仕掛学とは、つい行動したくなるような「仕掛け」を用いて人の行動変容を誘引する方法論である。我々の社会には、ゴミのポイ捨てや交通混雑のような身近で日常的なものから大気汚染や温暖化のような地球規模のものまで、さまざまな問題が存在する。仕掛学では、こうした問題を人々に義務感や恐怖感、あるいは啓蒙による使命感を与えることで解決するのではなく、「やってみたい」「面白そう」といった好奇心や期待感を喚起する仕掛けによって行動を促すことで、結果的に解決することを企図している。本稿では、交通に関わる問題解決として、(1)混雑緩和、(2)観光や回遊の促進、(3)運転時のスピード超過の抑制の3つを対象に、仕掛学として解釈できる事例を紹介する。
首都高速道路では、これまで交通施策として東京2020大会での関係者輸送の円滑化に向け、料金施策を含む各種交通対策や、沿道に住居地域が多い高速神奈川1号横羽線から高速湾岸線へ大型車および特大車の転換を図るため、高速湾岸線を利用するETC搭載車両に対して環境ロードプライシング割引を実施し、浮遊粒子状物質(SPM)や二酸化窒素(NO₂)等の排出量削減等、高速神奈川1号横羽線沿道の環境向上を図ってきた。本稿では、東京2020大会における交通施策による交通影響および2001年の試行導入以降、約22年にわたり、料金割引を継続している環境ロードプライシング割引について解説する。
本稿では、運転時に眼にするものが、ドライバーの無意識あるいは意識に作用して交通行動が改善する事例をいくつか紹介する。ドライバーは適切な速度で走行する必要があるが、多くのドライバーは普段、制限速度よりも高い速度で走行している。逆に、地形上の理由でドライバーが気付かずに速度が低下してしまい、渋滞を引き起こしていることもある。また、本来、一時停止すべき場所である、渡ろうとしている歩行者がいる横断歩道において、ドライバーが一時停止しないことも多く見受けられる。こういった運転行動を改善する工夫として、路面等に図形を描画する事例、照明で光の動きを見せる事例、トリックアートを使う事例を紹介する。これらの事例は、行動経済学で提唱されているナッジの事例として捉えることができる。
逆走は、正面衝突による重大事故に直結する危険な運転である。そのため、さまざまな逆走対策が高速道路で導入されているが、発生件数は減少していない。そこで、現況のインフラによる逆走対策の評価検討を行い、さらに逆走は、認知症予備群のドライバーが引き起こすと仮説を立てた。医学的に認知症と診断された方の運転データを収集し分析した結果、一般的な高齢者にはみられない特異な点として、運転行動が診断に類似した障害に起因している行動としても表れていることが示唆され、逆走に至る行動把握の可能性を得ることができた。
計画運行が可能な移動手段である鉄道や航空便と異なり、自動車は個々の車体を制御することが難しく、渋滞が発生する要因の一つとなっている。近年では、ゲーム以外の文脈にゲーム要素を取り入れるゲーミフィケーションという手法が注目されており、人々に行動変容を促す仕組みとして活用が進められている。本稿では、高速道路における運転行動を変容させることを目的としたゲーミフィケーション「東名クエスト」を紹介し、さらに実際の高速道路において実施した社会実験について報告する。
交通事故総数が減少する中で高齢ドライバの事故率は増加しており、社会問題となっている。高齢ドライバによる交通事故率低減に向け、著者らは自助による運転寿命延伸を目標に、運転行動改善を促すドライバエージェントを提案し、研究開発を進めている。本報告では、これまで行ってきたドライバエージェント実現に向けた検証実験や実証実験について紹介する。
自動運転の高度化に伴い、複数のレベルの自動運転車が混在するようになる。自動運転のレベルによって、自動車の挙動、ドライバーの役割などが異なってくる。このような社会で、安全で安心で円滑な交通を実現するためには、システムや法規などの構造的なアプローチだけでなく、安全な態度と行動を取るドライバーや交通利用者の育成などの教育的手法を用いる必要がある。本稿では、教育工学の観点から、安全教育の仕組みづくりや仕掛けを提案する。特に、自動運転に関して学ぶべき内容、教材、教授法について、実証的検証により効果のあった方法について解説し、今後目指すべき方向性について検討する。
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