニー』では,人間が「完璧」になったとされる世界のビジョンも示される。それは,もはや“切断”の意志をもつ「わたし」は存在しておらず,プライベートな身体が立ち現れることがない世界であった。

    『ハーモニー』は,逆説的に,身体をもち状況に埋め込まれている中で立ち現れる「わたし」という意識を浮き彫りにしている。その「わたし」は,状況への適応の結果としての断片の集まりにしかすぎず,確固とした存在ではない。しかし,「わたし」という意識をもつ存在においては,自己を維持するための方略としての“切断”の〈倫理〉がその意識の働きによって姿を現してくる。

    近年Michel Foucaultが提示した「自己の技法」に注目するポストヒューマニストが現れているが,そうした論者の議論を参考にするならば,個々の構成員が柔軟に変容しつつ自己を維持するようなネットワーク社会の探究を「自己の技法」からはじめること,それが,伊藤が我々に残した大きな課題と考えることができるのではないだろうか。

feedback
Top