本映像民族誌は、南仏の町で毎年5月に開催されるジプシー巡礼祭(pèlerinage des Gitans)を舞台とする。「ジプシー」、町、教会、観光客の各々が様々な記憶や価値を各々の仕方で引き受けることで、巡礼祭は多様に現出する。だが、巡礼祭の複数のヴァージョンは異なりつつも部分的につながる多重性を特徴とする。本作品が映し出すのは、こうした「一より多いが、多より少ない」巡礼祭の現れである。
スリランカの人々が民族間の暴力的対立の際に抱く怖れについての民族誌的事例と、内戦経験と向き合う映画『Demons in Paradise』(2017)の監督ラトナム氏の語りを元に、その怖れとは何か考察する。同氏は、「痛みが僕らを残酷にした。内なる痛みをみる怖れを振り払い、それをみて抱擁する時、怖れはもはや自分に力を及ぼさなくなる」と語る。暴力へと駆り立てる怖れと内なる怖れとはどうつながっているか。