漢字に選択的な失読失書と視覚心像の障害とを呈した1失名詞失語症者(H.Y.,発症時53歳,大卒,左角回を含むT-P-O移行部損傷)について,漢字の使用頻度と表意性を統制して作成した熟語検査を実施し,漢字障害の性質を検討した.その後,対照例の成績と比較し,以下の結果が得られた.
(1) 本症例の漢字の音読・書字力は対照例と比較して,正答率と反応時間の点で明らかに低下していた.また,抽象的な漢字ではなく,使用頻度の低い字での困難が著明であった.
(2) 音読の誤反応の分析から,本症例の音読の困難は意味レベルの障害ではなく,漢字からその音価を引き出せない,視覚-聴覚連合の障害によることが示唆された.
(3) 書字反応の分析及び関連する諸検査の結果,本症例の反応の一部には特異な誤りが見出され,本症例の書字障害には,聴覚入力による文字の想起の障害と,文字の視覚心像自体の障害とが加わっていることが推測された.
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