2011年3月11日の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故により,環境中に放射性物質が排出された。大気中の放射性物質は,湿性・乾性沈着によって原子力発電所周辺を中心に落下した。沈着した放射性物質の地表面での残留,河川への流出,底質への沈降・分配,海域への流出等の環境動態プロセス全体の予測が,将来の健康影響を評価するために必要となっている。そこで,福島第一原子力発電所の西に位置し,流域の大部分が原子力発電所から150 km圏内にある阿武隈川流域を対象として,放射性物質挙動のシミュレーション手法を作成するために,本研究では,その土台となる水文・水質モデルを阿武隈川流域に適用し,検証を行った。
阿武隈川の東西にはそれぞれ,阿武隈山地と奥羽山脈が南北に走っており,各支川が東西から櫛状に本流へ合流する。計算領域の格子解像度は1km×1km,格子数は5638とした。なお,流域内で主要な3基のダム,三春ダムと摺上川ダム,七ヶ宿ダムを考慮した。また,計算期間は2009年1月から2011年12月の3年間とした。
水文モデルでは,地理データと気象データを入力することで,降雨流出過程が計算される。流域内の各計算格子について鉛直方向にA~D層の4層を設置して,流域特性を3次元的に表現し,地表面およびA層については畑地,山林,市街地,田,水域の5種類の土地利用を考慮した。水質モデルでは,水文モデルによる河川流量をもとに,河川中の浮遊物質量(SS)が計算される。SS濃度の収支式では,移流,拡散,沈降,再浮上,横流入負荷を考慮した。
河川流量と河川中SS濃度の日平均値について,観測所で観測された実測値と,観測所の存在する計算格子におけるモデル計算値を比較した。河川流量のモデル再現性について,計算期間の3年を通じて平水時およびピークの出現タイミング,流量は良好となった。河川中SS濃度については,観測日におけるモデル再現性は概ね良好となった。ただし,河川中SS濃度の観測は月に1回,平水時でしか行われていないため,洪水時のような河川流量の多い日の再現性については評価できていないため,濁度とSS濃度の関係を利用するなど,平水時以外のモデル再現性評価方法を検討する必要がある。
今後はモデル計算精度向上とともに,今回適用した水文・水質モデルを基にして放射性物質挙動シミュレーション方法を作成する。
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