ヒマラヤ山麓の小王国ブータンは, 長く鎖国状態に置かれていたが, 1960年代に開国すると, 以後半世紀に渡り, 近代化を推し進めてきた。2008年, 世界でも例を見ない, 主権者である国王自らの手による民主化を果たし, 議会制民主主義国家として歩みはじめたばかりである。
一方, 情報通信分野についても, 長い間, マスに満たない伝播型のメディアのみが存在しており, 情報化が加速したのは1990年代に入ってからであった。1999年, 時の第4代国王が情報の解禁を宣言し, テレビとインターネットが同時に流入するという, 前代未聞の情報化が進められてきた。
本論では, 並行して進められてきたブータンの民主化と情報化の歩みを丁寧に辿り, 両者がどのような関係を結びながら今日まで進められてきたか, その実像を探っていく。それに先立ち, まず, 近代から現代に至る民主主義とメディアをめぐる潮流について整理し, ブータンの事例を考察する足掛かりとする。
本論の核となるのは, 2013年ブータン国民議会選挙を事例としたフィールド調査とその結果の考察である。選挙という民主主義の実践の場面で, ブータンのメディアがどのような役割を担っていたか, そして, 有権者はどのような情報に接触し選択へ至ったのか, それらを, 実際の報道内容とインタビュー調査を元に紐解いていく。最後に, 政府・メディア・市民の三者の関係性について, 理論モデルとブータンモデルを比較検討し, ブータンにおける民主化とその中でのメディアの役割を浮き彫りにする。
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