本稿は症例報告と臨床家がそれに取り組むことの意義を述べた.症例報告の存在意義は,臨床において多元論的アプローチにおける作業仮説となることである.既存の神経心理学的症候群をあてはめにくい非典型的な患者には,類似した症例報告を見つけ出して作業仮説とすることで多元論的アプローチを進めていくことができる.さらに,臨床家が非典型的な患者の症例報告をまとめることは,多元論的アプローチのスキル向上に大きな教育効果がある.症例報告を論文投稿して査読を受ける経験は,レベルの高い臨床家が育つ必要条件である.
臨床神経心理学関連の発表において必要とされる,神経学的診察の概要と記載の仕方について述べた.神経学的診察内容は膨大だが,このうち神経心理学的な評価をする上で必要な運動・感覚所見を,目的に合わせてピックアップして記載する.目的によっては,異常所見がないことの記載が重要なこともある.①限局病巣:一次領野および皮質下白質や神経核の損傷で生じうる運動・感覚障害の有無をチェックする.脳梗塞の場合は,血管支配領域ごとに生じうる所見の有無を記載する.②神経変性疾患:疾患特異的な運動・感覚障害を記載する.③失認:感覚モダリティごとの要素的感覚障害の有無を記載する.
本稿では神経心理学的症状の背景にある,認知機能障害を評価する際に注意すべき点について述べた.我々は各種の神経心理学的検査を用いて,統制された刺激への患者の反応をみることで,直接観察できない認知機能の能力を数量化し,症状の特徴を明らかにすることを目指している.検査の実施には患者の協力が不可欠である.また患者の受検態度,視覚や聴覚,教示理解の程度,注意などの影響を丁寧に観察することも重要である.検査者は,各検査が対象としている認知機能の処理過程を十分に理解し,常にこれを念頭において評価することが求められる.ときには,患者の能力を最大限に引き出すために工夫をすることも必要である.検査結果を患者の主訴と関連づける際には,数値を鵜呑みにするのではなく,患者の個人因子を含めて,総合的に解釈しなければならない.
臨床場面において記憶障害の評価は重要である.本稿の前半では,初学者が記憶障害を適切に評価するために必要な記憶障害に関する用語,診察場面における記憶の簡易評価法,記憶検査について解説した.その中で,注意障害の評価の重要性,記憶障害と注意障害の鑑別方法を説明した.また遠隔記憶の評価は難しいことを記述した.本稿の後半では筆者らが以前に本神経心理学雑誌に投稿した一過性全健忘症の少数例報告を題材にして,この報告の際に行った前向性健忘と逆向性健忘の評価法と結果の提示方法を紹介し解説した.また学術集会や学術雑誌に症例報告や診療・研究活動を発表することの重要性を記載した.
認知症疾患の脳画像の見かたについて概説した.認知症を呈する変性疾患では大脳の葉性萎縮を認めることが多く,それぞれの脳葉を区分できれば,構造画像では萎縮範囲を,また機能画像では血流低下の範囲を,大まかに判定することができる.脳葉の区分には中心溝やシルビウス裂など特徴的な構造を指標とすることが有用である.治療可能な認知症の一つである正常圧水頭症では,不均衡な脳室およびクモ膜下腔の拡大,脳梁角の急峻化が特徴的な所見である.進行性に発語失行を呈することがある進行性核上性麻痺では中脳被蓋が萎縮し,特徴的な形状を呈する.それぞれの疾患に特徴的な画像所見を知ることで,画像診断の精度を高めることが可能である.
今回,中等度から軽度まで改善を認めた40歳代から60歳代の純粋AOS例3例の「発話の誤りの変動性」に焦点を当てた継時的変化を報告した.単語および複合語の復唱課題を用いてSchollら(2018)に基づき4つの尺度(誤りタイプの変動性,誤り位置の変動性,誤り率,修正率)を算出し,中等度時と軽度時で比較した.結果は,誤りのタイプと位置の変動性の値は減少し,誤り率の値についても臨床評価における重症度の変化に伴い減少した.以上より,AOSの症状の改善に伴って発話の誤りの変動性は減少する傾向があり,「発話の誤りの変動性」は,AOSが中等度の際に認められる特徴的な現象である可能性が考えられた.
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