本稿は,2014年から実施されている欧州連合(European Union: EU)の対ロシア制裁における「信頼(trust)」について,検討する。具体的には,EUの対ロシア制裁が利益を回復する主体(以下,利益回復主体)であるウクライナ政府から「信頼」を得る手段となり得ることを考察する。まず,経済制裁と「信頼」の関係について整理する。本研究は経済制裁は利益回復主体と制裁実施国の「信頼」を構築とし,Hardinが提唱した「AはBがXすることを『信頼』する(A trust B to do X)」という定義を用いて,利益回復主体であるウクライナは制裁実施国であるEUがロシアに対して経済制裁を行うことを「信頼」するという仮説を立てる。次に,EUの対外政策を歴史的経緯に基づいて整理する。EUの経済制裁は現在,CFSPの枠組みの中で実施されている。CFSP開始以前から,EUの経済制裁は共通通商政策の一環として行われていた。そのため,CFSP開始以前のEUによる経済制裁は,対外政策とは切り離して説明される必要がある。まずはCFSPまでのEUの対外政策についての変遷を整理する。そして,EUの対外政策の一環となった経済制裁の変遷について概観する。CFSPと経済制裁の歴史的経緯を俯瞰した後,ウクライナのEUに対する「信頼」について検証する。そしてEUの対ロシア制裁はEUとウクライナの「信頼」を構築する手段となり得るかについて考察する。EU一ウクライナサミットの共同声明によると,EUとウクライナはEUの対ロシア制裁について,ロシアによるウクライナの主権と領土侵害に対する強い非難として認識している。そのため,ウクライナはEUが対ロシア制裁を実施することを「信頼」していると考えられる。
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