BRCA1遺伝子の生殖細胞系列変異は家族性乳癌および卵巣癌の主要因の一つである。その臓器特異的な発癌機序は解明されていないものの,癌発生母地の組織学的知見からエストロゲンレセプター
α (ER
α) が何らかの役割を果たすと考えられている。このため発癌における両因子の関連性解明には,正常な二倍体細胞を用いてBRCA1機能不全におけるER
αの影響を解析することが重要である。しかしながら株化されたER
α陽性二倍体細胞は存在しない。そこで,本研究では解析に適したモデル細胞株として,遺伝子工学的手法を用いたER
α陽性BRCA1枯渇のヒト乳腺細胞の樹立を行った。
まずER
α陰性の正常乳腺細胞株であるMCF10Aを用いて,doxycyclin (Dox) 誘導性BRCA1枯渇細胞を作成した。BRCA1に対するshRNA配列をエントリーベクターにクローニングし,Gateway法にてCS-RfA-ETBsd-shBRCA1レンチウィルスベクターを作成した。Lenti-X 293T細胞より調整したレンチウィルスをMCF10A細胞に感染後,Blasticidinで選択してMCF10A-Dox-shBRCA1細胞株を樹立した。同様にして,CSIV-TRE-Rfa-Ubc-puro-ER
α由来レンチウィルスを作成し,Puromycinの選択下でDox誘導性にER
αを発現するMCF10A-Dox-ER
α細胞を樹立した。さらにMCF10A-Dox-ER
α細胞にCS-RfA-ETBsd-shBRCA1由来レンチウイルスを感染後,BlasticidinとPuromycinの両抗生剤選択下でMCF10A-Dox-ER
α-shBRCA1細胞を樹立した。MCF10A-Dox-ER
α-shBRCA1細胞においてDox 添加によりBRCA1の発現が低下すると同時にER
αが発現することを確認した。
最後に細胞増殖能を指標として,BRCA1枯渇時におけるER
αの影響を検討した。興味深いことに,BRCA1正常発現細胞ではER
αの発現は細胞増殖に影響を与えないのに対して,BRCA1枯渇細胞ではER
α発現により細胞増殖の著しい低下が観察された。
以上,Doxで誘導可能なER
α陽性BRCA1枯渇ヒト乳腺細胞を樹立した。今後,BRCA1機能不全を背景としたER
αによる遺伝子不安定性への影響を解析するための有用なツールになると思われる。
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