筆者は2001年より国立がんセンターで蛍光二次元電気泳動法を用いてがん個別化医療に資するバイオマーカーの開発に取り組んできた.大型電気泳動装置や蛍光標識法の導入により,高感度かつ再現性の高いプロテオーム解析を実現し,得られた膨大なデータと臨床情報を機械学習などで統合解析した.若手臨床医との共同研究を通じて肺がん,胃がん,肉腫など多様ながんを対象としてきた.肉腫においては希少がん研究の課題に対応するために患者由来の細胞株やゼノグラフトの樹立を進め,約90株の細胞株を確立した.これらの成果は論文や国際学会で発表し,海外研究者との共同研究や国際学会の理事,学術誌の編集委員など,国際的に活発に活動してきた.電気泳動から始まった研究は,がん個別化医療の発展とともに広がりを見せ,がん研究全体への貢献を目指す活動へとつながっていった.
低濃度(0.1%)SDS抽出液でタンパク質を抽出し,低速遠心後の上清をSDS-PAGEで解析する方法を用いて,(1)鶏卵およびサケ卵の加熱変性,および(2)さまざまな脊椎動物筋肉の加熱変性について調べた.サケ卵では,40°Cから80°Cに温度を上げるにつれてバンドが薄くなったが,90°Cと100°Cでは再びバンドが濃くなった.これはコラーゲンが高温で可溶化したため,他のタンパク質が可溶化されたと推測された.一方,脊椎動物筋肉の比較研究で,肉片を先に加熱してから破砕した場合(肉片加熱)と,先に破砕してから加熱した場合(溶液加熱)を比較したところ,ニジマスとウシガエルでは100°C加熱で差が出たのに対し,イリエワニ,ニワトリ,ブタでは,60°C以上の肉片加熱でバンドが薄くなった.後者は結合組織が発達し,加熱でタンパク質間の結合が強固になり,60°C以上でタンパク質が抽出されにくくなったと推測された.
リキッドバイオプシーの主要ターゲットであるセルフリーDNA(cfDNA)の体液からの分離には,その鎖長に依存せずにDNAをバンドとして分離でき,そのバンドを後続の解析のために回収する方法が求められる.等速電気泳動(ITP)は微量なcfDNAの濃縮に適するが,体液のような複雑サンプルの確実な泳動と,高収率の分取との両立が難しい.そこで我々は,複数種類のゲルや液体の区画を一つの泳動用流路に混在させられるオープン流路を開発した.また,陰イオン交換樹脂と脱塩カラムの組み合わせにより,10 ml程度の尿検体を電気泳動の試料の体積までに濃縮することに成功した.そして,結核患者尿検体から得られたDNAを定量PCRおよび次世代シーケンスで解析することで,尿を用いた結核診断,そして尿中の結核菌由来DNA配列の解析に資する結果が得られた.
膠原病で観察される自己抗体の抗原タンパク質における翻訳後修飾(PTM)の異常を検出するために網羅的なPTMの定量法を開発した.二次元ウェスタンブロットの結果,U1-RNP抗体の対応抗原U1-68kは20種類以上のPTM亜型群として検出され,最もリン酸化が少ない亜型がU1-RNP抗体陽性者で有意に増加することが示された.次に我々は,LC-MS/MSを用いた網羅的なPTM定量法を開発し,抗好中球細胞質抗体ANCAの対応抗原myeloperoxidase(MPO)のPTMを解析した.その結果,MPO-ANCA陽性者の体内では,methionine,tryptophane,phenylalanineの酸化や脱糖鎖を受けたMPOが増加していることが示された.以上のように,膠原病患者体内における自己抗原のPTM異常が検出され,PTM異常が自己抗体産生の引き金となっている可能性を初めて示すことができた.
モノクローナル抗体は,研究用途から治療薬や体外診断薬などの臨床応用まで幅広く活用されている.モノクローナル抗体は単一の抗体産生細胞に由来するが,細胞培養や抗体精製といった製造工程上の要因や,保管条件などの環境要因によって,さまざまな翻訳後修飾を受けることが知られている.治療薬の分野においては,これらの修飾が生物活性や薬物動態に影響を与えることが報告されており,品質を保証するために重要品質特性の特定とその分析が重視されている.一方で,体外診断薬の分野においては,翻訳後修飾の影響に関する知見は限られている.本稿では,翻訳後修飾の一種であるN-結合型糖鎖に着目し,体外診断薬として広く使用されているラテックス試薬の反応性に及ぼす影響について紹介する.
臨床検査の検体検査における酵素異常の電気泳動法による解析事例とこれからの検査室の役割について記した.臨床検査は,患者から得られた検体の検査情報から,問題点を見つけ出し,それを解析して,最終的にその成果を患者に還元するというアルゴリズムが必要である.これを実践するにはそのための必要な努力を絶えず継続して行う必要がある.このような努力が,結果として患者のためになる.この検査現場での異常の解析は,おかしさを見つけ出すための「目」,すなわち「サイエンティストとしての目」を持って異常を見抜く力である.次にそのおかしさを解き明かすための「手」,すなわち技術を持っていること,この技術を使いこなして,必要な解析結果を得ることができることである.そのために必要な知識と知恵の「頭」をもっていることである.これらは電気泳動法による異常の解析を通してなされ得る.
タンパク質の翻訳後修飾の一つであるチロシン硫酸化は,多細胞真核生物に広く存在し,分泌・膜タンパク質で重要な役割を担う.本研究ではまず,[35S]-硫酸標識法と電気泳動を組み合わせた古典的かつ確実な解析法を紹介した.さらに,ゼブラフィッシュを用いてチロシン硫酸化酵素TPSTの機能を解析した.ゼブラフィッシュには3種類のtpst遺伝子が存在し,ノックダウン実験によりTPST2が発生初期の体節形成に特に重要であることが示された.二次元電気泳動と質量分析により,50個のタンパク質スポットに変動が確認され,そのうち24種を同定した.中でもWnt-4aやSemaphorin-3aaが新規のチロシン硫酸化候補であり,特にWnt-4aの減少が体幹異常に関与する可能性が示唆された.本研究はTPSTと発生過程の関連を示唆するものである.
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