失認には狭義の失認と広義の失認がある.狭義の失認は,ある感覚様式を通した場合にのみ対象が認知できない状態である.感覚様式に特異的な失認には,視覚性失認,聴覚性失認,触覚性失認などがある.失認の診察では,それぞれの感覚において,一次野に入った情報がどの処理段階で障害されているのかを系統的に評価していく.対象認知に影響する基本的感覚機能の低下や注意障害などについても確認しておくことが必要である.広義の失認には,同時失認,病態失認,身体失認など様々な状態が含まれる.これらの失認は局所脳損傷だけでなく,認知症性疾患でも出現することが注目されている.このように失認は狭義および広義の多様な病態を含んでおり,その症候を的確に把握することが,適切な対応につながる.
発話への文字取り込み現象,反響言語,保続と再帰性発話をとりあげ,その成り立ちを考察した.文字取り込み現象とは,周囲にある文字単語を自身の発話の中に取り込む現象であり,被影響性亢進の1型と考えられた.反響言語は影響される源が対話者の言葉であり,自身の発話困難を保たれた復唱で代償するという側面と,聞こえた言葉をオウム返しするという習性の脱抑制という2つの側面がある.保続は前刺激に対する反応を繰り返すが,反響言語と同様に2つの側面があり,それは適切な反応を生み出せない活性化不全と,前刺激に対する反応を抑制できないという抑制障害である.保続と再帰性発話は同じ反応を繰り返すという意味では同じだが,保続の場合,反応の内容はその場で変動するが,再帰性発話は変動せず反応内容が一つに限られる.こうした異常発話の基底には,発話の困難を乗り越えて何とか発話しようとする意思があることを指摘した.
認知心理学は,単純な刺激や課題設定のもとで行われる実験に対し,実場面での研究の重要性が古くから指摘されてきている.本稿では,日常場面での認知心理学の問題に関して,アフォーダンスとビッグデータという2つのトピックスを取り上げ,神経心理学の研究も交えて解説する.アフォーダンスは,環境と行動の関係を包括的に扱う枠組みとして提案されたが,それらは,日常的な道具の使用,道具使用失行,Grounded cognitionなどへの広がりを示す.また,人間が実世界で行動した履歴が含まれるビッグデータを機械学習の技術を用いて解析した事例を紹介する.これらは,日常場面での個人の認知・行動を理解することの重要性や可能性を示唆するものである.
左半側空間無視患者の呈する症状の特徴やその程度は,個々の患者によって異なる.各患者の症状の特徴を理解することと,適切なリハビリテーションプログラムの提供のためには,複数の観点から評価を行い,丁寧に評価結果を分析・解釈する必要がある.そこで本稿では,BIT行動性無視検査日本語版を用いた机上検査やCatherine Bergego Scaleによる行動観察評価の特徴と,結果の解釈方法について述べる.加えて,半側空間無視に併せて起こりやすい半側身体無視の評価方法を幾つかを取り上げる.最後に,今後,よりニーズが高まると考えられる情報通信技術を用いた半側空間無視の評価の方法についていくつか紹介する.
本邦における急速な高齢化の進展とともに認知症患者は年々増加し,日常診療において認知症患者を診察する機会が増えている.またアルツハイマー病に対する抗アミロイドβ抗体薬が発売され,それに伴い新たな診断バイオマーカーが実用化されるなど,認知症医療は日々進歩している.その一方,いまだアルツハイマー病を根治させるまでには至っておらず,ほとんどの認知症が不治の病であるという状況は変わっていない.このような状況において,認知症医療に携わる者には,早期診断から最先端の治療介入,さらにはケアマネジメントに至るまで,幅広い対応が求められている.本稿では,筆者が認知症診療において重要と考えるポイントを紹介した.
近年,生成AIの進化により,医療やリハビリテーションの分野でもAI活用の可能性が広がっている.本稿では,失行のリハビリテーションにおける生成AIの活用について考察するため,ChatGPTに「失行のリハビリテーションはどうすればよいか?」と問い,その回答を紹介した.ChatGPTは迅速に情報を整理し,基本的な対応を提示したが,症候分析を伴わず,個々の症例にそのまま適用することは難しいと考えられた.失行様の行為障害を呈した2症例を提示し,障害構造を理解することが適切なリハビリテーションにつながることを示した.生成AIを活用するには,臨床家が症候を正確に分析し,障害の構造を把握することが重要である.
非流暢/失文法型原発性進行性失語症(nfvPPA)と進行性語聾の合併と考えられた1例を報告した.症例は74歳右利き女性,発語失行を伴う非流暢性発話,表出性失文法・統語理解障害を認めたが,喚語困難,音韻性錯語,復唱障害も認めた.nfvPPAとロゴペニック型の特徴の混在と思われたが,語音認知障害も判明し,復唱障害と音韻性錯語への寄与も疑われ,nfvPPAと進行性語聾の合併として一元的に説明可能だった.神経画像検査では左上側頭回,中心前回外側,下前頭回の変性が示唆され,アミロイドPETは陰性.本症例は,本邦を中心に報告されつつある「進行性の語聾と発話運動障害を呈する症候群」の範疇にあると考えられた.
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